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2話 天城椿樹

校門の前に立ち、人智青蘭高校の看板を見上げた暁葉は、足を止めた。


鞄の中には、昨日拾った『実現ノート』がある。


脳裏に浮かぶのは、放課後の教室――


背後から押しつけられたやわらかさと、耳元で弾けた声。


(……本当に、現実だったのか?)


顔も見ずに逃げたが、ノートに書いた通り“それ”は起きた。


たった一文で。


(……いや、あれはきっと何かの間違いだ)


無理にでも納得しようと、暁葉は深く息を吐き、校門をくぐった。


本校舎の3階――


2年4組の教室に入った瞬間、暁葉は息をのんだ。


自分のいつもの席。その隣に、見知らぬ美少女が座っていたのだ。


茶色の髪をふんわりとカールさせ、紫色のリボンをつけた彼女は、微笑みながらこちらを見つめている。


「……は?」


暁葉は混乱し、思わず教室のプレートを見返す。


2年4組。間違いない。


なのに、教室には見知らぬ少女がいる。


「おはよう、暁葉くん♡」


透き通るような声で、親しげに話しかけてくる少女。


頭が真っ白になる。


(どういうことだ……!?)


「誰だ!?な、なんなんだよ、お前……?」


思わず声が裏返る。


少女は一瞬きょとんとした後、困ったように微笑んだ。


「え? ひどいなぁ……自分の彼女に向かって"誰"なんて言う? 昨日もそんな態度だったし、ちょっと傷ついちゃったんだから……」


ぷくっと頬を膨らませ、拗ねたように腕を組む。その仕草はあまりにも自然で、確かに恋人のような親しみを感じさせた。しかし――暁葉の混乱は深まるばかりだった。


「いや、だから誰なんだ? お前……本当に俺のこと知ってるのか?」


自分でも必死すぎると感じながら問い詰める。少女の存在が、現実のものとは思えなかった。


(こんな子……昨日まで、どこにもいなかったはずなのに……)


記憶にはまったくない少女だったが、暁葉にはひとつ心当たりがあった。


――昨日の放課後、『巨乳美少女に抱きつかれる』とノートに書いた直後、突然現れて抱きついてきた存在。


「昨日ってことは……あのノートから出てきたのか?」


そう言いながら、鞄の中から一冊のノートを取り出して見せた。


しかし、少女は不思議そうに首を傾げた。


「え? 何言ってるの? 私は私だよ」


当たり前のように言うその態度が、余計に現実感を狂わせる。


「じゃあ、お前の名前は?」


そう尋ねると、少女は一瞬きょとんとした顔をした。

まるで、そんなことを聞かれるとは思っていなかったかのように。


しかし、すぐにふわりと微笑む。


「……彼女なんだから、知ってるでしょ?」


穏やかな声。

何の疑いもない、まっすぐな瞳。


そのあまりの"自然さ"に、息が詰まる。


――嘘じゃない。


彼女は、本当にそう信じている。


「……いや、知らないって言ってるだろ……?」


声がかすれる。

胸の奥に、奇妙なざわつきが広がっていく。


俺が知らないだけなのか?

それとも、彼女のほうが――。


彼女は微笑んだまま、ただこちらを見つめている。

その表情には、疑念のかけらもなかった。


何もおかしなことは起きていない、とでも言うように。


それが、逆に怖かった。


「っ……」


暁葉は、知らず知らずのうちに一歩、後ずさっていた。


ふと、別の疑問が浮かんだ。


「それに、その席……大島くんの席じゃないか?」


彼女が座っているのは、昨日まで大島が使っていたはずの席だ。


……大島のやつ、どこに行った?


すると、少女は急に心配そうな顔をして、じっとこちらを覗き込んできた。


「本当に大丈夫? ……大島くんは私の後ろの席だよ? もしかして、記憶喪失とか……?」


彼女の瞳が、不安げにこちらを覗き込んでくる。


暁葉は戸惑いながら、ゆっくりと視線を彼女の背後へと移した。


そこには、確かに――大島が席に座り、あくびをしている。


暁葉は言葉を失った。


(記憶喪失……? そんなわけない)


だが、どうしても拭い去れない違和感が胸の奥に引っかかる。まるで、自分が何かを見落としているような、決定的な何かを忘れているような――そんな、ざわざわとした感覚。


「そんなわけ……あるかよ……」


自分に言い聞かせるように呟く。しかし、目の前にいる少女の存在がどれほど不可解かを否定することはできなかった。


すると、少女はふっと微笑んだ。


「――私は、天城椿樹(あまぎ つばき)


彼女の声は、妙に澄んでいた。まるで、すべてが最初から決まっていたかのように。


そして、その笑顔は――


あまりにも“完成されて”いた。


「暁葉くんが私を好きだって言ってくれたから、こうして一緒にいるのよ」


それは、美しすぎるほどに整った笑み。

どこにも綻びのないその表情に、暁葉は言葉にできない恐怖を感じていた。

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