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ー34-

 与市の刑は滞りなく行われた。最後の悪あがきをすることもなく、黙ってそれを受け入れた彼の最後は潔くみえた。

 

 色々な思いが交錯する中で、十年以上前のひとつの時代が終わった瞬間だった。


 与市の思惑通り権八を始めとした連中は、太一同様、与市の手にかかったことになっている。

 これから先、お上の手が彼らに回ることはないだろう。



 一番の兄貴分である権八は、親父である与市が渡り歩いた地をもう一度訪ねて回ると言う。一緒に生き歩いた思い出は誰よりも深い。

 そうやってこれから先の人生を考えるのだと。


 長松は引き続き、宮浦の地で植木屋として仕事を続けると言う。

 長い間培った技術は簡単に捨てられるものではない。今では客も付き、それなりの稼ぎを得ている。これからは若い者に自分の腕を託していきたいと語った。


 弥吉はガマの油売りとして、これからも方々を回るという。

 元々、一ヶ所に留まることを良しとしない性分なのだろう。自分を待っている常連客もいる中で、そういった人たちを訪ねる旅は思いのほか楽しいらしい。



 そして、銀次は……。


 ここ宮浦の地に下り立ってから耳に入る噂話は、同じように鈴の耳にも入る。

 あの夜、寝込みを襲った大店、峰屋の噂話を……。

 銀次自身にも確証はない。だが状況的に見て、鈴は十中八九峰屋の娘だと思っている。

 それを隠し続けることが鈴の為になるとは思えず、その事を告げるのだった。


「鈴、おめえに話さなきゃならんことがある。

いいか、鈴。しっかり聞くんだ。

……、おめえは俺の本当の妹じゃねえ。たぶん、峰屋の娘さんだ」


「え?」


 血の繋がりがないことなど、当の昔に知っている。知っていてなお、兄妹として生きて来たのだから。ただ、あまりに突然のことで思わず言葉を失ってしまったのだった。


「噂じゃあ、大分歳の離れた弟も生まれてるらしい。だけど、突然いなくなった娘を思わねえ日は無いはずだ。おめえが望めば、あるいは娘として迎えてくれるかもしれねえ。それが出来なくても、せめて親子の名乗りは上げさせてやりてえんだ」

「私は……、会いたくないと言えば嘘になるけど、でも会って覚えてもらえていなかった時が怖い。それに、後継ぎの男の子が産まれたなら、水をさしちゃいけないと思うの。だから、このままで。このままお兄ちゃんの妹として暮らしていければそれでいい」


 鈴は銀次に笑顔でそう告げた。だが、心の中では会いたくて、寂しさを募らせていると知っている銀次は「そうか」と口にしながらも、自分自身にケリをつける覚悟を決めた。


 源助を訪ねた銀次は、鈴の事を話して聞かせた。それを聞いた源助は合点がいったように頷いていた。

「そう言われればそうか。なんで、すぐに気が付かなかったんだか」と、苦笑いを浮かべて見せるのだった。


「源助さんに頼みがありやす。どうか、鈴を預かってはもらえやせんか?」


 額を畳にこすり合わせるように、頭を下げる銀次。

「親子の体面を果たさせて、おめえは自首でもするつもりかい?」

源助の言葉に黙ったまま銀次は頷いた。

 

「子供を連れ去った罪を認めりゃあ、おかめ盗賊の一味だってことも知られることになる。そうしたら、せっかく与市が救ったおめえの命も危ねえ。

 同じようにさらし者になるのがオチだ」

「それは覚悟の上です」


「おめえはそれでもいいかもしれん。だがな、そしたら鈴さんはどうする?

 妹としておめえと共に歩く覚悟を決めてる彼女の想いはどうするつもりだ?」

「あいつは若い。これからいくらでも生きてく道はあるはずだ。うまく行きゃあ、峰屋の娘として迎え入れられて、良いやつと所帯を持つことだって出来るかもしれねえ。そうしたら、俺のことなんてすぐに忘れちまいますよ。

 それでいいんです」


 銀次の覚悟を察した源助は、おかめ盗賊の一味だということは伏せるよう説得をした。銀次がしょっ引かれれば、芋づる式に他の仲間にも手が回らないとも限らない。


「どんな結果になるにしろ、親子の名乗りはさしてやりてえとは、俺も思う。

 だが、その後の事は誰にもわからねえ。なるようにしかならんだろう」


 源助の言葉に納得した銀次は、鈴を彼に預け、自分自身に追放処分を下し、この町を離れることを決めた。

 それで許されるとは思っていない。だが峰屋にも、そして鈴の人生にも二度と関わらないことを誓い、遠く静かに彼女の幸せを祈りながら生きる人生を選ぶのだった。そして、もしいつか、許されるのであれば、胸を張って会えるほどに立派な人間になりたいと願った。



 源助を間に、鈴と峰屋夫婦との対面が行われた。

 親娘並べば、鈴は母親にそっくりだった。母の若い頃の面影そのままに、誰もが認めるほどだった。

 母である峰屋の女将は涙を流し喜んだ。父である主人もまた、突然のことで照れもあるのだろう。ぎこちない雰囲気を残していたが、男親などこんなものかもしれない。

 そして二人の隣に座るは、歳の離れた弟。彼は鈴が連れ去られた頃と同じくらいの年齢らしく、姉弟としてどことなく同じ雰囲気を醸し出していた。

 それは幸せなひと時だった。母は自分を責め続け、心を病みそうになった時もあったと聞く。それを超えられたことは、互いに良かったといえる。

 あの晩のことを聞いても、小さすぎて覚えていないと言えば納得してくれた。

 そして、自分を拾い育ててくれた人と共にいたいという鈴の願いを許してくれた。結局は今の生活に、過去に居なくなってしまった娘の居場所はないのだ。

 大店らしく、娘一人を引き取ったところで身代が揺らぐことは無い。

 だが噂好きな町人の手にかかれば、傷物として鈴の名に傷を付けることになりかねない。嫁に出すにもそんな娘では良い縁談も難しいだろう。

 峰屋の名に傷を付けるような娘では、持て余してしまうのが責の山だ。

 鈴の言葉に、ホッとする様子を浮かべたのを源助は見逃さない。

 彼女のためにも、やはり自分が面倒をみると覚悟を決めた瞬間だった。



 それから鈴は源助と共に生活を始めた。

 今では「鈴」「源さん」と呼び合うほどに睦まじくなり、周りには親戚で通している。

 銀次は独りこの町を出たっきり、行方は分からない。

 

 あれから時折、他の仲間が顔を覗かせることもあった。

 長松も弥吉も元気に過ごしていた。そして与市の痕跡を辿る旅を終えた権八は、この地で与市と同じように飯屋を開き始めていた。

 いくつになっても兄弟が集える場所を残したいと、そう思ってのことだった。



 それからいくつも季節を迎え、鈴は嫁ぎもせずに相変わらず源助と共に暮らしていた。

 思い出すのは銀次と過ごした日々。貧しく辛いこともあったが、それでも二人笑って過ごせていた頃は楽しい記憶しか残っていない。

 もう会えないとわかっていても、思いは募る一方だった。

 源助は歳には抗えず、次第に衰えを見せていく。

 自分一人で、これから長い人生の鈴を見守り続けることに不安を感じた源助は、ある時鈴に問いかけた。

 


「鈴は、銀次に会いてえか?」


「うん、会いたい。会えるものなら、会いたい!!」


 鈴の言葉に迷いはなかった。

 どんなに愛情を持って接しても、それは誰かの代わりにしかなれないとわかっていた。それは銀次自身同じだったから。守り切れなかった妹の代わりとして鈴のそばにいる。あいつはあの世で許してくれただろうか? 今度こそ守り切ったと、胸を張って会いたい。

 自分も、いま心に浮かぶ男も、もう十分だと、そう思った。


「もう、許されていい頃だ」


 源助はそっと鈴の頭を優しく撫で、静かに目を伏せた。






 狭い長屋の一室に、奇妙な家族の姿があった。

 血の繋がらない者同士、三人で暮らすその姿はとても仲睦まじく見えたという。

 そしていつしか小さな産声が聞こえるようになると、それは本当の家族になり、季節(とき)は過ぎていった。

 穢れを知らぬ小さな(まなこ)の輝きが曇らぬように、いつ、いつまでも家族の愛で見守り続けていったのだった。

 





― 完 ―





 最後までお読みいただき、心より感謝いたします。

 ありがとうございました。


 お読みくださった皆様に、幸多きことをお祈りしております。

 

 蒼あかり

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