エピローグ
八
「私、悔しいよ、ユースケ」
帰り道、蝶野刑事が運転する車に乗って帰路を急いでいた。助手席にユースケ、私は後部席に座っていた。
私は必死に涙をこらえた。道玄坂が米国に送致されたことも悔しいし、私たちの捜査が軽視されたことも屈辱的だった。しかし、何よりも真実が歪められたかもしれない。真相への検証も不十分なまま、何にも出来ずに家に帰る。無力感。結局、権力の強いものに物事は有利に進むことのほうが多い。死人は何も語れない。
「泣くな。ワカコ。少なくとも今は泣くな。家まで堪えろ」
ユースケが辛辣なことを言ってきたので、びっくりした。
「そんなこと、言ったって。だって」
「泣くのは、時にずるいことだ。少なくとも今は。早く家に帰ろう」
私はユースケがなぜそんな意地悪を言うのか分からず、混乱した。その混乱を察した蝶野刑事が間に入った。
「ユースケ、ワカコ。俺がこの事件の捜査に巻き込んだ。ワカコが塞ぎ込む必要は全くない。今感じていることは本来ワカコが悩むようなことではない。手放してほしい」
「蝶野……」
「なんだ、ユースケ」
「こうなると見越して、俺を呼んだのだろう」
「.……」
「組織の論理で真実が歪められることは多々ある。刑事である前に人であるお前は、組織の論理の前に踏みにじられた感情をないがしろにされたくない。しかし、お前は立派な刑事だ。その葛藤の末、俺を呼んだんだろ」
「……そうだ。しかしながら、俺は、立派な、日本国の刑事でありたいと思っている。お前にばかりアウトサイダーの役割を押し付けているのは自覚している。俺は、俺以外の他の同僚も、今までそうしてきたように、お前にやっかいな正義感を振りかざす役を押し付けた。俺には立場上できないことを代弁してほしかった。その結果、お前が警視庁にいられなくなったことを知った上で、再度今回のヨコスカプリズンの事件に呼んだんだ」
今度はユースケが沈黙する番だった。私たちは言葉もなく帰路を急いだ。
ユースケが重い口を開く
「問題ないさ。俺も、お前がいるから、俺のままでいることができる」
私はユースケと蝶野刑事の会話をなんとも言えない気持ちで聞いていた。遠くにヨコスカプリズンの街灯に照らされた高い塀がうっすらと見える。太平洋と陸の境目に小さい影を落とすような姿であった。
私は、ヨコスカプリズンの事件のことを絶対に忘れない。そう強く胸に誓った。
(終)




