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参 吸血鬼

四年前。

 彼は、目の前で起こった事が分からなかった。

 いつのまにか血だらけになり、手には短剣が握られていた。そして、それは目の前にいる女の腹に刺さっていた。女は自分の首筋に噛みついたまま息絶えていた。

 彼は吐血しながら体を起こし、周りを見渡した。

 空は暗かった。星が見える。

「あぁ、あれは・・・・・・北斗七星」

 彼は下町にいた。町はまだ、明るい。建物の明かりが点々と見える。広告やら何から何まで煌びやかなせいで星が見えにくい町だった。なのに、今日は見える。自分は、こんなに死にかけているのに、彼は歯を食いしばりながら地面を叩いた。

 下町は、最近殺人事件が何件が起こっていた。彼は、この町の民営警察隊の一人だった。夜のパトロール中、彼はその殺人鬼に出会ってしまった。しかし、彼の日々の訓練の賜物か彼は深手を負いながらもその殺人鬼を倒した。しかし、その殺人鬼は吸血鬼だった。

 吸血鬼の本能により、彼は血を吸われた。そして、彼女はそのまま絶命した。

 彼は、絶命した吸血鬼をそっと見た。

 彼女はまだ、五歳ぐらいの少女だった。珍しい白髪を持っており、開いたままの目は血のような赤色をしていた。小さい口からは鋭い犬歯が覗いており、肌は真っ白だった。

「こんな餓鬼が殺人鬼かよ・・・・・・俺とそう歳変わらねぇじゃんかよ」

 彼は吐きながら重い体を起こし死んだ彼女を担いだ。

「一応、所長に報告しないとな・・・・・・」

 危なっかしい足取りで彼は民営警察隊の本部がある場所へと向かった。

 

「ねえ、ボーイ。お姉さんと遊ばない?」

 色っぽい女が彼に近づいてきた。下町ではよくあることだ。彼はいつも通り無視しながら、舌打ちし本部がある建物へと足を運んだ。しかし、その女はやけにしつこかった。背中の上の少女は何、とか、どこへ行くの、とか、名前は、とか。しかし、彼は何も答えなかった。しばらくするとその女は去って行った。

 それもそのはずだった。

 彼の目の前には黒いスーツで身を固めたこの国の警察がいた。

 彼らは彼に手錠をかけた。そして、太い声で言う。

「その女は貴様に移したんだな。なら、貴様が来い。地下世界の住民になるんだ」

 スタンガン――

 気づいた時は遅かった。彼は気絶させられていた。

 そして、

 地下世界に連れて来られた。


 彼、白川夜。一二歳。後に白夜と名乗る少年である。



「俺は、白川夜って名前だった」

 白夜はピエルを見た。

「知ってるよ、それくらい。オレの虫たちが教えてくれた」

 彼は溜息をつきながらレヴィンが入れた不思議な液体に口を付ける。一瞬顔が青くなったが、手で口を押さえなんとか吐く事には至らなかったようだ。そんな不思議な液体、アップルティーというらしいが、それは黒色をしていた。それを入れた彼女はここにはいない。玩具を身に行くと言って出て行ってしまった。今は、男二人の話というわけだ。

「過酷な過去だね、それは。興味深いことでもあるんだけど」

 彼はファイリングされた資料を眺めながら椅子を回転させた。

「吸血鬼って、元々一人だったんだよね。遺伝子に実験であるものを投与したことによって生まれたのが血を飲む人間だ。そして、血を飲んだ事により体力の活性化、そして吸血鬼が出来上がったと言われている。血を飲む魔族は少ない。吸血鬼以外は、鬼しか知らない。黒羽のような鬼。鬼は血を欲する魔族だ」

「それ以外は・・・・・・」

「知らないね、オレは。血は神聖なものじゃない。どっちかっていうと汚れ、だね。白夜君だって血を飲んでいて嬉しいとか思った事ないだろ?」

「ああ、ない」

 だろうな、とピエルは呟いた。

「ただ、強い力を手に入れるためには血や骨、肉が必要なんだよ。もしくは、最大の弱点。死神の場合は鎌さ。鎌が折れれば死神は死ぬ。しかし、彼らは強い。そして、心臓が存在しないんだよ。だって、鎌が心臓なんだから」

 白夜は彼をただ見ていた。

「魔族って、つくれるんだよ、人間の手によって。吸血鬼みたいに自然発生するものが魔族じゃない。自然発生して魔族になったものを壱種という。オレの赤い芋虫も壱種、黒羽も君の吸血鬼も壱種だ。そして、弐種。それは、人の手によって魔族にされたもの。レヴィンとその弟、牙はその弐種だ。彼らの死神の場合、それは心臓を体内から取り出し鎌に封じ込めたんだよ。たしかに、弐種は壱種と比べてだいぶ少ない。違法だし、時間とお金がかかる。ただ、強い魔族が生まれる。参種、それは魔族の中でもっとも少ないとされるものだ。それは、生まれた時から魔族だ。一番多いと思いがちだが、一番少ない。血の遺伝、それによって魔族になる。ただ、参種は弱い。化け猫など有名な魔族が多いが、虐殺や子供が生まれなかったせいで減少しつつある。魔族はこの三つに区別できるんだ」

「そう、なんですか」

「それが、この世界、そして魔族なんだよ」

 彼はそう言って口を閉じた。

「で、何をしようっていうんですか。芋虫の件もそうですが・・・・・・何か企みでも」

「あるよ、企み。だって、オレ、牙に宣戦布告されちゃったもんねー。レヴィンもだよ。いつかは決着をつけないとね。そう思ってさ、君にも言っておかないと思ってね」

 何かが光を放った。

 彼の手の中には鈍く光るものがあった。

「ピース、『パズルの塔』のピースじゃないですか・・・・・・名前は」

「牙、そう書かれているだろ。オレが今朝取って来た。そろそろ放送が流れるんじゃないかな。――この世界滅亡まであと一〇日、ってさ」

 ククク、と彼は笑いながら白夜を見る。

 道化、という言葉が白夜の頭に過った。彼はまるで道化だった。サーカスにでてくる道化、クラウン。表に隠された裏がありそうな笑いは奇妙だった。と、同時に頼れるのだ。ピエルは、そういう道化なのに頼ってもいい、と白夜は思った。

「で、たぶん、彼は明日、いや、今日にでもこのままだったら何か仕掛けてくるね。初めは、ドーンと王子様だろう。そして、そこには一〇人ぐらいの付人。次は、表の虎菊が巨体でやってくる。最後は、牙、ボスだ。チェスの駒で例えようか」

 いつの間にか、ソファーの近くの机にはチェスがあった。そして、白夜と向かい合わせになるようにピエルは座った。そして、駒を机の上に広げチェス盤に駒を初期配置に並べ始める。

「白夜君はチェスをやったことはあるか?」

「一応、は」

「なら、話は早い」

 彼の手にはナイトがあった。黒のナイト。

「これが、王子様だ。ナイト、馬だ。ポーンより強いとはいえまっすぐ進めない駒。使い慣れれば最強の駒となる」

 黒いナイトが白いポーンを倒す。

「次は、ルーク。残念ながら、今回ビショップの出番はない。ルークは虎菊。猪突猛進。真っすぐならどこへでも進める。ただ、融通がきかない。斜めからの突然の敵には弱い」

 黒いルークが白いビショップに倒された。

「そして、クイーン。それは牙の鎌だ。自由自在、どこへでも行ける。行けないところなんて存在しない。ああ、そうだ。さっきビショップの出番はないと言ったがあるな。それは牙の体だ。突然現れる、そして引きさがる。ずるい駒だよ。オレはこの駒が大っきらいだ」

 黒いクイーンとビショップが王の周りを守るように取り囲む。

「キングは勿論、牙の頭脳だ。一度壊せば脆い。ただ、壊すまでが面倒だ。ポーンはもちろん、部下達。ただ、ポーンは敵地の侵入が成功すると牙の鎌となる。そう言ったところか」

 チェス盤がひっくり返る。そして、白夜の方に黒がくる。ピエルは白いポーンを持って顔を近づけた。

「ただ、オレ達にはポーンがいない。いるのは主要駒のみ」

 白いポーンがチェス盤から落ちる。

「君はナイト、レヴィンはクイーンか。それも、ルークを同時に操る。頭は空っぽだ。体力馬鹿とはレヴィンのことだ」

 彼はクイーンを愛でた。

「オマエは、何なんだ。キングとでも言いたいのか」

「いや、オレはキングじゃない。そんな偉いものではない。だって、オレは今回外野だ。見物人、そして、審判だ。最後の決断を下す者」

 チェスの駒がドミノのように倒れる。

「ふ、ふざけるんじゃねーよ・・・・・・」

「オレは、これっぽっちもふざけてない。オレはオレで決着があるんだよ」

 彼の灰色の目は真剣だった。真剣に白夜を見つめている。

「何の決着ですか、それは」

「この世界だよ、このふざけた空間。オレはこの世界に決着をつけたい。白虎とかはどうでもいい。オレはその次を見ているんだよ。オレの代わりの助っ人も用意してあるし、玩具達も手伝ってくれるだろうよ。彼らは呼び名の通り、オレ達の玩具なんだ。何でもやってくれる。彼らのデータはこのファイルにある」

 そう言いながら彼は椅子に置いてあった上着を羽織った。そして、ひらひらの首元を確認して立ち上がる。手には、スクーターと斜め掛け鞄があった。それも、1泊旅行に行くような荷物。

「どこ行くんですか?」

 扉に手を掛けた彼を見て白夜は言う。

「旅、とでも言っておこうか。オレは今から旅に出る。レヴィンに会えないのは寂しいけど、彼女には泊まりがけの依頼とでも言っておいて。ときどきメールするから、その指示通りにやってくれればそれでいい」

「逃げるんですか」

 叫ぶ。

 しかし、彼は振りかえらなかった。そして、扉を閉める。

「旅、だよ」



「へー、ピエル依頼で泊まりがけなのか。まあ、鬱陶しい者がいなくて楽だけど・・・・・・でも、珍しいね、泊まりなんて」

 レヴィンはオレンジ色の液体を飲んでいた。

「不味くないのか、それ」

「おいしーよ。ハーブの香りがしてさ、ボクは紅茶にはこれでも拘りがあるんだよ。週に一度、第五ブロックにある茶葉専門店があるんだよ。行ってみるかい?」


 結局、彼女は白夜にうんともすんとも言わせず彼を掴んで第五ブロックにある茶葉専門店、『リーフ』にやって来た。

 この世界には珍しい落着いた感じの店で、ドールハウスのようだった。まるで、人形の家、そういうことだ。庭もあり、花が沢山咲いていた。

 たとえ、コンクリートで周りができているこの世界でも植物は栽培できる。人工の光と水によって育てる事はできる。ただ、地上で育てるより難しく野菜の場合、味が落ちる。花の場合は色が綺麗にならなかったりする。

 しかし、彼らの目に映った花は地上で咲いているかのように綺麗だった。花びらの色も鮮やかで自然色をだしている。白夜がそれに見とれていると、レヴィンは彼の腕を掴み店の中へと入って行った。

 

 ハーブの匂いが鼻に着く。

 木でできた床はコテージを連想させた。そして、店内いっぱいの花。まるで、植物園だった。

「い、いらっしゃいませーっ」

 店の奥から可愛らしい声が飛んできた。そして、茶髪の三つ編みをした少女がカウンターから顔を覗かせる。

 ぷっくりした頬、太い眉毛に緑色の透き通るような目。日焼けしたかのように少し浅黒い肌には汗がにじみ出ていた。一三歳ぐらいの、少女だった。身に付けているのは緑色のポンチョ、その中に茶色のセーターを着ていた。そして、長いスカート。そこから覗くヌートンブーツ。見るからに暑そうな格好だった。

 この世界は気温が常に二五度。半袖でも生活できる。なのに、目の前の彼女は真冬の格好をしていた。そのせいで汗がでている。

「あっ、レヴィンさん。注文品、できあがりましたよ」

 少女は、カウンターから茶色の小さな紙袋を取り出して彼女に渡した。それと交換で、彼女は銀貨を何枚か手渡す。

「そ、そちらは」

 少女は緑色の目で白夜を見上げていた。

「白夜、ピエルの親友」

「は、はじめまして。わ、わたし、未沙って言います。ここの店の店員で、レヴィンさんにはいつもおせわになっていますっ」

 可愛らしく未沙、と名乗った少女は頭を下げた。三つ編みが可愛らしく飛び跳ねる。

「彼女も、ボクの玩具の一人だ。この店を紹介したのもボクだ。彼女、かわいいだろ。植物大好きの森ガールだよ」

「あ、あの、わたし・・・・・・レヴィンさんに相談したいことが」

 未沙の顔は真っ赤に染まっていた。上がり症なのだろう。彼女は、店内に唯一ある木でできた椅子と机に二人を案内した。そして、震える手でお茶を置く。今にも零しそうだった・

「ニルギリです。別名紅茶のブルーマウンテン、優雅な香りのとても美味しい紅茶です。わたし、入れるの下手なんで・・・・・・お口に合わないかもしれませんが・・・・・・どうぞ」

 彼女は顔を真っ赤にしながら、彼女とは思えない流暢な口調で紅茶の説明をした。本当にお茶が好きなんだな、と白夜は思いながらマグカップに入ったニルギリに口をつけて飲んだ。

「美味い。ものすごく美味しいよ」

「い、いえ・・・・・・レヴィンさんには足元にも及びませんよ。わたしのお茶の師はレヴィンさんです・・・・・・」

 冷や汗が白夜の顔に流れた。横を見ると、レヴィンの目から異様な光が発せられていた。何か言ったらただではおかない、というような。

「そ、そそそうなんだ・・・・・・」

「で、用件は何だ?」

「あ、はい」

 未沙は一枚の写真を取りだしてきた。そして、その写真を見せる。

「昨日、この近くにある白虎グループの会社で集会が行われたみたいなんです。それも、ただの集会じゃなくて・・・・・・人が、人が何十人か死んだんです。今日の朝、その建物の、前で死体を焼いていたんです。匂いがきつくて・・・・・・臭かった」

 未沙は鼻をつまむふりをした。

「で、その写真は?」

「この男を白虎は買収したんです・・・・・・名前は根子。たしか、ピエルさんのご友人ではなかったですか。えっと、化け猫の。彼、白虎に弱み握られてて・・・・・・あの人の助手の天弧さんもご一緒でした。と言っても、天弧さん、いや、天弧と呼んだ方がいいですね。彼女、白虎の人間だったんです。彼に取り入って、我が者とした・・・・・・そして、根子さんからこれを預かったんです」

 差し出されたのは白い封筒だった。

「これは・・・・・・」

「根子さんがわたしに渡したものです。彼も、ここの常連客でして。天弧の目を盗んでこれと、わたしに詳細を教えてくれて、話せと・・・・・・この写真はわたしが隠し撮りしたものです」

 封筒の中身を確認しないまま、レヴィンはパーカーのポケットにねじ込んだ。そして、一枚のカードを彼女に差し出す。

「これは・・・・・・」

「玩具のカード。これを持っていたらどこにいても場所が分かるようにチップが入っている。そして、その中には集会の時間が書いてある」

「集会、やるんですか」

「近いうちにな」

 そう言ってレヴィンはマグカップに入っていたニルギリを飲み干した。そして、立ちあがる。

「もう、帰るんですかっ」

「まあ、ね」

 彼女は扉を開けてそそくさと去って行った。白夜も後に続いて店を去る。


「どうしたんだよ、血相変えて」

「この情報は、偽だよ」

 近くにあったゴミ箱に手紙を投げ捨てる。

「偽って、何で・・・・・・」

「周りを察しろ。取り囲まれた。戦闘準備しろ」

 珍しくレヴィンは焦っていた。そして、鎌を取りだす。フードを被り、鼻を鳴らす。白夜も手に嵌めていたグローブを外し右手を露わにする。短剣を取り出し、左手に持った。

「未沙は偽物だった。本物の未沙はあんな匂いはしない。多分彼女は白虎に捕まったはずだ。そして、さっきの偽物の未沙は・・・・・・」

「天弧、だ」

「そうだ」

 巨大な鎌が風を起こした。

「敵は、総勢一〇。殺るつもりで、ボクは君の援護をする。ペアの戦闘は初めてだから、さ。存分に暴れていいよ、吸血鬼君」

 その瞬間、白夜は猛スピードで襲いかかった。

 彼は、あの虎菊の戦闘があってから人間の血を飲んでいた。魔族と言っても人間に近い魔族なら血はほとんど人間の血と同じだ。なので、彼はピエルから血をもらい毎日飲んでいた。これなら大丈夫だ、そう彼は思っていた。

 しかし、彼は巨大なハンマーで叩かれる。思いっきり地面に叩きこまれ、彼は知った。自分の無力さを・・・・・・。後ろでは、レヴィンが何か叫んでいた。

 彼の耳には届かない。

 ただ、死に物狂いで彼は短剣を手を振り回した。

「体力馬鹿だな、君は・・・・・・吸血鬼の名に恥じぬような戦闘を何故しない。高貴たる吸血鬼、猪突猛進は似合わぬ。そんなのは低俗な魔族にでもやらしておけ。吸血鬼こそ真の王。それを忘れるな、白夜」

 聞き覚えのある声だった。

 そして、彼は見る。そこには、もう一人の吸血鬼カストルがいた。学校の制服を身にまとい、金髪を肩に垂らしていた。大きな剣の先を白夜の目の前に突き出し彼は語る。

「期待はずれだよ、君は。血を飲んだところで、僕には勝てないよ。だって君、鍛えていない。何も努力なしで勝てると思うのか。それは違うね。強い者は努力をしているんだよ。いい例が彼女さ。あの巨大な鎌。素敵だよ。死神の鎌は強さによって大きさが異なるんだよ。それに対して白虎の餓鬼には失望したよ。たしかに頭は良い。ただね、弱いんだよ。彼は脆い。今の君と同じだと、僕は思うね」

 彼の目線はレヴィンに注がれていた。彼女は巨大な鎌を振り回し、大勢の敵と戦っていた。一人で何人も何人も、塵のように彼女は片付けていた。

「素敵だよ、彼女は。でも、君には失望した。さて、帰るとするか。僕はね、無駄な戦いは嫌いなんだよ」

 地面に剣が突き刺さる。

 そして、彼は去った。残りの部下を引き連れて彼は、去って行った。

 その光景は異様だった。

 彼は、笑っていた。髑髏のように、彼は笑っていた。



「馬鹿」

 目の前にいる少女はそう言った。そして、白夜の首筋を噛む。力が抜ける――そして、気分が良い。そして、彼女は口を放し白夜を見た。

「あの時、アンタはアタシを殺した――だからアタシはアンタに呪いを掛けてやったの。だから、アンタはここで苦しみながら生活を強いられている。そうでしょ?本当はアタシが行くハズだったのにね。残念賞っー。でもね、感謝してよ。アンタはこの世界で最強の力を手に入れたんだから。ユーアーストロングーでしょ。そして、アンタはいろんな人に出会ったでしょ。アタシが生きた分もしっかりと生きてよねアタシはアンタの名前知らないし、アンタもアタシの名前は知らない。でも、血は共有しているんだよ。だからね、アンタはアタシの分も生きて・・・・・・人生楽しんで。じゃあーね」

 黒い闇が再び白夜を襲う。

 いつのまにか、少女は消えていた。

「ばいばい、アタシ」

 ただ、その声が無限に木霊した。



「夢か・・・・・・」

 白い布団の上には、レヴィンが寝息を立てて頭を乗せていた。

 彼女はずっと看病してくれたようだった。

「彼女は・・・・・・一体?」

 彼はぼそっと呟く。夢に出てきた少女を彼は思い出していた。見た目はレヴィンそっくりだった。しかし、顔にはタトゥーがない。五歳ぐらいの少女。名乗らなかった。ただ、少女は自分だと言い、生きろと言った。

 誰かは、彼には思い出せなかった。夢で起こったことが何度か連鎖的に思い出させられる以外、彼は何も覚えていなかった。昨日何があったのか、彼は覚えていなかった。

 鋭く尖った犬歯を覗かせ唸る。

 もう、癖がついてしまったなと彼は思う。

「む・・・・・・」

 目の前で寝ていたレヴィンが目を擦りながら起き上がった。首を摩りながら伸びをする。そして、白い髪を一つに纏めた。

「何よ・・・・・・」

 じっと見ている白夜を彼女は変態、と今でも言いそうな目つきで睨んだ。

「大変だったんだからね、白夜を運ぶの。重いしさ」

 頬が膨れていた。そして、口を尖らせながら言う。

「鎌でぴょーんとやったんだけど、さ。ねえ、聞いてる?」

「やらなきゃ・・・・・・」

 白夜は独り言のように吐く。

「何を?」

「俺、やらないと・・・・・・なあ、レヴィン。頼みごとがある」

 白夜はレヴィンの手を握りしめた、力強く。しかし、彼女は頬を赤らめるだけで抵抗しない。

「・・・・・・何を?」

「努力だ、努力。そうしないと、あいつには勝てない・・・・・・手伝ってくれるか?」

「む・・・・・・ああ、いいとも。その変わり、」

 白夜は彼女の言葉を遮る。

「何でも言う事聞いてやるから」

 む・・・・・・、と彼女は唸り、

「分かったよ。まず、ボクは何をやればいい?」

「戦ってくれ」

「た、戦う?」

「本気で、俺と戦ってくれ。俺は強くなりたいんだ。強く、強く・・・・・・なりたい」

「そうか」

 彼女は白夜の手を惜しそうに振りほどき、部屋を出た。そして、再び戻って来た時には手に、青い光を放つ正方形のプレートを持っていた。

「それは・・・・・・」

「ボクのとっておきの練習場所だよ。一回使った事はあるよな、虎菊との戦いのとき使った異空間を作り出すプレートだ。作ったのはもちろんピエルだよ。彼がボクの為に作ってくれたものさ。でも、これ、ただ異空間を生み出すだけじゃない。まあ、まずは普通の空間でやってみるか」

「もう、やるのか・・・・・・」

 操作し出したレヴィンに彼は尋ねた。

「思ったら即決行。これはボクのモットーさ。さあ、行くよ。病み上がりと言っても容赦はしない」

 そして、二人は青い光に吸い込まれていった。


「血、飲め」

 青いプレートで敷き詰められた空間に着くと、レヴィンが水筒を投げてきた。犬の柄がついた可愛い水筒。

 血、彼は血を飲んだ。味は人間の血の味、匂いがした。

「本物の人間の血だよ」

「どうやって・・・・・・」

「どうでもいいだろ」

 彼女の手にはいつの間にか巨大な鎌が握られていた。大きな目が白夜を睨む。

「早くしろ。ボクは戦う気満々なんだよ」

 鎌が風を切る。

 白夜は右手のグローブを外しベルトに刺さっていた短剣を左手で持った。そして、彼女に突進した。

「ばーか、いのししか。ボクは上だよ」

 反応出来る訳がない。

 吸血鬼のスピードは高いといえ、レヴィンのスピードはそれ以上だった。死神うさぎと称されたぐらいだ。跳躍もスピードも彼をはるかに上回っていた。

 そのまま彼は鎌の柄で腹に攻撃を叩きこまれる。

「弱いよ、白夜君。もっと相手を見るんだ。そして、相手の弱点を狙う。それが武人の心得だよ。君の場合は、無防備すぎる。もっと相手の気配を疑え。そうすれば自然とどこから攻撃が繰り出されるか分かるはずだ。これで分かっただろ、君は弱いっていうことが」

 彼女は笑いながら言い放つ。そして、鎌を構えた。

「来い、相手は何度でもしてやる」

 その時、白夜は思い出していた。あの地上にいた頃のことを。

 下町の殺人鬼といわれた吸血鬼の少女を倒した時の事。そして、彼は思い出す。夢に誰が出てきたのか。それは、目の前にいるレヴィンとそっくりの少女。自分を吸血鬼とした少女。

「何考えているんだか・・・・・・集中しろ」

 そして攻撃が繰り出される。

「そういえば白夜君は治癒力が凄かったね。じゃあ、切っても治る。修行には痛い事も重要だ。さて、柄じゃなくて刃で攻撃しようか」

 にひひ、と笑みを浮かべながら再び鎌を振った。

「・・・・・・手加減しなくていいぞ」

「そうか」

 次の瞬間、腕が切れた。血が噴き出す。

 彼女は物凄いスピードで動いていた。これが、死神うさぎと呼ばれた彼女の実力か、と彼は思う。

「見える・・・・・・俺はレヴィンの動きが見える」

 足が切れた。激痛が走るが、白夜は耐える。そして、ただ一つの攻撃を繰り出すために一点に集中した。

 見える・・・・・・俺には、見える。

「動かないね・・・・・・いろんなところから血が噴き出すよ」

 彼は自分の世界に漬かった。そして、左手を真上に突き出す。

「一点集中型ね・・・・・・なるほど。ただ、今の攻撃は武器で跳ね返るよ。君は短剣使いだろ。連続攻撃型が適切だと思うが」

 レヴィンは攻撃を止め白夜の前に立っていた。

「顔が近い・・・・・・」

「近くて結構」

 彼女の鼻息が白夜の顔にあたる。そして彼女はふう、と口から息を吹きかけた。

「何やってるんだよ」

 白夜の手は彼女の頭を撫でていた。フードを取り、くしゃくしゃに、彼は彼女の白い髪の毛を手に絡めて。

「髪が乱れる、馬鹿。ボクは・・・・・・」

 言いかけたレヴィンの頭をレヴィンは胸に抱きしめた。

「そう、ツンツンするな。俺は、そういうレヴィンが好きだけどな」

 急にレヴィンの頬が赤くなった。

「熱でもあるのか、頬赤いぞ」

 彼はそう言いながらもう一度、レヴィンの頭を撫でた。

「それは」

「ん」

「それは、本当か?」

 レヴィンの目が白夜を見上げる。

「んあ、本当だな」

 くす、とレヴィンには珍しく上品に笑った。その途端、白夜の腹に激痛が走る。彼の腹部には赤い切り傷ができていた。着ていた服が裂け、裂け目が赤く染まっている。

「い、いっでぇ・・・・・・」

「スキ、ありすぎだ」

 彼女は鼻で笑いながら飛びあがった。

「何だよ、それ」

「何でもない。ボクは何も言ってないよ」

 それに、と彼女は飛びながら言う。

「ぼーっとしてると、死ぬよ。冗談抜きでさ」

 次の瞬間、青いプレートが何枚か破壊された。そして、そこには鎌が突き刺さっている。青い煙を上げ、彼女は鎌を引き抜いた。

「次は、当てようか。この攻撃。当たったら白夜君でも回復に一時間は使うだろうね。あ、もちろん常人は死ぬよ。当たり前だけど」

 ククク、と彼女は笑いながらもう一度跳躍した。そして、鎌を振り下ろす、白夜に向かって。

「マジで死にそうだわ」

 ヒュン、と何かが擦れる音がする。何かが空気に擦れ動いたような、音。そして、その次の瞬間、白夜の近くに青い煙が立ち込めた。ブロックの欠片があたりに飛び散る。

「交わしたね、まずは攻撃を避ける練習でもしようか。なかなかやるじゃないか。連続と化やってみたいか?」

 笑う彼女を白夜は見た。そして、頷く。



「で、次の要件だが・・・・・・君、入りたまえ」

 長老会。第五ブロックにある会議室で毎日のように行われている会議がある。各ブロックを代表して九人、この会議の委員として参加する。この会議は第五ブロックの委員が中心になって行い、この世界の治安などの対策をたてる。地上でいうと、公安委員会。しかし、彼らはほとんど無力だ。たとえ、この世界の年寄りが集まって何かを決めても法律にはできない。ただ、彼らは会議の真似ごとをする。それが、彼らに与えられた仕事でもあったが。

 そして、そこにピエルは呼ばれていた。

 彼は、豪華な椅子に踏ん反り返る彼らを睨み、この会議が行われている部屋に入って来た。そして、礼儀正しくお辞儀をして口を開く。

「はじめまして、委員様方。オレ、いや、私は第七ブロックの心西探偵事務所を経営するピエルと言います」

「はじめに、そのピエル君。一体、君は何用があってここに来たのか?」

 白ひげを生やした男が発言する。

「警告をしに参りました」

「警告?」

 山羊の顔を持つ女が口を開いて続ける。

「我々に何の警告ですか。簡潔にお願いしたいのですが」

「白虎、という集団がこの世界を崩壊しようとさせています」

 ざわめきが起こる。当然の反応だ。彼は上唇を舌で舐めながら続けた。

「なので、私はこの集団を潰すよう黒い騎士團に依頼してもらいたい。治安を守るため、この世界を一〇年間守るため、私は協力しようと思うのです」

「あの、いいですか」

 議員の中では比較的若い、体中に包帯を巻いた男が発言した。

「どうぞ」

「白虎は、今この世界ではなくてはならない存在です。彼らが消えたらどうなるか・・・・・・彼らによってこの世界の治安は守られているようなものなんです。黒い騎士團は我々を地下に追いやった王の家臣ですよ。私は、白虎をできるだけ潰したくない、そう考えています」

 この委員は白虎に買われているな、とピエルは思った。黒い騎士團を動かすには、委員の全員一致が必要だった。

「無駄だよ、兄さん」

 いつのまにか、ピエルの目の前には牙がいた。彼は、机の上に腰掛け笑っていた。

「この餓鬼、誰だっ」

 委員の一人が叫ぶ。そして、長老会は混乱した。

 突然の乱入者により、議会は騒然となった。牙をつまみだそうと、委員たちはブタのように騒いだ。

「ブタだな、ほんとうに」

 牙は黒いマントを翻した。そして、先ほど発言した若い男に近づき頬を掴む。

「ありがとね、委員さん。お金はほら、たっぷりやるよ」

 お金がぶつかる音がして牙は持っていた小さい布の袋をその男の手に握らせる。

「貴様、委員ともあろう者が金に埋もれたというのか」

 その委員の罵声を筆頭に他の委員からもその若い委員に罵声を浴びせはじめた。そんな様子を楽しんで見ていた彼はピエルを振り返って、笑みを浮かべた。

「兄さん、これがこの長老会の現状だよ。あ、分かっていたね。まあ、そうか。兄さんにとっては常識だよね。ねえ、これで分かったでしょ。この世界に唯一設けられた委員はこんなにも無能なの。もう、この会議廃止しちゃってもいいぐらいね。ああ、そうか。いらないものを排除するように、これも排除しちゃえばいいんだよね」

 ケケケ、と笑って彼はスピーカーを手に持って叫んだ。

「ねえ、委員の皆さん。今日でこの長老会は中止です。白虎の元、後にこの委員会を回収しに窺います。おつかれさまでしたー」

 牙は机の上から飛び降り、ピエルの前に降り立った。そして、小さな口から下を出し、口を開く。

「ねえ、ボクのピース返してくれないかな?」

「分かった、返そうか。挑発のつもりだったんだけどね」

 ピエルはポケットからピースを差し出す。牙は小さな手でそれを取ろうとした。その瞬間、ピエルはポケットに再び突っ込んだ。

「おい、返せ。それはボクのだ」

「嫌だね」

「殺すぞ、兄さん」

 牙は鼻息を荒げ言い放つ。そして、鎌を取りだそうとした。

「ノーノーノー。ここでは戦闘禁止だよ、牙。奪い返したいなら、オレ達に戦闘を申し込むんだよ。たとえば、そうだね。世界が滅亡する当日とかどうだい?」

「本気で言っているのか、兄さん」

「ああ、本気だね」

 ククク、と彼は道化のように笑った。

「分かった。白虎は全力で滅亡当日にお前らを打つ。そして、この世界をボクのものにしてやる。場所は?」

「第五ブロック、『パズルの塔』」

 牙は急に笑い出した。そして、言う。

「ふざけているよ、兄さん。でも、その戦闘受けてたつよ。白虎は」

牙はそう吐き笑いながら去って行った。


 議会は先ほど以上に騒然としていた。

 委員の彼らは若い委員に迫り、罵声を浴びせていた。

 彼らのこの世界を揺るがす大切な話し合いのはずなのに、それは誰も聞いていない。

 ピエルはそんな彼らを横目に見てこの会議室から去って行った。


 後に、この長老会が廃止になったことはこの世界中に伝わった。

 そしてそれは、白虎のしわざということも住民たちは分かっていた。

 見るからに、それは白虎のやり方であり疑う余地はなかった。

 と同時に、白虎に対する反発が各地で起き始めるようになった。



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