夢放送局
おれは笑った。ああ、大笑いした。政府がとうとうやったのだ。いや、やってくれたな!
ことの始まりは、とある夢のような発明だった。それは、好きな夢を見ることができるという画期的な装置。そしてそれを活用して生まれたのが『夢放送局』だ。会員登録後、リストの中から自分が見たい夢を選ぶだけでいい。夜になると、脳に干渉する特殊な電波が家に向かって送られ、眠っている間にその夢を見せてくれるというサービスだった。
最初の頃は、帽子型の受信機を頭に装着する必要があったが、改良が進み、家にアンテナ型の受信機を設置するだけでよくなった。おかげで睡眠を妨げる心配もなくなり、サービスの利用者は爆発的に増加した。
夢の中では誰もが映画の主人公のような体験を楽しむことができ、多少自由に動くことも可能だった。夢はその人自身の脳を基に構築されるので自分の知り合いが登場することもあり、同じ夢が配信されていても、科白や展開が微妙に異なっていた。装置はストーリーを調整する案内役のようなもので、そこもまた人気だった。
そう、「だった」だ。ある日、政府が夢放送局を強制的に接収し、『夢管理局』と名を改め、人々の夢を管理し始めたのだ。
会員制サービスは廃止され、国民全員を対象とした公共放送に切り替えられた。各家庭には強制的に受信機が設置され、利用料金も徴収されるようになった。「見ないから払わない」という言い分は通らなかった。
ただ、確かに夢に干渉する危険性については最初から指摘されていた。だから政府が管理すること自体には一定の理解を示す声もあった。悪用される可能性はあったし、ステルスマーケティングやアダルトコンテンツの提供が問題視されていたのも事実だ。おれも規制はやむなしと思った。
だが、それは単なる表向きの理由に過ぎなかった。
政府の本当の狙いは、我々の自由な思想を抑制することだったのだ。
夢管理局は、まるで検閲官が原稿を一字一句チェックするように、人々の夢を徹底的に管理した。社会の安定にそぐわない内容の夢は一切許されなくなり、草原で日向ぼっこするような退屈な夢ばかりを強制的に見せられるようになった。そこには面白みなどあったものではない。スリルも冒険もなければ希望もない。革命など夢のまた夢。その思想自体が夢から消されていた。
自由な夢を見るには、受信機の届かない場所で眠るしかなかった。だが、政府は目を見張るほどの迅速さで、ホテルや学校、ネットカフェ、図書館、公園など、あらゆる場所に受信機を設置し、我々の逃げ場を奪った。そして夢の内容は、草原から次第に変化していった。
それは、果てしなく続くエスカレーターの夢だった。
そのエスカレーターは上りの一列だけで、左右には壁、前後には無数の人々が並んでいる。頂上には決して到達せず、延々と昇り続けるだけだった。壁には奇妙な貼り紙があり、意味不明な文字や人の顔が描かれていた。不気味だが、それをぼんやりと眺める以外にやることはなかった。
あるとき、おれはその貼り紙が、何かを脳に刷り込もうとしていることに気づいた。それ以来、壁を見ないように努め、ただ前の人の背中を見つめて耐えた。
おれの予感は的中していた。人々は次第に夢管理局への不満を口にしなくなり、ネット上でも話題にする者がいなくなっていった。人々の思考は、夢を通じて着実に支配されつつあったのだ。
連中の暴挙に我慢ならなくなったおれは、街頭に立ち、『夢管理局の存在意義を問う!』『スクランブルを!』『自由な夢を取り戻せ!』『夢管理局はいらない!』と書いたプラカードを掲げ、夢管理局の解体を訴えた。だが、通行人の反応は冷ややかで、嘲笑と蔑むような表情で通り過ぎるものばかりだった。
それでもおれは諦めずに人々に訴え続けた。するとある日、SNSで同じ志を持つグループと知り合った。おれたちは毎日連絡を取り合い、賛同者を増やすために活動を広げていった。希望はある。いつか必ず、この夢の独裁に終止符を打つ。そして、おれたちは夢の中で、永遠に自由であり続けるのだ。
「うーん……おお、反応が出ていますよ」
「先生、本当ですか……?」
「ええ、ほら、このモニターを見てください。脳波が活性化しているのがわかりますよね? 目覚めに向かっている兆候です」
「じゃ、じゃあ、もうすぐ目を覚ますんですね!?」
「慌てないで。残念ながら、まだ時間がかかると思われます。ですが、続けていくことが大事です。それに、この脳に干渉する装置が改良されれば」
「息子は、昏睡状態から目覚めるんですよね……?」
「ええ、希望を持っていてください。きっとその日は来ます」
「本当によかった……ねえ、先生」
「はい?」
「今、息子は夢を見ているんですよね? いったいどんな夢を見ているんでしょう。幸せな夢だといいんですが……」
「そうですね……きっと彼が見たい夢を見ていると思いますよ」