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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

三匹のこぶた 〜数十年後、暖炉の前にて〜

 焚べたばかりの薪に火が移った。小さな破裂音とともに暖気も強くなる。


「どうしたんだい? こんな夜更けに」


 古い友人の息子である青年が酒を手土産に訪ねてきた。初雪が降る中、約束もなしにやってきた彼を私は快く招き入れた。

 彼がまだ幼い頃、友人は不慮の事故でこの世を去った。葬式で一人立ち尽くす彼を見た時、私は友人の代わりに彼に尽くすと決めたのだ。


 暖炉の前に用意した椅子へ腰掛けた青年にお茶の入ったカップを差し出す。


「冷えただろう、飲みなさい」


 私の言葉に彼は頷いただけで、口をつけることなく話し始めた。


「おじさんは、父の古い友人だったと」


 椅子に浅く腰掛け、背中を丸めて暖炉を見つめたままの彼の表情はこちらからうかがうことはできない。私は諦めて自分の分の酒を用意すると、暖炉の前に並べたもう一つの椅子に腰掛けた。


「あぁ、君が生まれる前に知り合ったんだ」

「……僕は父さんとの思い出はとても少ない」

「あぁ、君のお父さんは……君が一人で留守番できるようになってすぐに……」


 言葉を濁すと、彼が続ける。


「そう、僕の誕生日の祝いのための食材を狩りに行って、帰ってこなかった」

「あぁ、残念な、事故だった……」


 私の言葉に彼は小さく乾いた笑い声を上げる。


「おじさんとの思い出のほうが多いくらいだ」

「……なにか、あったのかい?」


 ここでやっと私は彼の纏う空気が張り詰めたものであることに気がついた。

 彼の纏う空気は、私に濡れた布を被せられたような、嫌な居心地の悪さを感じさせる。


「おじさん、僕らはベジタリアンでしょ」


 彼の言葉に私は小さく頷く。

 私はベジタリアンだ。

 そして、彼の面倒を私が見ていたので、彼も自然とベジタリアンの生活を送っていた。


「おじさんは……生まれてからずっとベジタリアンだって言ってたね?」

「あぁ、そうだ」


 訝しげに頷く。手に持った酒のグラスに視線を落とす。


「でも……肉を食べたことが、あるよね?」

「……え?」


 思わず彼の方を見る。彼は微動だにせずに暖炉を見つめていた。


「そんなことはないさ」


 動揺を隠して答える。


「あるよ」


 今までで一番穏やかな声で彼は続けた。


「僕の父さん」


 体中の血液が冷水に代わったかのような衝撃。

 彼はゆっくりとこちらを向く。動けなくなった私の目をまっすぐ見つめた。


「父さんは、おいしかった?」


 そう言って、彼は口角を上げる。肉食獣特有の尖った牙がこちらを覗いた。紛うことなき、狼の牙だった。


「思い出したんだ。父さんはあの日、豚を狩りに行ったんだよ」


 彼は、鋭い爪で私を指差す。


「あの日食べそこねた、豚の味を知りたいんだ」


 ――今日は僕の、誕生日だから。


 そう言われて、ようやく思い出す。

 あの日は。

 煙突から落ちてきた狼を鍋で煮て食べたのは。

 こんな、寒い夜だった。


「父を偲んでくれていたら、僕の誕生日を祝ってくれていたら、考え直そうと決めていた……残念だよ」


 彼は冷めてしまったお茶のカップを暖炉に投げ入れた。

 暖炉の火は一瞬弱まるが、再び燃え上がる。


「そんな、待ってくれ……」


 絞り出した声は無意味な音でしかない。

 一歩、また一歩と近づいてくる彼はもう、私の知っている彼ではない。いや、彼にとっても私は今までの私ではないのだろう。


「よかったって思うんだ。お前が父さんを食べていて」


 そうじゃなきゃ、あまりにも理不尽じゃないか。そう続けた彼の目は捕食者のものだ。


「しょうがなかったんだ……殺らなきゃ食べられていた……」


 私は何度も、仕方ない、しょうがないを繰り返した。

 狼はそんな私の言葉に深くうなずいた。


「あぁ、そういう世界だ。理解しているよ」

「じゃあ……」


 一縷の望みとともに顔をあげる。狼の顔を見て私は確信した。


「だから、しょうがないって思ってくれるだろう?」


 ――僕がお前を食べても。


 強い衝撃と肉の食い破られる音が聞こえる。私の意識はそこで途絶えた。

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