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ー30-

 その頃、与市と権八は店の中で身じろぎもせず、ある男を待っていた。

 かつては自分の子分としてその身を預かっていた男。太一を……。


 銀次たちを見送りどれくらい経っただろうか。

「どうやら来なすったようだぜ」与市の言葉に、権八は無言で頷いた。

 朝から暖簾は仕舞ったままになっている。外から見たら休業に見えるだろうに、その男は何の躊躇もなく引戸を開け、顔を覗かせた。


「おやおや、今日はお休みですかい?」


 気味の悪い笑みを浮かべ中に入って来たのは、太一であった。

 その後ろには二人の若い男を従え、尊大な態度で与市を見下ろしていた。


「よお、太一。えらく久しぶりじゃねえか。元気そうでなによりだ」

「これはこれは、かつてのおかめ盗賊のお頭殿。そちらも元気そうでなによりですぜ」


 くくく、と不敵な笑いを浮かべる太一。それを横目に与市は椅子に座ったままで視線すら向けようとはしない。


「こちとら客ですぜい? もてなしてはくれんのですかい?」

「おや? 暖簾は仕舞ってたはずなんだがねえ。なあ? 権八」

「へえ。今日は休みなんで、暖簾は朝から出しとりません」

「なら、客じゃねえなあ。そっちが勝手に押しかけたんだ、もてなしもなんもねえだろう」


「おや、これは失礼しやした。ちょいと気が急いてしまって、暖簾まで目に入りやせんでしたぜ」

「はんっ。まだ若けえのにもう、もうろくしちまったのかい?大変だなあ」


「ははは」と笑う与市に対し、太一の後ろの男達が「この、じじい。黙って聞いてりゃ……」と、大声を上げた。だが、太一がそれを制した。


「もうろくしてるのはおめえの方だろうが? もう、目が見えねえんだってな。

棺桶に片足突っ込んだ老いぼれが今さら何ほざこうと、こちとら痛くも痒くもねえんだよ」


 太一の威嚇とも取れる物言いに、与市は始めて太一の方へと顔を向けた。

 その(まなこ)に姿は映らずとも、かつて自分が拾い育てた者の成れの果ては心の眼でしっかりと見えているのだろう。


「おめえは昔からそうだ。何をやっても、どこに行っても全てが中途半端でいけねえ。黒狼とかいう強盗もそうだ。あんなやり方で世間を敵に回せば、いずれどっかで足が付いちまう。おめえが俺たちを売ったように、おめえらを売ろうとする輩がウジ虫のごとく湧き出てくるぜ」


 後ろの若い男達が言い返そうと、ジリリと草鞋を鳴らした。


「そこの若けえの。おめえらもそうだ。こいつに何を言い包められてるかわからんが。いざとなったらおめえらのことなんざ捨てて、一人で逃げるような男だ。

 残念ながら、自分の命かけてまで守るような玉じゃねえんだよ」


 与市の見えない瞳は、後ろの若い男達の視線をしっかりと捉えていた。

 見えないはずなのに、なぜか視線が合っている感覚。その射貫くような視線で睨みつけられると、老いたとはいえ凄まじいまでの威嚇に何も言い返せないでいた。


「よくもまあ、しゃべること。身体は老いぼれても、頭はまだシャンとしてるってことか?

 まあいいや。今日はちょいと話しがあって来たんだ」

「話し? 今更俺になんの話しだ?」


「年寄りはせっかちでいけねえ。まあ、落ち着いて聞けや。

 話しってのは他でもねえ、おかめ盗賊の名を俺がもらい受けようと思ってな。

 その報告だ」

「てめえ、なんてこと言いやがる!!」


 与市よりも先に声を荒げたのは権八だった。

 彼の後ろで黙って聞いていたが、遂に我慢ならなくなってしまった。


「権八、まずは最後まで話しを聞いてやろうじゃないか」


 そう言って与市は権八をなだめると、太一に話しの続きを促した。


「さっきも名が上がった黒狼は俺のことだ。おめえのことだから、調べはついてるんだろう? そうさ、俺が一代で築き上げた強盗団だ。

 俺はおめえとは違って、情けはかけねえ。奪えるもんは全部いただくだけだ。

 それが金子だろうと、金目の物だろうと。邪魔する奴は命も奪うまで。

 臆病者のおめえとは違う。だから、間違ったって足なんかつかねえんだよ。

 俺はおめえと違って完璧なんだ」


 太一は与市に向かい、凄みを利かせ言ってのけた。

 だが、与市にとっては子供の癇癪程度にしか感じられていなかった。


「それで? 人のもんを欲しがって、駄々を捏ねて。そんなんで話し合いも何もねえだろう。おめえが今してることは、子供の我がままと変わらんぜ」

「誰が子供だ!! 話し合いじゃねえ。報告だって言っただろうが!

 おめえに選択肢はねえんだよ。おかめ盗賊はこれから俺が名乗る。

 これは相談じゃねえ、決定だ。おめえは指くわえたまま、黙ってみてればいいんだよ!」


「ほお。なら、何も言わずに黙って名乗りゃあ良かったじゃねえか。

 話し合いも、相談もしねえなら、わざわざこんな田舎くんだりまで来ねえで、金のある都会で仕事してりゃあ良かったんだ。そうだろう? あ?

 どうせ、易々(やすやす)ともらえねえってわかってるから、関係のねえもんまで巻き添えにして隠したんだろうが?

 おめえのすることなんざ、言われんでもわかるわ!」


「……、そんな強気でいられるのも今のうちだ。

 ああ、そうさ。おめえの大事なもんを一つずつ壊してやろうと思ってな。 

 まずは銀次だ。あいつが大事にしてるっていう妹がどうにかなりゃあ、あいつは正気でいられねえだろう? そうなったら、一番可愛がってたおめえもただじゃすまねえはずだ」


 してやったりと、ほくそ笑む太一に対し、与市は動揺することもなく冷静に答える。


「銀次の妹なんざ、俺には関係ねえよ。煮るなり焼くなり、おめえらの好きにすりゃあいいさ。そんなことぐれえで壊れちまうんなら、それだけのもんだったってこった。そのまま捨て置くだけのことよ」

「なっ!」


「なあに、今頃銀次たちが捜し回って見つけてる頃じゃねえか? あいつらだって馬鹿じゃねえ。その後の事は自分達でなんとかするだろう。

 残念だったな。太一よぉ」


 一番に可愛がっていたはずの銀次を痛め付ければ顔色を変えるはずと、そう踏んでいた太一の目論見はまんまと外れてしまった。

 次の一手を用意していない太一にとっては、もはや逃げ場はない。


「だったら。だったら、おめえを殺して名を奪うまでのことよ。

 どうせ目も見えねえ老いぼれだ。さっさとくたばっちまえばいいんだ」


 太一の言葉にこの日初めて与市は立ち上がる。

 机に手を置き、その顔はまっすぐ太一に向かっている。

 そして、ゆっくりと歩を進めるのだった。


「なあ、太一。もう終いにしようや。

 おめえの仕出かしたもんは、俺が始末つけてやる。だから、終わりにするんだ」

「ふ、ふざけんな! 誰がおめえの言うことなんか聞くかよ。年寄りはそれらしく、大人しくしてればいいものを、てめえこそいい加減にしろや!」


「そうか。これだけ言ってもわからんか? なら、仕方ねえ……」


 ゆっくり、一歩ずつ足を運び太一に近づいていく与市に、少しだけひるんでいた太一。だが、与市はそれを見逃さなかった。


 最後の情けも聞き入れない太一に対し、与市は眉を下げ、情けない者を見るような目で近づいていく。

 そして、手を伸ばさずとも触れられる距離まで来ると、与市は懐に忍ばせていた短刀を太一の心の臓めがけて突き刺したのだった。




 太一にとって与市はいくつになっても、親の代わりだったのだろう。

 我儘を受け止めてくれる。そんな存在であると、あって欲しいと願っていたのだ。そんな思いが油断を生み、そして結果、彼は与市の手にかかられることとなってしまった。


「な、なんで……」


 苦しさのあまり、太一は目の前にいる与市の髪を握りしめ、そして顔に爪を立てた。与市はそれをなすがまま、されるがままになってもなお、握りしめた短刀を離そうとはしない。


「太一。おめえはなんもわかっちゃいねえ。

銀次を一番可愛がってたって言うが、俺にすりゃあ、みんなかわいいよ。権八も長松も、弥吉や七之助だってかわいい。もちろんおめえのこともかわいい。

みんなかわいい俺の子だ。

 どんなにお痛をしたって、親ってのは許しちまうもんなんだ。

 だがな、どうしても手を出しちゃいけねえこともある。おめえは、それに手を出しちまった。

 もう、(しま)いだ。な、太一」


「うぅ、ば、かな」


「馬鹿はおめえだよ。

 なあ、太一。子供の不始末を尻拭いすんのも親の務めだ。

おめえの罪は俺が償う。

 おめえを拾い、育てた俺の責任だ。ダメな親で堪忍な。

 俺もすぐに行くから、あの世で待っててくれや。

 な、太一、……」


 そう言うと、短刀を上に向けて力を込めた。握りしめる短刀の(つか)を通して手のひらに伝わる太一の命の終わり。

 人を手にかける刺激は、忘れてはいけない命の重みだ。

 

「お、やじ……」


 次第に太一の指先から力が無くなっていくのを感じた与市は、笑みを浮かべて彼を見つめる。

 与市の髪を掴んでいた手は落ち、太一の顔は彼の肩の上に傾いていく。


「いい子だ。なあ、太一。

 出来の悪りい子ほどかわいいって言うもんな。どんなになっても、おめえはかわいい俺の子だ。

 かわいい、いい子だよ。太一」


「お、や……」


 全身の力が抜けた太一は、与市の肩にぶらさがるように圧し掛かった。

 それでも、歳を取ったとはいえ、かわいい子を支える親の力は残っていた。

 最後まで与市は太一を支え、その背を撫で続けていた。


「いい子だ。いい子だったよ、太一。

 おめえは俺のかわいい子だ」


 与市の声を子守歌に、彼の腕の中で太一は終わりを迎えた。


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