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第13話 攻略本の呪いと、聖女の日記



 俺たちは、「死嘆きの洞窟」の地下深くを進んでいた。

 かつて、俺が孤独なソロ攻略で通り抜けた場所だ。

「……ストップ。その床、踏むな」

 俺の鋭い声に、先頭を歩いていたガルドがぴたりと足を止める。

 彼のブーツのつま先、わずか数センチ先にある石畳。

 一見なんの変哲もない床だが、俺は知っている。

 そこを踏めば、天井から強酸のスライムが降ってきて、装備ごと骨まで溶かされることを。

 ソロ時代、俺はそこで3回死んだ。

「へっ? なんもねぇぞ?」

「罠だ。感知系の魔法にも反応しない古代のギミックだよ。……壁際を歩いてくれ」

 俺の指示通り、仲間たちは慎重に壁際を伝って進む。

 無事に通過。

 ガルドが試しに石ころを罠の床に投げると、ジュワッ! という音と共に天井から緑色の液体が降り注ぎ、石が泡を吹いて溶けた。

「うおっ、あっぶねぇ! マジかよ……」

「……カケル。あなた、本当にここに来るのは初めて?」

 エルフィが眼鏡の奥から、探るような視線を向けてくる。

 この数週間、こういう場面が何度もあった。

 隠し部屋の場所、ボスの弱点、ドロップアイテムの中身。

 俺の知識は「勘」で説明できるレベルを超えている。

「……言っただろ。『夢』で見たんだよ」

「都合のいい夢ね。まるで攻略本を丸暗記しているみたい」

 エルフィは呆れたように肩をすくめたが、その口調に以前のような冷たい疑いはない。

 彼女はもう、俺の異質な知識を「仲間のための武器」として受け入れてくれている。

 でも、俺は怖かった。

 俺の知っている攻略法ルートは、あくまで「俺が一人で通った時」のものだ。

 パーティで挑む場合、敵の挙動が変わるかもしれない。

 俺の記憶違いで、もしみんなを死なせてしまったら──。

 その恐怖が、常に喉元に冷たい刃を突きつけている。

 レベルは上がったが、俺の手はまだ、微かに震えていた。

          ◇

 その日の野営キャンプ

 洞窟内の安全地帯セーフティエリアで、俺たちは休息を取った。

 ガルドとエルフィが寝静まった後。

 見張り番をしていた俺の隣に、リーナがそっと座った。

「……カケルさん」

「ん? どうした、眠れないのか?」

「はい。少し、お話がしたくて」

 リーナは膝の上に、古びた革表紙の本を置いていた。日記帳だろうか。

 焚き火の明かりに照らされた彼女の横顔は、どこか切なげで、儚げだった。

「カケルさんが以前おっしゃった『悲しい夢』のお話……私、信じています」

「え……?」

「だって、私にも覚えがあるんです。……これ、見ていただけますか?」

 彼女が日記帳を開いて渡してくる。

 俺は戸惑いながら、そのページに目を落とした。

 『○月×日。今日はとても胸が苦しい。ガルドさんが死んでしまう夢を見た。でも、目が覚めたら皆生きていた。カケルさんが、すごく冷たい顔で指示を出していた気がする』

 『△月□日。涙が止まらない。カケルさんが、私たちを置いてどこかへ行ってしまう夢。遠くから背中を見たけれど、声をかけられなかった。彼は私たちを捨てたんだと、心が叫んでいた』

 俺の呼吸が止まった。

 日付を見る。

 それは、前の世界線で俺たちが「決裂」した日や、俺が「関係性をリセット」して一人旅に出た時期と一致していた。

「これは……」

「リセット、ですよね?」

 リーナが俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 その瞳には、糾弾する色はなく、ただ深い慈愛だけがあった。

「カケルさんが『夢』だと言って誤魔化していること……本当は、実際にあったことなんじゃないですか? 私たちは何度も死んで、そのたびにカケルさんが時間を戻してくれていたんじゃないですか?」

 心臓が早鐘を打つ。

 禁忌タブー。他言無用。

 でも、俺が話したわけじゃない。彼女が自力で「感じ取った」のだ。

 女神の警告音は鳴らない。セーフだ。

「……ごめん」

 俺は日記帳を返し、顔を覆った。

「酷いことをしたんだ。君たちが傷つくのが怖くて、勝手に時間を巻き戻して……最後には、面倒になって君たちを捨てた。俺は、君の日記にある通りの最低な男だよ」

 ソロ攻略の時、酒場で俺を遠くから見ていたリーナ。

 あの時、彼女だけは気づいていたのかもしれない。俺の背中が拒絶していたことに。

 嫌われる。

 当然だ。勝手に殺して、勝手に生き返らせて、勝手に捨てたんだから。

 だが、リーナの手が、俺の手の甲に重ねられた。

「……やっぱり」

「え?」

「カケルさん、一人でずっと泣いていたんですね」

 顔を上げる。

 リーナは泣いていた。でも、それは怒りの涙じゃなかった。

「日記を書いている時、いつも不思議だったんです。どうしてこんなに悲しいんだろうって。……今なら分かります。これは私の悲しみじゃない。カケルさんが一人で背負っていた孤独が、伝わってきていたんです」

 彼女は俺の手を両手で包み込み、額を押し当てた。

「何万回も、私たちを助けようとしてくれて……ありがとうございました」

「リーナ……」

「でも、もう一人で背負わないでください。私たちはもう、カケルさんに守られるだけの人形じゃありません。あなたの『攻略本きおく』が間違っていても、私たちがカバーしますから」

 その言葉は、どんな回復魔法よりも深く、俺のボロボロの魂を癒やしていった。

 

 ああ、そうか。

 俺が捨てた世界線(ゴミ箱)の中にも、彼女の心は残っていたんだ。

 俺の孤独は、完全に一方通行じゃなかったんだ。

「……ああ。頼むよ、リーナ」

 俺は彼女の手を強く握り返した。

 

 この日記は、俺たちの罪と罰の記録だ。

 でも、これからのページは白紙だ。

 リセットのない、一度きりのインクで、俺たちは最高のハッピーエンドを描くんだ。

「そろそろ寝ましょうか。明日はボス戦ですよね?」

「ああ。……キメラだ。強敵だよ」

「ふふ、大丈夫です。だって今のカケルさんには、私たちがいますから」

 リーナが涙を拭いて微笑む。

 その笑顔は、かつて俺が「好感度調整」で作らせた笑顔とは違う。

 少し泣き腫らして、不格好で、でも世界で一番美しい笑顔だった。

(第14話へ続く)




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