触らぬよう
坊主に言いつけられた従者の仕事は、下界へ行く坊主についてゆくことと、夜、祭殿で経を唄う坊主について、それらを覚えることだった。
それと、後に付け足されたのは、祭殿に来る役神たちのために、水と塩を用意すること。
本当は坊主の役目だが、当の役神たちからの要望で、シュンカが整えることになったのだ。
「味が違うんだと」坊主が言うのへ、子どもが自分で盛った塩をなめ、「しょっぱいですよ?」と、首を傾けるのを、側でセイテツが大笑いしてみていた。
問題は、この子の『気』なのだと、役神であるアシにはわかる。
神官に仕立てられる己は、一日で尽きる。
寝床に入る前のセイテツが、まず、その日に働いたアシに「よく尽くした」と人の型から草へと戻す。それを燃やした後には灰さえも残らない。
そうしてまた、外から抜いてきた葦を、翌日働くアシを仕立てあげてから、絵師は眠りにつく。
明日からおまえと一緒に働く子どもがいるからよろしくな、と、絵師に言われた日、初めて会った子どもが持つ『気』の心地よさに驚いた。役神であるゆえに、大臣や坊主たちよりもそれを敏感に感じている。
だが、それよりもアシが驚いたのは、己の中に、《前の日のアシ》の記憶が残るようになったことだ。
シュンカと何を話し、どんなことをどんなふうにしたかを、はっきりと、思いだせるのだ。
一日で尽きるただの役神に、そんなことがおこるわけがないのに。
「―― アシ?大根ばかり洗ってるよ?」
「・・・・」
急に子どもの顔が横から突き出され、役神は、手にしたその野菜を認めた。泥などとっくに流されて白くなっている。
「どうしたの?具合、悪い?」
子どもが額に手を当ててきた手を思わず、つかんでしまい、驚かせてしまう。
「・・・すみません。シュンカ様、その、・・・あまり、わたしどもに触らぬほうが。嫌なのではなくその逆で、・・・。シュンカ様、人の型ではない役神などは、幼い子どものようなものです。あれらがきっと、『触って欲しい』とせがんでくるでしょう。しかし、簡単にそうしてはいけませんよ。『気』をたくわえすぎた役神は、妖物になりさがります」
「え?ほんと?」
「本当です。何かの禁術などで堕ちた役神は、、他の役神から喰った『気』をためて妖物になります」
坊主が蓋をしたと聞いたが、シュンカの『気』はまだ多い。
子どもはしゅんとして、「気をつけるよ。ごめんね?」とアシをうかがう。
「・・シュンカ様、昨日、約束した川へ、魚を取りにゆきましょうか」
「ほんと!?」
いっぺんで、子どもは笑顔へ。
「シュンカ様は意外と慌て者ですから、わたしが手をつかんでいましょう。なに、わたしはセイテツ様に仕立てていただいた役神ですので、それぐらいで妖物にはなりませんが、頭にはふれないようねがいます」
心地よい気を感じながら役神は、役神らしくないことを思う。
この子には、笑った顔が似合うのだ。




