第11話:『トルナの危機、カグヤの武器』
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自分の身体の丈夫さに気付き、危険が無いとわかったアクスは、たまに依頼を自分で受ける事が増えた。しかし戦闘は相変わらずカグヤが行っている。
山岳地帯は昼でも薄暗い。切り立った岩壁が並び、時折吹き付ける風は砂や小石を巻き上げ、旅人の顔を容赦なく打つ。冒険者の依頼でこの険しい道を進んでいたアクスは、陽の傾きを見て「そろそろ休憩にしよう」と馬車を止めた。腰を下ろし、水袋をあおりながら空を見上げる。雲一つない青空が広がっているのに、谷間はひんやりとした空気に包まれていた。
「……今回は退屈な依頼だなぁ、ただ遠いだけだし」
アクスがぽつりと呟く。すると背後から衣擦れの音。影のように控えていたカグヤが、静かに刀を抜き放った。
「……では、少し手合わせでもしますか?」
無表情でそう告げた彼女の目は真剣そのもの。しかしそれはアクスを追い詰めるためではなく、あくまで護衛対象である主の実力を確かめるためのものだ。
「えぇ〜……やるの?」とアクスは渋い顔をしたが、すぐに立ち上がり剣を抜いた。
「まあ、退屈しのぎにはなるか」
カンッ、カンッ、と鋼がぶつかる音が山に響いた。
アクスは必死に剣を振るう。だがその軌道は素人じみてぎこちなく、足捌きもおぼつかない。対するカグヤは流れるように一太刀一太刀を受け流す。時に紙一重でかわし、時に軽く刀で受け止める。その様は、幼子の遊戯を見守る姉のようですらあった。
「はぁ、はぁ……! どうだ、今のは結構鋭かったろ!」
「……まぁまぁですね」
しかしその時だった。 カキィン――! 甲高い破砕音が響き、アクスの手に伝わる感触が軽くなる。
「……あ」
彼の剣は無残にも半ばから折れ、刃先は弧を描いて草むらに飛んでいった。
「……すみません」
普段は感情を見せないカグヤが、わずかに眉をひそめた。彼女は全力で「折らない」ことに集中していた。だがアクスの剣があまりにも安物で脆かったのだ。
「いや、剣の方が安物すぎたんだよ。気にすんな」アクスは苦笑し、折れた剣を見つめた。
刃先を探しに草むらへ向かう。……そこで、異様なものを目にした。岩肌に寄りかかるようにして倒れている少女。その体の一部――腕や頬が、まるで鉱石のように硬質化していたのだ。
「な、なんだこれ……!」アクスが駆け寄り、呼吸を確かめる。かすかだが、生きている。
「……ノア!」呼びかけに応じ、アクスの耳に念話が響く。
(解析完了しました。これは “魔鉱病”。体内の魔素の流れが歪み、肉体が鉱石と化す症状です)
「魔鉱病……」アクスは顔をしかめる。「治せるのか?」
(はい。即興で完全な解除魔法を構築しました。……ミレイユ、貴女にインストールします)
「了解よぉ」赤髪をなびかせ、ミレイユが転移で現れる。大仰に杖を掲げ、魔法陣を展開した。
「――《リリース・メタロイド》!」
白い風が少女を包み、硬質化した部位が砂のように剥がれ落ちていく。やがて呼吸が安定し、瞼が震え……ゆっくりと開かれた。
「……っ、あ……ここは……?」
「おおっ、目ぇ覚ました!」アクスはほっと胸を撫で下ろす。
少女はまだ十代前半ほど。ドワーフ特有の頑丈な体つきはしているが、その顔は疲弊し切っていた。
「わ、わたし……トルナ。鍛冶師見習い……」弱々しい声で名乗った後、彼女は必死に訴える。
「お願い……わたしたちの里……ノル=ガルムが……みんな、魔鉱病に……!」
「まぁた厄介ごと〜。でも……見捨てるわけ、ないわよねぇ?」シリアスな空気を破るように、ミレイユがアクスを見つめる。
アクスは大きくため息をつき――「……ああ、案内してくれ」
こうして彼らは、ドワーフの地下国家ノル=ガルムへ向かうこととなった。
険しい山々を越え、アクスたちはトルナの案内で<ノル=ガルム>に到着した。岩盤を削って作られた地下道はひんやりと湿り気を帯び、松明の炎が暗い壁を照らし出す。
「……ここが、私たちの里……」トルナが指差した先、巨大な石門がそびえていた。厚い鋼鉄の扉には複雑な紋様が彫られ、外界からの侵入を拒むかのように閉ざされている。
しかし、その前に立つドワーフの門番たちの表情は重かった。彼らの腕や首筋も一部が鉱石化しており、光を反射して鈍く光っている。
「……止まれ。外の者は立ち入れぬ」槍を突き出した門番の声は低く、苛立ちと絶望が混じっていた。
「この子、トルナを助けたんだ。魔鉱病が治ってるのを見れば分かるだろ?」アクスは一歩進み出て、事情を説明した。
「なに……?」門番が目を見開く。確かに彼らの視線の先、トルナの肌は健全そのもので、鉱石化の痕跡すら残っていない。
「本当に……治っている……だと?」
「そんなはずは……我らの最長老ですら手立てを見出せなんだ病だぞ!」
門番たちはざわめいたが、それでも警戒を解こうとしない。
(アクス様、無理に突破は可能ですが……?)ノアの念話が脳裏に響く。
(いやいや、目立つ真似はナシだ。できれば穏便に……)
アクスは肩をすくめ、小さな短剣を懐から取り出した。
その柄には、王都で世話になったドラヴァルト王家の紋章が刻まれている。
「これを見てくれ。<ドラヴァルト王家>の正式な品だ。俺たちが怪しい者じゃないって証明にはなるだろ」
「……確かに王家の紋章。だが、何故お前のような若造がこれを?」短剣を受け取った門番の目が鋭く細まる。
「ちょっとした縁があってな。俺たちは敵じゃない。むしろ、力になれるかもしれない」
言葉の真偽を計るように門番が沈黙する。
「お願い! この人たちが……私を救ってくれたの! きっと、みんなの助けにもなる!」隣に立つトルナが必死に叫んだ。
その言葉に、門番たちの表情が揺らいだ。しばしの沈黙の後――。
「……分かった。入るがいい。ただし、軽々しく振る舞うなよ。ここは我らの最後の砦だ」
重々しい鉄扉が開き、地下都市<ノル=ガルム>の光景が広がった。
石造りの街並みはどこか陰鬱で、道端には病に蝕まれたドワーフたちが呻き声をあげて横たわっている。皮膚が鉱石のように硬化し、意識を失った者、苦痛にのたうつ者。子どもですら石の斑点が浮かび、母親が泣きながら抱きしめていた。
「……ひどいな」アクスの呟きに、カグヤが静かに刀を握り締める。
ミレイユは顔をしかめ、「病気っていうより……呪いに近いわねぇ」と呟いた。
トルナは振り返り、必死に訴える。「お願い……! <神炉>が……暴走してるの。あれが原因で<魔鉱病>が広がってるのに、誰にも止められない……!
そんな中、ミレイユが杖を地面に突き立てた。
「じゃあ、あたしの出番ってわけねぇ」彼女の口調は軽いが、瞳には炎のような覚悟が宿っていた。
「……《リリース・メタロイド》!」
ミレイユが魔法を放つと、白色の魔法の風が患者たちを包み、石化した皮膚が次々と剥がれ落ちていく。呻き声が安堵の吐息に変わり、家族が泣きながら抱き合う姿に周囲は歓声と嗚咽が入り混じった。
「ふふん、どうよ?」ミレイユが胸を張る。
だが、アクスとカグヤは別の役目を担っていた。
「じゃぁ俺たちは……<神炉>だな」
「御意」
ふたりは神炉のある地下最深部へと足を踏み入れた。
――そこは巨大な溶鉱炉のような空間だった。石で組まれた円形の炉は開かれ、中心には青白く燃える<霊鉱核>がむき出しになっている。炎のようでありながら、液体のように揺らめく膨大な魔力が辺りを満たし、肌を刺すような圧力を放っていた。
「……あれは」カグヤが低く呟いた。
<霊鉱核>の傍らには、巨大な影。ヌラリと体を揺らし、青白い光を貪るそれは――。
(……解析完了。<焔食い・ヴァルイグニス> 神炉の火を取り込んで強化されています)ノアの解析報告が届く。
アクスは息を呑んだ。体長十数メートル。オオサンショウウオを思わせるシルエットに、精錬された金属鱗がびっしりと貼り付いている。口の端からは涎を垂らし、炉心の魔力を食らい続けていた。
アクスは折れた剣を握りしめ、構え――そして、そっと鞘に戻す。
「……ダメだな。折れてるし、俺には無理だ」
彼は後ろを振り返り、カグヤに目を向けた。
「頼んだ」
「御意」
カグヤが一歩踏み出す。その姿は静かだが、刀から伝わる気迫は凄まじい。
ヴァルイグニスが咆哮し、青白い火花をまき散らす。次の瞬間、巨体が跳ね、カグヤへ牙を剥いた。
「……ハアッ!」
一閃。鋭い斬撃が走る――が、金属鱗には傷一つつかない。
「硬い……」カグヤは小さく呟く。
「カグヤ、斬撃は効かないのか?」アクスが声を張る。
「はい。打撃か、鱗の隙間を狙う武器でなければ……」
言い終えるより早く、ヴァルイグニスの尾が唸りを上げて襲い掛かる。だがカグヤは舞うような足さばきでいなし、逆に刃を滑り込ませて喉元を狙う。腹、関節、喉――確かに浅い切り込みが入った。だがヴァルイグニスは大口を開け、炉から溢れる魔力を吸い込むと、その傷はみるみる塞がっていった。
「回復するのかよ……!」アクスが舌打ちする。
「……仕方ありません」カグヤは刀を鞘に納め、そのまま鞘ごと握り――。
ドガァン!金属音と共に、鞘で殴打を加えた。斬撃が効かぬなら打撃で叩き込む。彼女の動きは華麗でありながら、破壊力は鬼の如しだった。
「よし、俺はこっちだな!」その間にアクスは<神炉>へ走る。
近づくにつれ、体を削るような魔力の奔流が襲いかかる。しかし――不思議と、アクスの身体には何の影響もなかった。
(……俺には<魔鉱病>が出ない……ノア、これは?)
(魔鉱病はドワーフ特有の症状です。人間には発症しません)
(なるほど……人間に生まれてよかったー!……生まれた訳じゃないけど)
冗談めかして呟きつつも、アクスは重厚な蓋を掴み、力を込めた。ギィィィ……ン!蓋が閉まり、内部の魔力が吸い込まれるように収束する。すぐさまロックを掛けると、炉の唸りは次第に静まった。
「……よし、鎮まったな」
青白い霊気は薄まり、周囲に充満していた魔力の瘴気も和らいでいく。その変化はヴァルイグニスにも現れた。
「グゥォォ……!」
巨体が痩せ細り、金属鱗がボロボロと剥がれ落ちていく。動きも鈍り、牙の勢いも半減していた。
「今です」カグヤは鞘を腰に戻し、再び刀を抜いた。
「貫け!貫け!貫き徹せ!連閃・貫徹!」
閃光のような連撃。鱗が落ちた隙間へ、正確無比の突きが幾度も突き刺さる。逃れようとする巨体を、鋼の意志が追い詰め――。最後の一撃が喉を貫いた。
ヴァルイグニスは絶叫し、巨体を震わせ、そして――崩れ落ちた。
「……討伐、完了」カグヤが刀を振り払い、静かに納める。
<ノル=ガルム>の街に、ようやく安堵の空気が広がっていた。あれほど人々を苦しめた<魔鉱病>は、ミレイユの活躍によって全員無事完治され、誰一人として症状を残していない。倒れていた者たちは次々に目を覚まし、互いに抱き合い、涙を流して感謝を述べていた。
「ふぅ〜……これで一件落着ねぇ♪」腰に手を当てて胸を張るミレイユ。額には汗が滲んでいるが、その笑顔はいつもの豪快なものだ。
そんな賑わいの中、ひときわ重々しい足音が響いた。人々の間を割り、立ち現れたのは白髭をたっぷりと蓄えた大柄なドワーフ――族長<グラム=バルド>その人である。彼はアクスたちの前に進み出ると、しばし黙して睨むように見つめ――やがて大きく息を吐いた。
「……儂は愚かだった。他種族を頑なに退け、閉ざした結果がこの被害を招いた。すべて儂の責任じゃ」その声には悔恨と自責の念が滲んでいた。
「これよりは他種族との交流を恐れぬよう努めよう。少しずつではあるが……歩み寄る事を誓おう」
「いや、まぁ……俺たちはたまたま居合わせただけだし」アクスは思わず頭を掻いた。
「それでも、お主らは我らを救ったのだ。その恩に報いねば、ドワーフの名折れよ。……ゆえに、我らが渾身の一振りを贈らせてくれ」だがグラム=バルドはかぶりを振り、言葉を続けた。
場が静まり返る。アクスは思案し――そしてちらりと横に立つカグヤへ視線を向けた。
「この子の刀を新調してもらいたいんだが」
「宜しいのですか?」カグヤはわずかに目を見開いた。
「実際に戦ってるのはカグヤだからな」アクスが答える。
「……ありがたく」カグヤは静かに頭を下げる。
こうしてアクスはカグヤの刀を預かり、工房へと足を運んだ。案内されたのは、鍛冶場の中心に君臨する壮年の男――エルダードワーフの工房長である。アクスが刀を差し出すと、工房長は興味深そうに目を細め、カグヤの手も取って観察した。
「ほぉ、これは東方の<カタナ>だな。なるほど……じゃぁ……」
ごつい手で柄を撫で回し、目を細める。
「お前さん力が強すぎるな。柄巻きのような柔らかい部分があるだけで剣先がブレるのだ。……ふむ、ならば全てを硬質素材で一体化し、極限まで剛性を高めるべきだ。本来の全力を振るえるようにな」
(うぐっ!!)ノアが念話で呻いた。万能を自負する彼女にとって、自身の設計した武器の欠点を指摘されたのは大きな屈辱だったのだ。
「製作期間は……そうさな、四百年ほどかかる代物になる」
工房長が淡々と口にすると、アクスは「は?」と目を剥いた。しかし次の瞬間――。
「――だが、<次元工房>を使えば一瞬よ。時間の流れを変え、四百年分の鍛造をこの場で行える」
次元の狭間に開いた扉の向こうで、数百人のドワーフたちが一斉に槌を振るう光景が展開された。火花が幾重にも舞い、轟音が時を越えて響き渡る。
こうして完成したのは――。柄から刃まで、すべてを最高硬度の<神鉱ルナヴェリオン>で一体化した刀。素材は討伐した<ヴァルイグニス>の鱗を錬成して精製したもので、折れず、曲がらず、刃毀れすらしない。刀身はドワーフたちが永年をかけて研ぎ出し、その切れ味は光そのもの。
「天をも穿つ名刀、その名も――“天穿・アストラヴェール”ってな。どんなもんだい!」工房長が高らかに宣言した。
場にどよめきが広がった。その一瞬、万能を誇るノアでさえ言葉を失う。武器の製作という一点において、ドワーフの執念は万能をも凌駕していた。
カグヤは無言で刀を受け取り、ゆっくりと鞘に納めると、深々と頭を下げた。
「……必ずや、この刃を振るい続けます」
一方、カグヤの旧い刀はアクスが譲り受けることになった。
「おぉ、俺も剣士らしく見えるな。……中身はともかく」
その場でアクスはふと思い出し、工房長に尋ねた。
「そういえば杖も作れたりするのか?」
「杖か? 技術はあるが、あまり知識も興味も無いのぉ。フルオーダーなら造れぬことはないが……特に案が無ければ、杖ならエルフに聞いた方が早いじゃろうな」
「そっか……じゃ、今度はエルフのとこにでも相談してみるか」
そうして盛大な歓迎の宴が開かれた。酒樽が次々と空き、歌と踊りが地下都市にこだました。豪快に飲み干すドワーフたちと、負けじと張り合うミレイユ。カグヤは黙して席につきつつ、ふと新たな刀を撫でていた。
そして一夜が明け――。アクスたちは感謝と惜別の見送りを受け、<ノル=ガルム>を後にした。
再び山岳を越え、帰路につく一行の背に、族長の言葉がいつまでも響いていた。「……感謝するぞ、アクス殿。ドワーフは、必ずや変わる」
ノル=ガルム洞国とは、山岳地帯の地中深くに築かれた、外界とほぼ接触しないドワーフの鍛冶国家です。国の中心にある「次元工房」は、中に多数の職人が入っており、製作工程が何年かかろうが多数の職人が次元内で各工程を同時並行で行い、結果を先取りし一瞬で製作が可能。但し必ず製作工程を行わなければならず、先取りばかりすると次元の渦に飲み込まれ工房が閉じると言われていますが、そんなリスクとは関係なく掟とプライドでもって製作工程は必ず完遂しています。次元工房の動力は「神炉」と呼ばれ、霊鉱核という希少な鉱石をエネルギー源としています。
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