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第5話 過保護な指揮官の憂鬱



 奇跡的な勝利を収めた「リエゼ村」での防衛戦から、一ヶ月が経った。

 俺たちのパーティ『暁の牙』の名声はうなぎ登りだ。

 どんな困難な依頼も、誰一人欠けることなく、無傷で達成する「不敗の英雄たち」。

 だが、その実態を知っているのは、世界で俺一人だけだ。

「カケル! 右からワイバーンが来るぞ!」

「分かってる。……ガルド、お前は動くな! 絶対に盾を下ろすな!」

「あ? いや、今の距離なら俺が飛び込んで翼を……」

「ダメだ! 大人しく防御してろ!」

 俺は叫び、エルフィに目配せをする。

「エルフィ、上空へ牽制射撃。当たらなくていい、追い払えればいい!」

「……了解」

 エルフィが不服そうに杖を振るい、炎の礫を放つ。ワイバーンは嫌がって空の彼方へ逃げ去っていった。

 戦闘終了。

 全員無傷。消耗も最小限。

 完璧だ。

「……ふぅ」

 俺は冷や汗を拭い、大きく息を吐いた。

 手が震えているのを悟られないように、強く拳を握りしめる。

 実は、今の戦闘は5回目だった。

 1回目、ガルドが飛び込んで翼を折ったが、尻尾の毒針で肩を刺されて一週間寝込んだ。

 2回目、エルフィが撃ち落としたが、落下してきた死骸の下敷きになってリーナが足を挫いた。

 そんな「小さな怪我」すら、今の俺は許せなくなっていた。

 あの村での戦い以来、俺は恐怖に取り憑かれている。

 こいつらは、俺の指示を無視してでも仲間を助けようとする「バカ」だ。

 少しでも目を離せば、すぐに死ぬ。すぐに傷つく。

 だから、俺が管理リセットしなきゃいけない。1ミリのミスも許さない、完璧な安全ルートを用意してやらなきゃいけない。

「なぁ、カケル」

 ガルドが大盾を背中に戻しながら、不満げに口を尖らせた。

「今の、絶対にいけたぞ。俺の斧なら一撃だった」

「結果的に逃げられたけど、誰も怪我をしなかった。それが最善だろ」

「そりゃそうだけどよぉ……。最近のお前、慎重すぎねぇか? まるで俺たちが怪我をするのが『分かってる』みたいにビビりやがって」

 ギクリ、とする。

 ガルドの野生の勘は、時々恐ろしく鋭い。

「……お前らの実力を信用してないわけじゃない。ただ、万が一ってことがある」

「万が一、ねぇ」

 ガルドは納得いかない顔で鼻を鳴らした。

 横で見ていたエルフィも、眼鏡の奥の瞳を細めている。彼女も気づいているのだ。俺の指揮が、以前のような「効率的な攻め」から、「過剰な守り」に変わっていることに。

          ◇

 その夜。街道沿いで野営を張った。

 焚き火を囲んでの夕食。今日のメニューは干し肉と野菜のスープだ。

「はい、カケルさん。おかわりいりますか?」

「ああ、ありがとうリーナ」

 リーナが微笑みながら器を渡してくれる。

 その笑顔を見るたび、俺の胸は締め付けられる。

 実は、この野営も3回目だ。

 1回目、スープの味付けについてガルドとエルフィが些細な口論になり、気まずい空気になった。だからリセットして、話題を変えるように誘導した。

 2回目、リーナが薪を拾いに行って転んで手を擦りむいた。だからリセットして、俺が代わりに拾いに行った。

 今の穏やかな空気は、俺が数十回の「失敗した時間」をドブに捨てて作り上げた、虚構の平和だ。

(疲れた……)

 本音が漏れそうになる。

 戦闘だけじゃない。日常会話、食事のメニュー、寝る場所の選定。

 すべてにおいて「不快なイベント」を排除し続けている。

 だって、もうあんな思いはしたくない。

 仲間が傷つくのも、悲しい顔をするのも、二度と見たくないんだ。

「ねえ、みなさん」

 不意に、リーナが楽しそうに口を開いた。

「この旅が終わって、世界が平和になったら……みなさんは何をしたいですか?」

 典型的な死亡フラグみたいな話題だ。俺なら即座に止める。

 だが、ガルドが乗っかった。

「俺か? 俺は故郷に帰って、弟と一緒に美味い飯屋でもやるかなぁ。もう魔物と戦うのはこりごりだからな」

「あら、いいじゃない。ガルドの焼く肉は絶品だもの」

 エルフィがクスクスと笑う。

「私は王立図書館に引きこもって、未読の魔導書を全部読破したいわね。……カケルは?」

 水を向けられ、俺は言葉に詰まる。

 俺には「元の世界に帰る(就職する)」という報酬が約束されている。この世界には残らない。

「俺は……特にないかな」

「えー、つまんないの」

 リーナが頬を膨らませ、それからパッと顔を輝かせた。

「じゃあ、みんなでパン屋さんをやりませんか?」

「パン屋?」

「はい! ガルドさんが生地を捏ねて、エルフィさんが焼き加減を管理して、私がお店でお客さんを迎えるんです。カケルさんは……そうですね、店長さんです!」

 リーナが無邪気に未来を語る。

 ガルドが「おう、力仕事なら任せろ!」と腕をまくり、エルフィが「カケルが店長なら、売り上げ計算だけは合いそうね」と皮肉っぽく笑う。

 温かい光景だった。

 パンの焼ける匂い。平和な朝。客を呼び込む声。

 そんな未来があれば、どんなに素敵だろう。

 ──でも、そんな未来は来ない。

 俺は帰る。お前たちとはお別れだ。

 それに、そこへ辿り着くまでに、お前たちが死ぬ確率バッドエンドは何万通りもある。

 この会話も、どうせリセットすれば消える泡沫の夢だ。

「……そうだな。悪くないかもな」

 俺は曖昧に笑って話を合わせた。

 胸ポケットに入れた、リーナからもらったミサンガが、やけに熱く感じた。

          ◇

「カケル」

 皆が寝静まる前、エルフィが隣に座った。

 彼女は手元の魔道書を閉じて、真剣な顔で俺を見つめる。

「少し、いいかしら」

「……なんだよ、改まって」

「単刀直入に聞くわ。あなた、何か隠してるわよね?」

 心臓が跳ねた。

「私たちの安全を最優先にしてくれているのは分かる。でも、度を超えているわ。まるで未来の失敗を恐れるあまり、現在いまの私たちを見ていないみたい」

「考えすぎだよ。リーダーとして責任を感じてるだけさ」

「……本当に?」

 エルフィの手が、俺の手に触れる。

 冷たくて、でも優しい手だった。

「カケル。私たちはチームよ。あなたが何を恐れているのか、話してくれない? 私たちじゃ頼りない?」

 話したい。

 全部ぶちまけてしまいたい。

 「俺はリセットできるんだ。お前たちが何度も死ぬ未来を見てきたから、怖くて仕方ないんだ」と。

 けれど、喉元まで出かかった言葉は、女神の「呪い」によって封じられる。

 『他言すれば、資格剥奪。初期化』

 話せば、俺は消える。

 俺が消えれば、この「パン屋の約束」をした幸せな時間すら、最初から無かったことになってしまう。

 それだけは避けなきゃいけない。

「……ごめん。今はまだ、話せない」

 俺は彼女の手をそっと振り払った。

 エルフィは傷ついたように目を伏せ、「そう」とだけ呟いて離れていった。

          ◇

 深夜。見張りの交代時間。

 俺は一人、消えかけた焚き火を見つめていた。

「カケルさん、眠れませんか?」

 起きてきたリーナが、毛布を肩にかけてくれた。

 彼女は隣に座り、ポツリと言った。

「私、不思議なんです」

「え?」

「最近、時々……変な感覚がするんです。カケルさんと話していると、『あ、この会話、前にもした気がする』って」

 背筋が凍った。

 リセットの影響か。感受性の強い彼女には、消したはずの世界線の記憶が残響デジャヴとして残っているのか。

「それに、時々すごく怖い夢を見ます。私たちが血まみれで倒れていて、カケルさんが一人で泣いている夢……。ただの夢だとは思うんですけど、すごく胸が痛くて」

 リーナが不安そうに身を寄せてくる。

 夢じゃない。それは俺が捨ててきた「現実」だ。

 俺のリセットが、彼女の心を蝕んでいる。

「……大丈夫だ。そんなことにはさせない」

 俺は彼女の震える肩を抱き寄せ、強く誓った。

 たとえ俺の心が摩耗しても、お前たちに嫌われても。

 俺が完璧に管理してやる。絶対に、バッドエンドなんて踏ませない。

 だが、俺は気づいていなかった。

 過剰な守護は、鳥籠と同じだ。

 自由を奪われた彼らの不満は、俺の想像リセットを超えた場所で、爆発の時を待っていた。

 翌日。

 俺たちは、運命の分かれ道となる「渓谷のドラゴン討伐」へと向かうことになる。

 そこで俺は、決定的な選択を間違える。

(第6話へ続く)



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