005 退職日
退職日前日8月30日、事務所には明日退職する俺と
新しい店長、中岡店長が並んで座っていた。
「明日で最後ですね、色々お疲れさまでした」
中岡にそう言われて
「すまない、急に辞めてしまって」と返した。
「そうですよ、それでも引継ぎができて良かったです
この会社は最近、退職代行で辞める人も増えているので
まだマシなほうですよ」
まあ、最初は俺もそうしようとは思ったけど流石に
24年も世話になった会社なので最後くらいは
ケジメをつけてきちんと辞めるのが筋だと
思ったわけだ。
「まあ、明日はゆっくり休め、俺が最後の日だから
責任を持ってお前の指示通りの調整にしておくから」
「じゃあ、しっかり利益が取れるようにうまい調整を
よろしくお願いします」
まあうまい利益の調整なんて釘を
閉めるだけなんだが・・・
それでもそれが一般のお客にわからないよう
にするのが腕の見せ所でもある。
いかにもう少しお金をつぎこませるか
その調整にはけっこう自信があるほうなのだ。
このようなやり取りを8月30日の閉店後、
事務所で語り合っていた。この中岡店長は、
元は俺の部下で5年間くらい、俺のもとで副店長を
していた。かなり女癖が悪く、新しく赴任した
店舗の女性アシスタントと良い仲になっていた。まあ
店に問題がなければ良いが、手を出した女性が
人妻ってことが何度か修羅場もあって、その度に
俺が間に入って仲裁をしていった。
中岡からすれば恩人だと思うのだが、
軽い性格なので本人は懲りていない。まあ悪い奴
ではないのだが、部下から(特に男性部下)は
嫌いな上司ベスト3には入っている
と聞いたことがある。
「中岡、俺の部下たちをよろしくな、もう女癖
を注意する必要もないとは思うが、
店長になるからには十分気を付けろよ」
と最後に軽く注意はしたけど、逆に
「分かっていますよ、公希さんも早く次の
仕事決めてくださいよ」
と返された、まあ確かにその通りなんだが・・・
8月31日当日
俺は朝から出社して、開店前には店の出入り口に立ち、
お客に挨拶をしていった。馴染みの客には今日が
最終日だと伝えるためでもあるが、最後の意地でも
あり、来店したお客のほとんどに声をかけて
行った。俺のいる店は過疎化が進む人口5万ある
町の中型店舗だったのでほぼ朝から来店する
お客の顔は分かっていた。
「さみしくなるね・・」
「次の店長は期待していいのか?」
「ようやくお前ともお別れができる、お前とは相性
が悪すぎて以前に比べて全く勝てなくなった」
「次の店長には高設定を必ず入れるように
ちゃんと言っとけよ」
このような言葉をたくさん言われながら、
俺は作り笑顔で
「今までありがとうございます。
これからもこの店に来てくださいね」
と心にも思っていないことを繰り返し伝えていった。
もちろん俺を可愛がってくれた超常連の
おばあちゃん達には
ちゃんと心をこめて「ありがとう」を伝えていった。
夕方まではホールと事務所を何度も往復して、
従業員から入るインカムを
から「〇〇さん、来店しました」「〇〇さん、
交換しました」を聞いてはホールに出て挨拶を
して回った。同じ日に辞める西山・池中副店長も
同じように見知った客に声をかけて回っている
姿を見た。
西山は12時から夕方まで、池中は夕方から閉店前
まで交代で休憩を取らせて俺は、事務所で椅子を
並べて少し横になっていた。思えば24年間、
パチンコ店しか知らない俺が果たして次の仕事は
何をするのだろうか?と最近よく考えるように
なっていた。両親も俺の次の仕事の心配を
しているみたいだし、明日からしばらくは
有給休暇を使えるけど、早く安心させるためにも、
良い仕事を探さなくてはいけないなと考えていた。
そんな感じで早番と遅番の朝礼・終礼を参加して、
いよいよ閉店時間を迎えた。最後のお客が帰り店の
シャッターを閉めると、アルバイトや本日帰った
はずの従業員が俺と副店長2名に花束を
プレゼントしてくれた。
あやうく泣きそうになったけどみんなに
心から感謝を伝えた。
そして従業員が帰っていったあと、俺は最後の
仕事としてハンマーをもって
ホールにある遊技台と向かい合っていた。