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あなたの未練は何ですか?2
「お名前を伺っても?」
そう声をかけると、そんなことかい?と言いたげな顔をした。
「田辺ウメノ。名前はちゃんと覚えてるよ。」
名乗ると同時に彼女はふっと笑った。
その軽さが逆に、どこか心の奥を守っているように思えた。
私はそっと彼女に一冊のルリーブルを差し出した。
まだページは開かれていない。
「これが、私のルリーブルってやつかい?」
興味深そうにルリーブルを見ている。
「はい、必要だと感じた時だけ、めくってみてください。」
彼女はしばらく黙って座り、その後、ポツリと話し始めた。
「犬かしら。昔飼ってたの。あの子のことが心残りなのかも。」
そう話す彼女は遠くを見ている。
見るからにしっくり来ていない様子だ。
「お名前は?」
「太郎だよ。茶色い柴犬。かわいかったわぁ。」
懐かしむような、でも不確かな記憶。
「愛されてたんですね。」
そう言ってほほ笑むと彼女はふっと笑った。
「そうね。でも違うの。もっとこう、胸がぎゅっとなる奴だった気がするの。」