第3話 予定調和のトライアル
「──というわけで。あなたの能力には興味があるけれど、即採用とはいかないわ」
翌朝、ギルドの前でエルフィは冷徹に言い放った。
まあ、そうだろうな。
レベル3の若造がいきなり「俺は戦況が見える」なんて言っても、はいそうですかと信じる指揮官なら、とっくにこのパーティは全滅している。
「テストをさせてもらうわ。場所は『迷いの森』。オークの群れの討伐よ」
「了解。俺が指揮を執ればいいんだな?」
「ええ。ただし、一度でも危険な判断を下せば、その場で契約破棄。私たちがあなたを置いて帰るわ」
厳しい条件だ。
『迷いの森』は常に濃霧が立ち込めて視界が悪く、オークは連携攻撃を得意とする。素人が指揮を執れば、奇襲を受けてパニックになり、各個撃破されて壊滅するのがオチだ。
「ガハハ! 気負うなよカケル。危なくなったら俺が守ってやるからよ」
「カケルさん、怪我をしたらすぐに私の後ろへ……あ、いえ、私が前へ……とにかく、無理はしないでくださいね」
ガルドとリーナが励ましてくれる。
俺は苦笑いで頷いた。
「ああ、頼りにしてるよ」
……なんて、殊勝な態度は表面だけだ。
俺は内心、あくびを噛み殺していた。
『迷いの森』のオーク討伐?
悪いが、もう12回目だ。
◇
鬱蒼とした森の中。乳白色の霧が立ち込め、数メートル先も見えない。
湿った土の匂いと、獣の気配。
本来なら、極度の緊張を強いられる場面だ。
だが、俺は近所のコンビニへ行くような足取りで先頭を歩く。
(あと三歩進むと、右の茂みから弓矢が来る)
1、2、3。
「ガルド、盾を右へ! 角度45度!」
俺が叫ぶと同時、ガルドが反射的に大盾を構える。
カンッ!
乾いた音が響き、霧の中から飛来した矢が弾かれた。
「うおっ!? マジかよ、全然見えなかったぞ!」
「感心してる暇はないぞ。左、10時の方向から三体来る。エルフィ、範囲魔法準備。リーナはガルドに身体強化を」
俺の指示は、敵の姿が見える「前」に出る。
霧が揺れ、棍棒を持ったオークたちが飛び出してくる頃には、こちらの迎撃準備は完了している。
「『ファイア・ランス』!」
「『ストレングス』!」
エルフィの炎が先頭のオークを焼き払い、強化されたガルドの豪快な斧が残る二体を同時になぎ倒す。
完璧だ。
一分の隙もない連携。まるで、何年も一緒に組んでいるベテランパーティのような呼吸。
だが、それは当然だ。
俺はこのテストで、既に11回死んで(リセットして)いる。
1回目は、奇襲を受けてリーナが即死した。
2回目は、俺の指示が遅れてガルドが腕を折られた。
3回目、4回目……。
どこから敵が来るか、誰がどう動けば被弾しないか。
全部「暗記」するまでやり直した。
これは戦闘じゃない。ただの「覚えゲー」のタイムアタックだ。
「……信じられない」
戦闘終了後、エルフィが荒い息を吐きながら俺を見た。
その目には、疑念を超えた「畏怖」が混じっていた。
「私の詠唱タイミングに合わせて、ガルドが動くように指示したわね? どうして二人の呼吸まで計算できるの?」
「言ったろ。全体が見えてるんだよ」
嘘だ。
5回目の失敗の時、二人がぶつかって魔法が暴発したのを見たから修正しただけだ。
「すっげぇよカケル! お前の指示、めちゃくちゃ動きやすいぜ! まるで俺が次にどう動きたいか分かってるみたいだ!」
「私も……詠唱が終わった瞬間に守ってもらえて、すごく安心できました」
ガルドとリーナが目を輝かせて駆け寄ってくる。
俺は「はは、相性がいいのかもな」と笑ってごまかす。
相性? 違う。
俺が君たちに合わせて、世界を何度も作り直したんだ。
君たちが傷つかない世界線を、俺の死体で舗装して作っただけだ。
──虚しい。
完璧な称賛を受けるほど、俺の心は冷えていく。
こいつらが喜んでいるのは「俺」じゃない。「正解のコマンドを入力する機械」だ。
◇
その夜。森の中での野営。
試験は合格。俺は晴れて「仮採用」から「正式メンバー」になった。
焚き火を囲んで、ガルドが仕留めたオーク肉を焼く。
いい匂いが立ち込める中、ガルドがゴソゴソと荷物を漁り、何かを取り出した。
「おいカケル、手ぇ出せ」
「あ? なんだよ」
言われるがまま手を出すと、ズシリと重い物が置かれた。
それは、鞘に収まった一本の短剣だった。
柄には滑り止めの革が丁寧に巻かれ、刃は月光を浴びて青白く輝いている。
「こいつは……ミスリル銀の短剣?」
俺は目を丸くした。
初期装備の鉄クズとは比べ物にならない業物だ。値段だってバカにならないはずだ。
「合格祝いだ。お前、レベル低いだろ? 俺たちが守りきれねぇ時、自分の身は自分で守れ」
「いや、でもこれ高かっただろ? 金なんて……」
言いかけて、俺は気づいた。
ガルドの右腕。いつも装備していた籠手がない。代わりに、古びた革のバンテージが巻かれている。
「お前、その籠手……売ったのか?」
「あ? あー、まあな。ちょっと古くなってたし、丁度いいかなってよ!」
ガルドは豪快に笑い飛ばすが、俺は知っている。
あの籠手は、彼が死んだ親父さんから受け継いだ形見だったはずだ。リセット前の雑談で、自慢げに話していたのを聞いたことがある。
「バカかお前!? タンクが防具売ってどうすんだよ! 非効率にも程があるだろ!」
思わず怒鳴ってしまった。
ありえない。
前衛の防御力が下がれば、それだけ回復役の負担が増える。パーティ全体の生存率が下がる。
たかがレベル3の盗賊に武器を買い与えるために、メイン盾の防御力を削るなんて、攻略サイトなら「地雷行為」として晒されるレベルだ。
「非効率かもしれねぇけどよ」
ガルドは焚き火を見つめ、少し照れくさそうに鼻を擦った。
「お前は俺たちの『目』だ。目が潰れたら、俺たちは戦えねぇ。……それに、仲間が丸腰で戦ってるのを見るのは、もう嫌なんだよ」
「カケルさん」
横からリーナも、小さな包みを差し出してきた。
開けると、不格好な手編みのミサンガが入っていた。
「防御力とかはないんですけど……私の髪の毛を編み込んで作ったお守りです。カケルさんが、無事に帰ってこられるようにって」
「……重いよ。物理的にも心理的にも」
俺は呻いた。
聖女の髪入りのお守りなんて、呪術的な意味で効果がありそうで怖い。
それに、これを作るのにどれだけ時間をかけたんだ。その時間でポーションの一つでも作ったほうが有意義じゃないか。
エルフィも、やれやれと肩をすくめながらも、否定はしなかった。
「受け取っておきなさい。それが、このパーティのやり方よ。……非効率で、お人好しで、計算が合わない」
エルフィは眼鏡の奥で優しく目を細めた。
「でも、だからこそ私たちは『暁の牙』なの。ようこそ、カケル」
俺は手元の短剣とミサンガを見下ろした。
ステータス補正、攻撃力+15。防御力+0。
今の俺には、過ぎたる装備だ。
そして何より、ずっしりと重かった。
「……ありがとう。大事にするよ」
俺は嘘をついた。
大事になんてするものか。
どうせ俺が死んでリセットすれば、この短剣はガルドの元に戻り、籠手も戻ってくる。
この「非効率な贈り物」は、今の時間軸だけの幻だ。
そう自分に言い聞かせ、アイテムボックスの隅っこに放り込んだ。
だが、その冷たい金属の感触が、いつまでも手のひらに残って消えなかった。
焚き火の爆ぜる音が、俺たちの笑い声の合間に、どこか寂しく響いていた。
(第4話へ続く)




