七 容疑者聴取
私たち三人は再び、プリズンへ戻ってきた。再度、フーコーが出迎える。私たちは道玄坂との面会のため、面談室へ向かっていた。その時、ユースケが思い出したように口を開いた。
「そういえば、獅子戸が少し前に収容されていたオアシスルーム、というやつも見学可能か。ラルフは見学したらしいが」
「いえ、そちらは機密性が高いものとなっています。なにせ、最新鋭の科学を用いて緻密な計算の元、繊細なバランスで成り立っている更生施設です。もしどうしても入室したいのであれば、米監視局に許可申請を出してください。といっても身辺情報の調査も含まれますので、許可がおりるまでに数ヶ月は要しますが。また外部の入室許可がおりたところを私は見たことがありません。当施設は、その科学技術と社会復帰率の高さから、国家機密に匹敵するほどの重要な情報が詰まっています。万が一、他国、特に野蛮国に目をつけられ、この最高のテクノロジーが盗まれることはあってはいけないという点からも安易に入室許可は出していません。日本の警視庁であってもです」
「ただのご褒美部屋にそこまで潔癖な防御がいるのか。ラルフはOKでなぜ俺たちはダメなんだ。米国は特権的に認められていて、日本はそうでないのか」
「どう思われようと勝手ですが、入室出来ないものは出来ません。どうぞご理解ください」
「外側のチラ見もダメなのか」
「ダメなものはダメです!」
フーコーに頑なに拒否され、オアシスルームの見学は出来なかった。刑務所のどの場所に設置されているのかも教えてくれないそうだ。それにしても、フーコーが私たちと打ち解けている気がするのは私だけだろうか。
そんなひと悶着を終えた後、三人目の目撃者との面談に私たちは備えた。刑務を終えた道玄坂との面会がようやく実現するらしい。私たちフーコーに案内されて、再度面談室に入室してきた。
しばらくすると道玄坂が面談室に入ってきた。林、滝川と違って、両手首に手錠をかけられている。彼は、更生度合いが低いとされていて、所内の取り扱いも他の者たちとは違っているらしい。囚人服は目立つオレンジ色で、足首にはトラッキングデバイスが装着されている。悪人、というレッテルを道玄坂にそのまま押し付けることは、「人を見た目で判断するな」というユースケの教えに反する。しかし道玄坂の顔には、暗い影があり、人相の悪さを一層際立たせていた。がりがりの体系で、顔も細長く目は細くキツネのようで、のっぺり顔だ。
道玄坂が席に座り、蝶野刑事が口を開く。
「捜査へのご協力に感謝する。ここで話してもらうことは、記録こそされるものの、君の模範度チェックには反映されない。そのため、起きたこと、真実をそのまま語ってほしい」
蝶野刑事が姿勢を整えて、問いただす。
「獅子戸が生きてる時に、彼の最期を見たのは君だ。君は確か、獅子戸とは更生プロジェクトのメンター制度でペアだったんだよな。その一環で、朝六時に獅子戸の囚人室を訪ねた。この理解で正しいか」
道玄坂は下を向いたまま、口を開こうとしない。そのまま数分が過ぎたが、全く話し出そうとしなかった。
蝶野刑事が言葉を添える。
「繰り返すが、ここで何を話しても今後の囚人生活に影響はしない。いい意味でも悪い意味でもな。この捜査協力が更生度への加点になったら良かったんだが。そもそも更生プログラムとは関係のないことなんでね。で、昨日朝六時に獅子戸を見た。間違いないか。イエス、ノー形式で聞こうか」
それでも道玄坂は喋り出さなかった。話そうか迷っている様子もなく、最初から黙秘を貫くように目の前に座っているだけだった。
ユースケが口を挟む。
「もしかして日本語ユーザーではないのでは。英語の方がいいか」
ここで初めて道玄坂が反応を示した。首を横にゆっくり振っている。目はどこか泳いでいるようだ。
私たちの面談を見守っていたフーコーが後ろから口を挟む。
「彼は日本語話者です」
蝶野刑事が詰め寄る姿勢を見せ始めた。
「なぁ、なぜ黙っている。何か不都合なことがあるのか。この段階で警察はまだ誰も疑っていない。黙秘する権利は当然保障されているが、このままだと捜査に非協力的な人物として、その理由を探らねばならない。オマエは昨日、朝六時に、獅子戸を見たんだよな。そして彼は死んでいたんだよな」
「口元を怪我しているのか。少し切り傷があるな」ユースケも事情聴取に加わった。
いずれにせよ道玄坂は動じなかった。下を向いて、目線は私たちの誰とも合わせないという覚悟だけが感じ取られた。面談室に緊張が走る。
「昨日、朝六時に獅子戸を見た。これが間違っていたらそのまま動くな。動かなければ、答えはイエスとみなす」
道玄坂は、動かない。これは、回答としてイエスなのか、ただ動かないだけなのかは、正直分からない。
「答えはイエスだな。では、その時、獅子戸はいつもと違う様子だったか。答えによっちゃあ、オマエを重要な参考人として警察署に連れていく必要があるかもしれない」
蝶野刑事は道玄坂に強い口調で揺さぶりをかけた。それでも彼は動かない。
「オマエは獅子戸の囚人部屋を訪ねた際に、獅子戸に接触したか。つまり話しかけたり、身体に触ったりしたか」
ここまでくると我慢比べなのかもしれない。蝶野刑事は、道玄坂が動くのを待った。体感にして約五分くらいの沈黙が流れた。話すことへの圧力をかけていて、相手が口を開かないことの気まずさと緊張感が面談室を覆う。私は衣服の布の擦れる音さえ出さないように、身体を固めて様子を見守った。
沈黙を破ったのはユースケだった。
「君は獅子戸を慕っていたようだね。獅子戸とペアを組む前は、何度も懲罰プログラムへの参加をしていたそうじゃないか。それが獅子戸と組んだ半年前から、懲罰房に行く回数や時間外の強制演習への参加回数が無くなった。君が獅子戸と組んで更生具合が向上したことは、監視局も歓迎していた。監視カメラの記録には、仲良さそうに奉仕作業に従事している君たちが映っていたよ。そんな彼が死んでしまって、さぞ悲しいだろう」
「懲罰プログラムではなく、特別強化支援学習プログラムです」フーコーが口を挟んできたが、全員が無視した。
「獅子戸が何故亡くなったのか。刑務所の人間回復運動の同志は、皆が、彼を偲んでいる。君もそのうち一人か」
獅子戸は蝋人形のように動かなかった。その後、何度か蝶野刑事が怒鳴りつけたかと思いきや、冷酷な態度で獅子戸の人格否定や人間性を中傷する酷い言葉を浴びせたが、獅子戸は身動き一つ動かさなかった。私は、なかなかにショックなものを見たため、感情を顔に出さないように必死だった。黙秘権を行使している人物に言葉の暴力をふるまって良いのか、黙秘権の行使ってどのように守られるのか、とても疑問に思った。しかしそれを議論する時間でもないことをよく承知している。
獅子戸とユースケは諦めモードに入っていた。二人は顔を見合わせ、これ以上は時間の無駄だと、そろそろお開きにしようかと目線だけで語っていた。
ユースケが最後に尋ねる。
「道玄坂、獅子戸はもう戻ってこない。それは君が殺したからか」
ここにきて道玄坂が少し身動きをしたように見えた。顔を少しあげ、こちらを一瞥し、また目線を下に落とした。
これ以上、道玄坂に尋ねることはなかった。フーコーに導かれ、私たちは面談室を後にした。ドアを閉める瞬間まで、道玄坂は下を向いたままだった。




