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三 いざヨコスカプリズンへ

 三

 

「日本語を話す場合は①を。If you speak English, please press ②」

 

 私は、案内用ロボット「ガーディアン」の胸元についているタッチスクリーンの1を押した。この案内ロボットは、以前対外用に若い女性の風貌をしていたらしいが、男性囚人の「秩序を乱す」という理由から、外見がいかつい男性警備員の容姿に刷新されたらしい。(と、Wikipediaに書いてあった。)どのように秩序が乱されたかは想像したくないが、苦笑するしかない話である。

 

 横須賀駅のカフェを出た後、私たち三人はヨコスカプリズンのセキュリティゲートから刑務所の中に入る手続きをしている。ゲートは三つあって、私たちがいるゲートは来客者、二つ目は受刑者の入所、三つ目は受刑者の出所のためにある。受刑者の間では、入所用ゲートはHell(地獄)ゲート、出所用はHeaven(天国)ゲートという通称名で呼ばれている。

 

「ヨコスカプリズンへようこそ。入館証をスキャンして、守衛室にお入りください。」

 私は蝶野刑事にもらった入館証をガーディアンのタッチパネルに押し付けた。続けてユースケと蝶野刑事がそれぞれの入館証をスキャンする。ガーディアンに促されて、荷物検査、全身スキャンによる金属検査、サーモグラフィ検査、唾液による免疫検査、ミストによる全身消毒を受ける。国民全員に配布されているマイナンバーカードの提出が強制されたので、パーソナルデータはヨコスカプリズンに提出された。守衛室に入った私たちは、取り繕ったように置かれた、鉄パイプ椅子に腰をかけた。

 案内ロボットのガーディアンが流ちょうな日本語で話しかけてきた。

「全スキャンが完了しました。最適化のプロセスは同時並行的に進め、随時更新いたします。コホン、皆様、遠い所を御足労いただき、ありがとうございます。改めまして、ようこそ。ヨコスカプリズンへ。当施設は完全無人のAI管理刑務所です。私はこの度の案内役を務めます、ガーディアンFと申します。通称は、フーコー。どうぞお気軽にフーコーとお呼びください」

 フーコーは流ちょうに話し始めた。最近のロボットの進化は凄まじい。人目に人間かロボットか全く分からない。ロボットは欧米の白人男性の姿を模していて、昔の有名なハリウッド俳優であるレオナルドディカプリオという人物に寄せて作られたそうだ。結構、カッコいい。それにしてもフーコーって絶妙に可愛い名前だ。

 フーコーが話を続ける。

「さっそく事件現場をご覧いただきたいのですが、まず始めに当施設の簡単なご案内をいたします。お手元にあるVRを着用してください」

 私たちは、用意されていたVRヘッドマスクを着用した。グーグルマイクロソフト社から販売された、最新版だ。スクリーンと音響の進化により、画面の視聴に不可が少なく、リビングで映画を見るようにVRを見ることが出来る。友達の中でも富裕層、ブルジョワ組しか持っていない代物を体感できるのは嬉しい。

 私含め三人が着用したところで、映像資料が見えた。自分の見たい映像や静止画の資料を自分で選べるようになっている。フーコーの案内が始まった。音声はVRに備えられたヘッドフォンから聞こえてくる。フーコーはそれにしてもほど良いテノールボイスだ。

「ヨコスカプリズンへのご来訪を歓迎いたします。私たちは、最新鋭のAIを活用した完全無人運営の私営刑務所になります。私営と言っても、日本の法務省、アメリカ国防省とも密な協力体制にあり、社会秩序と囚人の更生に寄与する試験的施設となっております」

 フーコーが続ける。

「なんといっても最大の特徴は、囚人の更生プログラムです。当施設の中で、囚人は自ら己の過去を振り返り、猛省をし、その感情を態度によって示すことで、社会復帰の準備をしていきます。米マサチューセッツ大学犯罪心理・社会更生プログラムに基づき、最新の科学と理論に則って効果的な実践を行っています。私たちはこのプログラムを『自由への報酬』と呼んでいます。このプログラムでは、囚人の思考と行動の二つのカテゴリーについて、更生成熟度を数値化して評価し、そのランクによって、囚人が得られる権利が変わっていきます。これが全てAIで統制管理されている施設がこのヨコスカプリズンです。最高レベルのテクノロジーがここにあります」

 蝶野刑事が眉間に皺を寄せて質問する。

「つまり、優等生であればあるほど、ここでの刑期が快適に過ごせるということか」

「そのとおりです! 例えば総合評価Aの者には、個室留置や図書館の利用、週五日のシャワールームへのアクセスが認められています。一方、残念ながら総合評価Dの者は集団留置、社会復帰に関する追加のレクチャーと講師によるマンツーマン面接、野外での集団行動訓練への参加が義務づけられています。あくまでも大切なことは、囚人の自発的更生。社会が何たるかを学び、自身がどのように行動すれば、報酬が得られるのか。もちろん優等生だけではなく、落第者にも手厚い指導をしているため、一人の落ちこぼれも出しません。必要があれば薬物療法などの医学的措置もいたします」

「まるで大人の小学校だな」蝶野刑事は皮肉を込めて言う。

「それが社会が求めていることですから。我々は米国政府の直属の委託業務を請け負っています。ヨコスカプリズンは、次世代の社会秩序を担う、実験的で有益性の高い施設なのです」

「しかし、そんな完璧な囚人施設で、原因不明の死体があがった、と」

 蝶野刑事は、挑発するように疑問を提示した。

「だからこそ、貴方様方をお呼びしたのです。どんな物事にもエラーは起きます。プロジェクトはトライアンドエラー。一つ一つを是正してこそ、完全体に至ります」

 フーコーは一息置いて語りかけた。その間の取り方は人間の動作そのものだ。

「ここで蝶野様と当施設の課題と展望の議論をする時間はありませんし、私はそのようにプログラミングもされておりません。まずは事件現場をお見せします。本施設に入る前に、念の為、再度の体温と免疫チェック、全身の消毒をお願いいたします」

「おい、さっきも全身スキャンだの持ち物検査だの、色々やったぞ。どれだけキレイにさせるんだ。ここは病院か。しかも重症患者の」

 蝶野刑事は、VRを外しながら煩わしそうに言った。先程の持ち物検査で警察の機密情報の漏洩を心配していた姿が思い出される。私とユースケもVRを外して、フーコーの指示に従う。

「申し訳ございません。米国法で定められておりますゆえ」

「けっ。アメリカを出されたら、日本の警察庁なんぞ植民地警察だろうさ」

「ご理解いただけたら幸いです。ではどうぞこちらへ」

 フーコーは丁寧なのか、皮肉なのか、その両方なのか分からない慇懃な態度をとった。

 蝶野刑事がぼそっと呟いた。

「けっ。コイツは、とんだFuckcault(ふぁっこー)(ファック公)だぜ」

 私はびっくりしてツッコミを入れてしまった。

「もしかして、ファックのFとフーコーのFをかけてる?」

「いえす」

「わお。物の言い方をオブラートに包みなさいよ! 現役女子高生もいるんだよ!」

「オブラートも食べたことがない女子高生が何を言うんだか」

(キー!)

 しょうもないやり取りをしている私たちに見向きもせず、フーコーは私たちを検査室へ案内した。その念入りさは体験したことのないような細かい検査だった。衣服着用のままの検査で良かったと私は胸をなでおろした。女子高生のアイデンティティは制服にあるもんね。


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