ー33-
長い旅を経て、与市たちは宮浦の地に下り立つと、源助の伝手で元町同心の高木を頼った。
「ほぉ。こいつがおかめ盗賊の頭かい?」
「へえ。どうも、お世話になりやす」
高木の屋敷に足を運んだ源助たちは、与市の思いととともに、今後の話し合いをした。
「もう昔の話しだ。覚えてる者はいても、それを口に出す者はもういねえ。
おめえが自首した所で温情はねえだろう。何の調べもないままに沙汰が下されるはずだ。それでも良いんかい?」
「へえ、いつでもその覚悟は出来てますんで。でえじょうぶです」
「そうかい……。はあ、今なら俺は聞かなかったことにも出来るんだがな。
俺ももうお上に十手を返した身だ。今じゃ楽隠居の身。正直、面倒事には巻き込まれたくねえんだが。
ま、源助のためだ。こいつの妹の仇を討つためなら仕方ねえ。
俺で役に立つなら、いくらでも使ってくれや」
源助は高木の言葉に感謝するしかなかった。
いつでも自分たちのことを考えてくれていた、良い人だったと。
そして、一緒に旅を続けてきた与市の生き様と、高木の姿が重なる。
どちらも自分が信頼し、懐に入れた人間を最後まで面倒見る。思っただけでは簡単に出来る事ではない。
はたして自分はどうだっただろうかと考えるが、とてもではないが二人に並ぶことなど出来はしない。
人間の大きさ、深さに改めて頭が下がる思いだった。
それから、与市はすぐに取り押さえられることとなった。
その後、牢の中で何が行われているかは源助たちにはわからない。
高木の後輩と言う者に託した後は、高木にも内情はわからないのだ。
時折、後輩が報告という名の元に高木を訪れ、ただ酒を飲みつつ話しを聞くくらいだった。
与市は目の見えないなりに順応はしているらしく、聞かれたことにはちゃんと答える為、酷い仕打ちはあまり受けていないらしい。
ただ、日に日に衰弱の色は見えるらしく、年齢を考えればそれも仕方ないだろうとのことだった。
市中引き回しに耐えられないのではないかと、そんな話しも入って来ていた。
源助や与市とともに旅を続けていた権八は、宮浦の町に着くや、いつのまにか姿を消していた。
他の仲間がこの町にいると聞いている、そこにいったのだろうと考えたが、追う事は止めた。
与市の最後を見届けないわけはないのだ。しばらくはこの町にいるだろう。
そのうち、銀次も来るはずだ。処遇を決めるのはそれからでも良いと、源助はそう考えた。
それからほどなくして、与市の処刑の日が決まった。
この町には珍しい、市中引き回しの上、磔の刑だ。
罪人は罪状を書いた紙を掲げ、後ろ手に縛りあげたまま馬に乗せられる。そして、町中を通り、刑場までの道のりを見せしめの意味も込め晒し者になるのだ。
その日、朝から町中が浮かれ始めていた。
世間を賑わせたかつての人気盗賊。おかめ盗賊の頭の磔だ。そんな大それた罪を犯す者など少ないこの地で、磔などを見る機会などそうあるものではない。
極悪人の顔を一目拝もうと、ちょっとした祭りほどの騒ぎだった。
与市を乗せた馬が町を通り始めると、町人たちは我先にと家々から出て来ては、見物を始める。そして馬の後を追い、刑場まで歩きそのまま最後を見届ける。刑場は、町のはずれにある切り立った山の麓。
そこまで与市は見世物になりながら、馬の背に揺られ連れて行かれる。
与市の罪状は、盗賊の頭としての盗み、他に盗賊の仲間に対する殺しだった。
殺しは太一だけでなく、権八を始めとしたほか五人の殺しも加わっていた。
結局、自分の子分を皆殺しにしたと告げ、その罪を独り背負ったのだ。
「これはまた、大した罪状じゃねえか」
源助とともに遠目から見物していた高木がつぶやいた。
「皆を殺したことにして、仲間を逃がすつもりなんでしょう」
「そうらしいな。それを知ってか知らずか、お上は丸っと飲んじまったわけか。
これじゃあ、他の奴らをしょっ引くわけにいかねえじゃねえか。
まさか幽霊をお縄にするわけにもいかんしなあ。なあ、源助?」
高木は面白そうに笑いながら源助を見た。さぞ悔しそうにしているかと思えば、以外にも彼の顔も笑みを浮かべているのだった。
「これで良いのかもしれやせん。これで丸く収まるんなら、それで……」
そんな源助の様子に、高木は少しだけ肩の荷が下りた気がしていた。
与市を乗せた馬はゆっくりと町中を進んで行く。
道中、「人殺し」「極悪人」など、ありとあらゆる暴言を吐かれることになる。
中には石を投げつける者もおり、それらを耐えるのもまた罪の償いだ。
そして町の中央に差し掛かり、見物人の数も多くなったころ、突然与市が大きな声で叫び出した。
「我はおかめ盗賊の頭なり。罪状は盗みに加え、仲間殺し。
だが、そのことに一片の後悔はない。
仲間の罪はこのわしが全て背負いこみ、地獄へ落ちる!」
突然の言葉に周りの者は皆、一瞬呆気にとられるもすぐに罵声が飛び交った。
「ふざけんな、この人殺しが」「盗みに入った家に詫びいれろ」「磔なんか手ぬるい、鋸引きにしろ」ありとあらゆる暴言を吐く民衆。そして投げられた石が与市の体にあたり、額からは血が流れていた。
「なんだ、おめえら。この俺を人殺し呼ばわりする前に、おめえらだって人殺しの片棒担いでたんじゃねえのか。ああ?
親を亡くし、捨てられた子供がいても目を瞑り、耳を塞いで見て見ないふりをしてたんじゃねえのか?
仕事を探し路頭に迷っていたもんを、汚ねえもんでも見るように、関わらねえようにしてたのはどこのどいつだ?
俺はそういったもんを拾い育てて来たんだ。生きる為の飯を与え、食いつなぐための職を手につけてやった。
それがどうだ。おめえたちが見捨てた命、今更惜しくなったとでも言うんか?
ならどうして、ひもじい思いをしながら物乞いをしていた奴らに、せめてもと握り飯のひとつも恵んでやらんかった?
なんでもやると訴えたやつらに、どんなことでもいい。仕事を与えてやらんかったんだ?
俺は、俺の拾ったもんを親の代わりに育てて来た。
お上にお縄になって、惨たらしい姿になるくれえならと、親が子に手をかけるのがなぜ悪い? 俺は親として責任を取ったまでだ。
あいつらを見捨てたおめえらにも、この町にも、とやかくいわれる筋合いはねえんだよ。わかったら、四の五の言わずに黙ってろ!!」
馬上から叫ぶ与市の声は町中に響き渡るほどだった。
目の見えないはずの彼の瞳には、きっと町人たちの顔がしっかりと映っているのだろう。権八を始めとした、自分の子供らを見捨てた者達の間抜けな顔が。
源助は与市の叫びを聞き、気が付けば泣いていた。
思い返せば自分にも仲間がいた。悪さをしていた頃から、自分を慕い付いて来てくれていた仲間が。だが妹、鈴の死で周りが見えなくなった彼は、仲間を置いて一人旅に出てしまった。
十手を預かり世のためと思ったところで、仲間一人守れなかったものには何も言う資格はない。
全てを抱え地獄に落ちる覚悟の与市には、到底かなわないと、そう思わされたのだった。
そんな与市の姿を、見物人の陰からそっと覗いていた者たちがいた。
かつて、馬上の人間に育てられ、実の子のようにかわいがってもらった者達が。覚悟を決めて見ていたはずなのに、気が付けば源助と同じように涙していた。走馬灯のように巡る、共に過ごした日々。良いことばかりではなかったが、それでも彼に対する感謝の念は消えることは無いのだった。
そして、銀次と鈴も陰ながら与市の様子を見ていた。
寄り添い、並び立つ二人は共に泣いていた。どちらからともなく繋がれた手は、小刻みに震え互いの体を支え合うようにさえ見えた。
実の親を知らない銀次にとって、与市は本当の親も同然だった。
厳しくも愛を持って育ててもらったと思っている。
そこには真の親子愛ではなく、盗賊としての実を得る為のことだとわかっている。それでも、それ以上の何かを肌で感じ取っていた。
きっと、それは他の者達も同じ思いだと信じている。
最後まで見届けると、そう思っていたのだが、彼には耐えられそうになかった。見ればきっと、自分を押さえられない。磔になり晒し者となった遺体にすがってしまうに違いない。
銀次は馬上の与市を見つめ、心の底から「ありがとう」と感謝の想いを繰り返した。