第2話 完成された円環への侵入者
異世界転移から一週間。
俺、相葉カケルのレベルは未だに「3」。
街周辺のゴブリンを数匹狩っただけの、吹けば飛ぶような弱小冒険者だ。
しかし、俺の脳内にある「攻略チャート」だけは、すでにレベル100相当まで積み上がっていた。
「……ターゲット確認」
冒険者ギルドの酒場。
紫煙と喧騒が渦巻く中、ひときわ目を引く中央の特等席に、彼らはいた。
周囲の冒険者たちから一目置かれる、この街のエース・パーティ『暁の牙』。
大盾を背負う、身長二メートル越えの巨漢獣人戦士、ガルド。
清廉な修道服に身を包み、少しおどおどと周囲を伺う聖女、リーナ。
そして、その中央で冷徹に地図を広げている銀髪の眼鏡美女、魔導士エルフィ。
完璧な布陣だ。鉄壁の盾、慈愛の回復、殲滅の魔法火力。
彼らは「完成」されている。新人一人が入り込む隙間なんて、1ミリもないように見える。
だが、俺には見える。
彼らに欠けている「最後のピース」が。
そして、俺がそのピースに収まるための手順も、この一週間で嫌というほど叩き込んだ。
──トライ回数、七十四回。
それが、俺がこの『暁の牙』という超難関クエストを攻略するために費やした、リセット(自殺)の回数だ。
◇
(回想:12回目のリセット)
「お願いだ! 俺を入れてくれ! 雑用でも荷物持ちでも何でもする!」
俺はガルドに高い酒を奢り、事前にリセットで仕入れた「田舎の弟の病気」の話を持ち出して同情を誘った。
ガルドは見た目に寄らず涙もろい。
「おう、いいじゃねぇか! 弟のために命張るってか! こんな気骨のある若造、俺は嫌いじゃねぇぞ!」
バンバンと背中を叩かれ、HPが減るほど喜んでくれた。
聖女リーナも、「行き倒れていた人を助けたい」という俺の嘘に騙され、「困ったときはお互い様です。カケルさんを信じましょう」と微笑んでくれた。
勝った。そう思った。
だが、最後の砦が立ちはだかる。
「却下よ」
リーダーのエルフィだ。
彼女は冷ややかな瞳で俺を見下ろし、バッサリと切り捨てた。
「ガルド、リーナ。あなたたちは人が良すぎるわ。この男のレベルは3。足手まといを抱えて戦えるほど、私たちの受ける依頼は甘くない」
「でもよぉ、エルフィ! こいつは……」
「情でパーティを危険に晒すつもり? ……帰りなさい、素人さん。あなたが戦場で無残に死ぬのを見たくないわ」
論理的すぎて反論の余地がない。
ガルドとリーナが申し訳なさそうな顔をする中、俺は店を追い出された。
直後、ヤケ酒を煽ってから路地裏で自分の喉を切り、朝に戻った。
◇
(回想:45回目のリセット)
情がダメならと、俺は実力行使に出た。
彼らが受ける予定の依頼を先回りし、魔物の出現位置を予言して見せたのだ。
「北の森、オークが出るぞ。それも通常の三倍の数だ」
「……なぜ分かったの?」
エルフィが怪訝な顔をする。
俺はニヤリと笑う。「俺には未来が見えるんだ」
これで「謎の強キャラ」としてアピールできたはずだ。
しかし、彼女の反応は冷淡だった。
「怪しすぎるわ。魔物と通じているスパイ、あるいは盗賊団の手先の可能性が高い。……ガルド、拘束して」
「は!?」
「吐くまで締め上げるわよ」
結果、俺は衛兵の詰め所で拷問を受けそうになり、舌を噛み切ってリセットする羽目になった。
疑り深いにも程がある。
◇
そして現在、75回目の挑戦。
俺は酒場のカウンターで、その瞬間を待っていた。
ガルドがトイレに立つ。
リーナが追加の料理を注文しにカウンターへ来る。
テーブルには、エルフィが一人。
今だ。
俺は音もなくエルフィの対面に座る。彼女が不快そうに眉をひそめるより早く、俺は切り出した。
「『右翼の守りが薄い』……悩んでるんだろ、リーダー?」
エルフィの手がピクリと止まる。
眼鏡の奥の理知的な瞳が、鋭く俺を射抜く。
「……盗み聞き?」
「まさか。ただの分析だよ。ガルドは優秀な盾だが、攻撃に転じると視野が狭くなる。リーナの回復は一級品だが、詠唱中は無防備だ。君が広範囲魔法で敵を散らしているが、MP(魔力)消費が激しすぎて、長期戦になるとジリ貧になる」
これは分析ではない。
過去のリセットで、彼らが全滅するパターンを何度も見てきたから知っている「事実」だ。
彼らは強そうに見えて、実はギリギリのバランスで成り立っている。
特に、リーダーであるエルフィの負担は限界に近い。
「君は優秀すぎるんだ、エルフィ。全部一人で背負って、最適解を計算し続けている。……でも、疲れてるだろ? 夜も眠れないくらいに」
図星だったのだろう。
エルフィの表情が、仮面が剥がれ落ちるようにわずかに揺らいだ。目の下に薄くクマがあるのを、俺は見逃さない。
俺は畳み掛ける。
「俺を入れてみないか? 俺は弱いが、戦場の『全体図』が見える。君が計算する前に、俺が敵の配置と弱点を伝える。君は魔法を撃つことだけに集中すればいい」
「……レベル3のあなたに、私の演算代行ができると?」
「できるさ。証明しようか」
俺はテーブルに指で3つの点を描く。
「今から十秒後、入り口から赤ら顔の酔っ払いが転がり込んでくる。五秒後、あそこの店員がジョッキを三つ落とす。そして一秒後……ガルドが戻ってきて、俺の肩を叩く」
言い終わると同時だった。
背後から巨大な手が伸びてきた。
「おう、誰だ兄ちゃん? 俺の席だぞ」
ガルドだ。
直後、ガシャーン! と激しい音が響く。店員が手を滑らせてジョッキを割った音。
さらに入り口のドアが開き、泥酔した冒険者が「うぃ〜っ!」と転がり込んでくる。
すべて、予言通り。
もちろん予知能力じゃない。さっきのリセット直前──この店で失敗して死ぬ直前に起きた出来事を暗記していただけだ。
だが、エルフィには「未来が見えている」ようにしか見えないはずだ。
エルフィは目を見開き、口元に手を当てて思考に沈んだ。
合理主義者の彼女の頭の中で、計算式が組み変わっていく音が聞こえるようだ。
『不審な男』から、『未知の有能なリソース』へ。
「……名前は?」
「カケル。相葉カケルだ」
「ふん。……いいわ、カケル。あなたのその『目』、採用してあげる」
エルフィがフッと笑い、眼鏡の位置を直した。
その顔は、リーダーとしての張り詰めた緊張が少し解け、年相応の女性の顔に見えた。
「ただし! 一度でも判断を誤ったら即刻クビよ。私の指揮下に入る以上、無駄な動きは許さないから」
「了解だ、ボス」
俺は内心でガッツポーズをした。
攻略完了。
一番の難所だった「鉄壁のリーダー」が落ちた。あとはガルドとリーナなど、どうとでもなる。
「ガルド、リーナ。紹介するわ。今日から私たちの『目』になってもらうカケルよ」
エルフィの言葉に、戻ってきた二人が目を丸くする。
だが、ガルドはすぐにニカっと笑い、俺の背中をバシッと叩いた。
「へぇ! あのエルフィが即決するなんて珍しいな! よろしくな、カケル! お前細いからよ、俺が守ってやるから安心しろ!」
「……っつ、痛てぇよ」
「カケルさん、よろしくお願いしますね。ふふ、仲間が増えて嬉しいです」
リーナも花が咲いたような笑顔で歓迎してくれる。
彼らの目は、あまりにも無防備で、温かかった。
俺も笑顔で応える。
──ちょろいもんだ。
七十四回の失敗(死)は無駄じゃなかった。
こうして俺は、完成された円環の中に、異物として滑り込むことに成功したのだ。
彼らの笑顔が眩しい。
だが俺は知っている。
この笑顔の裏で、ガルドが故郷の弟の手術費のために多額の借金をしていることも。
リーナがかつて村を焼かれたトラウマで、夜な夜な悪夢にうなされていることも。
エルフィが完璧主義のプレッシャーで胃を痛め、隠れて胃薬を飲んでいることも。
全部、リセットの中で見た「設定資料」だ。
借金を肩代わりすればガルドは俺に従うだろう。悪夢を聞いてやればリーナは依存してくるだろう。
「よろしくな、みんな。……(ま、精々利用させてもらうよ)」
俺たちが交わした乾杯の音。
ガルドの分厚い手、エルフィの細い指、リーナの温かい手。
その体温に触れながら、俺の心だけが冷たく凪いでいた。
(第3話へ続く)




