第28話:『堅物な女王、傑物な王女』
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「さて、人間との話し合いはこんなところですね――始祖様、精霊様、大変お待たせ致しましたぁ!!!」
女王は、まるで人が変わったかのように声を弾ませ、両手を広げる。
「この後、歓待の宴をご用意しております。今後はこの国にご滞在に? 専用の住居を用意いたしましょう。それまでは、この宮殿にて――」
女王の口調はハイテンションで、まるで待ちきれない子供のようだった。
その時――ヴァネッサが静かに口を開いた。
「あら、もうお話は終わり? 森国は王国との国交を結ばないのね?」
「ええ、特に必要ないですからね」
女王は勝ち誇ったような微笑を浮かべた。
「そうですか。では、私たちの用事も無くなりましたので――帰りますね」
ヴァネッサは氷のように冷たい声音でそう告げた。
「……え?」
女王セレヴィアは、まさかの返答にぽかんと目を瞬かせた。
ヴァネッサは涼しい顔のまま、唇の端を上げる。
「私たちが“人間”に同行している時点で察しなさいな。私たちは今、アルケシア王国に滞在し、見聞を広めているのですよ。人間の国は実に面白い。――逆に、このような何も変わらない国で何千年も過ごして、よく飽きませんね?」
「なっ……」
「昔から何も変わっていない。秀でていると言えば……せいぜい魔法技術と弓くらい、でしょうか――あぁ、弓が秀でているというのは違いました、人間の国にも劣る骨董品のようです。」
「お待ちなさい!」女王は声を張る。
「弓は我らエルフの代名詞!人間になど劣るはずが――」
「そう?」ヴァネッサは小首を傾げ、意地悪く微笑んだ。
「では人間よ。――あれをお出しなさいな」
「え、ああ、あれですね。(この手があったかー!)」
アクスは慌ててマジックバッグから一振りの“弓”を取り出す。いや、見た目は弓というより奇妙な機械。
金属で形作られ、しならず、複雑に組まれた軸や滑車、バネ。弦も一本ではなく幾重にも張り巡らされている。
「な、なんですかこの……奇怪な物体は」
女王が怪訝そうに眉を寄せる。
「これは<コンパウンドボウ>といいます。少ない力で、強力な矢を射出できる代物です」
「こんなものが、我らの弓より優れていると?信じられん!」
「では――試してみますか?」
挑発めいたアクスの提案に、女王は鼻を鳴らした。
「フッ……良かろう。衛兵!近くの弓練場へ案内せよ!」
こうして一行は訓練用の弓場へ向かった。歓待の宴のため待機していたハイエルフ貴族たちも「何事だ」と騒ぎを聞きつけ、ぞろぞろと後をつけてくる。
練場には三十メートルごとに標的が並び、最大は三百メートル先。距離が遠くなるほど標的は高く設置され、定位置から狙えるようになっていた。
「弓兵隊長、こちらに」女王が命じる。
「はっ! 我は<リュミエール森国軍・弓兵隊長、エルム・ヴァンガート>!」
「エルムよ、この者たちに其方の弓の腕前を披露せよ」
「仰せのままに、女王陛下」
現れたのは身長三メートルはある巨躯のハイエルフ。彼は堂々とした所作で、全長二メートル近い長弓を構えた。
ギリギリと音を立てて弦を引き絞り、放たれた矢は――一五〇メートル先の的のど真ん中へ。
続いて二四〇メートルの的に辛うじて当たり、三〇〇メートルの的は惜しくも外れた。
「我が国では三本射ち、そのうち最も遠くの的に当てた者を優秀とします。ご覧の通り! ガハハ!」
エルムは豪快に笑った。
「どうです?」女王は扇で口元を隠しながら誇らしげに言う。
「弓兵長は人生の大半を鍛錬に費やし、この弓も熟練職人の特注品。そのような奇怪な玩具では、恥をかくだけですぞ?」
……完全に勝ち誇っている。
当然、素人のアクスでは話にすらならない。
ここでヴァネッサが三百メートルの的に当てれば勝負は決まる――だがそれは「コンパウンドボウが優れている」というより「ヴァネッサが規格外」なだけの話になってしまう。かといってセクトに女王の目の前で裏切らせる訳にもいかない。
どうする――そう考えた矢先。
「それでは、僭越ながら私がご披露いたしますわ」
声を上げたのは、ルーシェリア王女だった。
「ル、ルーシェ様!?」
華奢な少女が二四〇メートル先に矢を飛ばす?
コンパウンドボウとはいえ無理だろう、とアクスは目を見開く。
「お任せください、アクス様。私、弓には自信があるのですよ?」
ルーシェリアはキラキラした目で弓を見つめる。
「森の前でこれを見せていただいた時から、ずっと使ってみたいと思っていたのです!」
(おいおい……マジか)
他に候補もいない。
仕方ない。ここで必要なのは勝敗ではなく、この“新しい弓”の性能を示すこと。
アクスはコンパウンドボウを王女に手渡した。
「……軽い。本当に軽く引けるのですね」
ルーシェリアは感嘆し、集中する。
華奢な腕でも、弓を引き絞るのはたやすい。
「――導き給え」
矢が放たれる。
一直線に飛び、六番目の的の上部に命中。
「なるほど……わかりました」
王女は二射目を構える。今度は角度を上げ、遠方を狙う。
「導き給え!」
弓弦が鳴り、矢は弧を描いて――三百メートル先の的をかすめた。
「なゃっ!」女王は思わず変な声を上げ、慌てて姿勢を正す。
「お、惜しかったのう……じゃが、掠っただけでは“当たり”とは判定できんぞ?」女王が冷ややかに告げる。
「大丈夫です。次は当てます」王女の瞳は揺るがなかった。
彼女は目を閉じ、深呼吸。その姿は十六歳の少女とは思えぬほど凛々しく――まるで歴戦の傑物のような威厳さえ感じさせた。
「導き給え――!」
三射目。
放たれた矢は高く舞い上がり、大きな弧を描いて――三百メートルの的に突き刺さった。
中心こそ外れていたが、確かに的を貫いていた。
「うおぉぉぉぉーーー!!!」
王女の矢が三〇〇メートル先の的を射抜いた瞬間、見守っていた弓兵たちから歓声が爆発した。
普段は冷静沈着なハイエルフたちでさえ、子供のように飛び跳ね、肩を叩き合っている。
「まさか……こんな少女に後れを取るとは……」
弓兵長エルムが呆然と呟き、すぐに顔を引き締めて頭を下げる。
「いや、失礼。人間の姫よ、その若さでこの腕前……素晴らしい!」
勝負に敗れた悔しさを表には出さず、他種族の少女であろうと真摯に称賛する姿に、アクスは思わず心の中で(何とも気持ちの良い男だなぁ……)と感心していた。
ルーシェリアは弓を抱えたまま小さく微笑む。
「いえ、確かに私は弓に関するスキルを持っていますが……ほとんどはこの弓の性能のおかげですわ。一度お試しになりますか?」
「よ、よろしいのですか?」
弓兵長は驚きに目を見開くが、その視線の先は王女ではなく女王に向けられている。
「……試してみなさい」
女王は扇を顔半ばまで降ろし、口元を隠したまま静かに命じた。
エルムは膝をつき、王女と同じ角度で構える。くいっとと弦を軽く引き切り――ためらいなく放つ。
矢は弧を描き、三百メートル先の的の中心を正確に貫いた。
「たった一度で……! お見事です!」
ルーシェリアは目を輝かせ、思わず興奮気味に褒め称える。
「ふっ……弓の性能は一度見れば大体わかります。しかし、これは素晴らしい。……ただ、私には引きが軽く、少しばかり小さいですな。ガハハ!」
大男が持つと、まるで子供用の玩具にしか見えない。
(アクス様、これを)
ノアからの念話に、アクスは小さく頷き、マジックバッグから新たな弓を取り出した。
「では――こちらをお試し下さい」
現れたのは全長二.五メートルほどの<コンパウンドロングボウ>。
地球には存在すらしない代物。だが、身長三メートルの弓の名手と、万能の創造者が揃っている今、試さずにはいられない。
「おぉ……引きも軽く、大きさも丁度良い……まるで私のために誂えたようだ」
鋭い言葉にアクスは内心(正解だよ、今さっきあんたの身長に合わせて作ったんだよ、ノアが)と苦笑する。
エルムは立ち上がり、矢を水平に構えた。限界まで引き絞り――放たれた矢は一直線に飛び、三百メートルの的をど真ん中で貫通した。
「うおぉぉぉぉ!!!」
歓声が再び轟く。弓兵、衛兵、貴族――誰もが興奮し、拍手と叫び声で場が揺れた。
女王は驚愕に目を丸くし、扇を下ろして唇を開いた。
「これは……!」
「素晴らしい! 的の数を倍、いや三倍に増やさねばなりませんな! ガハハ!」
確かに三百メートルを一直線で射抜けるなら、弧を描けばその倍以上を狙えるだろう。
彼はそのまま女王の前で跪いた。
「女王陛下! この度は我々のために……ありがとうございます! このような……このような……!」
ゴツい顔に大粒の涙が溢れ、声が震える。
「な、何のことじゃ?」
女王はわずかに動揺し、扇で口元を隠した。
「我々のために人間と交流を開き、新たな弓を調達してくださったのですね! 人間にあの弓は扱えぬでしょう。あの性能を披露するために、わざわざ御自ら現場にまで……感謝いたしますぅぅぅぅぉおおお!!」
エルムが泣き叫び、声を張り上げる。少し変わっているが熱い男だ。場の空気はすっかり熱狂の渦に飲まれていた。
「それで・・・この弓は私めにご下賜頂けるのでしょうか・・・?」
エルムがキラキラした目で女王を見つめる。
「そ、それは……その……」
女王は返答に窮し、ちらりとアクスに視線を投げる。
アクスは無言で軽く頷いた。
「……ま、まぁ。お主にしか扱えぬだろうしな。軍備についてはこれから詰める必要があるが――」
「うぉぉぉぉ!! 感謝いたします! 女王陛下ばんざーい!」
「女王陛下ばんざーい! 光冠よ永遠なれ!」
エルムに続き、弓兵たちが一斉に声を張り上げた。
衛兵や貴族たちも流れに合わせて拍手を送り、練場は一体となって喝采に包まれる。
女王は扇を下ろし、静かに頷いた。
「うむ……今後とも忠義と鍛錬に励むが良い。――人間、いや、王女殿下。一度、部屋に戻ろうぞ」
歓呼と拍手の中、一行は堂々と弓練場を後にした。
コンパウンドボウとは?
コンパウンドボウは、弓の両端に取り付けられた偏心カム(特殊な滑車)が弦とケーブルを複雑に連動させる構造を持ち、引き始めは強い力が必要ですが、引き絞りきると保持に必要な力が大きく軽減される(レットオフ)ため狙いを安定させやすく、さらにカムの形状によって矢の発射速度や力の伝達効率を高められるため、従来のロングボウやリカーブボウに比べてより少ない労力で高い威力と精度を発揮できる近代的な弓です。
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