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あなたの未練は何ですか?3
彼女の視線が宙を彷徨っている。まるで、探している記憶に手が届きそうで届かないような表情だった。
「そうだ、台所のガス栓。ちゃんと閉めたっけ。」
そう話す彼女は自信ありげだ。絶対閉めている。
「閉まっていたと思いますよ。」
思わず笑いながら返すと、彼女はカラッと笑った。
「やっぱり?あたしもそう思うよ。」
そう言って笑う彼女は楽しそうだが、その笑顔の裏側にふとしたさみしさが滲んでいるのを感じてしまい、どうしたものかと思案する。
「こんな場所があるなんてねぇ。あたし、誰にも何も言わずに終わったと思ってたよ。」
ぽつりと言葉にした彼女は寂しげな眼を私に向ける。
「ここは、振り返る場所なんですよ。思い出すことも、大切なことです。次の一歩を踏み出すためには、過去の経験は欠かせませんから。」
彼女はそっとルリーブルに手を伸ばすが、ページをめくろうとはしなかった。
「昔の友達のことかしら。それとも息子?……何をそんなに気にしてるんだろうね、あたし」
その問いかけは、自分の胸に投げかけているようだった。