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新大陸とオーク鬼

 海竜を屠り、巨鯨を破裂させ、巨大蛸の触手を切り刻んで、荒波を越えて嵐をやり過ごし――遂にサーラ率いるオーク鬼の一団は、新大陸へと辿り着いた。

 巨大な浮島が、波を掻き分けて陸地に乗り上げようと迫る。その至るところから係留索のように、太い根が何本も大地へと伸びており、大陸へと向かって浮島を牽引していく。

 接岸せんとする新大陸の大地には、豊かな森が広がっている。


「良い土地ね。地味が豊かで、水も豊富そう。長旅で疲れた森を回復させるのには打ってつけだわ」

『ああ、涎が出そうなほど、というのはこのことを言うのだろうな。打ち込んだ根の先から味わう土の味がたまらないぞ』

「ここまでご苦労様、ラゴー。直ぐにでも休ませてあげたいわ」


 広がる肥沃な大地を見るのは、浮島『漂泊の森』号の船長であるオーク・ドルイドのサーラと、そのパートナーであり『漂泊の森』そのものであるマンドレイクのラゴーだ。


 流石のマンドレイクも、ここまでの旅路は苦労した。四ヶ月近くかけて、この惑星の三分の一ほどを泳ぎきったのだ。多少は消耗もする。

 マングローブ的な対塩性も獲得しているし、水平遺伝的な方法で海草や植物プランクトンの要素を取り込み、浮島最外縁では珊瑚を真似て藍藻や褐藻を棲ませた擬似珊瑚礁を形成したため、それほど問題が多いわけではなかった。航跡には剥落した森の一部が浮草になって増殖し、緑のカーペットのようになっている。

 『漂泊の森』のスケール上のメリットから浮島の中央部では真水が容易に手に入るので水の問題はそれほどでもないのだが、それでも徐々に土のミネラルが流出して痩せていくのは如何ともしがたかった。

 だがそれもここまでだ。この新大陸の肥沃な土壌にたどり着いた以上、そんな心配をする必要は無くなった。


 浮島の周囲は、浮島から流れ出る栄養塩類や浮島に集まる虫たちによって肥沃な漁場となり、様々な魚種が浮島の周りで暮らすようになっている。

 もはや新たな一つの生態系だ。

 当然ながらそこを狙ってくる海洋の捕食者の類も後を絶たない。空からやってくる巨大な鳥型モンスターや竜種だっていた。


 様々な者が『漂泊の森』号の進路に立ちはだかった。

 周りの魚を狙うだけなら良いのだが、浮島が引き連れる豊富な漁場を自分の縄張りに留めるために妨害を仕掛けてくる魔物たち。

 単純に縄張りに入った浮島が気に食わなくて攻撃を仕掛けてきた輩。

 あとは、新大陸から旧大陸へ物資を運搬する輸送船や護衛の船舶、そして浮島を討伐するための軍艦隊。お互いにアルハズラットが開拓(というより予言)した航路情報をもとに航海しているのだから、かち合うのも当然だ。


 行く手を阻むそれらを文字通りに『圧し潰し』て、『漂泊の森』はここまでやってきた。圧倒的な質量は、何ものにも勝る力である。


 時には浮島より巨大な鯨や亀にも遭遇したが、なんとか急所を狙って勝利し、逆にその肉体を苗床にして『漂泊の森』を拡大した。

 これは構造上どうしても急所が存在する動物とそうではない植物との間の、耐久力の決定的な差のおかげだ。幾つか危うい場面があったものの、奇跡的に海に引きずりこまれなかったこともあり、勝利できた。

 死骸を苗床に増殖した森の一部は、『漂泊の森』から切り離して新大陸と旧大陸の航路上に残しており、ニンゲン勢力の妨害と、今後やって来るであろう味方の援軍のための中継基地として利用する予定だ。途中の島嶼も森蝕してあるので、後続隊は幾分楽に航海できるだろう。……さすがに海中への森蝕は、海草が生えられるような浅瀬はともかく、光が届かない深海へまで到達するのは全く以って不可能であったが。光がなくては植物は生きられないし、行く手を阻む巨大イソギンチャクやヒトデなどなど、まだまだ強敵も多いのだ。深海の魔物の中には数万年あるいは数十万年以上も生きているような(あるいは数億年かもしれない)、文字通り年季が違う化け物も存在することだろう。


 回想から戻って周囲に眼を向ければ、敵に囲まれているのだと再認識できる。

 これだけ大きなものが近づいていれば、馬鹿でも盲でも敵が来たのだと気が付くというものだ。新大陸に近づくにつれて抵抗は頑強なものになってきている。

 今だって、新大陸に向かって進む『漂泊の森』の周囲には、まるで肉に集る蝿のようにニンゲンの鉄の軍艦が十数隻――おそらくは虎の子の一個艦隊――が纏わり付いている。


「撃てっ!」


 という艦橋の声までは流石に聞こえないが、周囲の軍艦の巨大な艦砲が魔力結晶と火薬の混合物を炸裂させて火を噴き、鉄の塊が『漂泊の森』へと降り注ぐ。

 また水雷艇からは魚雷が発射され、浮島の外縁を削る。

 浮島外縁の擬似珊瑚礁が、鉄火と魚雷によって剥落していく。航跡に浮かぶ浮草が燃え上がり、嫌な煙を出す。

 膨大な鉄量が、そのまま森を耕して更地にしてしまうかと思われた。


 それがただの森ならば、そうなっただろう。


 だがこの浮島はそれ自体が恐ろしい魔物なのだ。

 旧大陸を半ば以上その手中に収めた最強の植物、マンドレイク・フォレストキング、その分身だ。


 砲火を防ぐべく、木の防壁が高く成長して立ち上がる。ドーム状に湾曲するそれを、島の内側から延びる巨木がつっかえ棒のように支えた。

 魔力に満ちたその防壁は木で出来ているにも関わらず、鉄より硬くしなやかだ。砲撃が着弾するものの、一つたりとて防壁の後ろには通らない。

 亀裂が入っても、溢れる樹液が即座にそれを塞ぐ。無限とも思われる再生能力を備えた防壁が、砲撃を阻む。

 自力飛翔して炸裂する爆弾――ミサイル――も降り注ぎ、流石に防壁に穴を穿つが、それも瞬く間に修復される。針の穴を通すように同じ場所に着弾させ続けなければ、結局壁を抜くことは叶わない。


 防御は完璧。

 ならば攻撃は?


 簡単だ。

 少し身じろぎしてやれば良い。


 ざ、とも、どぉ、ともとれない轟音と共に、浮島の一部が持ち上がる。


 ――ぉぉぉぉぉおおおん。


 そしてゆっくりと海面に落下。再び低く響く轟音。

 言ってみれば単なるボディプレス。だが発生する波の高さは、優に軍艦の高さを超える。土砂や棚氷が崩落することによって発生するようなそれを、マンドレイクは故意に発生させたのだ。


 巨大な波が艦隊を襲う。


 軍艦は波に飲まれて転覆し、あるいは突き上げる波頭によって折れて吹き飛び、またあるいは窪んだ波間に墜落した。

 死屍累々。ただの一撃で、艦隊は壊滅状態に陥ったのだ。まさに質量は脅威であり、『漂泊の森』はその脅威を存分に発揮したのだった。新大陸沿岸にも、その余波は及んだだろう。

 浮島は転覆した軍艦の残骸に向かって、未だに波打つ海面を這って浮島から蔦を伸ばす。水漬く屍を草生す屍にするために。やがて蔦が残骸に到達して巻きつき、根を張りながら引き寄せる。

 残骸を回収するのは、積載された魔力結晶を頂戴し、また敵の艦艇に使われている技術を解析する目的もある。

 『漂泊の森』号の艦長であるドルイドのサーラは、ニンゲンの最新技術にも精通している。これはオークの諜報部隊が優秀なためでもあるし、その下で学んだサーラもまた優秀だったためだ。


「鬱陶しいアメンボどもも片付いたし、これでそれなりの量の魔力結晶が手に入ったわ」

『うむ、新大陸からの迎撃艦隊は、魔力依存度が低いものが多かったが、今回はまさに虎の子の艦隊だったのだろうな。我らにとっては僥倖である。鹵獲した結晶を使えば、直ぐにでも森蝕を始められるだろう』

「まあ少しくらいはラゴーも休ませてあげたいけれどね」

『このくらいは平気だ。気遣い無用』

「頼もしいこと。でも、そうでなくっちゃね。付いて来てくれた部下たちには悪いけど、休んでる暇はないわ。早速作戦を始めないと」

『ああ、同意する』


 遂に接岸した『漂泊の森』から蔦が伸び、根が伸び、あっというまに沿岸の森の木々に巻きついて絞め殺していく。

 ぎゃあぎゃあと鳥や獣が、森から逃げ出していく。森は以前より暗い深緑に塗り替えられていく。

 ニンゲンの断末魔を想像して期待を胸にサーラは微笑み、生木マンドレイクの多脚義足で新大陸の大地を踏みしめるのだった。



  ◆◇◆



 一方の新大陸側陣営――要するに聖勇国セントブレイブの植民地政府。

 新大陸は、セントブレイブが『発見』した大陸だ。そしてそこに植民地を築いた。


 植民地化した新大陸において、マンドレイクの脅威から開放されたセントブレイブは、存分にその技術力と生産力を発揮した。

 大地を掘り返してマンドレイクの代わりの燃料となる石炭鉱脈や石油を見つけ、魔力抽出の為にマンドレイク材代わりになる現地の生物を養殖。これらの資源や代替物の存在は、やはりアルハズラットによって予言されていた。

 それらを使って支援物資を生産し、植民地から旧大陸へと送ることで、旧大陸の戦線を支えていたのだ(ただし魔力結晶のみは、マンドレイク材が手に入る旧大陸での生産が主体であったため、新大陸側はむしろ輸入する側であった)。


 セントブレイブは圧倒的な技術力によって、新大陸の原住種族たちを制圧した。

 マンドレイクが旧大陸を席巻したように、勇者と聖女を祖として敬う聖勇国セントブレイブは新大陸を席巻したのだった。

 竜王から旧大陸を奪還した勇者、ニンゲン国家を旧大陸から追い出したマンドレイク、新大陸で猛威を振るうニンゲン。それらは全て侵略者と言う意味では同じものだ。


 所詮この世は弱肉強食。

 適者生存こそがこの世の真。

 栄枯盛衰の無常な移り変わりはこの世の理。

 侵略と衰亡の歴史は、即ち生命そのもの。


 そして今、またもや歴史は繰り返されんとしていた。

 森蝕の大洋越え。

 ニンゲンが恐れていた事態が現実のものになったのだ。


「“大魔王からは逃げられない”、ですか」

「大魔王とは森王のことか?」

「さあ、そこは判然としません。森王のことでもあり、あるいはもっと別の存在を指しているようでもあります」

「というか、それは一体誰の言葉だ、次席研究員」

「我らがアルハズラット先生の故郷における現実、それを表した言葉――そしてイメージ――だそうですよ。人類は滅びの運命からは逃れられないのか、と先生は常に苦悩していました」

「貴様の師匠の――時を超えた叡智を以ってしてもか」

「それでもなお、だそうですよ、王太子殿下」


 植民地政府のとある建造物にて、壮年の学者風の男と、煌びやかな空気を纏う青年が会話している。

 学者風の男はアブドゥル・Y・アルハズラット――の高弟の一人である。本人ではない。時代を常に先取りし続ける男の弟子、万能の大天才の思想を広めるスポークスマン。夢を通じての睡眠学習で膨大な知識をインストールされてもなお人格を保った、アルハズラットの取り巻きのうちの一人。

 もう片方の煌びやかな男は、聖勇国の後継者である王太子だ。万が一、旧大陸の王都が陥落したときに備えて、父王の命により避難させられているのだ。


「先ほど連絡があり、精鋭艦隊も成すすべなく壊滅した模様です。正式な報告は軍から別途上がるでしょう」

「そうか……。国の盾となった英霊に感謝を……」


 王太子は黙祷を捧げる。

 しかしいつまでも感傷に浸っている時間もない。


「……次席研究員、新型爆弾はどうなっている? 投入可能か?」

「基礎的な工作精度や前提技術の問題から、未だ実用化には至っておりません。技術の発展には、順序というものがあるのです」


 理論値では大都市程度なら焼却可能だという新型爆弾は、未だ完成に至らず。

 いや、完成できたとして、地下深くに根を張るマンドレイクに対して何処まで効果があるものか。焼け野原でもそ知らぬ顔で新芽を芽吹かせるだろうことが容易に想像できる。根絶やしにするなら、十数回は使って再生するたびに焼き尽くし、再生用に地下茎に蓄積されている栄養素を全て吐き出させなくてはならないだろう。

 マンドレイクを滅ぼせなくても、マンドレイクと共生関係にあるオーク鬼くらいは、上手く新型爆弾を使えれば滅ぼせるだろう。マンドレイクとニンゲンの時間感覚は大きく異なる。そのギャップを埋めて、スピーディな侵攻を可能にしているのが、オーク鬼たちの存在だ。ならばそれが居なくなれば、ニンゲン側に時間的猶予が生まれるかもしれない。


「これほどに海を越えてくるのが早いとはな……。予想外だ」

「やはりオーク鬼どもの存在が大きいですな。奴らは数が多くて小回りが利く上に、人類と同じ尺度タイムスパンで生きています故……」

「ふん、ネズミの時間で生きているわけではないのが、せめてもの救いと言うわけか」


 今更言っても始まらない。近年の森蝕速度の鈍りもあり、ニンゲン側にも油断があった。いくら斥候を送り込んでも森の内情などよく見えないのだから、楽観論に流れてしまった面もある。警鐘を鳴らし続けて妥協することなく軍事力増強を推進したのは、アルハズラットを中心にしたタカ派くらいであった(ハト派を装ったオーク鬼の工作部隊の努力が実ったとも言う)。

 その結果今では、旧大陸では徐々に森蝕が活発化して大地を奪われ、さらには新大陸にも上陸を許してしまった。それも、偶発的に漂着した木の実や流木などとはまるで規模が異なる、巨大な島一個分の上陸を、だ。

 これを封じ込めて根絶するまでは、新大陸に安寧は訪れないだろう。


「それで、どうする。どうすれば良い?」

「……目標を新大陸に侵入したオーク鬼の根絶に絞れば、あるいは対処も可能やも知れません」

「オーク鬼を叩くことで、森蝕の鈍化を狙う、か」

「そうです。消極的ですが、現状ではそうするしかないでしょう。それが出来れば、あとは民間資本も導入してのマンドレイク材の伐採推奨と、伐採材からの魔力結晶精製を推進するだけです。そろそろ技術の民間移転を行なうのが経済的にも正しいでしょうし、それで時間を稼ぎます」


 オーク鬼を叩けば森の即時的な対応力は下がり、急速な森蝕はなくなるだろう。

 そして官民合わせて森を伐採して時間を稼ぎつつ、新技術の開発を進める。そして最終的には極大威力の新型爆弾で、森蝕された地域を灰燼に帰する。

 当然ながら、これらは速やかに行なう必要がある。最も警戒するべきは、マンドレイクの進化による各種兵器への耐性獲得と、それにともなう技術の陳腐化だ。オーク鬼とマンドレイクはお互いに補い合って進歩しているが、そもそもマンドレイク単体での進化速度も侮れるものではない。オーク鬼を鎮圧して安心していたら、全く別の協力種族が現れて元の木阿弥ということも充分考えられる。あるいは、旧大陸からの増援だって……。


「……そうだ、旧大陸から敵の第二波は来ていないのか?」

「今のところはその兆候は確認されておりません」

「ふむ」


 それは新大陸侵攻に振り向けるだけのマンドレイクのリソースが不足してるのか。

 旧大陸での地歩を固める心積もりなのだろうか。


「いくらマンドレイクでも、あの規模の漂流する森を続けざまに送り出すのは難しい、ということか?」

「そうかも知れませんし、あるいは……」


 旧大陸から切り離されて洋上を航海した漂泊森林の、その航路上に残されたものを頼りにして、本格的な侵攻に向けての足場を作っているのかもしれない。

 そうだとすれば恐ろしいことに、アレだけの規模でありながら、漂流してきた森は単なる先遣隊、いや斥候に過ぎないのかもしれないのだ。

 マンドレイク・フォレストキングをニンゲンの価値観で計るのは危険だ。あれはニンゲンに計れるような存在ではない。


「あるいは、今回新大陸こちらに送り込んだ分だけで充分だと考えているのかもしれません」

「それだけ侮られている、ということか」

「相手が何処まで狙っているのかのまだ不明なのでなんとも言えませんが、少なくとも『本国への物資輸送の妨害』という目的を達成するには十分な戦力だということは確かです」

「重要なのは相手の戦略目標(狙い)、か」

「……もし新大陸を全て手中に入れるのが目標であり、その上で増援を考えていないというのならば――」


 問題は、送り込んだ戦力に敵が絶対の自信を持っている場合。

 『何が起きようと勝利できる』と、それだけ信頼された者が率いている可能性がある。

 精兵に猛将。迎撃に向かった精鋭艦隊の壊滅は、それを暗示している。


「暗鬱になってくる、な」

「しかしやることは変わりますまい」

「そうだな。先ずは、というか何よりも、森の拡大を防がねばならん。本国への輸出を再開するためにもな」


 広がると手のつけようがなくなる。

 だから今のうちにこれ以上の拡大を防ぐ、あるいは最低でも森蝕の速度を鈍化させる必要がある。


「幸いにして、爆撃機部隊は試験機の名目で、部隊として運用可能な数が用意できております。試験機ですので性能や規格は一部統一されておりません。航続距離に懸念があったことと、海軍との軋轢もあり水際作戦には投入できませんでしたが……」

「実験空軍か……それでも現時点で面制圧可能な遠隔攻撃手段が温存できているのは、不幸中の幸いだな。直ちに発進させろ、軍の横槍が入ろうと、だ。私の勅命で捩じ込め」

「御意に」

「それと爆弾の増産もだ。可能な限り作らせろ、今ある在庫分ではとても足りるまい」

「はっ、急がせます」


 広がるそばから焼き尽くす。反撃も煙も届かない場所から一方的に焼き尽くす。一切合財焼き尽くす。

 それしかないのだ。

 ……水際で上陸を阻止できなかった時点で色々終わっている気がしないでもないが。






「いっそのこと竜伐の建国王に倣うのも手か」

「確か……第二王子のケイロン殿下を中心とした『英雄部隊』、でしたか」

あいつほど戦闘の才能に恵まれていればこその発想だろうがな」

「……個人的にはたかだか数人の武人に頼るなどしたくはないのですが」


 ニンゲンの力は組織力なのだ。

 圧倒的なまでに突出した個人に頼るのは、アルハズラットに薫陶を受けた次席研究員の彼としては本意ではない。

 尤も、効率的な強化カリキュラム作成や、特殊能力持ちを発見しやすい制度作りに協力したのも彼らアルハズラットの弟子たちなのだが。


「歴史は繰り返すものだ。『魔王』による侵略の歴史も、そしてそれに抗う『勇者』の歴史も」

「何にしても、あまり森を広げられるわけにもいきません。それは変わらない。『英雄部隊』も完成には程遠いと伺っております。暫くは爆撃で時間を稼ぐ必要があるでしょう」

「ああ、人類の底力を見せてやろう」



  ◆◇◆



「……なかなかやるわね、ニンゲン」

『これでは森が広げられないではないか』

「常に炎の壁に囲まれてるし爆発で地面ごと掘り返されてるからね。……まあ、その程度は想定済みだけど」


 森の周囲から中心へ螺旋を描くように、空から爆弾が投下されており、外へと森を広げることが出来ないでいた。

 とはいえ中心部を覆う、戦艦の主砲すら弾いた隔壁は健在なので、サーラたちは別に命の危機は感じていない。

 それに諜報部のオーク鬼から、航空兵器や新型爆弾の情報は聞いていた。新型爆弾で一気に薙ぎ払われる可能性も視野に入れていたが、今のところその兆候はない。


「まあ、このくらいなら問題ないわ」

『フォレストキングの本体の方は、均一に森を広げることに執着を持っていたが……』

「私たちにはそんな拘りはないもんね」


 ぶっちゃけると、マンドレイク・フォレストキングの目的は自らの勢力圏の拡大であるが、それに対してサーラの目的とは復讐であり、つまりはニンゲンの殲滅なのだ。

 そうなれば、取るべき手段も自ずから異なってくる。


「まずは分断」

『旧大陸から新大陸への、その動線を破壊する』

「第一目標は、旧大陸への支援物資の遮断、つまりは後方撹乱が私の役目。それは大陸間航路を押さえたことプラス上陸によってほぼ達成。じゃあ、少し欲張ってもいいわよね」


 このまま新大陸を蹂躙する。


『森を一部突出させて通商路を遮断する』

「――網の目状に匍匐枝ランナーを走らせて、各地域を細かく孤立させる。そして孤立した地域を各個殲滅」

『マス目を塗りつぶすように、勢力圏を広げる』


 というわけで。


「ウッドトレイン、ゴ―!!」

『ゴー!!』


 匍匐枝、というには余りにも巨大なそれが、森を囲む爆炎を振り払って突出する。

 直径はオーク鬼十人分もあるような巨大な樹の丸太が、地を這うように――否、飛ぶように地面を走っていく。その速度は一刻百里というような有様だ。外殻は堅牢であり、当然、止められるものは存在しない。

 掛け声通りに列車のようなそれが、土煙を上げながら大地を横切っていく。巨大な樹の蛇が跳ねながら、行く手に立ち塞がる何ものをも破壊する。


「航空戦力に対する有効打は、ちょっとまだ与えられないけど」

『……風の魔法で、大気を擾乱するか?』

「うーん、どうだろう、多分魔力結晶の備蓄が足りないわ。今は勢力を広げて、エネルギー収支を安定させるのが先かしらね」


 鹵獲した魔力結晶や植物体に備蓄している栄養と魔力をガンガン消費してウッドトレインを走らせているので、羽虫程度の航空機などに構う余裕はない。

 それに後背地域を落とせば、航空機の脅威は無くなる。鳥には止まり木が必要で、永遠に飛び続けられるわけはないのだ。


 しかし嫌がらせくらいはしておこう。


「まあ種砲弾くらいは飛ばしましょうか」

『弾種は――鳳仙花タイプのものが良いか。散弾の一つでもかすれば十分だろう』

「竜と違ってあの飛行機械は脆いらしいから、それで良いでしょうね」


 爆撃の隙を突いて、防御隔壁が砲塔型に変形する。スイカのようなドームから、ウニの棘の様ににょきりと砲塔が突き出る。

 そこから種砲弾が散発的に発射される。砲弾は空中で炸裂し、内包した散弾を撒き散らす。

 しかしなかなか当たらない。割りと相手の高度があるせいだろう。


「高度があって遠いけど、向こうもあんまり速くないから、よぅく狙えば当てられるかもだけど――」

『ふむ、では君の部下たちに的当てゲームでもやらせたらどうかね。彼らも一方的に爆撃されて鬱憤が溜まっているだろう』

「そうね。あれ追っ払わないと彼らも外に出られないから暇でしょうし」


 サーラは砲撃を自分の部下たちに丸投げする。

 権限を引き継いだ部下たちは直ぐに砲塔を操作して狙いを定める。

 ウニの管足のように自在に砲塔が動き、次々と散弾を吐き出す。


 そして散弾が命中したのだろう。一機が錐揉み回転しながら落ちていく。


「お? おー! 落ちた落ちた! やった子にはご褒美あげないとだね!」

『あとで墜落地点まで残骸を回収に行かんとな』

「あ、他のは逃げてく」


 一機が落とされて怖気づいたのか、それとも燃料切れか爆弾切れか。

 何にせよ爆撃機部隊は撤退していくようだ。


 匍匐枝ウッドトレインはその先頭を急成長させ、土煙を上げながら延々と伸びていく。

 既に横たわるウッドトレインの根元に近い方はどっしりと大地に根を下ろしており、その円筒の上半分からは枝を伸ばしている。同時に、幹から枝を伸ばして這わせる。枝は時には互いに合流し、葉脈の網の目のように大地を覆っていく。


「まあまずは半日で伸ばせるとこまで伸ばして、その範囲内の都市や工業施設を包囲して孤立させましょうか」

『暫くは区切った範囲内の攻略と、失った魔力をまた蓄積せねばならんな。それとは別に主要な交易路を遮断するようにウッドトレインを走らせるのも続けるが』


 ウッドトレインから枝を沢山生やせば、直ぐに鉄のカーテンならぬ、マンドレイクのカーテンが出来上がる。

 それでニンゲンの生活圏をズタズタに分断するのだ。

 遮断された都市など、じきに飢えてしまうだろう。攻略は容易だ。


『……ビースが奪取した新大陸の地図が正確なら良いのだが。余りにもニンゲン側の情報戦能力が杜撰なので、偽情報なのではないかと勘繰ってしまうな』

「まあ確かにねー。それ以上にうちの情報部が優秀なのかもしれないけども。でもまあ、事前情報に頼りっぱなしにするんじゃなくて、こっちも独自に情報を集めれば良いだけよ」

『そう言うと思って、一定間隔で高山級の高さの巨木の物見櫓も作ってある。ニンゲンたちの都市の監視や地図作成はそこからやれば良い』

「流石ラゴーね、仕事が早い」


 ウッドトレインからは早速太陽に向かって枝が伸びており、樹々の緑で作られる道となっている。それは元からあったニンゲンの道のことごとくを分断していた。

 緑の道を辿って見ていけば、確かに霞むほど遠くに幾つもの天を衝く巨木が立っているのが分かった。あっという間の早業だ。

 あとで部下たちをその監視塔樹に配置しなくてはならないだろう。

 監視されるプレッシャーというのは相当のものだし、逃げ出したり連絡を取ろうとウッドトレインの境界を越えようとする者たちを見せしめにすれば、さらに区域内のニンゲンを追い詰めることができるだろう。一旦見せしめをすれば、監視塔樹に詰める人員は減らしても良いだろう。どうせニンゲンからは監視塔樹の中にオーク鬼が居るかどうかなど分からないのだから(スパイなどによって監視要員の交代ローテーションが漏洩しない限りは)。

 都市内部に不和の種を撒いても良い、『誰某はオーク鬼に通じている』とかいう具合に。あるいは『先住民族がこの機に蜂起しようとしている』とかでも良いだろう。逆に『セントブレイブの移民たちが先住民から積極的に略奪している』というのも信憑性があるのではないだろうか。そして内紛で自滅してくれれば手間が省ける。そうなれば大都市ほど崩壊が早いだろう、ニンゲンの数も多く、外部からの流通がなければ物資は持たないから。追い詰められればニンゲンでも動物でも変わらずに本性を剥き出しにするはずだ。一部の人間だけを不自然に優遇して、その擬似的な特権階級に虐殺を指揮させるのも良いかもしれない。分断した区域ごとに戦争させてみるのも良さそうだ。


「じわじわと嬲り殺しにしてくれるわ」

『……てっきり血みどろの殲滅戦でもやるのかと思ったが』

「際限がないもの、そんなことしてたら。ニンゲン相手に労力をかけるつもりはないのよ。わざわざ私たちが手に掛けるまでもない。新大陸は広いし、いちいち関わってらんないわ」


 だから絶望と不安と不信の中でのたうち回って死ね。

 お互いに殺し合って死ね。

 ニンゲンはその愚かしさ故に死ぬのだ。


「ふふふ、適当な頃合を見て、幻覚ガスを流し込んでも良いかもね。疑心暗鬼の中だと、隣人はどんな顔の化物に見えるのかしら」

『外道だな』

「ニンゲンなんて滅びればいいのよ。……いいえ、私が滅ぼしてやる」


 彼女の憎悪は深いが、しかし野生の理には従順だ。


「滅ぼされたくなければ、力でそれを覆しなさい、ニンゲンども。まあ私も昔のように何の力もない子供ではないし(見た目は成長していないが心構えの問題だ)、ラゴーの力に頼るしかなかった未熟者でもないわ。せいぜい抗うことね」



  ◆◇◆



 悪化する治安。遠くから監視するオーク鬼。出て行ったら二度と帰らない決死の連絡隊。

 分断された上に日ごとに狭まる生活圏。押し寄せる樹々。救援物資を空輸しようと試みては撃ち落される外からの輸送飛行機。

 森に魂を売り渡した一部のニンゲンたちによる過酷な支配。密告の推奨。


 マンドレイクの檻の中のニンゲンたちは繰り返し繰り返し思い知らされる。

 抵抗しても無駄である、と。学習的無気力というやつだ。

 研究者気質も多少は持ち合わせているサーラは、その様子を論文にまとめているようだった。ニンゲンの効率的な破滅的支配方法、とでも名付けるべき論文だろう。


 ニンゲンの中にはレジスタンス活動をしようと試みる者も確かに居た。

 だが、非正規的な活動はオーク鬼の方が一枚上手だった。新大陸に来たのは、ニンゲンを手玉に取り続ける工作員の長ビースに鍛えられた精鋭特殊部隊のオークたちである。

 レジスタンスすらも、オーク鬼によって作られた自作自演のマッチポンプの産物でしかなかったのだ。表と裏から、オーク鬼はニンゲンを支配した。決して自らは矢面に立たず、攫って洗脳したニンゲンのシンパたち(少年少女が多かった)を上手く使って、巧みに内紛を煽った。

 霧の夜には隣人が化け物に見えるという噂もある。いつの間にか植物人形に置き換わっている隣人もいるとか、不確定ながら否定しづらい噂話が流布される。


 じわじわと森に区切られたニンゲンたちは数を減らしていく。心をすり減らしていく。信頼を、絆を、生きるための活力を摩耗させていく。侵略者サーラの悪意は陰湿だった。




 そんなある日の出来事である。


 助けが来たのだ。

 そう、『英雄』が!

 人々が待ちに待った『勇者』が!



  ◆◇◆



 英雄(彼ら)は地響きとともに現れた。

 まるで地面に張ったテープを剥がすようにして、地面が森の樹々の緑ごと一直線に捲れ上がっていく。森の根が伸びて持ち堪えようとするが、間に合わずにその勢いで空へと放り投げられてしまう。

 これは土を操作する魔法だ。それ自体はありふれた魔法。土塊を魔力に応じた量だけあっちからこっちへ。ただそれだけの魔法。――だがその規模は空前絶後だ。


「あはは、無茶やるものだな、アーネスト爺さん! 地盤を捲るときの地震のせいで、無事だった街もどんどん崩れて行ってるじゃないか! ま、どうせそこに住むニンゲンなんかもう居ないみたいだがね」

「空撮で生き残りの居る場所は分かっております。――敵の首魁の場所も。そこまでの道は私が作ります。殿下はその道を、皆を率いてただただ驀地に!」


 無邪気な声と渋い声。英雄王子と歴戦長命の土魔法戦士。数十名の戦士たちを――英雄たちを率いて彼らはただただ疾走する。

 一際目立つ一人は、若い金髪の王子――ケイロン・セントブレイブ。戦の才に溢れた王家の男。初代国王である竜伐王の再来とも言われる、最強の男。いや、新大陸で土着の魔物たちを討伐して地力を上げた彼は、初代国王を既に超えているとも噂される。

 血路を開く土の魔法戦士は、百数十年を生きてなお現役の最巧のロートル――アーネスト。若い頃から最前線に身を置き続け、何体ものマンドレイクの巨兵を倒してきた戦士。彼は、その増大した魔力故に長命を得た。アーネストのゴツゴツとした鎧には、魔力結晶を内蔵した無数のシリンダーが刺さっている。魔法を使う度に、彼の身体に直接接続されたシリンダーが輝き、魔力結晶に封じられた魔力を放出する。ニンゲンを超えた天変地異規模の大魔法は、先端技術による肉体と魔導機械の融合によって支えられていた。彼はその身も人生も、全てを森との戦いに捧げていた。


「土よ退け! 道を開けよ! 我らの主が凱旋するぞ!」


 アーネストが力に満ちた言葉を叫ぶと、地割れが走り大地が持ち上がる。同時にアーネストの鎧から魔力の残滓が噴出して、空になったシリンダーが脱落する。

 アーネスト老が作った道を、ケイロン王子を筆頭にして精鋭たちが駆け抜ける。いずれもアーネストに負けず劣らぬ歴戦の勇士たちだ。

 彼らは来るべき日に備えて、この新大陸中を駆け回り、その技術と鉄火魔導の力でもって目ぼしい土着の魔物を駆逐して、その身の糧にしてきたのだった。彼らこそが人類の矛の、その尖りに尖った最先端。


「おおおおおおおおおおおおおおお!!」


 鬨の声を上げて、英雄部隊が走る。

 行く先々で森に内側から崩された廃墟の数々が目に付く。しかしニンゲンたちは見当たらない。いや、そこでかつて繰り広げられた酸鼻な光景を見なくて済んで、ある意味では幸運だったのかもしれない。全ての惨劇は森が覆い隠して呑みこんだ。


「くっ、さすがに再生が早いな……!」

「いや、持ちこたえられているだけでも凄い。さすがアーネストさんだ」

「私たちにできるのは、力を温存して敵の本丸に辿り着くことだけよ!」


 随行の英雄部隊隊員たち数十名に、森のプレッシャーが圧し掛かる。

 アーネスト老が渾身の力を込めて維持している道以外は、既にまた森に沈んでいく。

 老兵が全霊をかけて維持する土の壁は押し寄せる樹々とかろうじて拮抗し、土と樹のトンネルを作り上げる。

 それでも彼はニンゲンの枠を出ない、ただの一個人である。退路の維持にまでは力を回せず、英雄部隊が進むそばからトンネルが圧壊していく。


「道は前にしかないぞ! 進め! 進め進め進め! 進め!!」

『 おおおおおおおおおおおおお!! 』


 だが、その英雄たちの行く手に空から降って立ち塞がるものがあった。


「貴様ら、止まれ!」


 行く先から響いてきたのは、流暢な交易共通語。ニンゲンの言語。

 つまり掘り返された土の道に立ち塞がったのは――


「……人間か」

「如何にも。我らの『国』を攻め滅ぼそうというのだろう? そんなことはさせるものか」

「馬鹿者め、何が『国』だ。この愚か者が! 森に利用されているのに気付かんのか!」

「はっ、知らねぇなあ!! 利用されてるからなんだってんだ、その分良い思いをさせてもらってるぜ」


 それは占領地から強奪したのであろう最新式魔導甲冑を着たニンゲンだった。


「こ、の、愚物が!」

「そりゃあ悪うございましたねえ。こちとらお貴族様とは違って学もないもんでねえ」


 彼らはニンゲンを裏切って森についた愚か者たち。目先の権益に踊らされて、将来に待つ種の滅びを見通すことの出来ない短慮の馬鹿ども。

 森の権威を傘にきて、同族であるはずのニンゲンたちを気ままに支配し奴隷にして良い思いをしてきた輩だ。略奪、強姦、拷問、虐殺……ヒトはここまで同族に対して残酷になれるのかと、あのオーク鬼のサーラですら感嘆し喝采を送った。

 そんな彼らにとって、森のマンドレイクを滅ぼそうとする英雄部隊などただ己の権益を取り上げようとする邪魔者にすぎない。いや、ここで救援に現れた者たちを叩き潰し、自分たちの優位性を支配する奴隷たちに示さねば、奴隷たちは反旗を翻すだろう。


「貴様ら下種に使う魔力も惜しいが、見逃すわけにもいかぬ」


 英雄部隊の中からケイロン王子が前に出て、魔導剣で逆賊たちを指す。柄には幾つかの小型魔力結晶シリンダーが自動拳銃の弾倉のように装填されている。その内の一つを消費し、剣に魔力の光を纏わせる。同時にアーネスト老が邪魔が入らないように周囲を丈夫な土の壁で覆い、地下までそれを伸ばしてマンドレイクの侵入を遮断する。邪魔立てはさせないつもりだ。


 逆賊たちの最新式魔導甲冑が臨戦態勢に移行し、その表面に魔導の光が走る。各部に仕込まれた感圧板などの各種スイッチが、鎧の各種機能を起動させるのだ。新兵でもそれなりに戦えるようにするもので、マンドレイクの『森の鎧』を参考にしたものであった。短時間なら空だって飛べる。逆賊とはいえ、いや逆賊だからこそ、自らの権力の源である鎧の操作には習熟していた。



 光剣を掲げたケイロンが口を開き、朗々とした声で断罪する。


「事ここに至っては是非もなし」


  「俺らだって分かっちゃいたのさ」


「魔物に降りて為した悪逆三昧、決して許せるものではない」


  「こんな旨い話があるはずがない、続くわけがないってな」


「第二王子ケイロンの名において沙汰を下す」


  「だがなあ、そもそもあんたらが遅すぎるんだよ」


「罪状、国家反逆罪」


  「助けに来るならさっさと来やがれってんだ。そうすりゃ俺らだって……」


「判決は死刑センテンス・イズ・デス


  「……いいや今更だ、全ては今更なのさ。それにどうせあの森の化物と、化物の森には誰も勝てやしねえのさ。なら少しでも旨い汁吸おうと思って何が悪い」


「神妙に素っ首を差し出せい!」


  「はっ、やなこった!!」




 激突。


『 せええええやあああああああああああ!! 』

『 ぎゃあああああああああああああああ!? 』


 そして鎧袖一触。


 精鋭部隊相手に少し力をつけただけの元ゴロツキが相手になるわけがない。ずんばらりんとケイロン王子の手元から長く伸びた光剣が逆賊を切り刻んだ。光の軌跡が走り、切断された肉体がずり落ちる。

 それに、啖呵を切って覚悟を決めていた逆賊の頭はともかく、他のニンゲンはそれ以下の正真正銘の下種だ。はなっから逃げ腰だった。もっとも、命乞いする暇すらなかったわけだが。


 今回の逆賊の待ち伏せは、きっと森を管理しているオーク・ドルイドの指令だ。

 用済みになったニンゲンらを、別のニンゲンの手で以って叩き潰させたということなのだろう。


「――『ゴミの処理はゴミにやらせるに限る、それ以上汚れようがないから』とでも考えているのか?」

「ケイロン殿下」

「どうした、アーネスト爺さん」

「……奴さんがおいでなさりました。まさかこんなところで大本命のお出ましとは」


 アーネスト老の顔が歪む。

 それは天敵に出遭った恐怖か、あるいは宿敵に出会った歓喜か。

 その視線は、この簡易断罪場を区切る土壁の上に向かっている。


「忘れもしません。この気配は間違えようもない――――オークのドルイド種。臨戦態勢になったそいつの威圧感だ」


 最も経験豊富な彼の言葉に、知らず知らずの内に英雄部隊の面々は息を呑む。皆がアーネスト老の視線を辿る。


 視線の先には、逆光の中で高い土壁の上に立つ多脚の異形のシルエット。

 森における絶望の象徴。森の巫女。ニンゲンの天敵の一つ。

 しかしわざわざ森の木々から隔離されたアーネスト老の土壁の内側に入ってくるとは、一体どういうつもりなのか。


 土壁の上の蠍のようなシルエットの異形が口を開く。オーク鬼にしては流暢な交易共通語だ。


「この様子は占領地の全てに放映されてるわ。きっと民衆は、圧制を敷いていた逆賊たちが死んで希望に満ちているでしょうね。あなたたちは歓喜と共に迎えられるでしょう」


 おめでとう、解放の英雄たちよ。半鬼半樹のオーク・ドルイドがぱちぱちと拍手をする。その様子も生中継されているのだろう。


「そして私は楽しみでならないわ。そんな英雄たちを殺せば、今度はどんな絶望がニンゲンを襲うのかしら」


 希望の後の絶望ほど深いものは無いのだから。


「ダーマ元帥に倣って、私も名乗りましょう。――私はサーラ、『ニンゲン嫌い』のサーラ」


 彼女は名乗りを上げる。彼女こそ、この占領地の恐怖の象徴、森の化物。


「英雄たちの虐殺ショーを始めようじゃないの!」


 直後一斉にアーネスト老の土壁から植物が芽吹いて、怒涛の勢いで戦場を塗り替えていく。

 ケイロン・セントブレイブ王子が随員に檄を飛ばす。


「人間を嘗めるな、豚が! 総員武勇を揮え! 我らの力は今このときのためのものだぞ!」

『 応!! 』



  ◆◇◆



「全ての物は動きを止めよ!」 「冬の世界で凍りつけ!」

「土よ、侵入者を縛め(いましめ)押し潰せ」


 英雄部隊の隊員たちによる氷雪魔法がブリザードとなって周囲を覆う。植物の成長を妨害するためである。

 またアーネスト老らの土魔法使いは、周囲の土壁を操って圧力を掛けることで、侵食してくるマンドレイクの根を殺そうとした。

 それらは全てニンゲンの領域を超えた規模の魔法である。足りない魔力を魔力結晶で補い、更には魔導式を刻んだウェハースを補助に用いて、彼らは人外の能力を発揮する。


 またある者は魔導式の銃火器に身を包み、ただ只管に銃弾を吐き出す。

 サーラの元にそれは殺到し、炸裂して火花を散らす。

 手投げ弾や爆発の魔法も容赦なく発射され、その爆圧でサーラを押さえつける。


 多勢に無勢。数十対一。

 このまま勝負は決してしまうように思われた。

 数で勝るニンゲンの英雄部隊に、サーラが単身で挑んだのは何故であろうか。



 勿論それは絶対の自信があったからに他ならない。


「あはははははははは! この程度! ニンゲンの最精鋭が聞いて呆れるわね!」


 連続した火炎魔法の下から、悠然とサーラが歩み出る。その姿はまるで蠍の化物。

 表面がうっすらと炭化し、あるいはブリザードの余波で凍りついている樹製甲殻、いやそれはその姿は樹の多脚戦車と言っても良い。直ぐに炭化したり凍りついた部分が剥がれ落ちて再生する。

 再生し続ける分厚い甲殻はニンゲンの魔法を受け付けない。その魔力を常に巡らせているため、樹の甲殻の強度は竜の鱗すらも上回るだろう。かつて、フォレストキングがニンゲンに敵意を持って森蝕を始める以前は、死の森の木材は高級な武具や木造船の材料として取引されていた。中には『竜鱗すら砕く聖棍』と言われた名武器もあった。……森蝕開始後は、完全には死に切っていなかったそれらの木材がマンドレイクとして蘇り、多くの都市で犠牲者を出した。ニンゲンの街に木製品が少ないのはそういう教訓もあってのことだった。


 と、その時サーラの足元の土が急に蠢き出す。


「あら?」

「土よ跳ねよ、お前を今一時いっとき大地の楔から解き放とう!」


 そしてまるで畳返しのようにして、半ば凍りついた土の板がサーラを跳ねあげた。

 アーネストの老練にして絶妙な土魔法だ。彼は相手の不意を突いて足場を操ることを得意にしていた。

 間髪入れずにケイロン王子が号令をかける。


「今だ! これで同士討ちを恐れる必要はないぞ、最大火力をお見舞いしてやれ!」

『 了解!! 』


 威勢のよい返事が帰り、数十名の英雄部隊の隊員たちが次々に魔導兵器を起動する。

 魔力結晶シリンダーを身体に突き刺し、そこから魔力を注入する。

 オーバードライブ。

 身体に備わった魔力容量以上の魔法を、外部から魔力を補って連続使用する越人超技。


 魔導兵器に魔導甲冑……そんなものがあるならわざわざ英雄部隊など用意しなくても良いのではないかと思うだろう。

 だがそれは違うのだ。それらは新兵を簡単に一人前にはしてくれるが、英雄にするには全く足りないのだ。

 強靭な肉体の持ち主なら、それだけ高出力の兵器の反動を受け止めきれる。つまり数多の魂を屠った強靭な肉体と合わさって初めて、魔導兵器は真価を――限界性能を――発揮する。


 例えば具体的にはアーネスト老ら英雄部隊が用いている魔力結晶の注入シリンダー。

 並の人間なら一本ぶち込んだだけで、過剰な魔力を制御しきれずに全身の穴という穴から噴血して死ぬだろう。

 それを何本も使用して人外の魔法を行使するのだから、英雄部隊の者たちの身体は並大抵の強靭さではない(そのなかでもアーネストとケイロンの強さは群を抜いている。アーネストはその歩んできた歴史故に、ケイロンはその身に流れる勇者と聖女の血筋故に)。


「あはは! やってみなさいな!」


 サーラが空中で腕を振って体を捻り回転のモーメントを調整し、体勢を整える。


「やるとも、やってやるともさ! ――風よ風よ、流れる風よ! しかし今だけお前は動きを止めよ、散らず流れず漂わずっ、ただただ留まる枷となれ!」


 ある隊員が風を操り、樹製装甲に包まれたサーラを空中に固定する。

 これではサーラはいい的だ。


「攻撃開始!」


 それぞれの騎士たちが最大火力を順次投射する。

 それはお互いの攻撃が相殺し合わないように考えられた、精密なる連携であった。

 光が、火炎が、雷鎚が、鉄が――ひたすらにサーラを襲う。

 新大陸の大山脈の主であった飛竜すらも、この集中攻撃の前には原型を留めなかった。


 だが――


「無傷、だと?」


 現れたサーラは全くの無傷。

 全力の攻撃だったというのに。

 今まで誰も何ものも耐えたことのない攻撃だったというのに!

 英雄部隊の面々の背筋を戦慄が駆け抜ける。


「気は済んだ? じゃあ、こっちのターンよ」


 魔力結晶を一通り消耗し尽くしたあとの短いインターバル。

 数え切れない魔法の直撃のあと、その中から現れたのは未だ頑丈な樹製装甲に包まれたままのサーラ。

 サーラの装甲の表面がまるで皮下で寄生虫が蠢くように不吉に泡立つ。


「まずい、回避行動!」


 ケイロンが嫌な予感を覚えて慌てて指示を出す。

 しかしそれは一手遅かった。

 渾身の攻撃を耐え切ったことで、部隊員たちの精神に一瞬だけ空隙が生まれていた。

 その隙にオークの言葉(共通魔物語)で、力ある呪文が紡がれる。


『伸びる枝は驟雨のように』


 雨のようにサーラの外骨格からマンドレイクの枝が伸びる。

 剣山を逆さにしたような樹の槍の雨。空を覆っていく樹の枝と、そこから落ちるように伸びる樹の槍。

 次々とそれが英雄部隊の隊員たちを襲い、串刺しにしていく。


「ぐぅっ!?」

「大丈夫か、お前たち!? 直ぐに解放する――伸びよ光剣! 『輝砕割刀』モード!」


 ケイロン王子やアーネスト等は、樹の槍衾から逃れられた。

 直ぐにケイロン王子が手の魔導剣から光の刃を伸ばし、魔導剣で樹の槍を斬り払う。

 細かな光の刃がチェーンソーのように剣のふちを高速で流動する、対マンドレイク用の形態――『輝砕割刀』モード。マンドレイクの頑強な枝でさえ削り取る、特製の伐採魔導具だ。


「ありがとうございます! 殿下!」

「それより早く刺さってる槍を抜け。毒が滲むし、植物やマタンゴに侵蝕されるぞ! 俺は残りの奴らを――」


 ケイロンが助けられたのは、串刺しにされた隊員たちの内でおよそ三分の一ほど。

 残りの十数名は、未だに樹の槍に囚われている。

 急いでケイロンたちを始めとした難を逃れた者たちが助けようとするが。


 無慈悲にも、サーラの力ある呪文が響く。


『雷鎚よ、蹂躙せよ』


 次の瞬間、枝伝いに青白い落雷のような電流が流れた。


『 あ、ぎゃあああああああああ!? 』

「――くそ、遅かったか!」


 串刺しの英雄部隊の隊員たちが体の内側からの電流にもがく。

 過剰な電流に耐えられずに全身の細胞膜の二重膜構造が破綻。細胞膜の裏表がショートして千切れ飛び、あらゆる細胞が破裂していく。

 しゅうしゅうと全身から滲む血は、電流によって沸騰し血煙となる。


 だがしかしそれでも彼らは生きていた。

 不幸なことにその程度で死ねるほど、英雄部隊はヤワではない。

 眼球が破裂し、脳髄と脊髄が熱変性を起こし、デタラメに流れる電流で思考がかき消されて筋肉が痙攣しても、それでも彼らは戦おうとした。


 そんな彼らの忠勇さを見て、ケイロンは即断する。


「光剣よ、散れ。勇敢なるものに慈悲を」


 ケイロンが握る光剣から、幾つもの光の弾丸が放たれる。

 光弾は鋭角に曲がりながらマンドレイクの槍衾を抜けて、囚われて電流に晒されていた瀕死の隊員たちの頭部に到達。

 それを破裂させる。


「すまん、だがお前たちの無念は、お前たちから継いだ魂の力で必ず晴らす」


 ケイロンが選んだのは、介錯。

 部下たちの英雄たるまで高められた力を敵に渡さないために、王子自身が手を下したのだ。

 そして彼らの苦しみを終わらせるためにもそうするのが最上だった。

 彼らの魂の力が、ケイロンに流れ込む。


「あらら、随分思い切った決断しちゃうのね。これなら、いたぶらずにさっさと殺してやればよかったかしら」

「我らは既に不退転の決意でここに立っている。敵の糧になるくらいなら、味方に介錯された方がマシだ。それは全員が覚悟の上だ!」

「あらそう。でもどうせそんな覚悟なんてきっと意味ないわ。――だってみんな死んじゃうんですもの」

「ほざけ! 『輝砕割刀』!!」


 ケイロンが光剣を伸ばして、槍衾の檻を斬ろうとする。

 仲間を殺してケイロンの力は増大している。マンドレイクの槍衾はたやすく斬れるだろうと思われた。

 しかし――


「それはさっき見たわ」

「くっ!?」


 ぎぃぃん、と細かい何かを高速で擦り合わせるような耳障りな音とともに、光剣が弾かれた。


「これは……『輝砕割刀』!? 今の一瞬で真似したというのか!」

「別に名前なんてなんてもいいけど。そうね私が名付けるなら『削岩光鱗』とでも言うところかしら」


 ケイロンの光剣が当たった場所は、光を帯びて輝いていた。

 いやよく見ればそれは、光で出来た細かな鱗のようなものが枝槍の表面を回転しながら覆っているのだと分かる。

 高速で回転するそれによって、ケイロンの『輝砕割刀』の刃は滑り、弾かれてしまったのだ。

 恐るべきはオーク・ドルイドの洞察力と適応能力。


「げ、これは……」

「全部の槍に、光がっ」


 そしてその光の鱗は、ケイロンたちをひっくり返した剣山のように囲んでいる槍衾の、その全ての枝に浮かび上がる。

 百舌の早贄のように槍の途中に残っていた英雄部隊の死体が、回転する光鱗によって一瞬でミンチになって弾け飛ぶ。

 嫌な予感に、ケイロンたちは顔を引き攣らせる。


「じゃあ気張って避けなさいよ~。そうじゃなきゃごっそりいっちゃうよ~? メリーゴーラウンド、スタート!」


 楽しげに下されたサーラの宣言通りに、上空の本体から伸びた光りを帯びた枝槍が、まるで糸鋸が走るように縦横無尽にそして不規則に運動しはじめる。

 光鱗の回転によって生じる甲高い音が恐怖感を煽る。


『 うおおおおおおおおおおお!?? 』


 一触必殺の地獄遊戯の開幕だ。





 走り回る光の柱を避けつつ、アーネスト老は考える。


(どんな攻撃も防ぐ樹の鎧、再生能力、無尽蔵の魔力、既視の攻撃への対応能力、一帯を一瞬で覆ったこの木材の量……分かってはいたが厄介過ぎる)


 せめてもの救いは、相手がこちらをいたぶろうとしていることか。

 侮られているのか加虐趣味なのか知らないが、今はありがたいことだ。

 なんとか時間を稼ぐうちに突破口が見つかるかもしれない。


(相手が本気なら、一瞬で勝負が着いていただろう)


 樹の槍で英雄部隊を閉じ込めた時点で、内部に向けてその魔力に飽かせて魔法攻撃を何時間も続ければそれだけで充分だったはず。

 あるいは今この瞬間でも、光鱗のサイズを少しだけ大きくして回転半径を広げてやれば、ギリギリで避けているアーネストたちはミンチにされてしまうのは間違いない。

 ……だが魔力結晶もあらかた枯渇した今となっては、もはや挽回の手が残されているとは……。


(いや、考えるな! しかし、それにしても実況がウザったい……っ!!)


 さっきからサーラが、逃げ惑う英雄部隊の面々を上空から映像に収めつつぎゃんぎゃんと実況している。

 やれ誰それが吹っ飛ばされただの、接触事故ー! かーらーのー、四肢巻き込みー! だとか……。

 全く士気が下がる。仲間の死に様をつぶさに聞かされる身にもなれというのだ。おそらくは狙ってやっているのだろうが。


 そうして気を散らしたのが良くなかったのだろうか。


「しまっt――――ぐわぁっ!?」


 目の前には光の柱が。

 思わず突き出した腕に、回転する光鱗が食い込み、一瞬で回転の方向に引き込まれる。

 その勢いで逃げようとしていた方向とは全く違う方向へと飛ばされてしまう。


『おおっと! ダーマ元帥の自称『永遠のライバル(笑)』である土魔法使いがここで脱落かーー!! 光鱗に腕が巻き込まれて飛んでった! そしてその先ではまるでピンボールだー!! 果たして何反射目まで原形が残るのかーー!?』


 ベーゴマのように、アーネストの身体は『削岩光鱗』の柱の中を飛んでいく。

 回転する柱にぶつかるたびに、彼の身体はあらぬ方向に曲がり、抉れていく。


(ぐ、こんな遊びのような攻撃で……!!)


 地獄のメリーゴーラウンド。

 もはや助かるすべはない。

 アーネストはその内臓の半分以上が削り取られてしまっている。


(ここまでか。だがオーク鬼の糧になるくらいならば――)


 死を悟ったアーネストが、自爆魔法を起動させる。


(……皆、あとは頼んだ)



 地震。局地的に、サーラの下の大地が揺れる。

 アーネスト老の、魂全てを懸けた最期の大魔法。


「がふっ……げほっ、げほっ……。大地の赤き血潮よ、我を呑み込め――『大噴火』!!」

「アーネスト爺さん!? 何を――」

「後は頼みましたぞ! 殿下ぁ!!」


 土魔法使いの全霊の魔法が発動する。


 ごくごく狭い範囲、だがサーラの身体を支えていたマンドレイクのその全てを呑み込むことは出来る程度の直径の穴が、真下に開く。

 奈落まで通じているかのような底の見えない穴。その上に居た全ての者が、重力に引かれて落ちる。

 サーラも、ケイロンも、英雄部隊も、急激に干からびていくアーネストも、その全てが。


「あの頑固ジジイ……。アーネストのくれた最後のチャンスだ……絶対にあのドルイドを地獄に叩きこむぞ!」

『 了解です、殿下!! 』


 英雄部隊の面々は、魔法で風を掴んで空を飛ぶ。

 大回りな機動で、サーラの上を取る。


「うふふ、確かにマグマの中に閉じ込められたら、いくら私でも死んじゃうかもね~」


 サーラはマンドレイクの鎧の背から、翼を思わせるように枝を広げ羽根代わりの葉を生やす。羽葉の一枚一枚から魔力を放出し、空中に留まる。


「ならばお前は堕ちて死ね」

「仲間が掘った墓穴にみんな仲良く埋まると良いわ」


 英雄部隊は魔法を次々に放つ。


「光よ! 怨敵を撃ち落せ!」

「風よ、我もろともに地の底まで吹き降ろせ!」


 特にケイロンの光弾が弾幕となり、サーラの動きを制限する。

 隊員たちの烈風のダウンバーストが、仲間もろともにサーラを押し込む。


「あっはは、お痛しちゃう子たちはどんどん仕舞っちゃいましょうねー! 地獄の底にね!」


 対するサーラは次々に蔦を伸ばし、弾幕を掻い潜って英雄部隊の面々を掴んでいき、ぐるぐる回して直下の大穴へと放り込んでいく。


 だが重力を味方につけた英雄部隊は、サーラにしがみついて徐々に押し込んでいく。




 深い竪穴の奥深く。

 光も弱くしか届かず、そこらから湧き出す蒸気で息苦しい場所だ。

 正に奈落の底と言うに相応しい。


 向かう先にはマグマが煌々と燃えている。

 それは今にも噴火しそうに滾っている。

 いや、徐々にマグマの水位が上がってきているようだ。


「死ね、災厄のオークめ!」

「あはははは! なかなかやるじゃない! ニンゲンのくせに」

「今です、ケイロン殿下! 俺たちごと、コイツを!」


 英雄部隊の者たちは、その身で以ってサーラを押さえる。

 その中で、ケイロンだけは遥か地表にまで戻っていた。

 最後の仕上げをするためだ。


「出力、全開!!」


 隊員の合図で、ケイロンは魔導剣の出力を全開にする。

 一際まばゆい光が竪穴を照らし、ケイロンの声が残響した(下からは「あいるびーばっく!」という声も聞こえたような気がした)。

 そしてサーラたちの元へと大量の土砂や岩石が降ってゆく。手を緩めずに次々と破壊する。下でも部下たちが自爆しているはずだ。穴を崩して敵をマグマに沈めるのだ。


「……すまない」


 ケイロンは項垂れる。


「だが、君たちの犠牲のお陰で、オークの首魁を討つことが出来た」


 この新大陸に侵入したドルイドさえ片付ければ、あとは有象無象のオーク鬼と、頭脳を失って鈍化するマンドレイクだけ。

 であるならば既存の戦力で足止めは可能であるし、そうすれば開発中の新型爆弾の完成も間に合うだろう。森蝕された支配地域の解放もどうにでもなる。

 一旦目処が立って落ち着いたら、ケイロンは力が抜けて座り込んでしまう。


「……何とか、帰還せねば」


 行きはよいよい帰りは怖い。

 帰り着くまでが遠征です。


 ここで少しケイロンは疑問に思う。


 アレだけの強敵を倒したのに、何も魂の力を得た感触が無いのは、おかしくないだろうか?


「いや、まあ、部下の誰かがトドメを刺したのだろう」


 失うものが多かったから、確実に倒したことを確認したいが、それは無理だろう。

 全ては地面の下だ。





 と、その時であった。


「うお!?」


 ケイロンの座っている地面が突如消失した。


「これは……!?」


 穴だ。深い穴だ。さっきドルイドを突き落としたくらいに深い穴。

 そこを堕ちていく。


 その奈落の穴の底からは、あの子供のように甲高い、オーク・ドルイドの笑い声がしている。

 そして直ぐにケイロンの視界にその姿が映る。

 マンドレイク製の多脚義肢を竪穴の壁に突き刺して、そいつは登ってきていた。


「莫迦な、生きているだと!」

「ボッシュート! 言ったでしょう、『あいるびーばっく!』って」

「どうやって――」

「あら、簡単よ」


 ドルイドのサーラは嘲笑う。


「この魔法は、何度も見せてもらったもの。真似るのは簡単だったわ」


 そう、アーネスト老の土魔法をラーニングして、溶岩溜まりから地表まで通路を作り直したのだ。

 アーネスト老の全身全霊でも足りないくらいの魔法のはずだが、目の前のドルイドはまだまだ余裕綽々に見える。

 これが種族の差だというのか。


 まるで虫のように、ドルイドは器用に竪穴を登ってくる。

 そして――


「はい、終わり」

「がはっ」


 マンドレイクの触手が、ケイロンの胸を貫いた。


「良い線まで行ったんだけどねー」

「……こ、ここで死ねば、部下たちの生命が、無駄、に」

「そーよ、無駄死に。残念賞も貰えないわ」

「ただでは死なんぞ――諸共にぃいいいいいっ!!」


 ケイロンが最後の足掻きで自爆しようとするが。


「『削岩光鱗』。弾けて死んでねっ」


 ぎゅいん、とケイロンに刺さった蔦の触手が光を帯び、瞬時に彼の身体を引き裂いた。

 血と臓物と脂肪にまみれ、サーラは陶然とする。

 ニンゲンで一番強いという戦士がこの程度なら、特に問題なく新大陸を制圧できるだろう。



  ◆◇◆



 森が新型爆弾で焼き払われたのは、その六ヶ月後。

 それは占領地に残されたニンゲンたち共々森を吹き飛ばした。


 それまでに新大陸の半分以上は森に沈み、それ以外の地域でも主要道路は分断されるなどの被害を受けていた。

 ニンゲン側は海路と空路を主に使って、何とか生き残っていた。そして乾坤一擲、この新型爆弾と従来の爆弾の集中運用によって、大陸を縦断する形で森を焼き払った。

 以後はニンゲン勢力はその人工大地溝を最終防衛線として定め、定期的に防衛線上の森を爆弾で吹き飛ばして森蝕に拮抗している。


 ケイロン第二王子を殺害するなどして猛威を奮ったオーク・ドルイドについては消息不明。

 森蝕が鈍化したため、一般には最初の新型爆弾で完全に蒸発したとも伝えられるが……。





 なお旧大陸の現状については、海路空路が森林勢力によって厳重に封鎖されているため杳として知れない。

■新型爆弾

核爆弾、のようなもの。魔法的なアレやソレも製作に使われているらしい。

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