第53話:『神樹の精霊、聖水の精霊』
毎日18時投稿!・・・予定です(なるべくがんばります)
泉の周囲は焼け焦げた木々と、えぐれた地面の跡で無惨に荒れ果てていた。黒煙の残り香と、魔人の肉塊が泥と混ざり合い、まるで腐臭を放つゴミの山のように横たわっている。その傍らに広がる泉もなお濁り、淀んだ水面からは鼻をつく悪臭が漂っていた。かつて聖水の泉と呼ばれた面影は、そこには微塵も残っていない。
「……これが、聖なる泉の成れの果てか。」アクスが苦々しく吐き捨てる。
「もう……いや……こんな穢れた身体じゃ……生きてはいけない……いっそ死にたい……」
その場にへたり込む聖水精霊。その身は泥に汚れ、頬には涙の跡が光っていた。
「生きるのだ」ガルザーが一歩前に出て、穢れをまとった精霊を真っすぐに見つめる。
「其方は穢れてなどいない。むしろ、これほど美しい生き物を、我は初めて見た」
その言葉に、精霊ははっと目を見開いた。頬を赤らめ、涙を拭うことも忘れて、ガルザーをただ見つめる。
「……わたし、あなたと一緒に行きたい。こんな泉なんかもう要らないわ……」精霊はそう宣言した。
だがアクスがすぐに口を挟む。「待ってくれ。君を連れて行ってしまったら、肝心の聖水が取れない。俺たちはそれが必要なんだ」
精霊は悲しげに首を振った。「あの魔人の成分が入り込んだ泉に、もう留まりたくない。それにこの穢れを完全に浄化するには、私の力では少なくとも二百年はかかるでしょう。なら、いっそ別の泉に住み替えた方が早い……」
一行は顔を見合わせ、困り果てる。そこでアクスが心中で呟いた。
(ここまでか……すまんノア、何とかしてくれ)
(畏まりました)
すると泉の中央に柔らかな光が満ち、そこから一本の大樹を模したような光の柱が立ち上がった。光が集まり、人の形を取る。
「……! あの御方は……!」聖水精霊が息を呑む。現れたのは、荘厳な雰囲気を纏った神樹の精霊――その正体は美従士のエマであった。
「その神々しき魔力……し、しし……神樹の精霊様……!」聖水精霊は慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「聖水の精霊よ」
「はぃぃぃ!」聖水精霊はビシィッと直立する。
「お初にお目にかかりましゅ!」・・・噛んだ。そこまで緊張する程神樹の精霊は精霊界でも別格なのか・・・この森ではトップという事か?
「あなたが囚われていることは感じ取っていました。しかし森牢の結界と魔人の穢れがキモ……強すぎて、私でも手が出せなかった……助けられなくて、ごめんなさい」エマは何とか頑張って気難しげに、気高い声で応じた。
精霊は目を見開いた。格上の存在が自分に頭を下げたことに、恐縮で身体を震わせる。
「そ、そんな……とんでもございません……!」
「せめてものお詫びに、この泉を浄化してあげましょう」
エマが手を掲げると、神樹の葉のような光が降り注ぎ、淀んでいた水がたちまち澄んでいく。悪臭は消え、透明な流れが清らかに湧き出す。周囲に光の粒が舞い、まるで生まれ変わったかのように泉は蘇った。聖水精霊に纏わりつく魔人の穢れも体液も、光に照らされた影のように消え失せ、精霊は本来の清く美しい姿を取り戻した。
……実際にはエマの浄化魔法のタイミングに合わせて、ノアが魔人の残滓もろとも全て素材として回収していたのだが。
(ふふふ、これで研究が更に進みます♪)ノアは大喜びで魔核石や未知の物質を解析していた。
「ふぅ……これで、また泉としての役目を果たせるな」アクスが安堵して呟くと、聖水精霊は少し複雑そうに頷いた。
「……え、ええ。でも、そうなると……わたしがガルザー様について行く理由は……」
「心配するな。いつでも会いに来る。我が走竜に乗って、何度でもな」ガルザーは静かに歩み寄り、真摯に告げる。
その言葉に、精霊の瞳が再び輝きを取り戻す。「……約束ですからね」
そして精霊はガルザーの手にそっと触れた。光が溶け込むように彼の身へ染み入り、刻印のように輝きを残す。
「これは……?」
「聖水の加護です」
精霊は柔らかく微笑んだ。
こうしてガルザーのステータスには新たな称号が刻まれる。
《至聖竜》――その名に恥じぬ加護を得た証だった。
神樹の精霊は何とか荘厳な雰囲気を保ったままな別れの言葉を告げると、その姿は光に溶け、森の奥へと消えていった。
「良かった、これで聖水も何とかなるな」アクスは胸を撫で下ろす。
「いえ、泉は浄化されましたが、ここに満ちるのはただの清き水、聖水ではありません」
囚われていた聖水の精霊もまた澄んだ姿を取り戻していたが、魔力をほぼ全て失い、弱々しく揺らめいている。
「泉を聖水に変えるには魔力の回復が必要で、完全に戻るまで千日ほどかかるでしょう」
「……少しでも、いただけないだろうか」ガルザーが遠慮がちに問うと、精霊は手のひらに水を掬い、ゆっくりと聖水へと変える様子を見せて微笑んだ。
「一時間で、これくらいの量なら出来るわ。ガルザー様なら、ここでずっと待ってくださってもいいのよ?むしろ、いて欲しいの」精霊の艶やかな声音に、ガルザーは眉を寄せた。
「そうか、致し方ない……ん、千日?おぉ、そうであった」ガルザーは何かを思い出したように腰の袋を探り、一つの瓢を差し出す。
「……これを。エルフから預かったものだ。精霊様に献上する品で、其方が好むものが入っているそうだ」ガルザーはエルフから預かった千日瓢を精霊に渡す。
蓋を開けた瞬間、精霊の瞳がぱっと輝いた。
「あーーっ!エルフの水だ!私これ、だーい好きなのー♡」
精霊は千日瓢を抱えてごくごくと飲み始めた。ごくごく……ごくごく……飲み続ける。どれほど飲んでも尽きないの瓢の容量も、彼女の胃袋も一体どうなっているのか。
しばらくして「ぷはーっ」と息をついたその表情は、満足そのものだった。
「魔力が……完全に回復したわ!これなら!」
精霊はふわりと舞い上がると、片足を後ろにすっと伸ばし、上体を前に傾けたまま泉の水面へと降り立った。
水に沈むことなく、その足は軽やかに水面をとらえる。瞬間、すべるように前へ――まるで氷上を舞うフィギュアスケーターのように。
両腕を大きく広げ、弧を描きながら旋回する。長い髪と淡い光が揺れ、彼女が水面をなぞるたび、細やかな水しぶきが宝石のようにきらめき舞い散った。くるり、くるりと優雅に回転しながら、彼女は止まることなく滑走を続ける。
やがて舞の軌道は泉の中央へと導かれ、精霊は速度を増していった。両手を胸の前に引き寄せ、体を細くまとめる。するとその小さな身体は目もくらむほどの高速で旋回をはじめ、水面が唸るように揺れ動いた。足元に渦が生まれ、それは瞬く間に精霊を中心とした大きな渦流へと変わる。渦はらせんを描きながら空へと引き上げられ、ついには透明な水柱となって天へと吹き上がった。
水柱は精霊の淡い光をまとい、陽光を受けて虹のような輝きを放つ。水滴は幾千もの星屑のように空から降り注ぎ、泉へと還るたび、その清らかな水は聖性を帯びてさらに輝きを増していった。泉は命を宿したようにきらめき、あたり一帯が神聖な静寂に包まれる。
見上げる一行の胸を打つのは、美と浄化が一体となった、ただただ圧倒的な奇跡の光景だった。
「ふぅ、久しぶりに良い仕事をしたわ!……ではもう一口」と満足げに言うと、また瓢を抱えてごくごく飲み始める。
「良い飲みっぷりだ、感心したぞ。それに、水上の舞も実に美しく、見事であった」
ガルザーの言葉に、精霊ははっと顔を赤らめてヘラヘラしている。惚れた相手の前で、一気飲みした勢いで踊り出してしまったのが恥ずかしくて……いや、ヘラヘラというかフラフラしている……もしかして酔っているのだろうか?水なのに?
「……いえ、それより。聖水ならいくらでも持って行って。妹さんを、一刻も早く助けてあげて」
「そうだな。かたじけない」
ガルザーは頷き、清泉の甕を取り出して泉に沈めた。甕の口からゴボゴボと音を立てて大量の聖水が流れ込み、やがて満たされる。だが泉の水は減らない。ただ清らかにそこに在るだけだ。
「この恩、必ず返そう」
「いいの。私も助けてもらったし。でも……また会いに来てね、約束よ」
「あぁ、約束しよう」
甕を引き上げた一行は、精霊に深く礼をして別れの挨拶をする。笑顔で手を振って見送る精霊、泉を後にするガルザーの背に感じる聖なる気配は、確かに約束を結んだ証のように思えた。
想像する映像美
今回の精霊の聖水パフォーマンス、個人的にかなりお気に入りです。映像化したらさぞ美しい事でしょう。作品は常に書き溜めているので、この話を書いたのは大分前ですが、書いていた時に見ていたアニメ「メダリスト」の影響をモロに受けてますね。ただ普通の人間の演技だけだとやはり地味に感じてしまい、もっと派手に演出するなら・・・という流れでこうなりました。
人物イメージ画像一覧はコチラ
https://ncode.syosetu.com/n1501lc/
当作品を閲覧頂きありがとうございます。宜しければ
・☆評価
・ご感想(一言でも嬉しいです)
・グッドリアクション
・ブックマーク登録
の4つをご協力お願い致します。m(_ _)m
皆様の反応が今後の執筆活動の励みになります。
引き続き次回作もお楽しみ下さい♪




