ー31-
太一を終わらせたのは与市だった。
親の愛欲しさに駄々を捏ねる子供に帰り、それを受け止めてもらえた太一は、ある意味幸せだったのかもしれない。
守るものを見つけられずにいた男は、最後まで親の愛を求め続けた。
そして、与市はそれを受け入れ、一緒に終わりにしようと決めた。
他の子達は皆、ちゃんと育った。親がいなくとも生きて行けると。
太一の重みに耐えられなくなる頃、権八が太一を拾い上げた。
それを肩にかずくと、畳敷きの小上がりに寝かせるのだった。
「俺ももう、力が無くなっちまったな。ありがとよ、権八」
与市の言葉に権八は黙って頷いた。
辺りを見渡せば、床には太一が連れて来た男二人が重なるようにして伸びていた。命までは取っちゃいなが、もう二度とこの家業は出来ぬほどの怪我を負っている。権八は無言でその二人を裏口から放り出した。
汚い世界に生きるヤツは、自分の身を守る術も重々承知している。
二度とこの店に、いや、この地に戻ることは無いだろう。
権八が裏から戻ると、与市は太一のそばで酒瓶を並べ待っていた。
「今夜が最後だ。せめて最後くれえ、あいつと一緒に酒でも酌み交わそうや」
そう言って酒瓶を持ち上げる。その顔はスッキリしたような表情で、優しい笑みを浮かべていたのだった。
―・―・―
源助が鈴を担ぎ草叢をかき分け歩いていると、そこで銀次たちに会った。
「鈴!」と、駆け寄る銀次に鈴を預けると、源助はすぐにこの場を去るように告げる。「仲間が来るかも知れん、急いで離れよう」そう言って、自分が借りている宿屋へと向かった。
鈴を布団に寝かせると、源助は銀次と弥吉に事の顛末を話して聞かせた。どこに仲間が潜んでいるかわからない以上、今夜はこの宿を使った方がいいと訴える。代わりに、銀次たちの住む長屋には自分が出向き、見張りをすると提案した。
「寝込みを襲う奴らを返り討ちにするくらいはできるさ。任せてくれ」
そう言って源助は鈴を案じた。
彼女が眠りから覚めた時、そばに居て欲しいと願うのは誰でもない、銀次だ。
ならばそれを叶えてやりたいと、そう願う。
そして、最後まで鈴の身におきたことは話せなかった。
このことは誰にも話さない。墓場まで持っていくと心に誓い、何も覚えていないことをただ、心から祈るのだった。
その日、皆がそれぞれの思いで夜を過ごした。
目を覚ました鈴を抱きしめ「もう大丈夫だ」と、告げる銀次。
手荒い真似をされたのだろう、顔や腕に見える怪我はあったが、命に関わるような物はないように見えた。
「おにいちゃん」そう言って手を伸ばし、人肌を求める鈴を両手で抱きしめる。
今はただ、無事でいてくれたことに感謝し、先の事は考えない。いや、考えられなかった。
血の繋がりなどなくても、大切で、大事な妹。唯一無二の家族。
「二度とこんな目には合わせない」そう告げた時の、鈴の安堵した笑顔が全てだった。銀次にとって、この笑顔こそが守るべき人生の全て。
いつの頃からか、違う想いを内に咲かせ始めていても、それを表に表すことは決してしない。きっと、これからもそうやって生きていくのだろう。
だが、それでいい。大切な妹のそばに、鈴のそばに居られるならそれだけで。
その笑顔を守るために、銀次はこれからも生きていく。
長屋で独り過ごす源助は、いつ襲いにくるともわからない者たちを待っていた。岡っ引きの経験上、失敗した奴らは早々に逃げ失せるのが常だ。
だから、寝込みを襲いに来る可能性は低いと考えていた。だが、決して無いわけでは無い。今は鈴の心の安定を望む。その為には自分ではない、銀次にしか務めは果たせないことはよくわかっている。
鈴の想いは源助にも伝わっていた。だからこそ、今夜は二人で過ごした方がいい、そう考えるのだった。
彼の未来がどうなるかはわからない。生きる鈴を愛しいと思っても、それでもやはり今は亡き妹の鈴を思うと……。
唯一の家族を殺された者の嘆きなのか?
それとも、十手持ちだった頃の名残なのか?
どちらにしても、このままには捨て置けない。お上に知らせ、その後の事は自分の与り知らぬこと。
ならば、せめて今夜は……と、二人を思い、まんじりともせずに朝を迎えるのだった。
翌朝、陽の光を感じると、誰も起きていない長屋をひっそりと抜け出そうとする源助。引戸を開け、長屋の門を抜けた所で彼を待っていたのは権八であった。
「源助さんですね? 元、岡っ引きの」
「……、あんたは?」
「申し遅れました。おかめ盗賊だった権八と申しやす。
おかめ盗賊の頭がぜひお会いしたいと」
「ふぅ。拒否権はないんだろう?」
「へい。申し訳ありやせん」
「わかったよ。じゃあ、行こうか」
眠い目をこすり権八の後を歩く源助。
朝早い町には靄がかかり、昨日の事が嘘のようにいつもの街並みを映していた。
権八に連れられ着いた先は、与市の飯屋だった。
「着きやした。どうぞ」
権八が戸を開け、中に入るように促す。
「お邪魔するよ」そう言って内側に掛けてある暖簾をくぐると、そこには朝飯の支度の済んだ与市が待っていた。
「ああ、旦那。どうもすいやせんね、わざわざお呼び立てしまして」
そう言って、目の前に椅子を勧めるのだった。
源助は大まかな流れを自分の中で作り上げていた。どう転んでも対処できるようにと。だが、今目の前の光景を目にして、さすがの彼も面食らってしまった。
「これは、一体……」
源助の目の前には、転がり散らばった酒瓶と、そして小上がりの畳の上で横たわる死体。しかも、その胸には短剣が刺さったままだった。
流れ出た血は畳を抜け、土間にもつたい色を変えている。
血生臭ささもする中で、呆然と立ち尽くす源助をよそに、与市と権助は朝飯を並べ始めていた。
「さあ、旦那。何にもねえですが、良かったら朝飯でもどうです?
これでも飯屋を長げえことやってきた。食えるもんしか作りやせんから、心配しねえでくださいな」
与市は目の見えない様子も無く、勝手知ったる店内を動き回り支度をしていた。
「ああ、死人を前に飯はさすがに無かったですかね? ははは、すいやせん」
頭をポリポリかく与市を見ていたら、悩むのが馬鹿らしくなってしまった。
「いや、こういうのには慣れてるんでね。ちょうど腹が減ってたところだ。
有難くいただくよ」
言いながら目の前の箸を手に取ると、誰よりも先に口に運ぶの