第54話:『セレネの全快、エルフの宴会』
毎日18時投稿!・・・予定です(なるべくがんばります)
――森国に戻った一行は、すぐさまハイエルフの治癒師のもとへと案内された。緑に囲まれた治療の間は静かで、空気そのものが澄み切っているように感じられる。セレネは柔らかな寝台に横たえられ、息は浅く弱々しい。治癒師はアクスたちが差し出した甕を見て、目を輝かせた。
「こ、これは・・・まさしく聖水!しかも清らかなる泉のもの!よう持ち帰ってくれた・・・!」
言葉以上に、声に宿った喜びがあまりに大きく、逆に場にいた者たちは一瞬面食らうほどだった。
セレネの背に貼られていたのは、鎮痛効果を持つ〈アシャリーフ〉の葉。火の呪痕を少しでも和らげるために使われていたものだ。治癒師が丁寧にそれを剥がすと、焦げのように黒ずんだ跡が葉の裏に残っていた。剥がれた下から現れたのは、焼けただれた背と、血の気を失った腕の断面――痛々しい有様に場が凍りつく。
「・・・セレネ」ガルザーが妹の手を取り、聖水を注ごうと甕を傾ける。だが、その瞬間。
焼けた炭のように赤く光っていた熾焔の灼き痕が、突如として音もなく掻き消えるように消滅したのだ。
「な・・・!?」
消えたと同時に、傷口が口を開き、鮮血が噴き出した。
「セレネ!」ガルザーは慌てて甕を放り出し、手で押さえようとする。
「ホメオス!」治癒師がとっさに両手をかざした。セレネの体に薄い魔法の膜が張り付き、溢れ出る血を塞き止める。場が安堵の息をついたところで、治癒師がガルザーを鋭く見た。
「・・・聖水を掛けておらんのに、熾焔の痕が消えおった。お主、一体何をしたのじゃ?」
「な、何もしてはおらんぞ・・・。我にも分からん・・・」ガルザーは困惑し、首を振る。
横で様子を見ていたアクスが、ぽつりと呟いた。
「・・・もしかすると、泉で精霊から授かった加護のせいじゃないか?」
「加護・・・じゃと!? しかも、精霊様から・・・!?」治癒師の瞳がぎらりと輝き、ぎりぎりと杖を握りしめる。
「我らエルフですら歴史上一度も授かったことがないというのに・・・!なんと、なんという事か!」治癒師は嫉妬のあまり声を荒げる。
アクスとガルザーは泉での出来事を語り、囚われていた精霊を救った経緯を説明した。治癒師はしばし沈黙したのち、杖を胸に抱きしめると、深々と頭を垂れた。
「・・・そうか、そんな事が・・・本来ならば、我らエルフが命を賭してでも精霊を救いに行くべきであった。それを百年も放置してしまったのか・・・。其方らに我らが負うべき危険を押し付けてしまったこと、心よりお詫び申し上げる。そして盟友を救ってくれたこと、心より感謝致す。精霊様の加護は、まさしく其方にこそ相応しい」
高慢と噂されるハイエルフが深々と頭を下げる。その光景にガルザーは逆に狼狽え、言葉を詰まらせた。
「いや、これは・・・仲間と共に助け合った結果である」ガルザーは気まずそうに頭をかく。
「いやいや、アクスの知恵がなければ、あの森牢は突破できなかったぜ」3騎士が口を揃える。
「いやいやいや、頑張ったのは騎士団のみんなさ、俺は付いて行っただけで何もしていない」アクスが笑って答える。
お互い謙遜し褒め合う展開に、皆の頬には照れ笑いが浮かんでいた。
治癒は続けられた。まずは小傷や浅い火傷は癒えていくが、背中の深いえぐれと、失った腕まではどうにもならない。
「ここまでか・・・致し方あるまい。熾焔の灼き痕が消えただけでも御の字よ。治癒師殿、諸々、世話になった」ガルザーが悔しげに礼を言う。
「待て待て、我らをこの程度と侮るでない!」治癒師がにやりと笑った。
「我らは森と共に生きるハイエルフなり!ってな、ここからが本番よ」
治癒師はトマトのような赤い実を取り出し、へたを切り落とす。その果実は瑞々しく輝き、甘い香りを放っている。
「これは〈イピスの実〉と言ってな。身体の欠損をも癒す再生の実じゃ」
治癒師はその実をセレネの背に置き、呪文を唱える。
「…‥‥アスリミレイタンデンボディ!」
実は瞬く間に溶け、傷を覆うように広がり、皮膚と一体化していった。えぐれていた背中はなめらかに再生し、鱗は失われているものの、つるりとした肌が戻った。
「な、何と・・・!再生魔法だと・・・!」ガルザーは目を見開く。
「これがイピスの実の力よ。これがあれば腕程度、簡単に治せる」治癒師は満足げに答えた。
「おぉ、このような貴重な実を・・・!感謝してもしきれぬ・・・」ガルザーの目から涙がこぼれ落ちる。
「なんの、なんの。先日お主らが我らの同胞を解放してくれた際にな、必要であろうと大量に用意しておったのじゃが・・・思いのほか余ってな。文字通り腐るほど余っておるわ」
「そんなはずはない!」ガルザーが思わず声を荒げた。
「奴隷にされていたエルフたちは欠損も多く、ひどい有様であった・・・!」
治癒師の顔が曇る。
「ま、まぁまぁ!話は後だろ?まずは治療を続けてくれ」アクスが慌てて話を遮った。
「おお、そうであったな。すまぬ、邪魔をした」ガルザーが頭を下げる。アクスは胸を撫で下ろした。
治癒師は次に、実の上下を切り取り、切り口に複数の実を繋げ筒のような形に整えた。それをセレネの断たれた腕に押し当て、再び呪文を紡ぐ。
赤い実はじわじわと溶けて腕と一体化し、肉と骨が形成され、やがて指先まで美しく再生した。
「鱗や爪はしばらくすれば生えてくる。そうすれば完全に元通りじゃ」
そのとき、セレネが瞼を震わせ、ゆっくりと目を開けた。自分の腕を見下ろし、驚愕に息を呑む。
「・・・兄さま・・・わたしの腕・・・!」
「セレネ・・・!」ガルザーは妹を抱きしめた。震える手で兄の背を掴み、涙がこぼれる。
「感謝致す・・・妹を救ってくれて・・・ありがとう・・・!」ガルザーの声は嗚咽に掠れていた。
兄妹の抱擁を見守る一同の胸に、温かな感動が広がっていった。
治療を終えたガルザーは、妹セレネの健やかな寝顔を確かめて、ようやく深く息を吐いた。聖水の加護を得たことで、自身の使命は果たされたと感じていた。
聖水は甕に満たされている。ガルザーはそれを治癒師に託し、低く告げた。
「・・・我は聖水の加護を得た。この力があれば村の同胞も助けられよう。この聖水はすべて森国に委ねる。この国の民のために役立ててやってほしい」
「なんと・・・感謝に堪えぬ。貴重な宝を全て頂けるとは・・・」治癒師は驚きに目を見開いたが、やがて表情をほころばせた。
「村にはまだ多くの者が苦しんでいる。皆が待っておる。すぐに戻らねば」
ガルザーは立ち上がり、踵を返した。だが治癒師が慌てて呼び止めた。
「待たれよ! さすがに疲れておろう、せめて一晩は休め! ・・・それに、今宵は宴じゃ!!」
満面の笑みで宣言する治癒師に、周囲のエルフたちも歓声を上げる。空気が一気に華やぎ、祝宴の支度が始まった。
夜、女王の宮殿にて。甕から汲まれた聖水は、まずは女王陛下へと献上された。侍女が銀の盃を捧げ持ち、慎ましく差し出す。
女王は盃を受け取り、その水面を見つめる。月光を閉じ込めたかのように輝く液体。ごくりと喉が鳴った。周囲も息を潜め、緊張が張り詰める。女王は盃を口に近づけ、ゆっくりと啜る・・・次の瞬間、そのまま一気にごくごくと飲み干した。
「・・・・・・!」ざわめきが広がる。
「ふぅ・・・」女王は盃を置き、深く息を吐いた。
一瞬の沈黙の後、声を張り上げる。
「――うまい! これぞまさに泉精霊様の聖水!! 皆、存分に楽しめ!!」
その声は拡声の魔法に乗り、森国全土へと響き渡った。瞬く間に国民たちが歓喜の声を上げる。
「おぉぉぉーーーっ!!」
「聖水だ! 本物の聖水が戻ってきた!!」
国中が沸き立ち、まるで大地そのものが震えているかのようだった。女王は笑みを浮かべ、盃に再び注がれる聖水を受けながら言葉を続ける。
「この味、実に千年ぶりじゃ。アクス、そして竜人の民よ、褒めて遣わすぞ!」
その間にも聖水は甕から次々と汲まれ、森国各地へと振り分けられていく。村の広場でも、集落でも、エルフたちは嬉々として盃を掲げ、ごくごくと飲んでいた。
「・・・聖水を・・・飲んでいる・・・だと?」
竜人騎士団の面々は呆然と立ち尽くしていた。ガルザーも、アクスも、目の前の光景が信じられない。杯を傾け、聖水を喉に流し込むエルフたち。顔を赤らめ、肩を組み、笑い声をあげ、次々とおかわりを求めている。まるで酒盛り。しかし彼らが口にしているのは酒ではない――聖なる加護の水だ。
「・・・いやいやいや・・・聖水って、普通はこう・・・ありがたがって少しずつ使うもんじゃないのか?」アクスは小声で呟いた。
「聖水を・・・ごくごくと・・・。竜国の常識では考えられん・・・」剣騎士も目を丸くしたまま頷く。
「お主らの感覚ではそうじゃろうな。だが我らにとっちゃ、これは祝いの酒みたいなもんよ。心配無用じゃ、死にはせん」すると横で治癒師が肩をすくめて笑った。
「しかし・・・魔力酔いという症状があるはずだ。限界以上の魔力を取り込めば、体に負担が・・・」魔導騎士が眉をひそめる。
「人間ならのう、ん?竜人もかのう」治癒師は盃を掲げて笑い飛ばした。
「我らエルフは生まれつき魔力量が桁違いに高い。むしろ酔うほどに魔力を取り込みゃ、その分保有量も増やせるのじゃ。千年も待たされたんじゃぞ? この喜び、わかるまい!」
その言葉に、周囲のエルフたちが「そうじゃ!」「待ちわびた!」と声をあげ、さらに聖水を煽る。
アクスははっとした。――そういえば泉の精霊も、瓢の中身をがぶ飲みした後にフラフラしていた。あれも魔力で酔っていたからか・・・。
「我らエルフも、泉が閉ざされてからは魔力を高めるため、魔力水を飲んできた。薬草から絞った代物でのう、魔力の濃度自体は聖水より遥かに高いんじゃが・・・これがまぁ苦くてたまらん! 悪酔いして吐く奴もおったわ」治癒師は楽しそうに説明を続ける。
「・・・修行というより拷問だな」槍騎士が思わず顔をしかめる。
「ふん、これも魔力量を高める為と耐えてきたんじゃ。じゃが聖水は違う。のど越しは軽く、味は透き通り、見目も美しい。飲めば心まで清められる。気持ちよく酔いながら魔力を増やせる、夢のような水よ!」治癒師は聖水をあおりながら上機嫌で語る。
「え、じゃぁ精霊は?エルフの魔力水をうまそうにごくごく飲んでたぞ?」
クランが疑問を投げかける。
「そりゃぁ・・・精霊には味覚がないからのぅ!ブワッハッハ!!!」
治癒師が高らかに笑う。
まさに大好物といった顔で、エルフたちは次々と杯を空ける。その光景は異様でありながら、同時に幸福そのものでもあった。
一方アクスたちには、別の宴が用意されていた。果実酒の壺や、香ばしい木の実、蜂蜜で煮た果物や、森で採れた野菜を使った料理が並び、香りが宴席を包む。
「うぉぉ・・・うまそう!」と槍騎士が目を輝かせ、クランは果実酒を一息にあおった。
アクスも、勧められるまま盃を受け取り、果実酒を口に含む。甘酸っぱさと清涼感が舌を撫で、胸の奥まで広がった。
「・・・うん、やっぱ水より酒だよな」思わず漏らした一言に、隣のガルザーがくつくつと笑った。
エルフも竜人も人間も、今は皆ひとつの輪となり、笑い、飲み、語り合う。
宴は深夜まで続き、森国の空を喜びの歌と笑い声が満たしていった――。
――夜が明けると、竜人騎士団は早々に荷をまとめ、整然とした動きで出立の準備を進めていた。
「アクス、何をしておる。貴殿もさっさと荷をまとめよ」ガルザーが声をかける。
「いや、俺はもう用済みだろ? ここから先は竜人騎士団だけでいいんじゃねぇの。森国で少しのんびりしてから帰るつもりだったし・・・リオルも姫も、もう少し遊ばせてやりたいし」アクスは頭を掻きながら渋い顔をした。
ガルザーは言い淀んでから、申し訳なさそうに告げた。
「・・・すまぬ、言っておらなんだ。竜を飼うには竜国での登録が必要なのだ。このまま国を出ると竜を盗んだとして罪人扱いとなる。ましてや人間が神竜の子をとなると・・・我も口添えはするが、少なくとも王都まで行かねば、申請は通らぬだろう」
「は? おい、もっと早く言えよ!てか竜国出ちゃってるじゃん!」アクスは慌てて荷を詰め直し、バタバタと支度を始める。
その後、姫に別れを告げに向かう。「一旦、竜国に行ってくる。でも必ず帰りに寄るから、すぐ戻るよ」
リオルを頭にちょこんと乗せる。アリシェールは寂しそうに頷きつつも笑顔で見送った。
転移陣をくぐると、森の西の境界へと跳ぶ。そこでは先日、アクスを不審者扱いした警備隊と再び遭遇した。だが今回は──
「竜人騎士団御一行、並びに冒険者殿! 御苦労であります!」ビシィッと揃った敬礼が並び、まるで前回とは別人のような扱いだった。
「・・・え、前と態度違いすぎない?」アクスは思わず目を白黒させる。
「当然であろう。英雄を見誤れば恥をかくのは彼らだ」ガルザーは何でもないように肩を竦める。
その後、村に戻った一行はすぐに治療を始めた。ガルザーが次々と焼き痕を解除し、残る傷にはサイラスのヒール、傷が深い者にはイピスの実から作られたエルフ特製ポーションが施されていく。
聖水の力を携えた至竜の帰還に、村人たちは歓喜の声を上げ、涙を流して抱き合った。
「これで皆、救われる・・・!」復興の道は長くとも、村人たちは希望に満ちていた。
「村のことなど大したことはない」強気に笑う父親の姿に、ガルザーは目頭を熱くする。
だが、そんな中で新たな影が差す。鎧を纏った竜国の使者が現れ、重々しく声を響かせた。
「竜国王の御名において命ず──英雄ガルザー率いる竜人騎士団、そして神竜の子を携えし冒険者アクス。直ちに王城へ参れ」
その言葉に場の空気が凍りつく。セレネは村に残り、騎士団六人と共に王都へ向かうこととなった。
数日をかけて王都へ進む旅路。途中、野営した夜、焚火を囲んで三人の騎士が互いに頷き合った。
「ガルザー様、我らと手合わせ願えませんか」クランが真剣な目を向ける。
新技を得たことで自信が芽生えたのだろう。ヴォルフもサイラスも頷いていた。
「よかろう。かかって参れ」ガルザーは笑みを浮かべ、構えを取った。
最初にクランが踏み込み、フレイムカッターを飛ばす。音速の刃に炎が宿り、赤い弧を描いて飛ぶが──ガルザーの目前でふっと掻き消えた。
「な・・・消えた!?」
続いてヴォルフが槍を構え、炎の突風を叩き込む。だがこれも同じく、ガルザーに届く前に掻き消える。
「馬鹿な・・・」
「いくぞ──フレイムスロー!」
サイラスが振りかぶり、ワンドを振り抜くと同時に火球を発動、轟音を立てて放たれた高速の火球は一直線にガルザーに向かう。だが結果は同じ。火球は触れる寸前で霧散した。
「・・・おかしいな」少しは食らってやろうと思っていたガルザー自身が困惑し、動きを止めたまま首を傾げる。
「聖水の加護だから、闇と火属性無効になったとか?」アクスが半ば冗談めかして呟く。
・・・どうやら冗談ではないらしい。三騎士が力を尽くしても火は届かない。
「やはり・・・我らの力では足元にも及ばぬか・・・」肩を落とす三人に、ガルザーは苦笑した。
「いやいや、聖水精霊の加護がすごいのだ。・・・我は何もしておらんだろう・・・あっ」
「おいそれ俺のやつー!」すかさずアクスが突っ込み、焚火の傍で乾いた笑いが弾けた。
静かな夜は、賑やかな声が明るく響く中、穏やかに更けて行く。
イピスの実
作者考案の完全オリジナルの実です。名前の由来は、使い方から恐らくピンと来た方もいるかもしれませんが、iPS細胞から取っています。欠損した身体に押し当てれば即座に修復し、そのまま食べれば体内の異常も直してくれる、エルフ長寿の秘密、医者泣かせの万能の実です。しかし味は血生臭く、食感は生肉そのもの。肉を食べないエルフにとっては地獄のような味です。国外に輸出すればとんでもない事になりそうですね。
人物イメージ画像一覧はコチラ
https://ncode.syosetu.com/n1501lc/
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