表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

第3話 予定調和のトライアル



「──というわけで。あなたの能力には興味があるけれど、即採用とはいかないわ」

 翌朝、ギルドの前でエルフィは冷徹に言い放った。

 まあ、そうだろうな。

 レベル3の若造がいきなり「俺は戦況が見える」なんて言っても、はいそうですかと信じる指揮官なら、とっくにこのパーティは全滅している。

「テストをさせてもらうわ。場所は『迷いの森』。オークの群れの討伐よ」

「了解。俺が指揮を執ればいいんだな?」

「ええ。ただし、一度でも危険な判断を下せば、その場で契約破棄。私たちがあなたを置いて帰るわ」

 厳しい条件だ。

 『迷いの森』は常に濃霧が立ち込めて視界が悪く、オークは連携攻撃を得意とする。素人が指揮を執れば、奇襲を受けてパニックになり、各個撃破されて壊滅するのがオチだ。

「ガハハ! 気負うなよカケル。危なくなったら俺が守ってやるからよ」

「カケルさん、怪我をしたらすぐに私の後ろへ……あ、いえ、私が前へ……とにかく、無理はしないでくださいね」

 ガルドとリーナが励ましてくれる。

 俺は苦笑いで頷いた。

「ああ、頼りにしてるよ」

 ……なんて、殊勝な態度は表面だけだ。

 俺は内心、あくびを噛み殺していた。

 

 『迷いの森』のオーク討伐?

 悪いが、もう12回目だ。

          ◇

 鬱蒼とした森の中。乳白色の霧が立ち込め、数メートル先も見えない。

 湿った土の匂いと、獣の気配。

 本来なら、極度の緊張を強いられる場面だ。

 だが、俺は近所のコンビニへ行くような足取りで先頭を歩く。

(あと三歩進むと、右の茂みから弓矢が来る)

 1、2、3。

「ガルド、盾を右へ! 角度45度!」

 俺が叫ぶと同時、ガルドが反射的に大盾を構える。

 カンッ!

 乾いた音が響き、霧の中から飛来した矢が弾かれた。

「うおっ!? マジかよ、全然見えなかったぞ!」

「感心してる暇はないぞ。左、10時の方向から三体来る。エルフィ、範囲魔法準備。リーナはガルドに身体強化バフを」

 俺の指示は、敵の姿が見える「前」に出る。

 霧が揺れ、棍棒を持ったオークたちが飛び出してくる頃には、こちらの迎撃準備は完了している。

「『ファイア・ランス』!」

「『ストレングス』!」

 エルフィの炎が先頭のオークを焼き払い、強化されたガルドの豪快な斧が残る二体を同時になぎ倒す。

 完璧だ。

 一分の隙もない連携。まるで、何年も一緒に組んでいるベテランパーティのような呼吸。

 だが、それは当然だ。

 俺はこのテストで、既に11回死んで(リセットして)いる。

 

 1回目は、奇襲を受けてリーナが即死した。

 2回目は、俺の指示が遅れてガルドが腕を折られた。

 3回目、4回目……。

 どこから敵が来るか、誰がどう動けば被弾しないか。

 全部「暗記」するまでやり直した。

 

 これは戦闘じゃない。ただの「覚えゲー」のタイムアタックだ。

「……信じられない」

 戦闘終了後、エルフィが荒い息を吐きながら俺を見た。

 その目には、疑念を超えた「畏怖」が混じっていた。

「私の詠唱タイミングに合わせて、ガルドが動くように指示したわね? どうして二人の呼吸ラグまで計算できるの?」

「言ったろ。全体が見えてるんだよ」

 嘘だ。

 5回目の失敗の時、二人がぶつかって魔法が暴発したのを見たから修正しただけだ。

「すっげぇよカケル! お前の指示、めちゃくちゃ動きやすいぜ! まるで俺が次にどう動きたいか分かってるみたいだ!」

「私も……詠唱が終わった瞬間に守ってもらえて、すごく安心できました」

 ガルドとリーナが目を輝かせて駆け寄ってくる。

 俺は「はは、相性がいいのかもな」と笑ってごまかす。

 相性? 違う。

 俺が君たちに合わせて、世界を何度も作り直したんだ。

 君たちが傷つかない世界線を、俺の死体で舗装して作っただけだ。

 ──虚しい。

 完璧な称賛を受けるほど、俺の心は冷えていく。

 こいつらが喜んでいるのは「俺」じゃない。「正解のコマンドを入力する機械」だ。

          ◇

 その夜。森の中での野営キャンプ

 試験は合格。俺は晴れて「仮採用」から「正式メンバー」になった。

 焚き火を囲んで、ガルドが仕留めたオーク肉を焼く。

 いい匂いが立ち込める中、ガルドがゴソゴソと荷物を漁り、何かを取り出した。

「おいカケル、手ぇ出せ」

「あ? なんだよ」

 言われるがまま手を出すと、ズシリと重い物が置かれた。

 それは、鞘に収まった一本の短剣だった。

 柄には滑り止めの革が丁寧に巻かれ、刃は月光を浴びて青白く輝いている。

「こいつは……ミスリル銀の短剣?」

 俺は目を丸くした。

 初期装備の鉄クズとは比べ物にならない業物だ。値段だってバカにならないはずだ。

「合格祝いだ。お前、レベル低いだろ? 俺たちが守りきれねぇ時、自分の身は自分で守れ」

「いや、でもこれ高かっただろ? 金なんて……」

 言いかけて、俺は気づいた。

 ガルドの右腕。いつも装備していた籠手ガントレットがない。代わりに、古びた革のバンテージが巻かれている。

「お前、その籠手……売ったのか?」

「あ? あー、まあな。ちょっと古くなってたし、丁度いいかなってよ!」

 ガルドは豪快に笑い飛ばすが、俺は知っている。

 あの籠手は、彼が死んだ親父さんから受け継いだ形見だったはずだ。リセット前の雑談で、自慢げに話していたのを聞いたことがある。

「バカかお前!? タンクが防具売ってどうすんだよ! 非効率にも程があるだろ!」

 思わず怒鳴ってしまった。

 ありえない。

 前衛の防御力が下がれば、それだけ回復役リーナの負担が増える。パーティ全体の生存率が下がる。

 たかがレベル3の盗賊に武器を買い与えるために、メイン盾の防御力を削るなんて、攻略サイトなら「地雷行為」として晒されるレベルだ。

「非効率かもしれねぇけどよ」

 ガルドは焚き火を見つめ、少し照れくさそうに鼻を擦った。

「お前は俺たちの『目』だ。目が潰れたら、俺たちは戦えねぇ。……それに、仲間が丸腰で戦ってるのを見るのは、もう嫌なんだよ」

「カケルさん」

 横からリーナも、小さな包みを差し出してきた。

 開けると、不格好な手編みのミサンガが入っていた。

「防御力とかはないんですけど……私の髪の毛を編み込んで作ったお守りです。カケルさんが、無事に帰ってこられるようにって」

「……重いよ。物理的にも心理的にも」

 俺は呻いた。

 聖女の髪入りのお守りなんて、呪術的な意味で効果がありそうで怖い。

 それに、これを作るのにどれだけ時間をかけたんだ。その時間でポーションの一つでも作ったほうが有意義じゃないか。

 エルフィも、やれやれと肩をすくめながらも、否定はしなかった。

「受け取っておきなさい。それが、このパーティのやり方よ。……非効率で、お人好しで、計算が合わない」

 エルフィは眼鏡の奥で優しく目を細めた。

「でも、だからこそ私たちは『暁の牙』なの。ようこそ、カケル」

 俺は手元の短剣とミサンガを見下ろした。

 ステータス補正、攻撃力+15。防御力+0。

 今の俺には、過ぎたる装備だ。

 そして何より、ずっしりと重かった。

「……ありがとう。大事にするよ」

 俺は嘘をついた。

 大事になんてするものか。

 どうせ俺が死んでリセットすれば、この短剣はガルドの元に戻り、籠手も戻ってくる。

 この「非効率な贈り物」は、今の時間軸だけの幻だ。

 そう自分に言い聞かせ、アイテムボックスの隅っこに放り込んだ。

 だが、その冷たい金属の感触が、いつまでも手のひらに残って消えなかった。

 焚き火の爆ぜる音が、俺たちの笑い声の合間に、どこか寂しく響いていた。

(第4話へ続く)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ