7話 偽りと運命
朝の教室。窓から差し込む淡い日差しが、机の上にまだ少し眠たげな影を落としていた。
暁葉が席についた途端、椿樹が自然な動作で彼に笑いかけてくる。まるで、これまでもずっとそうしていたかのような仕草だった。
「おはよう、暁葉君!今日は一緒にお昼ご飯食べようね!」
その明るい声に、一瞬、教室の喧騒が遠のいたように感じた。
「お、うん……」
曖昧に返事をしながらも、暁葉の胸の奥では、ざわつきが収まらなかった。
(彼女がノートから生まれた存在だとしたら――彼女の人格は、本物なのだろうか? それとも……)
昨日のオカルト研究会での宮部の言葉が、頭をよぎる。
「もし『実現ノート』で彼女が生まれたのだとしたら――彼女の家は?両親は?どれほどの記憶を持っている?何が本当に“実在”していて、何が作られたものなのか……まるで見当がつかない」
(研究会の会員たちに協力してもらっているんだ……彼女の過去については……俺が調べないと)
そんな思考の最中、ガラリと教室の扉が開き、担任教師が姿を現した。午前の授業が始まる合図だ。しかし、暁葉の意識は黒板に向くことなく、どこか遠い場所にあった。
ノート。椿樹。記憶。そして「存在」という謎。
ふと視線を横に向けると、彼女――椿樹が、静かに彼を見つめていた。柔らかく、包み込むような微笑み。
その眼差しは、たとえ作られた存在だったとしても、人間としての温もりを確かに持っていた。
暁葉は思わず、心の中でつぶやく。
(……本当に、彼女は“作り物”なんだろうか?)
異常を解決したいという思いが、少し揺らいだ気がした。
昼休みのチャイムが鳴り響き、午前の授業が終わりを告げる。教室は一斉に活気づき、食堂へ駆け出す生徒、机に弁当を広げ始める生徒の声が飛び交い始めていた。
暁葉の机の隣では、椿樹が手早く弁当箱のふたを開け、丁寧に箸を並べている。春色のクロスの上に、色とりどりの料理が並んだ光景が広がった。
「ねえ、暁葉君。最近、私のこと……考えてる?」
その問いかけは、ごく自然な口調だった。だが、あまりにも不意を突く内容に、暁葉の箸を持つ手がピタリと止まる。
「……え?」
思わず漏れた声に、自分でも戸惑いがにじむのがわかった。椿樹は変わらずに微笑を浮かべたまま、じっと彼の顔を見つめていた。
(何のために、こんなことを……)
言葉の裏にある意図を測ろうとしても、彼女の表情からは何も読み取れない。
言葉に詰まる暁葉の隙をつくように、彼女は優しく微笑んだ。
「考えてるよね? 私たちは運命で結ばれているんだから」
その瞬間、暁葉の胸の奥がざわりと波打った。
単なる好意の告白には聞こえなかった。
それは、どこか“確信”を伴った宣言。まるで、自分たちの関係が初めから定められていたとでも言うかのような……。
(運命……? それは、ノートのせいなのか?)
それとも――俺自身の気持ちなのか?
彼女の存在自体が“作られたもの”であるかもしれない、という疑念が脳裏をよぎる。だが同時に、彼女の言葉には理屈では説明できない重みがあった。
椿樹の目は、まるで未来を知っている者のように澄んでいた。