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哀の勾玉  作者: 南雲遊火
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後編

「もし。如何なされましたかな?」


 橋の欄干にもたれかかれ、時々吹く強い風を背中に受けながら、ぼんやりと水が流れる様を眺めていたその時、不意に声をかけられ、びくりと女性は肩を震わせた。


 顔をあげると白髪の男。その後ろには、黒い服を纏い、短い金の髪を逆立たせた、大柄な男が控えている。


 女性はその男を見据え、露骨に顔をしかめた。


「あぁ、なるほど。お判りになりますか」


 獅子丸(シシマル)。と、白髪の男は、金の髪の男の名らしきものを呼んだ。


「君のことがどうやら気になるようだから、少し、席を外してくれるかい?」

「御意」


 金髪の男が、ふっと姿を消した。


 女性の凛とした眉がつり、深々と眉間にしわが寄る。


『あのようなモノを、侍らせるとは』

生まれ(・・・)は確かに、忌むべき化生(モノ)ではありましょうが、なぁに。あれ(・・)そのものの気質は、そうそう、言うほど悪いモノではありません」


 軽く軽妙な口調で、白髪の男は女性に笑う。


「ところで、あなた様は? 高貴なお方とお見受けいたしますが」


 あぁ、申し遅れました。と、男は頭を下げる。


「私は、龍蓮(リュウレン)神社の宮司をしております、西塔(サイトー)修司(シュージ)と申します」

『……』


 名乗りたくない(・・・・・・・)のか、それとも、単純に忘れてしまった(・・・・・・・)のか。


 希薄な霊魂は、黙り込み、じぃっと、修司を見極めようと見つめた。


 やがて。


神に仕えし者(・・・・・・)だということは、きっと、間違いないのでありましょう』


 (わたくし)もかつて、神に仕えた者……。女性の言葉に、おや? と、修司は目を見開いた。


(わたくし)大伯(オオク)天照大御神(アマテラスオオミカミ)様に仕えし、斎王(いつきのみこ)にございました』

「なんと……初代、斎宮(さいぐう)様で、あられましたか」


 天武天皇の第二皇女、大伯皇女(おおくのひめみこ)


 斎王制度(さいおうせいど)確立後の、初代斎宮──伊勢神宮を統べた、巫女姫である。



  ◆◇◆



「これはこれは。雷月様に、十河様」


 真っ黒なスーツを身に纏う金髪の男に声をかけられ、二人は思わず立ち止まる。


 体格の良い長身の男で、顔には大きな真っ黒のサングラス。さながら、とある映画の『MIB』か、娯楽番組の『ハンター』といった様相だ。


「おう。シュワちゃん」

獅子丸(シシマル)でございます」


 男は生真面目な性格故か、即刻、十河に訂正を入れる。


「ってことは、だ。修司のおっちゃん、帰ってきた?」

「はい。お仕事(・・・)はつつがなく終わりまして、ご無事でございます」


 まぁ、獅子丸(この男)がついているのだから、大概無事だろう。と、雷月は目を細める。


 なんといったってこの男は、平安初期から現代まで生き続けている、()人食い鬼なのだ。

 しかも、大江山(・・・)という修羅場をくぐり、生き残った数少ない生粋の。


「ってことは、だ。バレるのも時間の問題かぁー」


 頭を抱える十河に、獅子丸はピクリと眉をひくつかせた。


「バレるとは一体……そういえば、本日は豪流様と一緒に、来客の対応をお任せしたはず……」

「あ、やべ」


 藪をつついて、いらない蛇を出してしまった。


 サングラス越しに、じっとりと睨んでくる鬼に、思わず二人はホールド・アップ。


「すみません、逃げられました」


 ダメじゃないですか! とでも言いたげに、鬼は大袈裟に肩をすくめて、ため息を吐いた。


「そういった事情で、このくらいの翡翠の勾玉を探しているのだが……シュワちゃん、知らないか?」

「もしくは、推定、飛鳥時代後期から平安初期くらいの服着た、割と品が良さそうで身分の高そうな女の幽霊とか」

「………………はて?」


 獅子丸の反応に、二人はパッと目を輝かせた。


「知ってるんだな!」


 詰め寄る雷月と十河に、思わず、獅子丸はたじろいだ。


「はい。確かに先ほど修司様が、そのような女性をお見かけしまして、声を……」

「ナイスだ親父殿!」

「シュワちゃん! おっちゃんのところに、今すぐ連れてって!」



  ◆◇◆



 首の後ろで緩やかに束ねた、長い真っ直ぐな白髪。


 いつもの作務衣(さむえ)ではなく、濃い灰色のお(めし)を着た、一人の男。


「いたー! いた! ライ! 間違いない!」


 騒々しい十河の声に、驚いた大伯(オオク)は、びくりと肩を震わせる。


「大丈夫です」


 修司は彼女を庇うように前に立つと、小さく手首を廻し、スナップを利かせて空を切る。


「おわぁッ!」


 突然すっ転んだ二人に、通り過ぎる通行人の視線が、ちくちくと刺さった。


()ってぇ……」

「……親父殿」


 頭や腰をさすりながら、二人は立ち上がる。


「何故転ばされたか、理由を問わなかった(・・・・・・・・・)ことは褒めますが、怯える無害な女性には、優しくしないと駄目じゃないですか」


 嘆かわしい──そう言いたげな、じっとりとした修司の視線。


『あの、それ、は……』

「ご安心を。この者たちは、かの大陸にて皇帝を選んだ、『五指(ごし)の龍』の末裔でございます」


 修司の背中に隠れつつも、女性は恐る恐る、雷月と十河の二人を見上げた。


『これが、龍……初めて、見ましたわ』


 神に仕えたことはもちろん、今より、『不可思議なモノ』が、当たり前だった頃を生きた大伯の目には、きっと、二人はヒトの姿ではなく、銀龍と金龍に見えているのだろう。


「血が混ざり過ぎて、ほとんど人間ですよ……」


 不愉快そうに、十河の眉間にしわが刻まれる。「十河!」と、修司が小声でたしなめた。


「なんだよ! 何度も言うが、オレは人間……」

「申し訳ございません。皇女(ひめみこ)様。未熟者故、失礼を……」


 修司に指示されるがまま、雷月が左手で十河の口を塞いだが、同時に修司の言葉に、眉を顰めた。


「親父殿、コイツ……じゃない、この方は?」

「大伯皇女様……天武天皇の第二皇女にて、伊勢神宮の、初代斎宮様だ」


 あぁー……と、雷月が、納得の声をもらした。


 史学科出身、かつ、作家をしている雷月にとって、このあたりの時代は、得意分野といっても過言ではない。


 勾玉が出土したという二上山には、後期旧石器時代から弥生時代にかけての遺構があるが、皇族である大津皇子(おおつのみこ)の墓が、北側の雄岳山頂付近にあったはずだ。


 しかも、その大津皇子は、確か──。


「大津皇子の、同母の姉……」

『大津を、知っているのですか!』


 修司の陰に隠れていた大伯皇女が、雷月の言葉に、思わず飛び出した。


『大津は一体、何処に居るのです(・・・・・・・・)!』


 大伯の剣幕に、一瞬雷月は息を飲んだ。同時に、なるほど。と、彼女の状況を理解し、納得をする。


 長い前髪から覗く雷月の左目の瞳の色が、黒から、柔らかく輝く金色に変わった。

 虹彩が爬虫類のように縦に伸び、そして。


 静かに、彼は口を開く。


「ももづたふ 磐余の池に鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠りなむ」


 一瞬、何のことか……きょとんと、皇女は雷月の金の目を見つめた。


 しかし、次第に彼女の顔が、悲しげに歪む。


「貴女は、御存じのはずだ」


 彼の、顛末を……。


『いや……いや……』


 皇女は耳を塞ぎ、首を振りながらうずくまる。


 大津皇子は、文武両党の優秀な人間で、皇族に生まれながらも飾り気のない、誰からも慕われる人望のある人物であった──と、現代にも伝わっている。


 そもそも、大津皇子と大伯皇女の母である大田皇女(おおたのひめみこ)は、鸕野讚良皇女うののさららのひめみこ──つまりは後の持統天皇の同母姉で──姉妹で天武天皇(同じ夫)に嫁ぎ、もし、短命でさえなければ、天武天皇の皇后になったのは、妹の鸕野讚良皇女ではなく、大田皇女であったともいわれていた。


 しかし、早くに母を失った二人の後ろ盾は乏しく、大伯皇女()は十二歳で伊勢神宮の斎宮となり、父の跡目は皇后となった鸕野讚良皇女の息子である、大津皇子から見て一つ年上の異母兄(草壁皇子)が立太子。


 その父の死から、一月も経たないうちに謀反の疑いをかけられ、自害をすることになった悲劇の人──。


 その死には諸説あり、友人の裏切りとも、病弱な息子の地位を堅実に固めたかった皇后の陰謀とも言われている──が。


「貴女は、会ったのだろう? 弟君に」


 聴きたくない……そう言いたげに耳を塞ぐ皇女に、雷月は淡々と、事実を突きつける。


 大津皇子は、死の直前、姉のいる伊勢を密かに訪れていた。


 天皇()が亡くなった直後、皇位についていない皇子が、実の姉とはいえ、神殿の最高位の巫女に『直に会った』というその行為が、謀反の決定的な証拠とされてしまったとの説もある。


 うずくまる彼女の姿が、徐々に薄まってゆく。


「立って。皇女。貴方の求める弟君は、此処にはいない」


 雷月は、左手で皇女にそっと触れる。


東京(ここ)は、少し暑くて判らないかもしれませんが、今の季節は、貴女が最後に弟君に会った、十月()なんです」


 涙をこぼしながら、驚いたように目を見開く大伯の背を、雷月は、そっと押した。


「さあ。立って。そして、西へ……。皇女。今なら秋風に乗って、弟君の元へ、きっと帰れる」


 不意に強く、風が吹いた。吹き飛ばされるように大伯の姿が完全に消える。

 直後、カランッ──と、小さな音をたてて、淡い緑色の勾玉が、敷石で舗装された歩道に転がり落ちた。


 それを、修司が目を細めながら、そっと拾い上げた。


「なーんか、強引というか……他にもうちょっと、やり方あったんじゃねーの?」


 むぅっと頬を膨らませる従弟に、淡々と雷月は口を開く。


「言っただろう? アレは、残留思念(・・・・)だと」


 雷月は修司から勾玉を受け取り、そしてそれを、太陽に透かす。

 そして、何も残っていない(・・・・・・・・)ことを確認すると、小さくうなずいた。


「……彼女はその後、弟を失ったことを嘆きながら、四十代まで生きるんだ。本体は、とっくの昔に輪廻の渦に溶けて、別の生を生きるなり、万物に宿るなりしているさ」

「うつそみの人にあるわれや明日よりは 二上山(ふたかみやま)(いろせ)とわが見む……万葉集だね」


 修司の言葉に、雷月はうなずく。


 大伯の姿は、晩年の四十代の女性とは程遠い、若々しい女性だった。


 彼女が斎宮を退き、当時の都である藤原京──今でいう奈良県の橿原(かしはら)に戻ったのが、弟の死から、さらに一月後のこと。


「二上山で出土したとのことから、きっとこの勾玉は彼女自身が、大津皇子の側に一緒にいたいと、彼に奉げたものだろう。しかし、混乱し、荒れて高ぶる彼女の()が、そのまま勾玉に宿ってしまった」


 いや、勾玉に記録された(・・・・・)と言った方が、良いかもしれない。と、雷月は付け足した。


「しかし、思い(・・)だけで、あれだけの力を持つとは。……ふーむ。実に惜しかったな。うん、勿体ない」

「不敬ですよ。親父殿。初代斎宮をパシらせる気ですか」


 これで、良いんです。と、雷月はきっぱりと断言した。


「そんなわけで、これはお預けします。親父殿。皇女の思念が消えた今、怪異など起こるはずの無い、古いただの勾玉(・・・・・)です。ただし、ほとんど欠損の無い、かなり大きなサイズの翡翠なので、今後、文化財登録される可能性もあるかもしれませんが」


 もっとも、そこまでくると、既に雷月の関知する話ではない。


「わかった。それでは、依頼主に返還するとしよう。……ところで」


 コホンッと、修司は咳払いすると、二人の肩を、がっしりと掴んだ。


「事情は、豪流からしっかり聞いているぞ。色々(・・)帳消しに(・・・・)してやる(・・・・)から、とりあえずウチに帰ろうか」

「た、豪流の奴ぅーッ!」

「さすが、抜かりないな……」


 豪流から父親にしっかり告げ口され、応接室の後片付けから逃げるなよ。と、修司に暗に釘を刺された雷月と十河は、思わず顔を見合わせ、そして、深くため息を吐いた。

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