二 蝶野刑事
二
通称、ヨコスカプリズン。横須賀の米海軍基地の跡地に建てられた民間企業が経営する最新式の刑務所だ。米軍は日本軍を準米軍扱いにし、米軍再編の一環で古い横須賀米軍基地を引き払い、東京湾に最新の海軍基地を建設した。防衛機能として、もともと存在した厚木基地と連携して、首都防衛機能を強化している。ある種、空白地帯になった横須賀基地に、民間企業ピースフォーが参入し、新たに海を埋め立て、離れ小島を作り、そこに刑務所を建設した。それがヨコスカプリンだ。うん、ニッチな知識すぎて、試験にはあまりでなさそう。
私は、横須賀駅の観光インフォメーションでもらった観光パンフレットを眺めた。横須賀の少し寂しい商店街にある、ノスタルジックなアメリカンカフェで、ユースケと私は待ち合わせをしていた。ユースケの古い友人で、本物の現役刑事が来るらしい。刑事を見るのは初めてなので、私は少し緊張していた。それにしても、十五分の遅刻中。日本も欧米化したものだ。まぁ、そのおかげでアボカドチーズバーガーにコーラフロートまで注文してしまい、美味しくいただいているわけだが。
お店のドアが勢いよく開いた。
「悪い、悪い、待たせたな」
身長百八十センチくらいありそうなデカくて角刈りのいかついおっさんが、勢いよく私たちのテーブルに座った。焦げ茶のスーツはヨレヨレである。
「そんなことないよ、今きたとこだよ」
そう言いながらユースケは最後のフライドポテト一本を頬張った。
「まぁ刑事が遅れるのはいつものことだろ、それより」
デカ男(デカいと刑事を掛けています、えへ)が私の方を見る。
「この子か、インターンって子は」
「探偵助手さ」
「なんでもいいが、分かってんのか。今回の件は、相当神経使うやつなんだぞ。何かあったら」
「総務課の大見さんに申請までして許諾を得たんだ。公式な探偵バディさ。経費まで面倒をみてくれる」
「大見さんはオマエのことなら何でも聞いてくれるだろうが!」
ここで店員がオーダーを取りにきた。会話が途切れそうにないので、遮ってきたのだ。
「お客様、ご注文はいかがいたしましょうか、あー what do you オーダー」
「あ、アイスコーヒー、ラージで」
みんな、アイスコーヒーが好きだな。
「とにかく、きちんと仕事はやってくれよ、お嬢ちゃんも遊びにきたって感じではしゃぐなよ」
(はいはい)
「はーい」
デカ男が私を睨んで言った。
「はい、は短く」
私は内心、焦った。最近の女子高生は、大人に怒られなれていない。
「はい、了解しました」
この先が思いやられるな、と、ワカコは残り少なくなったコーラフロートをすすった。
ユースケが私とデカ男のやり取りを微笑ましく見ていた。
さてと、とユースケがデカ男の紹介を始める。
「ワカコ、こちらは俺が刑事時代にお世話になっていた、蝶野刑事だ。今はごく稀に大きい仕事の依頼をいただける大切な依頼主だ。以前は俺とタッグを組んで、事件を脱兎のごとく解決していた信頼が置けるパートナーだった。俺が刑事を辞めた後も、俺を頼ってくれている。今回のヨコスカプリズンで俺たちは警察のアドバイザーという立ち位置で、事件の捜査に参加する」
「何がパートナーだ。お前のようなトラブルメーカーの尻ぬぐいクリーナーだったろうが」
(うまいことを言うな)と私は思った。
「うまいこと言うな」とユースケ。
蝶野刑事はユースケを無視して話を続ける。
「いずれにせよ、今回、ワカコには探偵助手として俺たちの会話のメモと事件の情報の整理をお願いする。任せたぞ」
私はできるだけ元気よく答えた。
「Do my bestで頑張ります!」
「機密情報に関しては、学校に報告はできないからな。出来上がった職業体験レポートは後で見せてもらう」
蝶野刑事がビジネスライクに話しかけてきた。この人とは仲良くなれないかもしれない。
ユースケが話題を切り替えた。ユースケがキリっとした顔をしたので、私はびっくりした。彼のこんな顔を、私は見たことがない。
「ところで今回の事件の概要は」
「俺も詳細を伝えられるほど、情報を得ていない。別の婦女暴行・窃盗事件が解決してすぐここに駆けつけたからな。最近は米兵犯罪に加えて、日本兵の犯罪も増えてきている。特権階級意識が根づいてきたんだな。失礼、今のセリフは忘れてくれ。本題だが、ヨコスカプリズンで謎の遺体が発見された。事件の情報は現地で詳しく収集しよう。まずは、自分の足を使って調べる。いつの時代も刑事は現場主義だ。ワカコ、ここはぜひメモっておいてくれよ」
「かしこまりました!」
元気よく答え、私は持ってきたタブレット端末に律儀にメモを残した。
ユースケが仕事モードの声を発した。
「ならそろそろ向かうか。ヨコスカプリズンへ」