第4話:侍従・漣との協働
翌朝、御薬所はいつもより少し慌ただしかった。高位の側近の不審死の報告が、宮廷のあちこちで噂となり始めている。私は静かに薬缶の湯気を見つめながら、昨日の匂いの記録を思い返していた。
「茉莉、行きましょう」
漣が廊下の角から現れた。彼の瞳はいつもより鋭く、覚悟を帯びている。昨日見つけた痕跡を元に、宮廷内で調査を進めるための提案だった。
「はい……準備はできています」
私は薬袋を肩にかけ、漣に従う。今日から、ただの御薬所の下働きではない。事件の真相を探る“探偵役”としての一歩が始まるのだ。
宮廷内の調査は、匂いと記録の両方が武器になる。まずは側近の居室に残された薬瓶の残り香を再確認する。微かな鉄分の匂い、焦げた薬草の匂い、そして僅かな人の体温の痕跡。すべてが昨日の推測を裏付ける証拠だ。
「朝霧さん、この匂い……どう見ます?」
漣が少し肩をすくめる。私は薬瓶に手を添え、鼻先で香りを確かめる。
「焦げ方が不自然です。煎じるタイミングを誤らないよう、意図的に操作された痕跡があります」
漣は静かに頷いた。彼には薬の知識はないが、私の言葉を聞くと状況の意味をすぐ理解する。コンビとしての相性は、思ったより良さそうだ。
私たちは居室の机に並べられた書類や記録も確認した。御薬所の記録と側近の薬方の手順を照らし合わせ、微妙な差異を見つける。匂いの記録と書類の証拠が組み合わさると、犯行の時間帯や使用された薬草の種類、意図された効果が明確になる。
「ここまで揃えば、誰が何をしたか、推測できますね」
私は呟き、漣に向き直る。彼は少し戸惑った表情を見せるが、真剣な眼差しは揺るがない。
「では、次は御薬所内の人物にも聞き取りを……」
そう言った瞬間、廊下の向こうから別の侍従が駆けてきた。「朝霧さん、漣さん、急報です!」
何か新しい動きがあったようだ。私たちは互いに頷き、静かに足音を立てずに廊下を進む。匂いはすぐに私たちの鼻先で反応する。誰かが焦り、誰かが隠し事をしている。宮廷内の空気そのものが、事件のヒントを含んでいる。
「漣、準備はいいですね」
「はい」
私たちは小さな調査チームとして、宮廷の奥深くへと進む。匂いを頼りに、書類を頼りに、事件の輪郭を浮かび上がらせる――。そしてその輪郭は、これまで誰も見たことのない、宮廷の陰謀の一端を示していた。
今日の調査が、宮中の高位者たちに波紋を広げる前触れになる。小さな薬湯の匂いから始まった真実の探求は、静かに、しかし確実に、宮廷の均衡を揺るがす。