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第12話 泥だらけの初勝利


「ぐ、ぁッ……!」

 鈍い衝撃とともに、俺の視界が地面に叩きつけられた。

 口の中に土と鉄の味が広がる。

 脇腹に走る、焼けるような激痛。

「おいカケル! 大丈夫か!?」

 ガルドの怒鳴り声が遠く聞こえる。

 俺たちは今、街の近くの森で、数匹のゴブリンと戦っていた。

 かつて、俺が鼻歌交じりで虐殺した最弱のモンスターだ。

(……動けよ、俺の足!)

 俺は泥を掴んで立ち上がろうとする。

 だが、身体が鉛のように重い。

 脳内では完璧な回避ルートが見えている。「右に半歩ズレて、首筋にカウンター」。何万回も反復した動きだ。

 けれど、レベル1の貧弱な筋力と反射神経が、そのイメージに全く追いつかない。

「ギャギャッ!」

 ゴブリンが嘲笑うように棍棒を振り上げる。

 怖い。

 その粗末な木の棒が、今は処刑台の斧に見える。

 当たれば骨が折れる。当たり所が悪ければ死ぬ。そして、もう二度と生き返らない。

「死にたく……ないッ!」

 俺は無様に地面を転がって回避した。

 棍棒が空を切り、地面を抉る。

「『ファイア・ボール』!」

 横合いから飛来した炎が、ゴブリンを吹き飛ばした。

 エルフィだ。

「カケル、下がって! あなたは前衛には無理があるわ!」

「でも……!」

「いいから下がれ! 死にてぇのか!」

 ガルドが俺の襟首を掴んで後ろに放り投げる。

 俺は尻餅をつき、ただ見ていることしかできなかった。

 ガルドが盾で攻撃を受け止め、エルフィが的確に魔法を放ち、リーナがガルドの傷を癒やす。

 その連携の中に、俺の居場所はない。

 俺は指揮官でも、最強のソロプレイヤーでもない。

 ただの、守られるだけの荷物だ。

(くそっ……情けねぇ……)

 拳を握りしめ、爪が食い込む。

 これが現実だ。リセットなしの世界だ。

 こんなにも俺は無力だったのか。

 その時、俺の記憶メモリーが警鐘を鳴らした。

 左の茂みが揺れた。あそこには別動隊が隠れている。

 ガルドたちは正面の敵に集中していて気づいていない。

「ガルド、左だ!」

 俺は叫んだ。

「茂みの中に二匹隠れてる! 飛び出してくるぞ!」

「あぁ!?」

 ガルドが反射的に盾を左に向ける。

 直後、茂みからゴブリンが飛びかかってきた。

 ガキンッ!

 爪が盾に弾かれる。もし反応が遅れていたら、ガルドの喉が裂かれていただろう。

「マジでいやがった! ナイスだカケル!」

「エルフィ、次は右の木の裏! 弓持ちがいる!」

「了解……『ウィンド・カッター』!」

 エルフィの風の刃が、隠れていた弓ゴブリンを木ごと切り裂く。

 俺の声が、戦場に届いている。

 俺の剣は届かないけれど、俺が地獄で積み上げた「死の経験」だけは、彼らを守る武器になる。

「……右、左、正面! これで全滅だ!」

 最後のゴブリンが倒れ、森に静寂が戻った。

          ◇

「いってぇ〜……。久々にゴブリン相手に苦戦したぜ」

 戦闘終了後。ガルドがドカリと地面に座り込む。

 俺は青ざめた顔で駆け寄った。

「ごめん! 俺が足を引っ張ったせいで……怪我は!?」

「かすり傷だ。リーナのヒールがありゃすぐ治る」

「でも……!」

 俺の手が震えている。

 誰かが傷つくのが怖い。それが自分のせいなら尚更だ。

 以前なら、ここでリセットして「無傷の勝利」に書き換えていただろう。

 でも、今はその傷跡が、俺のミスの証拠として残り続ける。

「カケル」

 エルフィが近づいてきた。

 怒られる。クビにされる。俺は身を縮こまらせた。

「……あなたの索敵能力、驚いたわ。気配もなかったのに、どうして位置が分かったの?」

「あ、えっと……」

「まるで、敵がどこから来るか知っているみたいだった」

 鋭い。

 俺は冷や汗を流す。

 「未来予知」だと言えば、また前の関係に戻ってしまうかもしれない。

 俺は必死に言葉を探した。

「……必死だったから。君たちを守りたくて、必死に周りを見てたんだ」

「……」

「ごめん、役立たずで」

「馬鹿ね」

 ペチッ、とエルフィが俺の額を指で弾いた。

「役立たずなもんですか。あなたの声のおかげで、ガルドは無傷で済んだのよ。……ありがとう、カケル」

 彼女が微笑む。

 皮肉でも計算でもない、本心からの感謝。

 それが、じわりと俺の胸に染み込んでいく。

          ◇

 その夜。

 森の中で焚き火を囲んだ。

 リーナが作ったスープからは、少し焦げた匂いがする。

「ごめんなさい、ちょっと火が強すぎました……」

「はは、リーナは料理が苦手だからなぁ」

 ガルドが笑いながらスープをすする。

 俺も一口飲んだ。

 ……苦い。焦げの味がする。野菜も生煮えだ。

 

 以前の俺なら、間違いなくリセット案件だ。

 「不味い飯で士気が下がるのは非効率だ」とか考えて、リーナが失敗しないように先回りして火加減を調整していただろう。

 でも。

「……美味い」

 俺は呟いた。

 熱い。苦い。でも、身体の芯まで温まる。

 これが「失敗の味」だ。

 誰かが俺たちのために一生懸命作ってくれて、ちょっと間違えちゃった、愛おしい味だ。

「えっ、本当ですか?」

「ああ。すごく美味しいよ、リーナ」

 俺が笑顔で言うと、リーナはパァッと顔を輝かせた。

 ガルドもニヤニヤしながら肉を齧り、エルフィは静かにコーヒーを飲んでいる。

 夜風が冷たい。

 脇腹の傷がズキズキ痛む。

 明日の筋肉痛は確定だ。

 

 不便だ。非効率だ。

 なのに、どうしてこんなに満たされているんだろう。

「なぁ、カケル」

 ガルドが焚き火越しに俺を見た。

「お前、なんでそんなに必死なんだ? レベル1で森に入って、泣きながら俺たちに頼み込んで……。一体、何があったんだ?」

 三人の視線が集まる。

 俺はスープの器を両手で包み込み、炎を見つめた。

 能力のことは言えない。

 でも、嘘もつきたくない。

「……夢を見たんだ」

「夢?」

「ああ。俺が、何もかも効率だけで考えて、周りの人を道具みたいに扱って……最後は一人ぼっちになる夢」

 俺はポツリポツリと語った。

 それは夢という名の、俺が捨ててきた過去の話。

「その夢の中で、俺は最強だったけど、誰の名前も呼べなかった。……目が覚めた時、怖くて仕方なかった。だから、君たちに会いたかったんだ」

 沈黙が落ちる。

 薪がパチパチと爆ぜる音だけが響く。

「……そっか」

 ガルドが短く言って、俺の背中をバシッと叩いた。

「安心しろ。ここは夢じゃねぇ。俺たちは道具じゃねぇし、お前は一人じゃねぇよ」

「ええ。あなたのその必死さ、嫌いじゃないわ」

「私もです。カケルさんがいてくれて、よかった」

 俺は堪えきれず、また少し泣いた。

 涙をスープと一緒に飲み干した。

 月が綺麗だった。

 セーブポイントなんてない。

 やり直しのきかないこの夜が、俺にとっては何よりも代えがたい宝物だった。

(第13話へ続く)



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