第34話:『笑って姫を抱く王女、泣いて姫を抱く女王』
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「姫様に触れるには、これが必要ですね」
手にしたのは、長袖付きのポンチョ。もちろん、絶縁布製だ。
アクスは王女の背後に回り、ポンチョをスポッと被せる。王女は驚いた様子も見せず、されるがままに袖を通す。
襟元は短めのエリザベスカラーのような形状で、首元までしっかりと覆われている。袖と頭を通したことで、王女の顔の下から膝上までは完全に絶縁状態となった。
「これで大丈夫です。但し顔はだめですよ?」
「はい、アクス様、ありがとうございます」
王女はにっこりと微笑み、ポンチョの裾を軽く整えると、姫の方へと向き直る。
「では姫様…いらっしゃい♪」
その笑みは、まるで聖母のように優しく、包み込むような温もりを帯びていた。
姫は一瞬、戸惑ったように王女を見つめる。だが、次の瞬間には半べそになりながら、王女に向かってダイブする勢いで抱きついた。
「……っ!」
王女は驚きながらも、すぐに両腕で姫を優しく包み込む。絶縁布越しとはいえ、しっかりとした抱擁。姫はその腕の中で、甘えるようにぎゅーっとしがみつく。
王女の手が姫の頭を撫でる。姫は目を閉じ、撫でられる感触に身を委ねる。頬をすり寄せ、髪をくしゃくしゃにされながらも、どこか安心したような表情を浮かべていた。
(あぁ……てぇてぇ……泣ける)
アクスは少し離れた場所からその光景を見守りながら、思わず心の中で呟いた。
(あれ、なんかこんな場面どっかで……あぁ、アークにエルフ少女達が来た時を思い出すなぁ)
帝国へ向かう際にアークで保護した10人のエルフ少女たち。過酷な運命を強いられていた少女達が、美従士に助けられ抱きしめられる瞬間。あの時も、心の涙が止まらなかった。
姫の小さな手が、王女の背中に回る。ぎこちなく、でも確かに――“抱き返して”いた。
王女はその動きに気づき、さらに優しく姫を抱きしめる。ポンチョの中で、二人の体温が交わる。
「姫様……」
その声は、震えていた。感電の恐れも、絶縁布の制限も、今は何もかも忘れてしまいそうなほど、二人の抱擁は温かかった。
(……これが、姫にとって初めての“安心”なのかもしれない)
アクスは静かに頷いた。姫の物語は、今ようやく“始まり”を迎えたのだ。
次の瞬間――
天を突き破るような、まばゆい光の柱が広場に現れた。
日中の陽光の中にあっても、はっきりと見える高密度の輝き。その中心に浮かび上がるのは、一人の女性。白銀の髪が光の粒子を弾き、金色に輝く光の冠がその存在の威厳を物語っていた。
光冠の女王――セレヴィア・ルミナリア・エルフェリス。
突如として現れたその姿に、場の誰もが息を呑み、慌てて平伏する。空気が張り詰め、誰もが言葉を失った。
だが、女王の金色に光る琥珀のような瞳は、ただ一点だけを見つめていた。
泣きじゃくる我が子を抱きしめる、異国の王女――ルーシェリア。
「アリシェール…!」
その声は、女王としての威厳ではなく、母としての切実な叫びだった。
ゆっくりと歩み寄るセレヴィア。だが、彼女の瞳には、複雑な感情が宿っていた。
母として、女王として、何よりも心から求めていた光景――それを、目の前で体現しているのは自分ではなく、異国の王女だった。
僅かに眉をひそめる女王。その表情に、ハイエルフの頂点たる者に本来あってはならない”嫉妬”が……いや、多くは語るまい。セレヴィアは今”母”としてそこに立っている。
アクスが小さく咳払いをした。
「女王陛下。まずはお話を。僭越ながら、状況をご説明させて頂きます」
女王の視線が、アクスに向けられる。アクスは一礼し、端的に事の経緯を語った。
――姫自身も、雷の力が人を傷つけることを理解し、接触を拒絶していたこと。
――感情による力の発現を抑えるため、自ら心を閉ざしていたこと。
――王都から持参したパペットと絶縁アイテムにより、電気の通りを遮断できること。
女王の瞳が、大きく見開かれた。
「この手で…抱けるというのか…」
その声には、女王としての威厳はなく、ただひとりの“母”としての、切実な願望だけがあった。
アクスは静かに手を差し出す。
「これが絶縁ポンチョと手袋です。姫様の電撃を防ぎます。効果はご覧の通りです」
受け取る女王の手は、微かに震えていた。
「なぜ…貴様がそのような物を…」
「グラン様に誘われまして、王都の珍しい品々を王様と貴族の方々に披露していたところです。この品があったのは、電気系魔獣を捕らえるのに・・・まぁ、たまたまですね!」
「偶然と申すか……まぁ良い。そんな事はどうでも良いことだ」
女王は吐き捨てるように言ったが、それでも手は止まらない。装着した絶縁手袋の先が、アリシェールの銀髪に触れた。
「アリシェール…大丈夫だ…母に触れても良いのだぞ」
ビクッと肩を震わせた姫が、王女にしがみつきながら、女王を見た。
「…ママ?」
「そう。ママ。ママはね…ずっとずっと、あなたを抱きしめたかったの…」
女王の目から、涙が零れ落ちる。恐る恐る、その細い体を優しく、慎重に包み込む。
その瞬間――バリバリバリッ!!!
眩い雷光が爆ぜ、床が焦げつくような放電が周囲に走った。
「陛下ッ!」
騎士たちが動こうとしたが、女王は一歩も引かず、むしろその小さな体を、強く、しっかりと抱き締めた。
「大丈夫。ママがいるから……」
放電はすぐに弱まり、代わりに、少女の大きな泣き声がその場を満たした。
「ママぁ…うわああああん…!」
「アリシェール…アリシェール…ごめんね…」
何度も、何度も、頭を撫で、名を呼ぶ。そのたび、涙が頬を濡らしていった。
やがて、姫の泣き声が静かになり――そのまま安らかに、女王の胸元で安眠の呼吸を始めた。
それを見届けた女王が、静かに立ち上がり、アクスへと向き直る。
「国交と条約の話があったな……全て全面的に受け入れる。そちらの好きなようにせい。森の恵みも木材も好きなだけ持ってゆけ。実際のところ、文字通り腐る程有り余っておる」
女王セレヴィアの声は、雷光の余韻が残る広場に響いた。堂々とした宣言に、周囲の従士たちは思わず顔を見合わせる。
「それはさすがに……やりすぎてません?」
アクスが控えめに口を挟むと、女王は琥珀の瞳を細めて言い切った。
「構わぬ。この光冠に誓って、他の誰にも文句は言わせぬ……我が娘をこの手で抱けたこと、これ以上の価値あるもの等、この国には無いのだ」
(ちょっと女王様、さすがにそれは……いや、まぁ後は王女とか外交官とかが何とかうまいことやるだろう)
アクスは内心で苦笑しつつ、場の空気を崩さぬよう静かに頷いた。
「……あぁ、手袋とポンチョ……だったか? 予備があればあるだけ渡しておけ。全て言い値で買い取ろう」
その瞳には、初めて会った時の女王としての狡猾さも、高慢さもなかった。ただ一人の母としての、まっすぐな「感謝」が宿っていた。
(善行に対価を支払うのは……いや、みなまで言うまい)
アクスはさりげなくマジックバッグに手を差し入れ、予備の品々を取り出す。子供用のかわいい花柄デザインのフード付きポンチョと手袋も含まれていた。
姫にフードをかぶせれば、そのまま頭も撫でられる。ホント気が利く、さすが万能だ。
ルーシェリア王女は微笑みながら、うさぎのパペットをそっと姫の腕に抱かせる。
「……また、遊びましょうね。アリシェール様」
答えはなかった。けれど、姫の口元がふわりと緩んだのを、女王と王女は見逃さなかった。
二人は目を合わせ、優しく微笑み合う。
エルフと人間――異なる種族に、新たな絆が生まれた。延々と未来へ続く信頼と友好の歴史。その始まりであった。
その流れで、女王も王国製品お披露目会に参加することとなった。
広場の一角に設けられた展示ブースには、王女が持参した煌びやかな衣装や装飾品が並び、シンプルな服装のハイエルフ貴族夫人たちが目を輝かせていた。
(シンプルなのが好きって訳じゃなくて、ただそれしか無いから着てただけなんだな)
アクスは展示品の前で立ち止まり、ハイエルフたちの反応を眺めながらそう思った。女王も例外ではなく、繊細な刺繍の施されたドレスに指先を添え、興味深げに見入っていた。
アクスの武器も、個人的には興味がないのだろう。だが、女王として国の戦備強化の面でしっかりと評価して頂いた。
「この刃、雷を通さぬか?」
「魔鉄なので通します。姫様の護衛に?帯電しますので更に攻撃力が上がりますね」
「ふむ……それは良い。後ほど、詳しく見せてもらおう」
女王の声は、どこか柔らかくなっていた。母としての顔を見せた後の、穏やかな余韻が残っている。
(……この国、少しずつ変わっていくかもしれないな)
アクスは空を見上げた。雷雲はすでに遠く、陽光が広場を優しく照らしていた。
作者おすすめの感動回、いかがでしたでしょうか。森国はこの展開の為に王ではなく女王の設定にしました。抱きしめたかった母、抱きしめられたかった娘、二人の距離は布一枚に阻まれていますが、その距離すら夢に見た触れ合いの瞬間でした。
え?親子の愛の物語って・・・異世界救済はどうしたって?子どもにとって親に抱きしめられるというのは想像以上に人格形成に影響があります。あのままアリシェールが親に愛情を注がれず、感情なく育ったら・・・人の心を知らない無慈悲な女王の誕生です。周囲の全てを電撃で焼き焦がし、世界が焦土となるところでした。今回もちゃんと異世界救ってますよ!
人物イメージ画像一覧はコチラ
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