第4話 計算外の「奇跡」
パーティに加入してから二週間。
俺たちは辺境の村「リエゼ」の防衛クエストを受けていた。
依頼内容は、森から溢れ出した魔物の群れ──スタンピードの阻止だ。
「村長、バリケードの位置がズレてる。あと50センチ右だ」
「へ? あ、はい!」
俺は村の中央にある櫓の上で、眼下に広がる戦場を見下ろして指示を飛ばしていた。
まるでタワーディフェンスゲームの配置画面を見ている気分だ。
この防衛戦、実はもう4回目だ。
1回目は村人がパニックになって全滅。
2回目は敵の数が多すぎてMP切れで敗北。
3回目で敵の出現ポイントと湧き時間をすべて把握し、そして今、4回目の「完全攻略」を実行中である。
「カケル、西の森から狼の群れが来るわ。数は30」
「ああ、分かってる。……エルフィ、君は詠唱待機。ガルドは正面でヘイト(敵意)を稼げ」
俺の指示に、エルフィとガルドが頷く。
すべて台本通り。俺の頭の中にあるタイムテーブル通りに、世界は動いている。
(あと10秒で、東からも別動隊が来る。そこをリーナの結界で防いで……)
俺は欠伸を噛み殺した。
退屈だ。
仲間との連携も、村人たちの感謝も、すべて俺が演出した劇に過ぎない。
彼らが生き残れるかどうかは、俺の指先一つにかかっている。俺は神様気取りで戦場を見下ろしていた。
──その時だった。
「グオオオオオオオッ!!」
地響きのような咆哮が、俺の「計算」を切り裂いた。
北の森の木々がなぎ倒され、巨大な影が飛び出してくる。
体長5メートルはある、真っ赤な体毛の熊──「レッド・グリズリー」。しかも、通常種とは違う禍々しいオーラを纏った「変異種」だ。
「な……ッ!?」
俺は絶句した。
過去3回のループで、こんな敵は出てこなかった。
俺が効率的に雑魚を倒しすぎたせいで、想定外のボスが出現するフラグを踏んだのか?
「おいカケル! あのでかいの、どうする!?」
ガルドが叫ぶ。
俺は瞬時に脳内で計算する。
敵の戦力値、こちらの消耗度、地形効果。
……結論。勝率0%。
今のガルドの装備では、あの一撃は防げない。エルフィの今の残り魔力じゃ焼ききれない。
戦えば、確実に誰かが死ぬ。
(……リセットだ)
俺は即断した。
今回は諦めよう。敵の出現条件が変わったのなら、次は雑魚を少し残してボスを出さないように調整すればいい。
今回の世界線は、ここで廃棄する。
俺は腰の短剣に手をかけた。
敵に殺されるのは痛いから、自分で喉を突いて死に戻るつもりだった。
「撤退だ! 全員逃げ──」
俺が「逃げるふりをして死ぬ」ために声を上げようとした、その瞬間。
「うおおおおおおッ!!」
俺の横を、巨大な影が風のように駆け抜けていった。
ガルドだ。
撤退命令を待たず、彼は吼える赤熊に向かって突っ込んでいった。
「バカ野郎! 戻れガルド! 勝てない!」
「村人が逃げる時間がねえ! 俺が止める!」
ガルドは大盾を構え、熊の豪腕を受け止める。
ゴシャアッ!
嫌な音がして、鉄の大盾が飴細工のようにひしゃげた。
衝撃が盾を貫通し、ガルドの体を襲う。
──そうだ。今のこいつには「籠手」がない。
俺に短剣を買うために売ってしまったから、右腕はただの革のバンテージ巻きだ。
バキボキッ!
骨の折れる音が響き、ガルドの右腕があらぬ方向へ曲がった。
「ぐ、ぅぅぅぅッ!!」
それでも、ガルドは膝をつかなかった。
口から血を吐きながら、左手一本で盾を支え続ける。
なんでだよ。
計算通りだ。防げるわけがない。
無駄だ。やめろ。どうせリセットするんだから、そんな痛い思いをするな。
「エルフィ、援護を!」
「無茶よ! 射線が通らない!」
「やるんだよ! ガルドが死ぬぞ!」
俺が怒鳴るより早く、エルフィが走り出していた。
後衛職の魔法使いが、あろうことか前線へ。
彼女は杖を掲げず、自らの手のひらに残り少ない魔力を収束させ、熊の懐へと滑り込む。
「ゼロ距離なら……外さないッ!」
「『ヒール』! ガルドさん、死なせません!」
同時に、後方から光が飛ぶ。
リーナだ。彼女は本来、自分を守るために残しておくべき魔力を、すべてガルドの回復に注ぎ込んでいた。
──何をしてるんだ、こいつら。
俺の計算に、こんな動きはない。
盾が壊れたら下がるのがセオリーだ。魔法使いが近接戦をするなんて論外だ。
非効率だ。リスクが高すぎる。バカじゃないのか。
俺は呆然と立ち尽くす。
目の前で、血まみれのガルドが振り返り、ニカっと笑った気がした。
「カケル! お前の指示はねぇのかよ!」
ガルドが叫ぶ。
「お前が見てる未来に、俺たちの勝ちはねぇのか!? あるんだろ!? 探せよ、お前のその目で!」
その言葉に、殴られたような衝撃を受けた。
俺が見ていたのは未来じゃない。過去のデータだ。
そして俺の計算盤の上では、お前たちはもう「全滅(死)」している。
でも。
お前たちが勝手に動くから。俺の計算をぶち壊して、勝率0%の盤面をこじ開けようとしているから。
腰の短剣が、熱を帯びたように重く感じた。
ガルドが防具を売ってまで俺に託した、ミスリルの短剣。
『自分の身は自分で守れ』
そう言われたが、違うだろ。これは、お前を守るための武器じゃないのか。
「……くそッ!」
俺は短剣を抜き、櫓から飛び降りていた。
リセットボタンから手を離し、確定したはずの敗北へ向かって。
思考を切り替えろ。計算を捨てろ。今ある手札だけで勝負しろ。
ガルドが右腕を犠牲にして拘束している。エルフィの爆炎で熊の視界が奪われた。
その一瞬。熊の首筋、硬い毛皮の切れ目。
あそこしかない。
「ガルド、放すなよ!」
「おうよッ!」
俺はガルドの背中──血と泥にまみれたその広い背中を踏み台にして跳躍した。
空中で身体を捻り、全体重を乗せて短剣を突き立てる。
安物の鉄剣なら折れていただろう。だが、こいつはミスリルだ。
ズドッ!!
吸い込まれるように刃が深々と刺さる。
熊が断末魔を上げ、どうと倒れた。
◇
戦闘終了後。
村は半壊していたが、死者はゼロだった。
俺たちは泥と血にまみれて、地面に大の字になっていた。
「……死ぬかと思った」
ガルドが呻く。彼の盾はスクラップになり、右腕は痛々しく腫れ上がっている。
エルフィも髪がボサボサで、リーナは魔力切れで気絶している。
最悪の戦闘評価だ。俺の指揮官としてのプライドはズタズタだ。
「なんで……」
俺は荒い息を吐きながら問いかけた。
「なんで突っ込んだんだよ、ガルド。俺は撤退させるつもりだった。お前が死ぬ確率は100%だったんだぞ」
「うるせぇな。カケル、お前は賢いが……馬鹿だろ」
ガルドが痛む右腕を庇いながら、空を見上げた。
「俺の後ろには、逃げ遅れたガキがいたんだよ。確率がどうとか知らねぇ。守るのが俺の仕事だ」
「……」
「それに、お前なら何とかすると思ったんだよ。……ほらな、俺がくれた剣、いい切れ味だったろ?」
ガルドが得意げに笑う。
その笑顔を見た瞬間、俺の胸に込み上げてきたのは、安堵ではなかった。
恐怖だった。
紙一重だった。
もし俺の一撃が浅かったら。もしエルフィが怯んでいたら。
ガルドは死んでいた。
俺がリセットする暇もなく、永遠に失われていたかもしれない。
(……怖い)
俺の中にあった、彼らを「NPC」と見下す感情が消え、代わりに強烈な執着が芽生え始めていた。
こいつらは、生きている。
俺の思い通りにならない、勝手に命を賭ける、どうしようもないバカな人間だ。
だからこそ、俺が管理しなきゃいけない。
こんな「予測不能な連中」を、これからは俺が完璧にコントロールして守らなきゃいけない。
もう二度と、ガルドに怪我なんてさせない。
絶対にだ。
焚き火の光に照らされた彼らの笑顔を見ながら、俺はポケットの中で、リーナからもらったミサンガを強く握りしめた。
それは、歪んだ過保護への第一歩だった。
(第5話へ続く)




