第16話 魔王の演算、愚者の乱数
ドォォォォォン!!
魔王ゼロスの指先から放たれた極大の闇魔法が、俺たちの立っていた場所を消し飛ばした。
俺たちは左右に散開し、間一髪で回避する。
「がぁッ……!」
地面を転がった俺は、受け身も取れずに無様に肩を打った。
痛い。骨が軋む。
レベル1の肉体は、爆風の余波だけでHPが削れていく。
「カケル! 大丈夫か!?」
ガルドが駆け寄ろうとするが、追撃の黒槍が彼の足を止める。
ガギィィン!
大盾で防いだが、ガルドの巨体が数メートルも後退させられる。
「バケモンかよ……! 攻撃が重すぎて、近づけねぇぞ!」
「私の障壁も限界よ! 次のが来たら防げない!」
エルフィの悲鳴。
圧倒的な戦力差。
魔王ゼロスは、玉座から一歩も動いていない。ただ指先を動かすだけで、俺たちを虫けらのように追い詰めている。
「……遅い」
魔王が退屈そうに呟いた。
「動きに無駄が多い。連携の呼吸が合っていない。恐怖で判断が鈍っている。……『死に戻り』を失った貴様らの実力など、所詮はこの程度か」
魔王が両手を広げる。
その背後に、赤、青、白──三色の光球が浮かび上がる。
絶対防御障壁『トリニティ』。
かつて俺が、どうあがいても一人では破れなかった「物理的な詰み」の壁だ。
「この障壁は、三属性の同時攻撃でしか破れない。誤差は0.1秒。……貴様らのような烏合の衆に、それほどの精密動作が可能か?」
魔王の周囲から、無数の光弾が放たれる。
弾幕だ。近づくことさえ許さない拒絶の雨。
「くそっ……!」
俺は歯噛みした。
知っている。この弾幕のパターンも、障壁の弱点も、全部知っている。
だが、身体が追いつかない。
指示を出そうにも、俺の声が届く前に仲間が回避行動で散らされてしまう。
これが現実だ。
ゲームのようにコマンド選択で動くわけじゃない。
恐怖があり、痛みがあり、ラグがある。
俺の頭の中にある「攻略本」通りになんて、いくわけがないんだ。
「カケル! どうする!? このままじゃジリ貧だぞ!」
ガルドが叫ぶ。
俺は泥だらけの顔を上げた。
策はある。
魔王が魔法を放つ瞬間、わずかに生じる「瞬き」の隙。そこに異物を投げ込んで怯ませれば、連携のチャンスが生まれるはずだ。
ソロ時代の俺が見つけた、唯一の「バグ」に近い攻略法。
俺は足元の小石を拾った。
「ガルド! エルフィ! リーナ! 俺が合図したら最大火力を叩き込め!」
「無茶よ! この弾幕の中で!?」
「やるんだよ! 俺が隙を作る!」
俺は走り出した。
弾幕の中へ。レベル1の脆弱な身体を晒して。
死ぬかもしれない。でも、ここで勝負をかけなきゃ全滅だ。
「今だッ!」
俺は小石を全力で投げた。
魔王の顔面へ。かつて俺が何万回も見た、魔法発動直前の「瞬き」のタイミングに合わせて。
──だが。
「……浅はかな」
魔王は、瞬きすらしなかった。
飛んできた小石を、視線だけで展開した極小のバリアで弾き飛ばす。
「な……ッ!?」
読まれていた?
いや、違う。反応速度が違うんだ。
俺の記憶にある魔王より、今の魔王の方が「速い」。
俺がレベル1になって相対速度が変わったからじゃない。魔王もまた、俺というイレギュラーを前にして、学習しているんだ。
かつて俺が彼を研究し尽くしたように、彼もまた、俺の行動パターンを演算し終えていた。
「貴様の思考など読める。小賢しい『攻略法』に頼った、弱者の悪あがきだ」
魔王の指が、俺に向けられる。
殺意の籠もった漆黒の光が収束する。
「カケル、危ないッ!!」
ドォォォォン!!
閃光が放たれた。
俺は反応できなかった。
足がすくみ、死を覚悟した。
だが、衝撃は来なかった。
代わりに、目の前に巨大な背中があった。
「ぐ、ぅぅぅぅぅッ!!!」
ガルドだ。
彼が俺の前に飛び出し、盾も構えずに生身で魔法を受け止めていた。
肉が焦げる音。鮮血が舞う。
「ガルド!!」
「へへ……! 言ったろ……俺の背中は、広いってな……」
ガルドが崩れ落ちる。
その背中は焼け爛れ、立つことさえままならない重傷だった。
「ガルドさん! いやぁぁッ!」
リーナが駆け寄ろうとするが、魔王の追撃がそれを阻む。
エルフィも魔力切れで膝をついている。
俺の作戦ミスのせいで。
俺が「過去のデータ」に慢心して、小石なんて投げたせいで。
俺を庇って、一番大切な相棒が倒れた。
リセットできない世界で、取り返しのつかない傷がついた。
「ガルド……おい、嘘だろ……?」
俺はへたり込み、動かなくなったガルドの身体に手を伸ばす。
温かい血が、俺の手を濡らす。
「……チェックメイトだ」
魔王が冷酷に告げる。
三色の障壁は健在。こちらは半壊。
今度こそ、本当の「詰み」だった。
(第17話へ続く)




