あなたのお名前は?7
「分かりましたよ。」
そう声をかけた私に彼女はすがるような顔を見せる。
『それで……、私の名前は?』
真剣な声で問われ、私も改めて気を引き締める。
「あなたのお名前は……、橋口ミツコさんです。普段はみーちゃんと呼ばれていました。」
そう答えた私の声を聴いた瞬間、彼女……みーちゃんの目から涙がこぼれる。
『ありがとうございます。その音がとてもしっくりきます。そうでした、私は真奈さんからみーちゃんと呼ばれていたんです。とても大切なことを思い出せました。』
そう言って彼女は椅子から降りる。
「もう行かれるんですか?」
思わずそう問うてしまった。彼女の相談はその先にあると思っていたからだ。
『はい。私、ここで目を覚ました時から自分が分からなかったんです。それが何よりも不安でした。何もなくなってしまった気がして……。でも、名前を教えていただいた瞬間、視界が明るくなったんです。私には真奈さんや浩一さんとの思い出があって、それだけで十分満たされていたってことに気づきました。あなたのおかげです。ありがとうございました!』
振り返りながらそう言った彼女はそのままスタスタと扉に向かっていく。
私は先回りし、そっと扉を開けた。
彼女は感謝を示そうとしたのか足にすり寄り、優しく尻尾を絡ませてきた。
もう振り返らない彼女はそのまま扉を進み、凛々しい姿で去っていった。
見えなくなった彼女の姿を名残惜しく思っていると、扉に足跡のスタンプを見つけた。
かわいらしい肉球のスタンプに、思わず微笑む。
「また猫ちゃんの来館があるといいな。」
私はそのままカウンターへ戻り、いつもの業務を再開することにした。
これで、一章完結となります。
読んでいただいてありがとうございました!
続きの構想も練っているのでまた読んでいただけると嬉しいです。