第59話:『聖水の力、呪いの力』
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場が一瞬にして凍りつく。ゼルヴァード王が険しい表情で立ち上がり、即座に兵士を伴って竜姫の寝室へと向かう。アクスとガルザー、竜人騎士団もそれに続いた。
竜姫の寝所。白い寝台の上に横たわるセレナーデの首元には、黒い文様が浮かび上がっていた。それはかつて死の宣告を受けたときと同じ模様──まさしく呪いの初期症状だった。
「なぜだ・・・解呪は確かに成功したはずだ」
ガルザーは眉をひそめ、己の手を見つめる。
「完全に祓い切れなかったのか・・・あるいは──」
「竜骸の魔導士が、再び干渉してきたのかもな」アクスが低くつぶやく。
「王よ・・・我が未熟のせいで・・・」沈痛な沈黙が広がる中、ガルザーが深く頭を垂れた。
だがゼルヴァード王は首を振った。
「謝ることはない。あのままなら、セレナーデはすでに命を落としていたのだ。お主のおかげで呪いの状態は後退し、命の猶予が得られた。むしろ感謝すべきことよ」
王の声は重くも静かで、そこに父としての焦りを押し殺した響きがあった。
その後、謁見は中止され、場所を軍事会議室へと移すこととなった。会議室には、竜国の重鎮たちが顔を揃えていた。
最奥に座すゼルヴァード王
竜人騎士団を率いるガルザー、とアクス
宰相 ヴァルディオス・グレイン
近衛騎士団長 ライガス・ヴォルドラ
国軍元帥 ドランベルク・アッシュ
国軍参謀 ルセリオ・カインズ
外交官 ミレナ・フェルシア
重厚な石造りの室内に、次々と意見が飛び交う。
「竜姫を救わねばならぬ!」
近衛団長ライガスが拳を握る。
「そもそも何ゆえ竜骸の魔導士は姫を狙うのか。奴の居場所はどこにある! 対話であれ討伐であれ、呪いを解く糸口が掴めるかもしれぬ!」
「しかし、現状その所在の手がかりすらありません。闇雲に軍を動かしても成果は見込めません。それよりも──」
交官ミレナが冷静に言葉を返す。
「今こそエルフとの外交を進めるべきかと。竜の素材──鱗、角、牙、骨、そして魔石は森の民にとっても有用な資源となりましょう。互いの利益を得る交流は急務です。呪いの件は、ガルザー殿が抑えてくださる。猶予がある今、焦ることはありますまい」
宰相ヴァルディオスが頷き、話を継ぐ。
「ぬぅ・・・!」近衛団長ライガスと元帥ドランベルクが同時に唸る。
「だが姫様は・・・!」
議論は激しさを増す。だが次第に、外交推進の意見が優勢となっていった。理由は二つ。
──ガルザーの存在で呪いの緊急性が薄れたこと。
──竜骸の魔導士の手がかりが皆無であること。
ゼルヴァード王は苦々しい顔で腕を組む。
「・・・娘ひとりのために、当てもなく軍を動かし、国の発展を蔑ろにするわけにはいかぬ。竜国にとって森の資源を手に入れる事は非常に重要だ」
国王の声に、室内の空気は重く沈む。その中でただ一人、アクスだけがガルザーを案じていた。
(これじゃ、ガルザーが竜姫の呪いを抑える為に、ずっと王都に縛られる事になるじゃないか)
アクスはそっと彼の肩に手を置き、言葉を紡ごうとした。「ちょっと待ってくれ、それじゃガルザーは──」
だがガルザーは静かにそれを止め、首を横に振った。その瞳は「構うな」と語っていた。
議論は終息に向かい、国の方針は外交優先でまとまりかけていた──その時。会議室の扉が乱暴に開かれ、兵士が血相を変えて駆け込んできた。
「申し上げます! 只今、王都の民に次々と呪いの文様が発現しております!」
重苦しい会議室に、戦慄が走った。
ディアドラ竜国の王都。白亜の城壁に囲まれた石畳の街並みは、昼だというのに不安のざわめきに包まれていた。──呪いの文様が、民たちの肌に次々と浮かび上がり始めたのだ。
「た、助けてくださいガルザー様!」
「娘が・・・! どうか、この子だけでも!」
群衆の叫び声が飛び交う中、竜人騎士団の英雄、至竜改め至聖竜ガルザーは街の広場に立っていた。その大きな手をかざし、聖水精霊から授かった光を注ぎ込むと、黒い文様はじゅう、と音を立てるように消えていく。
「──安心せよ、これで痛みは和らぐ」
解呪を受けた者は泣き崩れ、手を取り合って感謝を述べる。
「ありがたき幸せ! 英雄殿、あなたは竜人の希望です!」
「この御恩は一生忘れません!」
だが、それも束の間だった。
「い・・・いやだ、また・・・!」
数刻もしないうちに、同じ黒い文様が再び浮かび上がる。まるでひと時の安堵を嘲笑うかのように、死の呪いは再発したのだ。
「そんな・・・どうして・・・!」
「英雄殿、これは・・・?」
次々と解呪を求める声に応じ、ガルザーは全身の魔力を削りながら光を送り続ける。しかし疲労は隠せず、その呼吸は荒く、額からは汗が滴っていた。アクスは群衆の端から彼を見つめていた。
(・・・ガルザー、あの調子じゃ長くはもたないな)
やがて、ガルザーは判断を下した。
「進行が進んだ者を優先する。初期段階は、あえて放置せねばならぬ」
「ど、どういうことですか! うちの子も助けてください!」
「この印はただの初期だ。だが安易に解呪すれば、次に再発したときに進行が一気に進んでしまう。猶予がなくなるのだ」
説明に人々は黙り込んだ。だが理解よりも不安が勝ち、やがて不満が漏れ出す。
「・・・結局、治せないのではないか」
「英雄といえど、完全ではないのだな」
「どうして姫様は助かって、我らはこのままなのだ・・・」
不確実な情報が、抑えた声が、複数の波紋のように重なり合い広がっていく。誰も直接は言えない。だが不満と疑念は確実に積み重なっていった。ガルザーはその視線を全て受け止めるかのように立ち続けていたが、疲弊は隠せなかった。
「・・・このままでは、我ひとりでは足りぬ。聖水が、大量にあれば・・・」
しかし彼には王都を離れることが許されない。竜姫と民の命を繋ぐため、この地に留まり続けなければならないからだ。
そんな折、竜人騎士団の三騎士──クラン、ヴォルフ、サイラスが進み出た。
「ガルザー様、我々が行きます!」
「エルフの森へ聖水を取りに!」
「命を賭してでも必ず持ち帰ってみせます!」
王城に報が届くと、ゼルヴァード王は深く頷いた。
「・・・よかろう。三騎士に我が名の入った書状を託す。交渉の証とせよ。さらに魔石と、国の名産品を土産とするがいい」
王は重々しく手を振り、封印を施した文を彼らに授けた。
広場に戻った三騎士はガルザーを一瞥し──そしてアクスに向き直った。
「アクス殿・・・どうか、我々と共に──」
「悪いが、断る」アクスは静かに目を伏せた。
三騎士は驚愕の表情を浮かべる。
「なっ、なぜだ!? これまで共に戦ってきたではないか!」
「お前の力も必要だ、頼む!」
「最初の話と違うだろ。俺はリオルの飼育許可を取るためにここまで来たんだ。それ以上でも以下でもない。いつまで面倒事に付き合わされるんだよ。竜国の問題は・・・竜人で解決してくれ」
アクスは息を吐き、苦い顔で言った。
「だが!」ヴォルフが食い下がる。
「せめて竜骸の魔導士を何とかするまで、協力してくれないか!」
「それはいつまでかかるんだ?」アクスの問いに三騎士がぐっと言葉に詰まる。
「それに・・・今の呪いは竜人だけが対象だろう?」アクスの声音は冷たく鋭かった。
「ここで人間の俺が首を突っ込めば、次に狙われるのは人間かもしれない。そんなリスク、背負えるわけがない」
その言葉に、広間は静まり返った。ガルザーは拳を握り、顔を歪めたが──やがて力なく笑った。
「・・・そうだな。貴殿の言う通りだ。ここまで、よく協力してくれた。礼を言う」
アクスは彼に歩み寄り、静かに右手を差し出した。
「・・・じゃあな、ガルザー」
「うむ・・・必ず、また会おう」
二人の手が強く結ばれる。そしてアクスは踵を返し、広場から去って行った。だがその背には、冷たい視線が突き刺さっていた。──“薄情な人間”。竜都の民の間に、そんな囁きが広がり始めていた。
竜人騎士団
団長:至聖竜ガルザ―
竜人の男性、150歳(人間で言うと30歳くらい)、田舎の村に突如先祖返りのような奇跡で竜に近い見た目で産まれ、王族の隠し子と噂される。幼少から気性が荒く、何でも一番にならないと気が済まない性格だった。王の配下となるよう打診を何度も受けたが、王の下では一番になれないと考え、冒険者で一番になる事を決意。「田舎者の分際で王の御心を踏みにじる不届き者」というレッテルを貼られるも、冒険者として数々の偉業を成し、現在現役では世界で3人しか居ないSランク冒険者となり、竜国から認められる存在に。
ちなみに過去にSランクは結構いて、各ギルドのマスターは大体高齢で引退した元Sランク。ガルドも同じ。竜人というアドバンテージがあるものの、30歳の若さでSランクになるのは異例。残りの2人のSランクも高齢で引退間近であり、現在ギルドのエースオブエースとなっている。




