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宮薬師の密やかな処方  作者: 神楽 柚希
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第5話:紅繭の断片

夕暮れの御薬所は、日中の騒ぎが嘘のように静まり返っていた。鍋の湯気も少なく、香りだけが残る。私は慎重に匂いを確かめながら、今日見つけた証拠を整理する。焦げた薬草の残り香、鉄分の混じった体温の痕跡、そして微かに甘い独特の香り――これは、これまでの事件にはなかったものだった。


「茉莉、これは……?」


漣が私の横で、手元の資料と香りを交互に見比べる。私は小さく息を吐き、微かな笑みを浮かべた。


「紅繭の断片です」


その言葉に漣の瞳が大きく見開かれる。紅繭――それは、御薬所でも禁忌とされる古い薬方。使い方次第で病も魂も変えるとされ、歴史の中で極秘にされてきた薬だ。今回の事件の背後には、この禁忌の断片が関わっているとしか考えられない。


「でも、どうして……側近の薬に?」


漣の問いに答える前に、私は匂いを再確認する。微かに混ざる焦げ香の奥、甘く、ほのかに官能的な香りが、使用された薬草の性質を示している。これは単なる毒ではなく、人の心理や体調まで操作する力を持つ薬だ。


「使われたのはほんの一部です。完全な紅繭ではない。でも、使った者の意図は明確です。自然死に見せかけ、陰謀を隠すため……」


漣は言葉を失った。宮廷内で誰が、どのように紅繭の断片を手に入れ、使用したのか。答えはすぐには分からない。しかし匂いは教えてくれる。手際の良さ、煎じ方、混ぜ方――熟練者による計算された操作だと。


「明日、御薬所の記録と照合すれば、さらに多くの手掛かりが見つかります」


私は鍋の湯気に手を添えながら微かに笑う。事件の全貌はまだ見えていない。でも、この断片こそが、宮廷に潜む陰謀の核心へと繋がる鍵になる。匂いと薬方の痕跡を頼りに、私は静かに次の行動を考えた。


「漣、覚悟はいいですか?」


「はい……朝霧さんとなら、どこまでも」


二人の視線が合う。その瞬間、宮廷の静寂は、私たちの小さな決意を映す鏡のようだった。今日の調査で見つけた断片は、小さな真実に過ぎない。しかし、確実に宮廷の均衡を揺るがす一歩だ。


夕陽が窓から差し込み、薬缶の湯気を赤く染める。匂いは嘘をつかず、真実の痕跡を残す。私は紅繭の断片を胸に、明日からの行動を静かに決意した――宮廷の闇を解き明かすために。

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