4話 オカルト研究会
放課後、暁葉は椿樹と一緒に帰ることになった。
周囲はそれを「いつものこと」と言うが、暁葉にはどこか不気味に感じられて仕方がなかった。
「……まだ、思い出せないの?」
椿樹が不安げに問いかける。その瞳は寂しげで、彼女の本心からの心配が伝わってくる。
「まあ……ちょっと整理がつかなくて」
暁葉は視線をそらしながら、曖昧に答える。頭の中がぐちゃぐちゃで、何が真実なのかもわからない。そんな自分を見透かされるのが怖くて、思わず誤魔化してしまった。
「じゃあ、ゆっくり考えればいいよ。一応、病院にも行ってね?……私は暁葉君のこと、いつでも待ってるから」
優しく微笑む椿樹の言葉に、暁葉は思わず顔を赤らめた。
――待ってる?
まるで、特別な何かを示唆するような響きに、心臓が妙にざわつく。
「どういう意味だよ……」
心の中で叫びながらも、彼女の優しさがまぶしく感じられた。けれど、それ以上に、この状況そのものが信じられなかった。
ふと視線を背後に移すと、『青蘭高校オカルト研究会 メンバー募集』と書かれた見慣れないポスターが目に入った。
――生徒会広報掲示板。これは明らかに無許可の掲示だ。
(オカルト研究会……確か非公認の活動だったはず。うちのクラスでも、夕闇が――)
そこまで考えた瞬間、暁葉の記憶が一気によみがえる。
(……そうだ、俺は昨日、あいつらの勧誘活動を見ていた。だとしたら、あの時間、教室に残っていたなんてことはあり得ない――)
「悪い、夕闇のやつに用があったの忘れてた……悪いけど、先に帰ってくれるか?」
そう言い残し、暁葉は返事を待たずに学校へと駆け出した。
夕焼けに染まる校舎の中、暁葉はノートの正体を突き止めようと、人気のない廊下を歩いていた。窓から差し込む光が床にオレンジ色の模様を刻み、長い影が不気味に伸びる。
静かすぎる。
自分の足音だけが響く廊下。風の音が遠くでかすかに聞こえる以外、すべてが沈黙に支配されている。
外に目を向けると、桜の木々が微かに揺れていた。だが、その姿はどこか歪んで見える。ただの風のせいだろうか――それとも、自分が"異世界"に足を踏み入れてしまったのか。
背筋を冷たいものが這い上がる。
暁葉は廊下の突き当たりにある空き教室へと歩を進めた。そこは『オカルト研究会』の活動部屋だった。
心の奥底では、ノートが現実を改変しているのではないかという疑念が膨れ上がっていた。もはや、自分ひとりでは解決できる問題ではない。
もし、この奇妙な出来事に気づいている者がいるとすれば――
オカルトに精通している夕闇なら、何か知っているかもしれない。
ドアの向こうから、かすかな音楽と楽しげな笑い声が漏れてくる。意外にも、思ったより和やかな空気が漂っているようだった。
こんな普通の空間で、本当に答えが見つかるのか?
ふと、そんな疑念がよぎる。しかし、もう後戻りはできない。
暁葉は一度深呼吸をしてから、そっと教室のドアをノックした。
「入ってもいいですか?」
そう声をかけると、自分でもわかるほど、わずかに声が震えていた。
「どうぞー!」
明るい返事が返ってくる。意外なほど軽い反応に、肩の力が少し抜けた。
ドアを開けると、教室は和やかで活気ある雰囲気に包まれていた。壁にはオカルト関連のポスターが所狭しと貼られ、机の上には年代物の書籍や雑誌、怪しげな呪符のようなものまで散乱している。部屋の奥では、会員たちが熱心に議論を交わし、時折笑い声が上がっていた。
まるで、どこにでもある“普通の”部活動の風景。
しかし、その“普通さ”がかえって不気味だった。
「お~暁葉! やっと来たね?」
奥の方から、黒髪をなびかせながら一人の少女が声をかけてきた。にやりと笑うその顔には、どこか確信めいたものが浮かんでいる。
夕闇黒江。彼女は、まるでこの瞬間を待ちわびていたかのようだった。
「……俺が来るって、分かってたのか?」
黒江の様子に警戒しながら、暁葉は問いかける。
「そりゃ、クラスであれだけ騒いでたら、何か異常が起こったって思うでしょ?」
その言葉に、暁葉の脳裏に今朝の出来事がよみがえる。
確かに、傍から見れば、教室で突然椿樹に「お前は誰だ」と問いかけるなど、完全にイタい奴だった――。
今さらながら、その自覚がじわじわと込み上げてくる。
「ま、とにかく――細かいことは会長も交えて整理していこうか~? 一体何があったのか、詳しくね」
彼女に促され、暁葉は静かに部室へと足を踏み入れる。
窓から差し込む夕日が黒江の髪を照らし、その光は――暁葉にとって、小さな希望のようにも思えた。