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一 始まり

 一

 この時代の女子高生は難しい―。

 

 笹川(ささがわ)和歌子(わかこ)はいつになく気がふせっていた。外は異常気象と呼ばれる季節外れの台風で大荒れ。高校の勉強は塾よりもつまらない。かと言って塾は試験対策に特化した暗記ばかり。勉強に集中しようにも、友人が競ってInstagramの更新を続けるため、サボりの口実とばかりに投稿にリアクションを続けていた。明後日は学期末テストなのに、気持ちはフワフワしていた。浮き草、根無し草の生き心地とはこんな感じだろうか―。

 

 私は塾に行く気力はわかず、父の経営する「Kinro Cafe」で甘いカフェオレをすすっている。もともとは勤労カフェという名前だったが、あまりにもダサいので私が変えさせた。私は四人テーブルに一人で座って、現代史の教科書とノートを広げていた。周囲に対して勉強をやっていますよ、というパフォーマンスをしている。本日夕方のお客様は、近所のおばさんグループだけで、噂話や旦那さんの悪口、小口投資の話で花を咲かせている。カウンターでコップを磨いている父親も夕方の時間帯は暇そうだ。

 

 父親の名前は笹川(ささがわ)(ゆう)(すけ)。でも私の本当の父親、生みの親という意味での、ではない。(私がユースケのことを父親だと思っているから、ある意味「本当の」父親なのかな。)私は、六歳まで養護施設にいたが、運良く笹川夫妻に引き取られた。本当の生みの親は知らない。ユースケは、カフェのオーナーさんだが、本職は探偵らしい。「らしい」というのは、私はユースケが探偵業をやっているところを見たことがないからだ。たまにいなくなった飼い猫探しや、引越しの手伝いをしているようだが、それを探偵と呼べるのか、果たして疑問である。もともとは刑事をやっていたらしいが、性に合わず辞めてしまったそうだ。顔はそこそこ。いわゆるイケオジのカテゴリに入るのかな。周りの親と比べてそこそこ若いのと、本人も若作りをしているのと、少し顔立ちがハッキリしているため、イケメンの部類に入る。友人からは羨ましがられ、近所のおばさんの中にはファンになってくれる人もいるらしい。

 

 お母さんは、笹川(ささがわ)美紀(みき)。通称、プリンセス・ミキ。別にやばいおばさんとかではなく、そこそこ売れてるマジシャンで、今アメリカ本州で全米マジックショーツアーの真っ最中だ。最新のプロジェクションマッピングや、ドローン演出などド派手な舞台装置が受けて、マジック界を先導しているらしい。そのためいつも世界を飛び回っており、家にはなかなかいない。私は毎日ボイスチャットでやりとりをしているので、寂しさを感じたことがなかった。お母さんも、えげつない美人である。ブスでない両親がいるばかりに、私も身なりには気をつけなきゃいけないと思ってはいる。ダイエットも、しな、くちゃ。ネ。

 

「ワカコー、余ったプリン食べる? 型崩れしたやつだけど」

 ユースケがおもむろに話しかけてきた。おやつ(飴)が出るということは、勉強に集中しろ(鞭)という合図だ。ユースケの得意な飴と鞭作戦だ。その手には乗ってやろう。

「食べる」

 ダイエットよ、さようなら。また逢う日まで。ワカコの目の前にクリームたっぷりのプリンが置かれた。ユースケお手製のKinroプリンだ。味は普通のプリンであるが、プリンはそもそもが美味しいので、ご褒美感がある。

 ユースケがこちらを覗き込んで言う。

「はい、ところで明後日は」

 ほらきた。最後まで言わせてなるものか。

「期末なのでガンバる」

「はい、頑張れー」

 プリンを食べてから勉強しよう。ワカコはパスタ用の大きなスプーンでプリンを頬張った。

 

 明後日のテスト科目は、物理、英語と現代史だ。特に現代史は、ワカコの得意な科目である。プリンを食べ終えて、ワカコは現代史の復習に取り組んだ。

 

 二〇七二年。現在、日本は、アメリカの準州となって、アメリカの一部となっている。アジアでは、韓国とフィリピンも日本に次いでアメリカの一部となった。ワカコが二歳の時に、日本政府はGDP世界九位へ転落、落ち続ける円の価値、人口減少と高齢化、ロシアや中国とのサイバー紛争や双方の民間人の衝突による突発的な紛争、自衛隊の日本軍への転身と米軍への編成など、色々あった。当時の総理大臣がが「もうアメリカの一部になったほうが合理的じゃね?」ということで国民投票を行った結果、日本はアメリカになることを選んだ。(といっても無投票もかなり多かったらしいが。)アメリカも家来が欲しかったのか財源が欲しかったのか、準州化を歓迎して、様々な取り決めによって今に至る。

 

 生活の変化としては、英語が公用語化し、街には英語と日本語の併記が増え、通貨はドルになり、多様な移民が増えた。ワカコにはよく分からないが、多少生活は豊か(?)になったらしい。ワカコは英語が好きなので、いつか母のようにアメリカに旅立ちたい、そのために大学はアメリカ本州に行きたいと夢見ている。夢を叶えるためには、勉強をしないといけないのだ。

「ふぅー、勉強やるかー」

「お、やる気になってくれたみたいで偉い」

「あ、そういえばユースケ」

「ん?」

「次の期始めのレポートの一つに、職業体験があるんだ。本屋とかスーパーとかに申し込んで、インターンして、レポートを書くやつ。あれ、カフェの仕込みとか接客とか多少手伝ってるから、それ書くのでもいい?」

「なんと! そんな面白いことやって評価されるのか。いいな、今の女子高生は。もっと早く言ってくれれば、いや、まだ間に合うか」

「いーじゃん。別に繁忙期とかでもないし、お小遣い千円でいつも働かせ放題じゃん」

「カフェのことじゃない。ワカコ、興味ないか」

「何に?」

 ユースケがにんまり笑う。この顔は良くないことを企んでいる顔だ。嫌な予感しかしない。

「探偵にさ」

 私は五秒くらい反応ができなかった。ユースケはニコニコとこちらの様子を伺っている。

「た、たんてい?」私の声は上ずってしまった。

「そう、探偵。ちょうど大きな事件の依頼があったんだ」

「また猫探し?」

「違うよ!」

「なら、犬?」

「犬でもない! ワカコ、今週末空いてるか」

「期末後だから空いてるっちゃ空いてるけど」

「ならちょうどいい。遠出する準備をしとけな」

「遠出ってどこ行くの?」

「ヨコスカプリズンさ」

 ヨコスカ……プリンー? (プリンはさっき食べたやつだ。)

 ―ヨコスカプリズン。

 ますます嫌な予感しかしない。ワカコは氷が溶けて薄くなったカフェオレを飲み干した。でも、ちょっと、オモシロソウ。しかも目を引く職業体験レポートを書くことができれば、成績も上がるかもしれない。

「んー。行こうかな。」

 私はユースケに好奇心を悟られないように、ためらいがちに言った。内心はすごくワクワクしていた。

 

 

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