『黒い』男
「あとが、なかろう?」
朗々とした声が、どこか楽しげだった。
黒い笠に黒い着物姿は闇に溶けこんでいる。
声だけが、明るい男だ。
「親父殿も、もう虫の息だ」
「っまれ!まだ死んじゃいねえっっっ!」だが、叫んだ男の口からは血があふれた。
「 父さんっ! 」
「下がってろっ!」
口だけではなく、体のいたるところから血を流す男は、背後で一人の男に抱えられた子どもを怒鳴った。
「いいか?その結界から、ぜってえ出るんじゃねえ。コハク!絶対腕をゆるめんな!」
子どもを抱えた若い男が無言でうなずいた。
対して、子どもはもがき続け、とうさん!とうさん!と張られた界から必死に出ようとしている。
「出してやれば、よかろう?―― さすれば、親父殿も、助かるぞ」
血だらけの男を眼でさして、この場面を楽しむように最後をゆっくりと子どもへ語りかけた男は、己の腕につけられた傷を、無意識に撫でた。
こんな山奥にある小さな里に住む者だというから、軽く見ていたことは認めるが、ここまで追い詰めるのに、―― こんなに手間取るとは・・・。
立つのも苦しげな男が、指をうごかし印を結びはじめた。
―― まだやれるのか?
念のため、周りの兵を、前へ進ませる。
この自分の盾がわりの兵とて、後、数十しか残っていない。
「 っがっ!」
血と一緒に男の口から『気』が吐き出されると、前に出ていた兵士達が、見えぬもの相手に狂ったように剣を振り回しはじめ、わめきうめいて、息を止めてゆく。
先ほどからどうやら兵士どもにはきっと、幻術の《水竜》あたりが遣わされているのだろう。
「 ・・・ わたしには、効かぬがな 」




