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弐 道化

まだ、ピエルが研究者だった頃のことだ。彼は、天才と謳われた子供だった。一六歳で大学に入学し一七歳で卒業、と同時に魔族の研究者として名前が広がった。

 彼はいろんな学者から数多のことを学び、身につけ、盗んだ。そうやって彼は自分の道を作り上げて言った。一八歳のあの時までは・・・・・・・。

 レヴィンと出会ったのは一八歳の時だった。彼はめでたくヒラの研究者から助手となった。それも、彼が尊敬する教授の助手だった。そして、彼は知ることとなる。助手となり研究室に入って数日経った時だった。彼は教授に呼び出され、一緒にある場所へと向かった。

 そこは、廃墟と呼べる建物だった。

 彼はそこで、レヴィンと牙に出会った。

 彼らはまだ幼かった。

 そして、感性、というものを持っていなかった。

 猛獣、それが彼らを現すもっとも最適な言葉だろう。彼らは檻に閉じ込められ、その中で猛獣の如く暴れまわっていた。

 その時、教授が言った言葉は彼は今でも覚えている。

「これを育ててくれないか?」

 彼は引きうけるしかなかった。そして、彼は悟った。この教授は自分を研究させる気はないのだと。ただの研究材料の子供を育てろ、と。

 そして彼はその廃屋に住みついた。

 そして、彼は彼らの心理を研究し始めた。

 それは単なる思い付きだった。ちょうど、心理学を勉強している途中でもあった。そして、試しに彼らの心理を探った。

 猛獣だった彼らを人間にしたのも彼だった。数多の努力により彼らを人間に近づけ、本物の弟と妹のように育てた。だんだんと、彼らは彼の努力のおかげか人間みたいに生活できるようになった。


 一年が過ぎた。


 彼はレヴィンと名付けた彼女を買う事にした、教授から。それは、レヴィンが自分の妹のような存在になっていたからだ。二人には歳が離れた兄がいたが、生活の都合上、一人しか育てられない状況だった。それに、この二人は売られた身だった。彼は大金を叩き二人を買い、そして、牙の方を実の兄に預けレヴィンは自分の手で育てた。

 その頃からだった。

 尊敬していた教授はその事に腹を立てたのか嘘を交えた噂を流し、彼はこの世界に入られなくなった。

 追放。

 そう、彼は追放された。

 そして、彼は安アパートでレヴィンと暮らした。アルバイトなどで生計を立てながら。

 といっても彼は学歴がよかった。だからか、彼はどこの会社も書類選考までは通った。しかし、裏で手回しされていたからか直前で落ちた。そして、アルバイト。

 重労働ばかりだった。そのせいで、長期間体を壊す事になる。それは地下世界に行ってからも続いた。


 天才だった、と言っても地に落ちた天才。

 身分も最下級まで落ちた。

 なぜか、それは彼は魔族になったからだ。というのも、体を赤い芋虫という魔族に乗っ取られたのだ。

 そして、王の命令により地下世界へ強制移住。

 笑っていただろう、と彼は思った。自分を地に追い詰めた彼ら。

 天才は苦労しないというのは嘘だ、と彼はその時悟る。生かしきれない天才、それを代表するのは、彼、ピエル。

 そして、彼は好きだったロベスピエールという男を真似、服を中世の西洋の服に変え名前を文字ってピエルと名乗った。そして、彼はロベスピエールを追い求める。ロベスピエールもまた彼と同じ境遇に立たされたことがあった。

 フランス革命、恐怖政治、ジャコバン派。

 それはロベスピエールを現すキーワードである。


 今も彼は追い求めている。

 そして、道化に成り果てた。




コンクリートの天井に取り付けられた蛍光灯が点滅した。そこの部分だけが鬱陶しいほど点滅を繰り返す。

彼、ピエルはその下に立って天井を見上げた。

もしここが地上だったなら、と彼は思う。青々とした空を眺め、太陽の光を浴びながらこうやって散歩もできただろう、と。しかし、ここは地下。太陽なんてない。あるのは蛍光灯のみ。古びた蛍光灯。この点滅は一体だれが治すのだろうと彼は考え始めた。

彼は今、第一ブロックに来ている。この地下世界で唯一ある学校があるブロックだ。何故かというのも、それは妹を迎えに来たため、だ。

シスコン、という言葉がふさわしいだろう。彼自身、異常というほど妹を愛していた。否定はしないだろう。実の妹ではないが。

この世界には、電車というものは存在しない。モノレールもない。あるのはバスと自転車。自動車は使用禁止、バイクもだ。密閉された空間だからか、二酸化炭素を出すのはけっこう危ないらしい。バスは、というものの二時間に一本走っているだけで乗り過ごしたら歩いて行かなければいけない。もしくは、自転車。

しかし、彼は自転車が乗れない。

どうがんばっても彼は乗れないのだ。だから、彼の交通手段はバスか歩き、もしくはスクーターだった。彼は出かけるときはスクーターでたいてい出かける。

今日もまた、彼はスクーターに乗って第一ブロックまで来ていた。

人目は気になった。大の大人がスクーターだ。しかし、彼は気にしないようにしながらスクーターで走った。

茶色の髪を後ろで纏めているせいか女に見えるらしい。背は高いが、少し顔に幼さが残っている。それも、胸のひらひらだ。時たま、美容院の定員が女だと勘違いしてビラを配って来た。全体的に第一ブロックには美容中心の店が多かった。そして、自然的にこの場所には女性が集まるのだ。

彼は一つ一つ丁寧に断りながら学校への道を進んだ。

学校、それはこの地下世界に唯一ある学校だ。名前はない。区別する必要はないからか、名前はなかった。ただ、学校とさえ言えば通じる。全校生徒約二万人。人口の二割の生徒数を持ち、第一ブロックの敷地の半分を使っている。そして、幼稚園から高校まである。こんな世界で学ぶのか、という疑問が湧きあがってはいるが強制制はあまりない。受験なしでストレートに高校まで学べる。この世界はほとんどが一〇代、二〇代だ。そして、この世界のほとんどを占める魔族もそれぐらいの年齢層が多い。自然的に生徒数も多くなるわけだ。なのに、学校を分離させなかった。その疑問は王様に聞きたいよ、と彼は時々思う。

 そして、彼はその学校にやって来た。

 敷地をふんだんに使って作ってあるせいか、校舎が沢山見える。

 もう小学校は終わったのか小さい子供たちが騒ぎながら校門の前を通り過ぎて言った。時々、彼を不審な目で見上げながら。

 さすがに彼はここだと一目につくと思い、近くの目についたカフェに足を踏み入れた。


「いらっしゃいませー。あ、ピエルさん」

 店の中に入った途端、いきなり定員が彼の名を呼んだ。彼女、彼女は天弧。彼の数少ない親友の探偵事務所の秘書の女だ、と彼は瞬時に思い出す。

「天弧さん、ひさしぶりだねー。ここの店員?」

「ええ、まあ」

 彼女の濃い目の化粧がやけに目につく。

「事務所は・・・・・・」

「まだありますよ。寄って行きますか?」

「いや」

 彼女は会話を交わしながらピエルを空いている席に案内した。といっても、店の中には誰もいなかったが。

 そして、彼女は彼の席の前に座り込んだ。

「仕事はしなくていいのか?」

「私、ここの店長ですから。それに今、誰もいません」

 黒い髪、黒い瞳、そして白い肌。モデルでもやっていそうな美貌を持つ彼女。大人びた感じの顔立ち。そして、メイド服の格好をした彼女の胸元は若干開いていた。そこから覗くふくよかな胸。前会った時はこんなに色っぽくなかったな、と彼は思い出す。スカートも異常に短い。

「水、くれないかな。後、サンドイッチ」

 その途端、彼女は悲しそうな顔をした。そして、俯き加減で赤色に塗られた唇を動かす。

「ここはそういうお店じゃないんです。表向きはそう、カフェなんですけど・・・・・・私、事務所を続けるために仕方なく・・・・・・」

 そう言いながら彼女は胸元のボタンを一つ外した。白い鎖骨が覗く。

「ちょっと、待って。オレはそういう事をしに来たんじゃない。どういうことだよ、それ。この世界で売春は禁止だっただろ」

「・・・・・・白虎」

 彼女は聞き取りにくい低い声で呟く。

「白虎・・・・・・そこがどうしたんだ?」

 彼女は唾を呑んだ。そして、胸元のボタンを閉じながら話しだした。

「数か月前のことです・・・・・・白虎に依頼された仕事、失敗しちゃったんです私達」

 彼女は寂しそうな目でピエルを見る。

「それで・・・・・・こんなことに?内容は、仕事の内容は?」

「・・・・・・人探しです。それも、内密にやってくれ、と。写真だけ見せられて、探してくれって。名前は言いませんでした。彼は、根子は私と一緒に探しました。懸命に、手掛かりの写真だけで」

「でも、みつからなかった?」

 こくり、と彼女は頷いた。彼女の動作は子供らしさがあった。仕草といい、何から何まで。昔はこんな人じゃなかったな、とピエルは思った。

「根子に会わせてくれるか?」

「上、です」

「上?」

「今、ここの上に事務所構えているんです。上がるなら、その階段から」

 彼女が差した先には掃除道具入れがあった。

「そこを開ければ、階段があるんです。その上にいます」

 そう言って彼女は立ちあがり、店のカウンターの奥へと消えていった。

「白虎、ねえ。なんかいろいろめんどくさいよ」

 ピエルはそう言いながら掃除道具入れの扉を開け、その奥にあった階段を上っていった。

上る度に耳障りな音がする。そして、その階段は長かった。


小さい部屋だった。

天井には雲の巣があり、長年掃除していないのが分かる。床にも埃が溜まっていた。ピエルはそれを踏みながら歩いて行った。

にしても埃臭い、と彼は思う。

そして、その先には二〇代半ばの男がいた。

突然の訪問客に驚いたのか、彼はピエルをじっと観察した。そして、

「・・・・・・ああ、君か」

 と、細い目を向けながらピエルを見上げた。

 ピエルには彼が二〇代には見えなかった。かなり老けこんだ彼は、前会った時とだいぶ印象が違って見えた。黒い髪には白髪が混じり、猫背だった。身にまとった灰色のスーツにまで埃が溜まっており、ずっと彼が同じ姿勢で息を潜めていたかが分かった。

 彼、根子という魔族の化け猫だ。尖った耳と、牙。尻尾は見えていないものの、それは服の中にしまってあるだけで、実際はある。

 そんな彼、海斗は猫のように足音を立てずにピエルに近づいてきた。

「久しぶりだねぇ、ピエル君。こんな狭くて汚い所でごめんよ」

 無駄に馴れ馴れしい彼は、机に猫のように飛び乗った。

「話は全部聞いているよ、大変だったなーそれは」

「まあ、な」

「で、オレは君から情報を買いたい」

 ピエルは根子を見上げて言った。

「改まってなんだよぉー情報ならタダでやるって、君なら」

「白虎の情報が欲しい」

 急に、根子は細い目を見開きピエルを見た。そして、低い鼻を鳴らしながら呟く。

「白虎、ね。それは駄目だ。君は首を突っ込むな・・・・・・被害は最小限の方がいい」

「もう、すでにオレは突っ込んじゃってるからねー。白虎の元幹部の蝙蝠、拾っちゃいましたから。そして、今はオレの下で働かせてますよ」

「そ、そうなのか」

 リアクションが大きいな、とピエルは思った。前にいる彼、根子は小さい体をめいいっぱい使って反応してくるからだ。彼はそれが嫌いだった。鬱陶しい。

「まあな」

 ピエルは頭を掻きながら言った。

「まず、君が拾ったっていう吸血鬼について聞かせてほしいんだよ・・・・・・」

「白夜っていう学生です。白虎の白っていう字は彼の名前から取ったらしーですよ。そして、表リーダー虎菊の親友ですよ」

「なるほど、ねぇ。裏は」

「牙っていう魔族の死神、なんですよねー」

 ピエルは溜息を付きながら再び頭を掻いた。

「で、単刀直入に・・・・・・今の白虎の勢力は黒い騎士團より上ですか?」

「上、だよ。あいつらはもう、この世界を支配していると言っても過言じゃない。それに、だ。信じられないかもしれないが、この世界に今、王天文の子供、カストル王子がこの地下世界にいるらしい。そして、その王子のボディーガードに白虎が選ばれたとか。地上の帰還を速めるとかいう条件で」

「それ、本当か」

「ああ」

 根子はそう言いながら机の引き出しを漁り始めた。そして、探し物が見つかったのかそれを取り出し、ピエルに差し出した。

「この王子様だよ」

 彼が差しだしたのは一枚の写真だった。隠し撮りなのかピントが顔しか合っていない。しかし、なかなかの美少年だった。金髪を切りそろえ、白い肌。瞳は緑。そして、身に付けているのはこの世界に唯一ある学校の制服だった。

「どうして、またこんな所に・・・・・・」

「王子様は行動派、だそうだよ。何でも、地上の学校は全て回ったらしい。そして頭もキレるし容姿もいい。そして、」

 と彼はピエルに囁く。

「魔族、だそうだ」

「魔族だと・・・・・・また、王族にか」

 根子は頷いた。

「魔族、そして、吸血鬼だそうだ。君の蝙蝠と同じになるね」

 だからか、と彼は呟く。白夜より強い吸血鬼がいる、と虎菊は戦闘で言っていたことを思い出す。彼は、あの戦闘を上から見ていた。青い世界は彼が作り上げたものなのだから。

「なるほどね、ありがとう。で、もう一つ頼みたい事があるんだけど」

「何だ?」

「制服、貸してくれるか?」

「どうして、また」

 根子が細い目で彼を見る。

「潜入捜査だよ、君も来るか?」

「いや・・・・・・お断りしておこう」 

 いつの間にか根子の手には男子用の制服の一式が握られていた。



 ピエルは校門の前に立っていた。身に付けている物はこの学校の制服。もちろん、根子から借りたものだ。何故、サイズがぴったりなのか分からないがそんなことは疑問に思わず、彼は校門の前に立っていた。

「学生に見えるかな、オレ」

 彼は自分の体をいろいろと眺めながら呟く。そして、一通り眺め終わると、校門から高校の校舎がある建物へと入って行った。

 そうして彼が制服を着ているのか、それは潜入調査をするつもりだったからだ。時刻はまだ、一四時。高校の授業が終わるのは一五時半。後、一時間以上ある。そう彼は踏んでこの学校に侵入したのだ。

 黒ぶち眼鏡を掛け、制服も着た。

 そんな彼は、校舎の三階にある白夜の教室へと足を運んだ。というのも、白夜は高校二年生だった。レヴィンという手もあったが、彼女はまだ中学生。それに、危険なことにはあまり関わってほしくないということもあり、彼は白夜のみに協力を要請しようと思った。


 丁度、休憩時間のようだった。彼は学生らに溶け込むように白夜がいる教室へと入って行った。というのも、この学校は強制じゃない。だからか、時々しか来ない生徒もいる。彼はそこを利用して潜入した。そして、机で寝ている白夜の肩を揺すった。


「何だよ・・・・・・あ、ピエルさん・・・・・・?」

 眠たそうに細められた目を向けながら白夜は驚いていた。そして、

「何で、アンタがここにいるんですかっ。制服も、ど、どうしたんですか?」

 質問を浴びせた。しかし、ピエルはその質問にいちいち答えている暇などなかった。なので、彼は白夜の口を塞ぎ、とにかくついて来い、と言った。

 白夜はめんどくさそうにあくびをすると席を立った。そして、大人しくピエルについて行った。


「何なんですか、ほんと」

 廊下に出た途端、悪態をつきながら白夜は口を尖らせた。

「個人的な任務だよ。人手が足りないから君に手伝ってもらおうと思ってね」

「何なんですか、その個人的な任務って?」

「尾行」

 ピエルの目線の先には、王子たるカストルがいた。彼は周りを白虎らしき者に囲まれながら歩いていた。背中に背負っている剣は虎菊ほどではないにしろ大きな剣だった。

 そして、彼は写真より一段とかっこよかった。

 絵に描いた王子様、そんな感じを受けた。

「彼は、誰?白虎の奴らに囲まれているけど」

「王子様だよ、カストルっていう名前。そして、君と同じ吸血鬼。何て言うかな、視察、に来たらしいんだけど」

「何で、尾行するんだよ」

「オレは白虎の情報を探りたい。あそこには牙がいるからなかなか手出しできなくてね、この天才でも。だから、こうして外から攻めようと思ってさ」

「天才、ってやけに強調するの止めてもらえませんかね」

 いきなり、ピエルは白夜を振り向いた。そして、自慢するかのように鼻を鳴らして言う。

「オレは天才だから仕方がないんだよ、あきらめたまえ」

 そう言って彼は再び歩き始めた。白夜は引きつった笑みを浮かべ顔には血管が浮き出ていた。そして、手を鳴らしながら物凄い形相でピエルを睨みあげた。

 ピエルは、というものの彼は呑気に鼻歌を歌いながら後ろの脅威には気づかず前に歩いている王子様の一行だけに集中していた。

「アホ兄と白夜君」

 聞き覚えのある声が二人の耳に聞こえる。振り返ると、そこにはピンクのパーカーにうさぎのフードを被ったレヴィンがいた。彼女は手に美術の道具を持ち、二人を見上げていた。彼女の隣にいた友達が、

「先行くね」

 と言って気遣ったのか去って行った。

「何でここにいるんだ、ピエルっ」

 彼女はピエルに人差指をつきつける。

「尾行、だってさ。レヴィンも行くか?」

 急に彼女の顔は明るくなり、可愛く頷いた。そして、白夜の後に続く。

「何で、あの人この学校にいるのか。そして、何故ボクを呼ばなかったのかな。ねえ、白夜君。君はどうしてだと思うか?」

 彼女の無邪気な表情が迫る。白い髪を編んでいるのか、フードから編んだ髪が出ている。そして、その髪の先にはうさぎがついたゴムで結んであった。

「さあ、どうだか」

 白夜はピエルの背中を見ながら呟く。

 ここ数日、彼は立ち位置がだいぶ変わった。あの『パズル塔』のピース紛失事件から一週間、彼は白虎から抜け、それもそのリーダーに傷を負わせたとしてクラスの白虎のメンバーから避けられるようになった。その反面、その他の魔族の生徒と仲良くなり今までと違った感覚に浸りつつある。

 そんな彼は、今、レヴィン達兄妹の家に住みついている。前住んでいた場所は白虎のものだった。一応、国から与えられた場所とは言え住みづらい。白虎がたむろしている場所だった。なので、彼は今、レヴィン達と一緒に暮らしている。

 移住が認められないこの世界、いいのかとピエルに白夜は尋ねた。しかし、ピエルはいい、と適当にあしらうので、住みついてみても黒い騎士團が詰めかけるどころか何も起こらなかった。不思議だったがそういうものだと思い、生活している。

「しかし、ピエルはどうしていつもすぐに行動するんだか」

 レヴィンはぼうっとピエルの背中を見ながら言った。そして、足を速める。

「ピエル、誰を・・・・・・」

 急にピエルは進めていた足を止めた。そのとたん、レヴィンは思いっきりピエルの背中にぶつかった。

「・・・・・・痛いぞ」

 彼女はそう言いながらピエルを見上げた。しかし、彼は何も反応せずただ一点を見ていた。

「白夜君、彼らはどこに向かうと思うか?」

「第六ブロックの基地じゃないですかね、まあ、それしか行く場所はないと思いますが」

「そうか、ありがとう」

 ピエルはそう言いながら彼らの後をついて行った。

「必要なさそうだ、な」

 レヴィンは去って行くピエルの背中を見ながら鼻をさすって言った。そして、急に白夜の手首を掴みあげた。

「ちょっとついて来てくれないか」

 そう言って彼女は白夜を引っ張りながら歩いて行った。

 その時、ちょうどチャイムが鳴った。

 しかし、彼女はそんな事を気にせず歩いて行くので彼はそのまま引っ張られて彼女に連れて行かれた。



「ここは・・・・・・」

 白夜の目の前には古びた教室があった。二人の他には誰もいない教室。机も椅子も、もう何年も使っていないようで埃も溜まっていた。窓はカーテンで隠されており、その付近は机がピラミッドのように重ねられていた。

 電気はついているが薄暗い。人の顔は分かるくらいの明るさだ。

 二人以外誰もいない教室――異様な空気が走る。

 しかし、レヴィンはそんな事を気にかけないまま中に入っていった。

「黒羽いるー?」

 急に、彼女は誰かを呼んだ。そして、答えが返ってくる。

「いる。黒板の所に」

 気配を消していたのか分からないが、黒板の前に一人の少女がいた。

 黒くて長いストレートの髪を腰まで垂らし、赤い簪を差している。赤い着物を着ており、一〇歳ぐらいの少女。そして、目の位置には包帯が巻かれていた。

「黒羽、紹介しよう。彼は、吸血鬼の白夜君だ」

「はじめまして」

 今にも消え入りそうな声。少女、黒羽は頬を赤らめながらぺこり、とお辞儀をした。そして、持っていた扇子を広げる。

「彼女は、黒羽。ボクの玩具だよ。ああ、勘違するな。玩具っていうのはこの場合おもちゃじゃない。ボクが拾った魔族の子供だよ。そういう子供の通称を玩具っていうんだ。そして、ここは彼女のために作られた部屋なのさ。地上からそのまま移築した部屋。そして、王の子でもある」

「王、の子。じゃあ、さっきのカストルって奴の妹なのか?」

「か、カストルお兄ちゃんっ?」

 いきなり、黒羽が身を乗り出してきた。

「ちょっと待て。カストルって誰だ?」

「わ、私のお兄ちゃんです」

 彼女は胸に手を抑えながら言った。

「さっき、ピエルさんが尾行していた人だよ。白虎に囲まれた、金髪の・・・・・・」

「あ・・・・・・あのいかにも王子様って人か。なるほど。で、なんで兄はストーカーをしているのだ、それも変装なんて真似ごとをしてだな」

「しらねーよ、俺は。いつのまにか教室にいて、連れてかれたんだから」

「そうか」

 レヴィンは考え込むように腕を組み下を向いた。そして、唸った。

「あ、あの。お兄ちゃんに会わせて下さいっ」

 黒羽が必死に頼み込む。危なっかしく歩きながら、彼女は二人に近づいてきた。目が見えないせいだろう、本当に危なっかしい。

「君はここから出られない、分かっているだろう?」

「・・・・・・はい、でも」

「連れてこればいいんじゃねーの、レヴィン」

 白夜は頭を掻きながら言う。そして、薄い唇から鋭く尖った歯を覗かせ、黒羽に近寄って頭を撫でた。

「俺もお前の兄ちゃんと同族だからよ、なんとかして連れてくるわ」

「お、お兄ちゃんは魔族になってしまったんですかっ」

 包帯が巻かれた目の部分から涙が溢れている。

「どういうことだ、それは」

 レヴィンが黒羽に近づいて来てしゃがみこみ尋ねる。

「あの王家に生まれた魔族は私だけです。だから、私はここに落とされた。でも、お兄ちゃんは人間でした。魔族の私を可愛がってくれて、歳が離れているけど・・・・・・でも、お兄ちゃんは魔族じゃないですっ、断じて」

「なあ、レヴィン。聞きたい事があるんだが・・・・・・」

「何だ?」

「彼女は、魔族の何だ?」

 黒羽が白夜を見上げた。

「黒羽は、鬼だ」

「鬼・・・・・・あの、鬼?角がある、鬼?」

「そうさ、彼女は魔族でも異色の存在の鬼さ。目玉をくり抜かれたのは力を封じ込めるため、王族の奴らがしたことさ。そして、この教室。ここには、鬼の力を封じ込めるお札から結界まで施してある。彼女はここから出られない。永遠にだ」

 目玉をくり抜かれて・・・・・・彼女の目の位置には包帯が巻かれていた。それはそういうことなのか、と白夜は理解する。そして、黒羽の頭をもう一度撫でた。

「カストル、捕まえてくる。ピエルさんに電話すれば居場所聞き出せるだろ、俺行ってくるわ」

 白夜はそう言いながらこの教室を見回した。たしかに、レヴィンの言うとおり壁や天井、椅子や机にもお札や魔方陣なんかが書かれていた。きもちわるい。彼はそれを見て思いながら出口へと向かう。そして、ポケットに入っていた携帯電話を取り出しピエルに電話を掛けた。


『はーいピエルだよー。ただいま電話の電源が入っていないか電波の繋がりにくい場所にいるからねー後で掛け直すかメーッセージを録音してね―』


「だめだ、繋がらない」

 彼は携帯電話を見つめて吐く。しかし、あの馬鹿らしいアナウンスは何だと思いながら。そして、レヴィン達の方に振りかえった。

「そうか」

 レヴィンは彼を見上げて、立ちあがる。

「無駄だよ、お姉ちゃんお兄ちゃん」

 少女が、黒羽が浮いていた。そして、彼女は細身の剣を両手に握りしめていた。様子もおかしい。顔には黒い影ができ、頭からは角が生えていた。そして、包帯が巻いてあったはずの目は鈍い緑色の光を放ち、包帯からそれが覗いている。不気味な姿。

「黒羽・・・・・・それは一体?」

 レヴィンの問いに黒羽は短剣を舌で舐めながら答えた。

「私、今血を欲してるの・・・・・・それも魔族の血を、ね。鬼には人間の血はきつい。だから中和できる魔族の血が欲しい・・・・・・じゃないと、私消えちゃうから」

 彼女の足の部分は消えかかっていた。正方形のブロックのようなものが足に現れ、それが徐々に分散して消滅する。その浸食は彼女の足首の部分まで迫っていた。よく見ると、髪の部分にもそれが起こっている。顔にも、一部がパズルのピースのように欠け赤いものが覗いていた。

「だからね、血くれないかな・・・・・・本当はお兄ちゃんの血がいいんだけど、ねえ、白夜兄ちゃん。お兄ちゃんと同じ血なんでしょ。なら、なら私を助けて・・・・・・」

 少女は両手を伸ばした。刀が、細身の刀が地面に落ちて消滅する。頬を涙がつたった。指先も、徐々に消滅している。

「白夜君・・・・・・」

 いつのまにか、レヴィンは鎌を持っていた。そして、白夜を見ながら首を振った。


 その時、急に扉が開かれた。そして、その奥に金髪の少年カストルがいた。彼の周りは白虎の者がいて、彼らは白夜がいることに気づき舌打ちをした。しかし、カストルはそんなことを気にせず、少女、黒羽に近づいて行った。

「黒羽、久しぶりだな」

 そう言って彼は優しく黒羽を抱きしめた。黒羽の頬を涙がつたう。そして、嗚咽を上げながら泣き叫んだ。

「白夜君、ここにいたのか」

 急に、白夜の肩に手が乗った。

「ピエルさん・・・・・・一体どこに?」

「尾行さ、そしたら王子様がこの教室の中に入って行くんだ。だから、オレも入らせてもらったよ。で、あの鬼の少女は一体?」

「王子の妹だそうですよ」

「妹・・・・・・この子はレヴィンの玩具の一人だったね」

 ピエルは顎に手をあてて呟く。

「そういえば、玩具って何ですか?」

「玩具、ね。それはレヴィンに聞いてよー。オレが説明するもんじゃない」

 白夜はレヴィンを見た。彼女は黒羽を眺めていた。

「お兄ちゃん、最後に会えてよかったよ」

 黒羽が今にも消え入りそうな声で言った。

「黒羽、最後ってどういう意味だよ・・・・・・頑張って兄ちゃんここに来たのに、吸血鬼になって父上に頼みここに来たというのに・・・・・・」

 カストルはそう言って黒羽の頬を触った。

「ばいばい、お兄ちゃん」

 そして、黒羽は消滅した。


「地下世界の規則、この世界の人口は百万人と決まっている。必ず、一〇〇万人でなければいけない。よって、新たにこの世界に生まれた者がいた時の場合、古きものは消滅する。但し、新たにこの世界に生まれた者の血縁者がいた場合、血縁者の誰かが古きものとなり消滅する。よって、この世界の人口は保たれる」


 ピエルが機械のように地下世界の規則を暗唱した。

 次の瞬間、ピエルはカストルに殴られた。何度も何度も。

 そして、彼はピエルの胸倉を掴んで叫んだ。

「黒羽は、黒羽は僕がこの世界に来たから死んだ、そう言いたいんだな貴様はっ」

「そうです」

 ピエルの答え方があまりにも冷淡過ぎて怖い。

「そうか、僕が、この黒羽を殺したと。黒羽は僕のために笑ってくれた。最後にも、黒羽は笑ってくれた。黒羽は知っていた、でも、僕のことを思って・・・・・・笑って、くれた」

 肩を震わせながらカストルは涙を流した。そして、何度か床を叩く。

「王子様、もう、行きましょう・・・・・・よ」

 白虎の一人がカストルの震える肩を持った。

「汚い手でさわるな、カスが・・・・・・」

 彼はそう言いながら手を払いのけ、袖口で涙を拭った。そして、ピエルを睨んだ。尖った犬歯が覗く。そして、彼はピエルの隣にいる白夜に目を止めた。

「君は、吸血鬼なのか・・・・・・」

「ああ、そうだ」

「そうか、同類として・・・・・・残念だ。君はこの無礼者の仲間だろう?」

「はい」

 彼は一別して教室から出て行った。その後に金魚の糞のように白虎の者達が続く。

「弱みどころか、逆に弱みを握られてしまったなー」

 ピエルはいきなり腹を抱えて笑い始めた。

「敵は白虎だけじゃないとは、ね。王子様までオレの敵かー昔を思い出す。どうも、オレは敵を作るのが上手らしいなー」

 レヴィンはそんなピエルを泣きはらした後のような赤くなった目で見ていた。

「馬鹿」

と言って、急に走って出て行ってしまった。それを追いかけるように白夜も一度ピエルを睨んでから出て行く。

「悪人だな、オレ・・・・・・」

 彼はそう吐きながら掛けていた眼鏡を外して胸ポケットにしまった。そして、床に寝転がる。茶色の髪が広がった。


 そして、彼は笑った。

 ずっと、ずっと、ずっと。

 それは後に学校の七不思議に追加されることとなる。

 そんなことはどうでもよく、彼は笑っていた。

 小一時間ぐらいずっと、ずっと笑っていた。

 そして、いつのまにか泣いていた。

 頬をつたい涙が流れ落ちた。彼はそれを拭おうと手を顔の近くに持ってきた時だった。


「お久しぶりだねぇー勉兄さん。あ、今はピエル兄さんか」


 彼は、机の一つに座っていた。そして、ピエルを見下ろしていた。

「無様だよ、兄さん。前とまったく同じじゃないか。あの時もそうやって泣いていたよね。ボクは覚えているよ、鮮明に」

「牙、か」

 ピエルの元の名前、勉。桜木勉。その名前を知っているのはレヴィンと牙しかいない。そして、今目の前にいるのはレヴィンの弟、牙。IQ三〇〇の天才。人間以上の頭脳を持ち、死神の力を宿した魔族。そして、白虎の真のリーダー。

 彼、牙は少し長めの黒い髪を後ろで一つに縛り顔にはレヴィンとそっくりの青色の十字架があった。そして、黒いマントを身につけていた。

「どうして出てきた?」

「兄さんに会いたくてね」

 ケケケ、と牙は笑ってレヴィンとそっくりの目でピエルを見つめた。

「ほんとうに君たち姉弟は似ているな。腹違いと言っても同じ死神だ」

「やだなー。あんな馬鹿と一緒にされたくないよ、ボクは。たとえ姉とは言っても今さら会う気はないよ。にしても、さっきの鬼子は魅力的だったね。君の所の蝙蝠君を勧誘してさ、でも結局はよかったじゃないの、死んで。そして、兄と再開できてさ。にしても、あの王子は最高だよ。力の強さが半端じゃないね。そして、彼は君に敵意を持ったようだしね」

「白夜君を捨てたのはそれか?」

「んー、そうだね。本当は、死んで欲しかったんだけど。姉が気に入っちゃったようだね。まあ、あの二人はいつか近い将来に死ぬだろうさ。兄さんには残念かもしれないけど」

 そう言いながら牙は足を子供みたいにぶらぶらした。しかし、彼の纏っている空気が大人びているせいかあまり可愛さが感じられない。

「一つ、兄さんに教えておくよ。ボク達、本気で世界を滅ぼすことにしたんだ。とりあえず、まずは『パズルの塔』のピースを抜き取るつもり。誰を抜き取るかまだ考えていないけど、多分あの姉にするよ。そうしたら、この世界の住民と姉は対立することになる。そうしたら、自然的に姉には蝙蝠君がくっつく。そして二人で死闘をするだろうさ。それでね、ボクは兄さんに忠告に来たんだよ」

 にひ、と牙の口が開かれる。

「ボクと手を組まないか?兄さんは貴重な人材なんだよ。死んじゃったら惜しい。だって、この世界、いや、地上を含めてボクの頭脳は一位だ。そして、兄さんは二位。分かっているでしょ、兄さん。ボクはすでにあなたを抜いたんだよ」

「それが、育て親に言う言葉か?」

「ボクはそう思っていないからね、尊敬はしているけど」

 ピエルは目の前にいる牙を殴りたかった。一発だけ、どうしても。今にも手が出そうで彼は怖かった。今は、抑えている。しかし、それはまだ、平常心だから。いつ取り乱してもおかしい状態じゃない、そう彼は思った。

「殴りたい、んでしょ。このボクを。殴りたいなら殴ればいい。そして、負け犬になればいいのさ。ただ、そうするとね・・・・・・分かっているよね?兄さん」

 兄さん、が強調された。そして、彼はピエルを見ながら言葉を続けようとした。そして、口を開いた瞬間、

「牙、君には殴る価値なんてない。だからオレは君を殴らないさ。頭が良くったって君は心がないんだね。そう簡単に物事が行くと思っているのか。心理、それを読むべきだ。たしかに、君は頭がいいかもしれない。でも、オレには一生勝てないさ」

 そう言って彼はネクタイを緩めた。そして、シャツのボタンも外す。

「な、何を・・・・・・」

 すでに、牙の顔には敗北の表情が浮かんでいた。そして彼は悟る。彼は、自分自身にウニぼれすぎたただの、

「――餓鬼」

 だということに。

 ピエルの手には拳銃が握られていた。そして、それを牙に向ける。

「兄さん・・・・・・何だよ、それ」

「パズルのピースだか何だか知らんが、オレは君が気に食わないんだよ。自分でまいた種は自分で片付ける。それがこの世の鉄則だ。だから、オレは君を殺す。あの時、レヴィンだけ拾っておけばよかった・・・・・・後悔したよ、今。君とは良い頭脳戦ができると思ったが失敗だったみたいだしな。だから、オレは君を殺す」

 そう言いながらピエルは牙に迫った。牙の小さな体が小刻みに震えている。

「こ、殺せるもんなら殺してみろっ。ぼ、ボクは受けてたつぞ」

 その瞬間、牙の顔の右に彫られた青い十字架が鈍い光を放ち鎌が現れる。しかし、それはレヴィンの鎌と比べ小さく、そして脆そうだった。

「だいぶ使ってないんだろ、鎌。レヴィンのとは大違いだ。死神の誇りたる鎌を鍛えないとは、死神失格だね」

 ピエルはそういいながら銃口を牙に向ける。そして、狙いを定めた。

「力は、力は白虎の奴らに任せてあったから・・・・・・ボクは、頭さえ使えばよかったんだよ・・・・・・でもね、兄さん。ボクは負ける気がしないよ。兄さんはただの人間だ。ボクは魔族。元となる力が違うんだよ」

 牙はそう言いながら犬歯をむき出し、ピエルに襲いかかった。

 

 銃声が響いた。


「どうせ撃つなら殺せよ・・・・・・」

 崩れ落ちた牙が吐血しながら吐いた。血を飛ばし、ピエルを睨む。

 牙は肩に銃弾を浴び、血を流していた。ピエルが持つ拳銃は煙を出している。そして、近くには鎌が床に刺さっていた。

「とどめ、刺さないんだな兄さん、いや、ピエル」

「無駄口叩くんじゃねーよ。止血してやる」

「止血って、おま・・・・・・」

 近づくピエルを牙は震えながら避けた。しかし、体力の限界のせいか捕まる。

「もうすぐここには人が来るだろうな・・・・・・」

 彼は自分の着ていた制服の袖を破り、牙の肩に巻きつけた。みるみる赤くなるその布を牙は見下ろしながら呟く。

「・・・・・・今度会った時は殺す」

「それでいい」

 ピエルは立ちあがり、拳銃をベルトとズボンの間にねじ込んだ。そして、扉から出ようとしたその時だった。

「後悔するな、兄さん」

 牙が叫んだ。しかし、彼は答えなかった。そして、そのままゆっくり扉を閉める。

「後悔してないよ、オレは」

 彼はその場から去って行った。



 四年前。

 ピエルがこの地下世界に来た時、彼は病んでいた。

 それを看病しながらレヴィンは自分以外の魔族と出会うことになる。この世界で用意されていた部屋は何故か三人部屋だった。どうしてかは分からない。

 そして、その家に彼女は居づらかった。

 空気が重くなる、自分の気分も・・・・・・。

 なので、彼女は極力外に出た。

 彼女に与えられた仕事はない。というのも、一八歳以下の住民には仕事が与えられない。その代わりに学校があるがそこも強制ではない。

 だからか、彼女はのんびりとこの世界を散策した。今や、彼女の知らない場所などこの世界に存在しない。

 その時、彼女は目にしたのだ。

 家族は全員地上に住んでいるのに、自分だけがこの地下世界に落とされた、そういう人たちを。そして、それはほとんど一〇歳以下の子供たちだった。中には自分と同い年の子供もいた。彼らは家が与えられていると言ってもまだ、自立できる年齢ではなかった。自分には親代わりになるピエルがいたが、彼らにはいなかった。

 そんな彼らを助けるため、彼女は彼らの家を回った。

 毎日、毎日、毎日。

 その内、何人かを残して彼らは自立していった。

 しかし、その何人かは自立できなかった。

 彼らはショックが隠せず、いつも泣いていた。そんな彼らを彼女は助けたかった。そして、彼らを彼女は玩具、と称した。

 ピエルの体調が良くなってきた時、彼女はピエルに相談した。

 事務所を開かないか、と。

 彼はどうしてか、と彼女に尋ねた。しかし、彼女は

「玩具」

 とだけ答えて彼を学校にいる黒羽の元に連れて行った。そして、彼は思い出したのだ。昔の自分を、あの頃のことを・・・・・・。

 彼がこの世界で与えられた職業は探偵事務所だった。

 なので、彼は探偵事務所を造り、もともと来る依頼と一般の依頼の両方をこなそうとした。彼の能力とレヴィンの支えによってそれは成り立った。

 初めは難航した一般からの依頼も、他の個人経営の人たちの助けを借り徐々に探偵事務所として成り立って行った。

 心西探偵事務所――それは、心を大切にしようということで心を使い、西はこの世界の個人経営の事務所で一番西にある、という単純な理由。ほとんどの事務所が名前を入れる中、彼は自分の名前を使わなかった。


そして、事務所ができて二年後のことだった。


「ピエルっ、大変だ」

 レヴィンが血相を変えて事務所かつ自宅に帰って来た。中学の制服を身に付けており、短いスカートをやけに気にしながら彼女は飛び込んできた。

「どうしたんだー」

 ピエルはあくびをしながら彼女を見た。

「玩具が、玩具達が白虎に連れて行かれた・・・・・・」

 彼女の顔は半泣きだった。目の周りを真っ赤に腫らしていた。そして、頬ある十字架を鈍い赤色に光らせていた。

「どういうことなんだよ、それは」

 彼は妹の近くに行って彼女を宥めようとした。しかし、彼女は唸ると彼の手を叩き巨大な鎌を取りだした。

「ボクは今から助けに行く。ピエルが来ないなら、ボクは一人で行く」

 そう言って彼女は窓から飛び出して行った。

 その時、彼女が鎌を持つ手、右手には手錠はなかった。


「待ってろよ」

 レヴィンは呟きながら家の屋根を飛んだ。鎌で風を起こし、彼女は飛びながら白虎の本拠地第三ブロックに向かった。

 丁度、第三ブロックは事務所がある場所と正反対の場所にあった。たとえ、飛んで行っても三〇分以上はかかる。どんなにスピードを上げても時間がかかるのだ。

 彼女は何度か鎌を振り回し飛びながら現場に向かった。


 ようやく、現場に着く頃にはすでに事務所から出発した時から二〇分以上は経っていた。そして、そこには血の跡以外残っていなかった。

 レヴィンはその場に崩れ落ちた。そして、嗚咽を漏らしながら泣いた。

「お嬢ちゃん、来たな」

 ふいに上から声が聞こえた。そして、レヴィンは蹴り飛ばされた。小さく細い体が蹴りあげられる。レヴィンを蹴った男は彼女が持っていた鎌を他の場所に蹴った。そして、指を鳴らしながら彼女に近づき、胸倉を掴みあげた。

「何だね、君は・・・・・・」

「白虎の者だよ、嬢ちゃん。俺達はリーダーにお前を連れてこいと言われたんでね」

 男はそう言いながら彼女の細い手首に手錠を掛けた。そして、肩に担ぐ。

「おい、お前。鎌を持って来るのを忘れるなよ」

 男は部下らしき男に叫び、蹴り飛ばした鎌を持たせた。

「死神っていってもよ、鎌がなきゃ弱いんだよ」

 舌打ちをしながら男は吐く。

「リーダーがボクに何か用なのか」

「俺は下っ端だから知らねーよ、嬢ちゃん」

 そう言って男はレヴィンを肩に担ぎ建物の中へと入って行った。


「久しぶりだね、レヴィン」

 聞き覚えのある声が木霊す。

 明るい部屋に、彼女は少年と二人で居た。他には誰もいない。少年の近くには鎌が刺さっていた。

 少年、彼女には彼が見覚えがあった。

 ぼざぼさの黒髪に顔の右には青い十字架。黒いマントを羽織り、裾は床につくほど長い。そして彼は、椅子に座っていた。

「牙・・・・・・」

「あー、覚えててくれたんだ、ボクのこと」

 彼、牙は犬歯をむき出して笑った。見た目は七歳ぐらいの少年なのに、彼の纏っている空気は大人びていた。

 レヴィンは手錠を鳴らしながら吐く。

「覚えているも何も、姉弟だろ」

「腹違いの、ね」

 彼は訂正するように続ける。

「ボクは、そんなお前が嫌いなんだよ、牙」

 彼女は吠えるように言った。そして椅子に座っている彼に近づく。

「ガンとばさないで。ボクはねぇ、レヴィンが嫌いだ。これでいいじゃないか。そこで、レヴィンに頼みがあるんだよ」

 彼はそう言いながら頬にある青い十字架を光らせ、鎌を取りだした。それは、とても大きく黒かった。そして彼はその鎌を床に突き刺す。

 床が削れ、埃が舞う。

「ボクは死神として、いや、魔族の中心として本来の姿でレヴィンと決闘をしたい。と、言っても今すぐじゃない。何年先かボクにも分からない。ただ、ボクはレヴィンに戦いを申し込みたいんだよ。姉弟の慣れごとじゃない。本気の殺し合いだ」

 彼は目を光らせながら歯を見せる。そして、続ける。

「その戦いをするまで、ボクと音信不通にならないでほしい。連絡先も教える。ただ、勉兄さんには教えるな。彼を巻き込みたくない」

 そう言いながら、彼はレヴィンの鎌を引き抜いた。そして、彼女の方に放り投げる。鎌は、彼女の赤い十字架に吸い込まれていった。

 立ち去ろうとする牙に、レヴィンは叫んだ。

「この手錠、もらっていいか?」

「どうぞ」

 そう言って彼は扉の奥に去って行った。

 彼女は手錠を眺め、そして、天井を見上げた。

 

 天井には無数の電球があった。見ていて心地のいいものではない。

 彼女はそう思いながら舌打ちした。


 後、レヴィンの玩具が白虎に連れて行かれたのはデマだということが分かった。しかし、彼女はそれで安心のはずなのに、何故か不安に駆られていた。

 そんな彼女をピエルは心配するようになった。



「馬鹿だな、アンタは」

 扉の前に、白夜が仁王立ちになり掴みかかって来た。彼の目が血のような赤に染まっていた。犬歯をむき出し、彼は低く唸ってピエルをソファーに座らせた。向かい合うようにレヴィンが座っている。目の周りを赤く腫らし、唇を食いしばっている。

「蝙蝠と子うさぎ、道化を虐げる」

 ピエルは襟を緩めながら吐く。そして、灰色の目でレヴィンを見た。

「何だよ、それ」

「オレが語る物語だよ。この、世界のしくみと駒の現れ。そうだね、登場人物を紹介しようか。それは、道化と子うさぎ、蝙蝠に王子様。騎士、そしてこの家臣。村人。構成されているのさ、オレによって作られたモノガタリ」

 彼は笑いながら制服の上着を脱ぐ。そして、中に着ていたシャツも脱いだ。

「へ、変態・・・・・・」

 レヴィンが目を覆う。

 彼は、彼の上半身は数多の芋虫がいた。赤い、赤い芋虫。それも、蠢いているのだ。彼の肌の上で。タトゥーではない。蠢いている。六十匹は居そうだった。そして、その芋虫は全て中指ぐらいの大きさがある。顔も、足もある。まるで本物の芋虫のよう。

「何だ、それ・・・・・・芋虫かよ」

 赤い目が彼の体を凝視にていた。そして、足を震わせながら両手に嵌めていたグローブを取る。化物のような手が露わになるが、彼の芋虫よりは数倍ましだった。

「オレの芋虫だよ。そして、オレの記憶達だ。オレは彼らから記憶を吸収しているんだよ。だから、何でも知っている。芋虫使い、それがオレさ。魔族、でも下の方の魔族だけれどね。力もない。ただ、記憶力だけが取り柄の魔族さ。ねえ、知っていたか?この世界、魔族しかいないんだよ。最下級身分っていうのは、魔族のこと。虎菊だって、魔族さ。地上の人間から見て、少しでも違っている事があったら魔族なんだよ。この芋虫達はさ、学生時代の実験中にオレの体内から湧きでてきたものなんだよ。いつもは、なんとか隠している。でも、時々現れちゃうんだよね、芋虫」

「そんな事、ボク知らないぞ・・・・・・」

 レヴィンは彼を睨みながら怒鳴る。

「馬鹿、馬鹿、馬鹿・・・・・・秘密にしとくんじゃねーよ」

 彼女はピエルに抱きついた。芋虫を気にせず、彼女は彼の髪の匂いを嗅ぎ嗚咽を漏らしながら再び泣き始めた。

 白夜は見守ることしかできなかった。二人の間の絆は大きい。自分が入り込める隙間などない事は知っていた。そして、入り込もうとはしなかった。彼は、目線を彼らから天井に返る。そして、溜息をつきながら笑った。


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