みたこともない
山を一つ越え、山間のひらけた場所に出たとき、坊主が立ち止まり、振り返りきいた。
「おい、親父殿をどうする?この辺りで埋めてやるか、それとも本当にこのままおれたちの所に行っていいのか?」
それは坊主なりの親をなくした子どもへの気遣いであって、ここに父親を埋めておまえはどこかへ行くか、それとも本当に天帝に会うのか、と選ばせた。
ここまでぼんやりと歩を進めてきた子どもは、男の背に負われた父親を見つめ、口元を引き結ぶと頭を下げた。
「・・・お坊様、お連れの方、ありがとうございました。とうさ・・・父は、この辺りへ弔います。ひとりで、・・・やります」
肩を落として言う子を、絵師と坊主が眉を寄せてみやる。自分たちの胸辺りまでしか背丈のないような子どもなのだ。
「そりゃちょっと・・無理だろう。おとな一人しっかり埋めるんじゃあ、かなり深く掘らないとならないしな」
セイテツは無理してがんばろうとする子どもの肩に手を置き、おとなを頼っていいのだとわからせる。
坊主が腰を落とし、背負った男をそこに、そうっと横たえた。手足を伸ばし、衣服も整えてやる。
側に立った子どもはぼうっとした顔でそれを見下ろした。
「血のにおいが強い。よっぽど深くほらねえと、すぐに、獣や妖物が・・・ ――」
坊主がこどもをみて、困ったような怒ったような顔になる。
「―― 声ぐらい出して泣いてやれや」
絵師が坊主の名をよび、言い方があるだろう、と注意すると、こどもがその場にしゃがみこんだ。
「う、 っく 、ご、 ごめん な さい 」
土に手をつき、這うように父親の遺体によると、先ほど払われた手を伸ばした。
「―― ・・・スザク・・」
「うるせえ。みりゃわかる」
父親にのばした子どもの手は、『力』を溜めて投げつけるときのように、ひかりだしている。
そうして、ごめん、ごめんなさい、とその手が触れるたびに、遺体の傷が、きれいに治ってゆく。
「テツ、・・・できるか?」
血のあとだけ残してふさがってゆくそれをできるかと坊主が聞く。
「まさか。みたこともないよ・・・」
二人は、泣きながら父親の体をきれいにし続ける子どもを見守るしかなかった。




