第14話 正夢になった「スイッチ」
「グルルルル……ッ!」
広大な空洞に、三つの頭を持つ魔獣──キメラの咆哮が響き渡る。
獅子、山羊、蛇。
三つの殺意が、入り口に立つ俺たちに向けられている。
「来るぞ! 散開!」
俺の号令と共に、全員が左右に散る。
直後、獅子の口から吐き出された炎塊が、俺たちがいた地面を溶岩に変えた。
「相変わらずデタラメな火力だ……!」
俺は冷や汗を拭う。
知っている。この炎は、着弾から0.5秒後に爆風が広がる。
ソロ時代の俺は、それをミリ単位の「安全地帯」に飛び込んで回避していた。
だが、今は違う。
俺の後ろにはリーナがいる。俺が避ければ、彼女が焼かれる。
「ガルド、炎を受け止めるな! 爆風を利用して右へ流せ!」
「おうよッ!」
ガルドが大盾を斜めに構え、爆風の衝撃波をあえて受けてスライド移動する。その背中にリーナを隠しながら。
完璧だ。俺の記憶にはない動きだが、ガルドならできると信じた指示。
「次、蛇の尻尾! 毒針が来る!」
俺が叫ぶ。
しかし──キメラの動きが、俺の「記憶」とズレた。
ソロの時は、必ず距離の近い俺を狙ってきた。だが今は、魔力波長の高いエルフィの方を向いている。
(しまっ……タゲ(標的)が変わった!?)
ソロ攻略の弊害だ。
「一人で戦う場合」の行動パターンしか、俺の頭にはない。パーティ戦での敵の思考ルーチンが読めない!
「エルフィ、逃げろ! そこは死角だ!」
「間に合わないッ!」
蛇の尾がしなり、エルフィの心臓めがけて毒針が射出される。
俺の足じゃ届かない。ガルドは炎の対処で離れている。
思考が空白に染まる。
またか。また俺の計算違いで、仲間が死ぬのか。
──ヒュンッ!
風切り音がして、毒針が弾かれた。
リーナだ。
彼女がとっさに投げた「聖水」の瓶が空中で毒針に当たり、軌道を逸らしたのだ。
「え……?」
「カケルさん! 呆けてないで指示を!」
リーナの叱咤で、俺は我に返る。
そうだ。
俺の攻略本(記憶)が間違っていても、こいつらはカバーしてくれると言ったじゃないか。
俺が全てを予知する必要なんてないんだ。
「……すまん! 立て直す!」
俺は叫んだ。
恐怖をねじ伏せる。過去のデータを捨てろ。
今の盤面を見ろ。
キメラが大きく息を吸い込む。
山羊の頭に電撃が走る。
来る。あれは──広範囲雷撃。
俺の記憶が警鐘を鳴らす。
『懐に飛び込め。そこだけが安全地帯だ』
かつて、俺が一人で何度も死んで見つけ出した、唯一の回避ルート。
──いや、ダメだ!
今の俺のレベル1の足じゃ、発動までに懐へ潜り込めない。
それに、俺が助かっても、後衛の二人が消し炭になる。
どうする?
回避不能。全滅確定。
リセット? できない。
詰んだか?
(……信じろ)
脳裏に、あの時の幻聴が蘇る。
孤独なダンジョンで、誰もいない虚空に向かって叫んだ、あの言葉。
あれは、幻なんかじゃなかった。
俺が心の底から求めていた、「勝利のピース」だったんだ。
俺は喉が裂けんばかりに叫んだ。
「──ガルド、スイッチ!!」
説明はいらない。
理屈もいらない。
ただ、その名を呼べば、彼は応えると知っているから。
「任せとけぇぇぇぇッ!!」
横合いから、重戦車のような影が飛び出してきた。
ガルドだ。
彼は回避も防御もせず、真正面からキメラの懐──雷撃の発生源へと突っ込んだ。
「『シールド・バッシュ』!!」
ドゴォォォォンッ!!
雷が落ちるコンマ1秒前。
ガルドの渾身の盾攻撃が、山羊の顎を下から打ち砕いた。
放たれるはずだった雷撃が暴発し、キメラ自身の口内で炸裂する。
「ギャオオオオオオッ!?」
キメラが悲鳴を上げて仰け反る。
最大の必殺技が、最大の隙に変わった瞬間。
「今だッ! エルフィ!」
「合わせなさい、カケル!」
エルフィの杖が輝く。
巨大な氷の槍が生成される。
俺も走った。レベル1の非力な足で、泥を蹴って。
俺の短剣じゃ、トドメは刺せない。
でも、道を作ることはできる。
俺はキメラの足元に滑り込み、腱を斬りつけた。
ガクン、とキメラの体勢が崩れる。
露出した心臓。
「貫けぇッ!!」
俺の叫びと同時に、エルフィの氷槍が突き刺さる。
ドスッ!
さらに、ガルドの斧が追撃で首を叩き落とす。
ズズ……ン。
地響きと共に、巨獣が沈黙した。
◇
「はぁ……はぁ……ッ」
静寂。
俺は大の字に倒れ込んでいた。
全身泥だらけ。脇腹が痛い。足がガクガク震えている。
でも、生きている。
誰も死んでいない。
「……やった、のか?」
「おうよ! 大勝利だ!」
ガルドがボロボロの盾を放り投げ、俺の隣にドカッと座り込んだ。
エルフィも、リーナも、へたり込んでいる。
みんな傷だらけで、服は汚れていて、汗臭い。
スマートさのかけらもない、泥臭い勝利。
「なぁ、カケル」
ガルドがニカっと笑って、俺の頭を乱暴に撫でた。
「さっきの『スイッチ』、最高だったぜ。……俺が飛び込みてぇタイミング、なんで分かった?」
「……さあな」
俺は涙がこぼれそうになるのを誤魔化して、空を見上げた。
「ずっと、呼んでたからな」
あの孤独なループの中で、何百回も叫んだ名前。
虚空に消えていたその言葉が、ようやく届いたんだ。
「カケルさん、怪我はありませんか?」
「回復しますね、じっとしてて」
リーナとエルフィが覗き込んでくる。
その心配そうな、でも誇らしげな顔を見て、俺は心の底から笑った。
レベル99のソロ討伐よりも。
何万回のリセットで得た完全勝利よりも。
今のこの、不格好でギリギリの勝利の方が、ずっとずっと誇らしい。
「ああ……最高だよ」
俺たちは洞窟の闇の中で、互いの無事を確かめ合うように、いつまでも笑い合っていた。
(第15話へ続く)




