第18話 1ダメージの重み
「来るぞ! 迎撃しろ!」
魔王ゼロスが叫ぶ。その声には、初めて焦りの色が混じっていた。
彼の周囲に展開される『トリニティ』の障壁。
それを維持しながら、彼は迫りくる俺たちを迎撃しようと魔法を放つ。
だが。
「うらぁぁぁッ!!」
ガルドが、盾を投げ捨てた。
タンクが防御を捨てる。魔王の演算にはない行動だ。
身軽になったガルドは、左足を引きずりながらも、イノシシのようにジグザグに走る。魔王の照準がズレる。
「ええい、鬱陶しい! ならば魔導士を……」
魔王がエルフィに狙いを変える。
だが、エルフィは詠唱していなかった。
彼女は枯渇した魔力を絞り出す代わりに、持っていた杖を槍投げの要領でブン投げた。
「物理かよ!?」
魔王が思わずツッコミを入れる。
杖は魔王の顔面スレスレを通り過ぎ、背後の壁に突き刺さった。ダメージはゼロ。だが、魔王の注意を一瞬逸らすには十分すぎる「ノイズ」だ。
「きゃぁぁぁっ!」
そこへ、リーナが突っ込んでくる。
回復役が最前線へ。これもセオリー無視だ。
彼女は目を瞑りながら、聖水を瓶ごと投げ、さらに聖なる光を纏った拳で殴りかかろうとして──何もないところで派手に転んだ。
「なっ!?」
魔王が迎撃魔法を放とうとした空間を、リーナが転んでくぐり抜ける。
完全な偶然。
だが、魔王の演算回路にとっては「理解不能な回避機動」として処理され、思考にラグが生じる。
「エラー……予測不能……行動パターン不一致……ッ!」
魔王が混乱する。
その刹那。
バラバラだった三人の攻撃が、奇跡的なタイミングで重なった。
転んだリーナの放った聖水が、障壁にぶつかる。(聖属性)
ガルドの裏拳が、障壁を叩く。(物理属性)
エルフィが指先から放った、最後の一滴の魔力弾が着弾する。(魔法属性)
狙ったわけじゃない。
タイミングを合わせたわけでもない。
ただの、ガムシャラな暴走の結果。
だが、その乱数は、0.1秒の誤差もなく一点に収束した。
カ……パァァァァァン!!!
硬質な音が響き渡り、絶対防御障壁『トリニティ』が粉々に砕け散った。
「馬鹿な……! 計算外だ……こんな確率、あり得んッ!!」
魔王が驚愕に目を見開く。
障壁が消えた。
魔王の懐がガラ空きになる。
「いっけぇぇぇぇッ!! カケルぅぅぅッ!!」
ガルドが叫ぶ。
俺は走っていた。
仲間たちが作った、最初で最後の道。
手には、折れた初期装備の短剣。レベル1の貧弱な腕力。
それでも、俺の足は止まらない。
「おのれぇぇぇッ!!」
魔王が漆黒の剣を振り上げる。
速い。
俺の短剣が届くより、魔王の剣が俺を両断する方が速い。
避けられない。
防げない。
リセットもできない。
──なら。
受けてやるよ。
俺は防御を捨て、さらに踏み込んだ。
「死ねッ!」
魔王の剣が振り下ろされる。
俺は左腕を突き出した。
ザシュッ!
激痛。熱さ。
俺の左腕が、肘から先ごと吹き飛んだ。
「ぐ、ぅぁぁぁぁッ!!」
視界が真っ赤に染まる。
だが、俺は止まらない。
左腕を犠牲にして、剣の軌道を逸らした。肉を切らせて骨を断つ、なんてカッコいいもんじゃない。ただの捨て身だ。
「な……貴様、腕を!?」
魔王が怯む。
その隙に、俺は魔王の胸元──コアの目の前まで肉薄していた。
短剣を突き出す?
いいや、もう腕に力が入らない。
俺に残された武器は、もう一つしかない。
俺は歯を食いしばり、飛び上がった。
「これで……最後だぁぁぁッ!!」
ゴチンッ!!!
俺は全体重を乗せて、魔王の鼻っ柱に頭突きをかました。
レベル1の頭突き。
ダメージなんて、たかが知れている。
せいぜい「1」ダメージだ。
だが、その1ダメージが、魔王の意識を一瞬飛ばした。
そして何より、その石頭には、「絶対に諦めない」という俺たちの執念が詰まっていた。
「が、ぁ……!?」
魔王がよろめき、尻餅をつく。
胸元のコアが完全に無防備になる。
「みんな、やれぇぇぇッ!!」
俺は血を吐きながら叫んだ。
俺の背中越しに、三つのボロボロの影が飛び出した。
「うおおおおらぁぁぁッ!!」
「貫けぇぇぇッ!!」
「いっけぇぇぇッ!!」
ガルドの折れた斧の柄。
エルフィが隠し持っていたナイフ。
リーナの杖の石突き。
武器なんて呼べる代物じゃない。
ただの意地と、泥臭い喧嘩キックのような総攻撃。
それが、魔王のコアに殺到する。
ドォォォォォォン……!!
まばゆい光が玉座の間を包み込む。
計算も、効率も、美学もない。
ただただ泥臭い、俺たちの勝利の光だった。
◇
光が収まった時。
そこには、粒子となって消えゆく魔王の姿があった。
彼は倒れながら、天井を見上げていた。
「……そうか」
魔王が、憑き物が落ちたような穏やかな顔で呟く。
「計算できなかった、のではない。……貴様らの絆が、計算式を超えていたのか」
俺は這いつくばったまま、失った左腕の激痛に耐えながら彼を見た。
「……ああ。俺たちは弱くて、不完全だからな。だから、お前の想像を超えられたんだ」
魔王は視線を俺に向けた。
その目に、もう敵意はない。
「見事だ、相葉カケル。……その『不確定な』未来を、愛するがいい」
魔王は俺たちの方へ手を伸ばし──そして、光となって霧散した。
後に残ったのは、静寂だけ。
「……勝った……のか?」
ガルドが仰向けに倒れたまま、掠れた声で言う。
俺は、天井を見上げながら、深く息を吐いた。
「ああ……。俺たちの、勝ちだ」
全身が痛い。左腕がない。あばらも折れてる。
でも、こんなに心地よい痛みは初めてだった。
「カケル!」
リーナが泣きながら覆いかぶさってくる。
エルフィがへたり込み、ガルドが俺の頭をくしゃくしゃに撫でる。
みんなボロボロで、血だらけで、泥だらけだ。
ざまあみろ。
これが、リセットのない世界だ。
傷跡だらけの、最高のハッピーエンドだ。
俺の意識が、急速に遠のいていく。
安堵と疲労の闇へ落ちる直前、俺は微かに笑って呟いた。
「……腹減った、なぁ」
誰かの「帰ったら宴会だ!」「私の奢りよ!」という声を聞きながら、俺は深い眠りに落ちた。
(第19話へ続く)




