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第15話 魔王ゼロスの問い



 キメラを倒した俺たちが足を踏み入れたのは、草木の一本も生えない死の世界──「常闇の荒野」だった。

 空は常に鉛色の雲に覆われ、冷たい風がヒュオオと吹き荒れている。

「……うへぇ、気味の悪い場所だな。生きた心地がしねぇぞ」

 ガルドが身震いをして、斧を握り直した。

 エルフィも眉をひそめ、辺りを警戒している。

 リーナは不安そうに俺の袖を掴んでいた。

 俺は、無言で荒野を見渡した。

 知っている。この風景を、嫌というほど知っている。

 あそこの岩陰は、俺がソロ攻略中に野営をした場所だ。

 あの崖の下は、足を滑らせて死んだ場所だ。

 あの枯れ木は、孤独に耐えきれず、一人で話しかけていた相手だ。

 ここは、俺の墓場だ。

 何万回という死と、リセットされた時間の残骸が、この荒野には埋まっている。

(……足が重いな)

 以前は、何も感じなかった。

 心を殺して、ただの移動作業として歩いていたからだ。

 でも今は、ここにある「過去の俺の絶望」が、亡霊のように足にまとわりついてくる気がする。

『引き返せ』

『お前はまた失敗するぞ』

『仲間なんて連れて行くな。失うのが辛いだけだぞ』

 風の音が、過去の俺の声に聞こえて、吐き気がした。

 俺の顔色は、今のレベル1のステータス以上に悪かったに違いない。

「カケル?」

 不意に、温かい手が俺の頬に触れた。

 エルフィだ。

 彼女は心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

「顔色が悪いわ。……ここが、あなたの言っていた『心を失った場所』?」

「……ああ。俺はずっと一人で、ここを歩いていたんだ」

「そう」

 エルフィは短く言うと、俺の手をぎゅっと握った。

「なら、上書き(オーバーライト)しましょう」

「え?」

「悲しい記憶なんて、私たちが塗り潰してあげる。……ほら、ガルド! 景気付けに一曲歌いなさいよ!」

「あぁ!? なんで俺が!?」

「いいから! カケルが暗い顔をしてるのよ!」

 エルフィに急かされ、ガルドが「ちっ、しょうがねぇな」と頭を掻き、渋々故郷の民謡らしきものを歌い始めた。

「〜♪ 山育ちのぉ〜俺たちゃよぉ〜! 岩を枕にぃ〜酒を飲むぅ〜!」

 音程は外れているし、声はデカすぎる。

 洞窟だったら崩落が起きるレベルの騒音だ。

「ふふ、ガルドさん、音程が半音ズレてますよ」

「うっせぇなリーナ! これでも村じゃ『美声のガルド』で通ってたんだぞ!」

 三人が笑い合う。

 その馬鹿げた明るさが、荒野に淀んでいた「孤独の空気」を物理的に吹き飛ばしていく。

 俺の中にあった亡霊たちの囁きが、ガルドの歌声にかき消されていく。

 ああ、そうだ。

 今の俺は一人じゃない。

 乾パンを齧るだけの灰色の時間は、もう終わったんだ。

「……ひどい歌だな」

 俺は苦笑しながら、目尻に浮かんだ涙をこっそり拭った。

「行くぞ、みんな。この先に、魔王がいる」

 俺は強く地面を踏みしめた。

 墓標は乗り越えた。あとは、決着をつけるだけだ。

          ◇

 荒野を抜け、俺たちはついに「魔王城」へと辿り着いた。

 聳え立つ黒鉄の城門。

 かつて俺が、震える手でたった一人、押し開けた扉だ。

「せーの、だ」

 俺たちは視線を交わし、頷き合う。

 そして四人で力を合わせ、重たい扉を押し開けた。

 ギィィィィィ……。

 長い廊下の先、広大な広間。

 その最奥にある漆黒の玉座に、彼は座っていた。

 魔王ゼロス。

 人間と変わらぬ姿。しかし、その身から放たれる圧倒的な威圧感は、以前対峙した時と変わらない。

 いや、レベル1の今の俺にとっては、呼吸するだけで肺が潰されそうなほどのプレッシャーだ。

「……よく来たな」

 魔王がゆっくりと顔を上げた。

 その深淵のような瞳が、俺を捉える。

「戻ってきたか。……『能力』を捨てた愚か者よ」

 ガルドたちが息を呑む。

 魔王は知っているのだ。俺がかつてここに来て、そして自ら初期化したことを。

「なぜ戻ってきた? 貴様は『最強』だったはずだ。無限の時を操り、傷つくこともなく、完璧な正解だけを選び続ける……神にも等しい力を手に入れていた」

 魔王が玉座から立ち上がり、一歩、また一歩と階段を降りてくる。

「それを捨て、脆弱な肉体と、不確定な仲間を引き連れて、何をしに来た? ……死にに来たか?」

「いいや」

 俺は一歩前に出た。

 足は震えている。心臓は破裂しそうだ。

 でも、声だけはハッキリと響かせた。

「俺は、人間に戻りに来たんだ」

「人間?」

「ああ。傷つかず、失敗もしない人生なんて、死んでるのと同じだった。……俺は、こいつらと一緒に泣いたり笑ったりするために、あの力を捨てたんだ!」

 魔王が足を止める。

 その表情に、侮蔑と、そして微かな哀れみが浮かんだ。

「……愚かしい。貴様はまだ理解していないようだな」

「何をだ?」

「『仲間』などという不確定要素が、いかに脆く、無意味なものかということを」

 魔王が指を鳴らす。

 瞬間、玉座の間の空気が凍りついた。

 彼の背後に、三色のオーラ──物理、魔法、聖なる光を弾く絶対障壁『トリニティ』が展開される。

「我もかつては、貴様のように仲間を信じた。愛を信じた。……だが、救えなかった」

 魔王の声が低く、重く響く。

「誰もが間違いを犯す。誰もが裏切る。誰もが死ぬ。……不確定な他者に依存する限り、完全な平穏など訪れない。ゆえに我は全てを捨て、個として完成することを選んだ」

 魔王ゼロス。

 彼もまた、かつては勇者だったのかもしれない。

 そして絶望の果てに、俺と同じ「リセット(孤独)」の道を選び、その頂点に達した存在。

 

 彼は、俺の「あり得たかもしれない未来」の姿だ。

 ここで彼に勝つということは、俺が「リセット」に頼らず生きると決めた覚悟を証明することに他ならない。

「証明してやろう、相葉カケル。貴様が選んだ『絆』がいかに無力で、我が選んだ『孤独』がいかに絶対的かを」

 魔王が右手を掲げる。

 膨大な魔力が収束し、空間が歪む。

「絶望するがいい。今度こそ、コンティニューはない」

 戦闘開始の合図。

 俺は短剣を抜き、叫んだ。

「上等だ! 見せてやるよゼロス! 俺たちの『不確定な』強さをな!!」

 レベル1の勇者と、レベル99の魔王。

 そして、最強の仲間たち。

 最後の戦いが、今始まる。

(第16話へ続く)



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