第23話:『掟破りを認めぬ者、掟破りを認める者』
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少し早いが、森へ入る前に最後の昼食休憩を取ることにした。メニューは相変わらずシンプルで、一品料理か、稀にスープが付く程度。だが中身はノア特製の<超回復食>で、しかもメチャクチャ美味い。
やせ細っていたエルフたちは、わずか四日で見違えるように変わっていた。肌や筋肉にはハリが戻り、髪も艶やかに輝く。エマの回復も相まって、頬に生気が宿っている。
特に――。
帝国によって両耳を削ぎ落とされた者が多かったせいで、最初は皆同じ顔に見えた。痛々しくて直視すらできなかった。だが今、長く尖った耳がそろっていると、それだけで「これぞエルフ」という印象に変わる。よく見れば鼻の高さや耳の長さ、尖り具合に個性があり、それぞれ違う顔をしているのが分かる。
(……まぁ、もうすぐ別れだ。さすがに全員の名前と特徴を覚えるのは無理だな)
アクスは胸中でそう呟き、残りの食事を口に運んだ。
食後は、森へ入るための準備に取りかかる。馬車から魔道具を取り出し、馬とチャリオは「街に戻る」と見せかけてアークに帰還させる手筈だ。
「王女様、持っていくものはこれでよろしいですか?」
そう確認すると、王女は自分の<マジックバッグ>とチェストの中身をあれこれ入れ替え始める。
「これと……これも要りますわ。あ、やっぱりこっちも……」
(そんなに必要なのか?)
見守っていると、王女はついに巨大なぬいぐるみまで取り出した。アクスは眉をひそめたが――。
(……いや、もういい。面倒だから見なかったことにしよう)
自分のマジックバッグに入るなら問題はないのだ。
休憩が終わり、アクスと王女は<雷牙>にまたがり、周囲を警戒しながら森の中へと入っていく。
森の入口から森国までは、平地ならウルフの脚でも2~3日ほどの距離。だが足場の悪い道を木々の間を抜けながら進むとなると、倍の時間はかかりそうだ。王女もとうとう野宿させてしまうが、仕方ない。
ルート自体はノアの解析で既に判明している。だが形式上、大人エルフたちに先導してもらう形を取る。アクスと王女は先頭集団の少し後ろを付いて行く。
後方では、エマとヴァネッサが自然に集団の最後尾についていた。会話もせず、ただ黙って後を追う――その立ち振る舞いは、最初の謁見時、国王に誤解させた「よくわからないけどたまに気まぐれについてくる」という設定に沿っている。
そもそも、毎食350人分の食事をマジックバッグから一気に取り出し提供している時点で、既に十分怪しい気もするのだが。
それでも王女は、不思議なほど何も聞いてこなかった。
(……気付いてないわけじゃないよな。あえて聞かないってことか)
アクスは小さく息を吐き、森の奥へと目を向けた。
森を進むこと二時間ほど。樹々が切り開かれた小さな広場が現れた。まるでキャンプ地のようだが、人影はない。
「以前はこんな場所ありませんでした」エルフの一人がそう答える。
せっかくなので小休憩を取ることにした。
ノア特製の疲労回復フルーツミックスジュースを用意する。長テーブルの上に十台のサーバーを並べ、セルフで注げるようにした。
「おお……」列に並ぶエルフたち。十人ずつ、きれいに整列して順番を待つ姿は、もはや日課のようだ。
最初の頃はアクスが取り分けたり手渡ししたりしていたのだが、人数の多さに途中で挫折し、この方式に落ち着いたのだ。王女も特に異を唱えることはなく、今では完全に定着していた。
休憩の最中、ノアから念話が飛んできた。
(ご主人様、十キロ先で六人がこちらを伺っています。二人は森国方面へ離脱。残り四人が接近中です)
(……十キロ先?エルフってそんなに遠くまで森の様子が見えるのか?)
アクスは即座に判断する。年長グループのエルフを呼び出し、残りの者は広場で待機。自らは雷牙とウルフたちにまたがり、接近してくる四人とコンタクトを取ることにした。
十分ほど進むと、木立の向こうに人影が見えた。
「セリス! ダリエン!」同行していたエルフが声を張り上げる。まだ一キロは距離があるはずなのに、顔が判別できるのだろうか。
「セクト! お前たちも! 帝国のオブに殺されたのでは? 生きていたのか!」向かってくるエルフの一人が驚きの声を返した。
「……あぁ。帝国は亜人奴隷をすべて解放した。ほとんどは神樹様の元に旅立たれたが……三百五十人ほどは無事に戻ってきたぞ!」
「な、なんだと……あの帝国が……!」
再会の喜びも束の間、彼らの視線がアクスへと突き刺さる。
「それで……その後ろにいるのは何だ! なぜオブがここに居る!!」
美女エルフ――恐らくセリスであろう――がすさまじい形相で弓を構えた。矢じりは真っ直ぐにアクスを狙っている。
「待て待て、セリス! この方は恩人だ!」セクトらが慌ててアクスの前に飛び出し、両手を広げて庇う。
「貴様ら! 誇り高き神樹の民がオブに味方するなど! 恥を知れ! 掟を破る気か!」セリスは烈火のごとく怒り狂っていた。
「待ちなさい、セリス」静かに声を上げたのは、もう一人のエルフ――ダリエンだった。
「ダリエン! なぜ止めるのです!」
「お前もさっき言っただろう。我らは誇り高き神樹の民、掟は絶対だ。特にセクトはその掟に従順だった。そのセクトが自らの身を差し出してまで守ろうとしている御仁……セクトの誇りを超える“何か”があるのだろう」
ダリエンの声は冷静で、しかし力強かった。
「掟は絶対だ。だが、同胞を救ってくれた者への恩義を仇で返すのは違う。処罰があるなら、私が受けよう。一度、話を聞こうではないか」
セリスは歯を食いしばり、弓を握る手を震わせた。
「……くっ。いいでしょう。ただし、少しでも怪しい素振りを見せたら即射殺します!」
その射抜くような眼差しに、アクスは思わず背筋を伸ばす。
(セリスさん……美人なのに、こわっ!)
心の中で小さくぼやきながらも、アクスは穏やかな笑みを作り、深呼吸した。
キャンプ地に戻ると、残っていた仲間たちがざわめいた。
「ダリエン!」
「セリスまで!」
声を上げるエルフたちに応えるように、四人の警備隊員が軽やかに姿を現す。驚くべきことに、彼らはウルフの速度についてきたのだ。まるで人間離れした身軽さとスタミナ。森を守るエリートと呼ばれる所以だろう。
広場に到着した途端、ダリエンとセリスでさえヴァネッサとエマの前に跪き、恭しく礼を捧げる。その荘厳な光景に、集まったエルフ達の間にまたざわめきが広がった。
「……彼ら、有名人なのか?」アクスが小声で尋ねると、隣にいたセクトが頷く。
「はい。森を警備する部隊は、選び抜かれた者たちです。身体能力や戦闘技術、特に弓の腕前は群を抜いており……我らにとっては英雄のような存在です。ただ――」
「ただ?」
「思想に偏りがありまして。セリス殿のような過激派と、ダリエン殿のような穏健派を組ませ、互いに制御させているのです」
セクトの言葉にアクスは内心で(人間社会の政治みたいだな……)と苦笑した。
やがてセクトは声を潜め、苦い顔で続けた。
「数十年前、人間の中でも高位の身分と思われる者――貴族か王族のような人物が森を訪れました。友好的な様子でしたが……過激派のエルフが問答無用で射殺したのです」
「……なるほど」アクスは顎に手を当て、眉を寄せる。
「それが切っ掛けで、誘拐の数は激増しました。攫われるのは大抵、戦闘の不得意な開拓民。子供をわざと囮にして、大人を森の外へ誘い出し……その隙に集落の女子供を根こそぎ攫うという手口です」
聞くほどに胸糞の悪い話だ。だが現実として、エルフたちはそれを防ぎきれなかった。
「巡回していた警備隊が何度か撃退もしました。しかし……森は広く、開拓地も増え続けており、全てを守り切るのは不可能でした。かといって、開拓をやめることもできず……」
「それで、セクトも捕まったのか」
「ええ。帝国の鉱山で、強制労働を……」セクトは苦笑し、肩を落とす。
休憩を終えると、アクスたちはサーバーを片付け、再び森国を目指す。
「まだ序盤だ。気を引き締めていこう」
人間とエルフの違い③
魔力;圧倒的にエルフの方が強い。森国王都の一般人エルフでもB級冒険者の魔道士レベル。開拓民でもC級程度。ただ全種族共通で、魔力が多いから強力な魔法が使えるという訳ではない。




