第36話:『新しい名はヒュメル、王子の名はアルディス』
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サンドラは、レガリア公国とルミエール森国の国境近くに位置する町で、元々は国境の監視警備を目的に開拓された。現在は公国との交易窓口として機能しているが、今後は森国との交易窓口も兼任するだろう。
サンドラには冒険者ギルドもあり、<伝文>と言われる、ギルド間で文字情報だけを遠方に伝える電報のような魔道具が設置されている。王都のギルドに伝文を飛ばし、紙に書き出して王城に届けてもらう仕組みだ。
(この辺はまだアナログだな)
森の入り口からサンドラまでは、馬車なら3日ほどかかる距離。しかし、フォレストウルフのトップスピードとスタミナなら、1日もかからない。
休憩を挟みつつ進み、日が暮れてしまったが――夜には、無事サンドラへ到着した。
フォレストウルフたちを街中に連れて行けば、間違いなく騒ぎになる。
そのため、アクスは「外で待機させる」と説明し、街の外れで離脱させた後、アークに保護する手筈を整えた。
エルフたちは、厚手の頭巾や帽子、フードなどを深くかぶり、長い耳を隠している。ハイエルフは鼻と顎が特徴的に長く尖っているが、普通のエルフは耳が長いだけで顔立ちは人間とそう変わらない。多少美形すぎるところはあるが、子供であること、そして王女が同行していることで、周囲の警戒心は大分緩んでいた。
アクスと王女が腰に佩いていたW短剣――王家の証とも言えるそれが、検問をノーチェックで通過させる鍵となった。
ギルドに立ち寄り受付を済ませ、王都への伝文を送り、宿を確保する。
王女には一人部屋を提案したが、「皆と一緒に寝たい」との希望があり、男4・女6に分けて部屋を取る予定だった。ところが、メリルが「どうしてもこっちに来たい」と言い出し、人数も丁度良かったため、最終的に5:5で2部屋を取ることになった。
アクスの部屋には、メリル、セクト、エルフのジーニー、そして帝国生まれのハーフエルフの少年が加わった。
その少年は、かつて「ハッグ」と呼ばれていたという。
(ハーフエルフの“ハーフ”と、犬の“ドッグ”か豚の“ピッグ”を混ぜたような響きだな……)
アクスが名前の由来を説明すると、少年は悔しさのあまりぽろぽろと涙をこぼした。
まともな教育を受けていなかったため、言葉や名前に意味があることすら、彼には理解できていなかったのだ。
「良ければ俺が新しい名前を考えていいか?」
アクスの問いかけに、少年は黙って頷いた。
(さて、ノアさん、いいのお願い)
(畏まりました。では、これは如何でしょう)
安定の“ええかっこしい”からの丸投げである。
「ヒュメル……ってのはどうだ?」
「ヒュメル?」
「――あぁ、そうだ。人間の“ヒューム”と、エルフの“エル”を合わせた、かなり安直な名前だ。だが、お前がハーフエルフであることはもう変えられない。今はまだ力も小さいし、ハーフエルフも珍しいから目立てない。でも、いつか自分の運命と向き合う日が必ず来る。そのための覚悟の名だ。
お前は一生、蔑まれるでも、過保護に守られるでもない。力をつけて、自分の存在を強く主張して、周りに認めさせるんだ。ハーフエルフの存在を」
少年はしばらく考えた後、力強い眼差しでアクスを見つめた。
「僕は今からヒュメル……ハーフエルフのヒュメルだ!」
「よく言った、ヒュメル! よし、飲みに……じゃなかった、うまいメシ食いに行くぞーっ!」
メリルが「飲みにって言ったよね今!」と突っ込みを入れつつ、部屋の中は笑いと温かさに包まれた。
その夜、10人は揃って宿近くの食事処に集まり、楽しく食事を取った。
長旅の疲れもあってか、誰もがリラックスした表情で席につき、テーブルには香ばしい料理が次々と並べられていく。
肉料理は控えようかとも思っていたが、奴隷時代に既にくず肉やネズミなどを食わされていたらしく、「食える物は何でも食うスタイル」だという。
(……それなら、遠慮する必要はないか)
恐らく彼にとっては、これが初めて口にする“料理としての本物の肉”だった。
豪快にかじりついたヒュメルの目が、驚きと歓喜で見開かれる。
重厚な食感。滴るジューシーな肉汁。香ばしい炭火と焼き目の香り。噛むほどにあふれ出す旨味。
そのすべてが、彼の五感を震わせた。
「うまっ……!」
その一言に、周囲のエルフたちもつられるように手を伸ばす。彼らもまた、目を輝かせながら肉にかぶりついた。
「これが……料理、なんですね……」
「すごい……香りだけで幸せになれそうです」
「こんなに柔らかいのに、噛むと力強い……!」
どさくさに紛れて、セクトも肉を食っている。
「他文化を知る機会でふので」
そう言いながら、手が止まる気配はまったくない。ちゃんと飲み込んでから喋れ。
(やっぱり肉がうまいのは全人種共通か……)
アクスは頬杖をつきながら、満足げにその様子を眺めていた。
(草食動物の獣人って、肉食わないのかな? まぁ、いいか)
メリルはというと、隣で骨付き肉を両手で持ち、豪快にかぶりついていた。
「んーおいしいっ! おにくはしあわせだね!」
「こらメリル、口の周りが……」
「え? あ、ほんとだ。アクシュ、ふいてー」
「自分で拭きなさい」
「ちぇー」
ノアの冷静なツッコミに、メリルは口を尖らせながらナプキンを手に取った。
笑い声と香ばしい匂いが混ざり合い、サンドラの夜は穏やかに、そして温かく更けていく。
サンドラからエリシュナまでは、馬車でおよそ八日。
とはいえ、連続で全速力を出し続けるのはさすがに酷だ。ペースを落として進むとなると、どうしても三〜四日はかかってしまう。
道中には宿場町も多く点在しているし、念のためノアにテントも用意してもらっているので、宿が取れなくても問題はない。
(よし、準備も整ったし、出発――)
そう思った矢先、ギルドの受付から声がかかった。
「アクス様、王城から急ぎの伝文が届いております!」
「……速っ! いや、途中経過だし、別に帰ってからでも……」
そう言いながらも、受け取った伝文を開く。
そこに記されていたのは、予想の斜め上をいく内容だった。
「伝文 冒険者アクス エリシュナ到着を以って 王女護衛任務完了とする 続いて第一王子 アルディス殿下の 護衛任務に移れ 詳細はエリシュナ 冒険者ギルドへ 以上」
……は?
ドラヴァルト王族編
ここから10話程、アルケシア王族にフォーカスを当てた王族編がスタートします。最初は謁見の時に置物だった第一王子アルディス。乙女ゲームに出てくるようなイケメン王子です。乙女ゲームで異世界といえば・・・勘の鋭い方は気づくかもしれません。学園で婚約者のご令嬢を悪役に仕立てて断罪しそうな残念王子、その王国からの裏視点での掘り返し展開が起きます。何を言っているかわからないと思いますが。3~4話見ればわかります。お楽しみに!




