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ー28-

 鈴を預けろと訴える源助をそのままに、銀次はふらふらと歩き出した。

 後ろ背に源助の声が聞こえるが、すでに彼の耳には入って来ない。

 何も考えられずただ茫然と歩き続け、気が付けば鈴が待つ長屋の入り口まで来ていた。だが、今は鈴の顔を見ることができない。どんな顔をして会えばいいのかわからなかった銀次は、そのまま与市の店へと引き返すのだった。


「よ、銀次。今日はどうした?」


 権八の声で我に返ると、今しがたあったことを皆に話して聞かせた。

 与市も大方の察しはつけており、弥吉にその身を見張らせてはいたらしい。

「時間の問題だったろうな。ま、仕方ねえよ、おめえのせいじゃねえ」

 そう言って銀次の心を慮った。


 その後、与市と権八、弥吉たちとで太一に対する話し合いになっていった。

 銀次が見かけたと言う太一の足取りを追うが、中々尻尾を掴ませない。

 今現在、この町にまだ潜伏しているかどうかもわからない。

 今後の事をどうするかも見極めが難しくなっていた。

 そんな三人を横目に、銀次は少しばかり放心状態になり結局酒に飲まれ、潰れるのだった。

 気が付けば夜中。鈴に何の連絡も入れてないことに気が付き、銀次はあわてて長屋へと戻った。

 今まで連絡無しで鈴を一人にしたことなどなかったというのに。気づいてしまえば気が気では無く、急く思いとは裏腹に酔った足は思うように前へ進まない。

 道具箱を片手に長屋に着くと、辺りは寝静まり月の光だけが辺りを照らしていた。眠っているであろう鈴を起こさぬよう、ゆっくりと中へと入る。

 畳敷きの上ではすでに鈴は床に入っており、その隣にはいつものように自分の分も敷かれてあった。

 そしてその脇には銀次の分の夕飯が盆に並べられ、布巾がかけられてある。


「すまなかった」


 思わず漏らした言葉に彼自身、それが本心だと気が付き、鈴の寝姿に向かい頭を下げるのだった。




 翌朝、いつものように朝飯の支度をする音で目覚めると、鈴は笑顔で「おはよう、おにいちゃん」と声をかけてくれた。

 それが作り笑いだとわかっていても、銀次には嬉しかった。


「もう、遅くなるならなるで、ひとこと言ってよね」そういって怒る鈴に、「悪かったな。次はちゃんと忘れずに言うよ」と、謝り場をつないだ。

 どんな顔をすればいいかわからなかったが、なんだちゃんとやれるじゃないか。そう思い、銀次の心も少しだけ軽くなるのだった。


 いつものように鈴に見送られ、銀次は湯屋へと向かう。

 その後、しばらくして鈴も古着屋へと向かうのだった。



 

 古着屋へ向かう道中、鈴は昨日の晩のことを思い返していた。

 銀次の帰りが遅く心配で眠れず、夜中に帰った時も起きていた。

眠ったと思い静かに戻った銀次に背を向け、鈴は寝たふりをしていたのだ。

 こんなことは今まで一度も無かった。飲みに出歩き遅くなることはあっても、黙って出かけたことなど一度も無い。

 源助に言われた一言を気に病み、自分の態度が不自然だったのだろうかと考えもした。

 そんなことを考えながら歩いていたら、後ろから肩を叩かれ振り返った。


「お嬢さん、あんた湯屋の髪結いの妹さんだね?」

「え? ええ、髪結いは私の兄さんですけど……」


 振り返ると二人の若い男が息を切らし立っていた。

 身なりはそう悪くはない。


「俺は湯屋のもんだが、あんたの兄さんが喧嘩に巻き込まれちまって怪我をして大変なんだ。すぐについて来てくれ」

「兄さんが? 兄さんが怪我を? 怪我ってひどいんですか?」


「ああ、来ればわかる。すぐに行こう」

「は、はい。わかりました」


 鈴は悩み考えていた銀次の怪我に、気が動転してしまった。

 目の前の男二人の後を追うように走り、湯屋に向かう。

 責任感の強い鈴なら本来、店に断りの告げを出すのだろうが、今の鈴は銀次のことで頭がいっぱいになり、そんなことも思い浮かばなかった。

 小走りに走る鈴の額に汗が浮かぶ頃、人気(ひとけ)の少ない小道に入り込もうとする二人に違和感を覚え、鈴は足を止めた。


「湯屋に向かうなら道が違います」


 少し強い口調で話す鈴に「こっちが近道なんだ」と言い訳めいたことを言う男に不信感を抱いた鈴は、その場を去ろうと後ずさりをした時だった。


「ちっ! めんどくせえな。仕方ねえ、ちょいと眠っててくれや」


 そう言うと、素早く鈴のみぞおちへと拳をめり込ませた。

 あっという間のことで鈴は逃げる間もなく気を失い、男の腕に倒れ込んだ。

「人目がある、早いとこずらかるぞ」もう一人の男の合図で、抱えられるようにして鈴は草藪の中へと消えて行った。




 鈴がいないことに気が付いたのは源助だった。

 そろそろ頼んでいた着物の直しが出来る頃だと、古着屋へと足を運んだのだ。

 そこで、今朝は来ていないと店主に聞かされた。真面目に仕事をしてくれていて、無断で休みことなど一度も無かったと心配しているのを聞き、源助は嫌な予感を覚えてしまった。

 昨日、銀次とやりあった事で逃げたのではないかと思ったのだ。

 急に引っ越すこともあったと話していた。ならば夜逃げのようにして消えることもあるだろう。

 源助は鈴達の長屋へ向かった。以前、長屋の近くまで向かったことはあるが、立ち並ぶ長屋のどれに住んでいるかはわからない。


「ちょいとすいやせん。湯屋で髪結いをしてる銀次さんの家はどの長屋でしょう?」

 ちょうど目の前の長屋から出て来た女に声をかけると、「ああ、それなら三つ先の長屋ですよ」とすぐに教えてくれた。

 急いで長屋に向かい門付近の家の者に聞いてみると、今朝もちゃんと出かけて行ったと言うではないか。


「髪結いの銀次さんも、古着屋の妹さんもですかい?」

「ああ、いつも銀次さんが先に出て、その後に鈴ちゃんが出て行くからねえ」


 それを聞き夜逃げではないとわかるも、どこかで落ち合ってこの町を出て行く算段なのかもしれないと、源助は急ぎ湯屋へと走り出した。

 息を切らし走る姿は、とても初老の男には見えない。

 お上に十手を返してから早、十年以上。長旅が彼の体力を強固にしているのだろう。

 湯屋についた源助は、まっすぐに銀次の元へと向かった。

 ちょうどよく客をあしらっていない銀次の元に行き「鈴さんはどうした?」と、威圧感を持って聞くのだった。


「鈴? 鈴がどうかしたんか?」


 昨日の今日で、銀次はすでに源助に対して客への態度を消し去っていた。

 未だに思い返せば腹が立つ。与市たちがいなければとっくに姿をくらますものをと、考えていた。


「鈴さんが、今日は仕事に顔を出していないらしい。長屋に行ったら、あんたの後に出かけたって言うじゃないか。あんただろ? あんたが隠したんだろう?」


 鈴がいなくなったことを始めて知った銀次は、逆に源助に食ってかかった。


「俺がどこに隠すって? おめえこそ鈴を隠したんじゃねえのか? 

 あいつが一人で勝手にいなくなるなんて、絶対にねえんだよ。

 おめえだろ、おめえが余計なこと吹き込んだのがいけねえんじゃねえのか?」


 銀次の真剣な表情と言いように、嘘はついていないと判断した源助は考え始めた。どこだ? どこにいる? なにがあった?と。


 銀次は考え込む源助をよそに、一人探しに行こうと走り出そうとした。

 そんな彼の腕を咄嗟に掴むと、


「落ち着け。落ちついて、何があったか教えるんだ。おめえより俺の方が場数を踏んでる。正直に話せ」


 真剣な眼で銀次に訴えかける。


 源助が、十手持ちの岡っ引きの顔つきに戻った瞬間だった。



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