犬神のミイラ
私の家は江戸時代から代々続く豪商の家系だ。
傾きながら騙し騙し続けてきた家業は平成に入った頃から大きく傾き会社は潰れ、今は古びた大きな屋敷と蔵が残っただけの家になった。
一族が栄えた理由のひとつに犬神という呪物が大きく関係したと祖父から聞いた。
なんでも、犬をたくさん集め、ひとつの檻に閉じ込め、餌を与えず互いに喰い合い最後に残った犬を一年かけていじめ殺す。
その死骸を多くの人が通る大通りの四つ辻に夜中こっそり埋め。頭蓋を多くの人に何度も踏ませると埋めた場所の近隣の者が呪いで病気になったり不審死を起こすようになる事があり、そうなってから頭蓋骨を掘り起こすとそれは恐ろしい程の呪いを撒き散らす呪物になっているそうだ。その頭蓋骨に高名な呪術師が術をかけ、呪いの力をねじ曲げ犬の悪霊に、この一族はお金が貯まれば貯まるほど不幸になり苦しむと欺き、呪いの力で富を集めさせる事で一族は成り上がった。
だが、呪術師が術をかけても全ての呪いがお金に変わるわけにもいかず、一族には多くの富と不幸が次々に舞い込んだ。
その頭蓋骨は家の神棚に納められているそうで、頭蓋骨を通りから掘り出して神棚に納めた使用人は数日後死んだと伝えられている。
だから決して神棚には触れるなと子供の頃何度も言い聞かされた。
祖父は幼き日に、祖父の父親からその話を聞き、怖がってふるえていると、祖父の兄が肝試しに真夜中に神棚の中身を覗くからお前も来いと言ったそうだ。
祖父が泣きながら断ると兄は小馬鹿にして、俺ひとりで覗くから翌朝何が入っていたか教えてやると得意気に言った。
ところが朝になってみると兄は起きて来ない、祖父の母が見に行くと兄は布団の中で震え布団から出ようとしなかった。医者に見せたが、風邪でしょうと帰っていったそうだ。
そうして祖父の兄が布団から出ず三日経った。
祖父の父が業を煮やし無理矢理祖父の兄を布団から引っ張り出すと、祖父の父は悲鳴を上げ気を失った。
何事かと家人が集まり兄を見ると、顔から毛が生え、まるで犬や猫のような顔で犬のように唸り声を上げる。祖父の兄は使用人等に捕らえられ、土蔵の地下の座敷牢に入れられ、それから約三十年で生涯を終えたそうだ。
祖父の兄を人目に触れさせるわけにもいかず、埋葬すらできず、ミイラにされ今も座敷牢に置いてある長持の中に入っているという。
私は座敷牢の長持を見たことはあるが怖くて中は覗いたことはない。
祖父の兄は犬神を覗いて以降、顔の形が少しずつ変わり一年後には口が犬のように前に飛び出したそうで、ミイラも人間の身体に犬の頭をくっ付けたように見えたと祖父は言った。
☆
祖父の兄が神棚にさわった事で術の効果が狂ったようで、家業は傾きだし以前の活気は失われ、家に不幸が多く続くようになった。
祖父はそんな気味の悪い物は捨ててしまいたかったが、兄の件もあるし何が起こるか恐ろしく、触ることすら躊躇われ捨てられなかったそうだ。
私も捨てたかったが恐ろしくて何も出来なかった。
一度、近所の神主に相談したが、手に負えないと断られた。
ところが一年前、泥棒が入り問題の神棚と祖父の兄のミイラが無くなってしまった。
家には先祖が残した骨董品が数多くあったので、それを狙った泥棒に入られ、骨董品と一緒に神棚とミイラも消えた。
金額にすると一千万を超える損害だったが、これで呪いの恐怖とミイラから解放されるなら安いものかもしれないと私は思った。
事件から数日後、家から数キロ離れた家の家族の父親が行方不明になり、残された家族が次々と不審死した。
私は、泥棒はその一家なんじゃないかと思ったが誰にも何も言わなかった。
言ってもこんなオカルト話、相手にされないだろうし、もし警察が捜査したら警察官の不審死が相次ぐかもしれない。それに時効だろうけれどミイラの説明をして一族の恥をさらすのは気が重い。
たかが一千万のために、無関係の人達を何人も死なせ、多くの人を不幸にして一族の恥を晒すことになるかもしれないと思うとためらわれた。
やはり呪いは本当だったのかと恐ろしくなり、私はむしろ泥棒が盗んでくれた事に感謝したぐらいだった。
その後、不審死が相次いだ一家の葬儀に集まった人達や遺産を相続した親族が次々と不審な亡くなり方をし、リアルな犬の仮面を被った不審者の噂が立ち警察が連続不審死と犬の仮面の不審者の調査を始めたという噂話を聞いた。
その後、私は逃げるように遠くの街に越した。これで犬神とミイラから完全に解放される……と昨日までは思っていた。
今朝玄関を開けたらよだれと動物の毛だらけの札束が玄関に落ちていた。
リアルな犬の仮面の不審者は、どうやら私を見つけたようだ……。
家に入った泥棒は呪いで犬神になってしまい、私を不幸にするためお金を運んで来たかもしれない。
テレビをつけると、犬の仮面をつけた男による強盗事件が近所で起きたとニュースは報じた。