最終話 共に説く
スタルキュラ戦争から数年が経った。
戦場となったハングラワーとスタルシアとエポルシアは終戦後の傷跡が酷く、ある程度は復興は進んでいるがまだまだ程遠い。
中でもスタルキュラの被害は甚大で文明崩壊が最も似合う有様だった。
その中で荒廃した大陸東部を復興しようと新生ヘリアンキ信徒と、ヘリアン・ウルルの解体後にできた大陸治安維持部隊とラスターは協力して尽力していた。
ラスターはだいぶ復興が進んだスタルシア王都を訪問し、部下とともに回った。
ラスターはヘルメットを被りかつての華やかな王都の写真を比べ、再現ができていると嬉しそうに口にした。
ラスターは隣に座る部下から紙を受け取る。
紙にはスタルキュラのインフラ設計図と区画整備の計画表が書かれていた。
現在ラスターは事業を拡大し、石油以外にも建築業界や兵器開発業、さらにスタルキュラの一次産業復興のために農業部門や土木部門を作り派遣していた。
その結果国やヘリアン・ウルルからの支援金が途絶えても莫大な利益で儲かっていた。
目的地に着いたラスターは車から降りると目の前で指揮を取っている社員に近づいた。
その社員は小柄でショートヘアーの少女——の見た目をしているカラクルだった。
カラクルはラスターに気づくと明るい顔をした。
「あ、ラスター社長。どうしたんですか?」
「復興の確認だぜ。今のスタルシアの案件はどうなっているんだぜ?」
カラクルはヘリアン・ウルル解散後はラスターの勧めでラスターの会社に入社。カラクル以外のヘリアン・ウルルのケイオス開発部門の全員はラスターの会社に編入された。
その件で財閥たちから独占だと批判されたのはまた別の話。
現在カラクルはスタルシアのインフラ整備部長の指揮を取っていた。
「けど社長。私にこれお願いしても大丈夫だったんですか?」
「ほぼほぼ優秀な人は他の会社に取られているんだぜ……」
「もしかして金の為に勢いだけで参加したんですか?」
「別に金じゃないぜ。いや、嘘になるけど俺には大きな目標があるんだぜ!」
「それはどういうものですか?」
カラクルは疑念の視線をラスターに送るが、ラスターは明るい笑顔のまま空高くに手を掲げた。
「宇宙に行くんだぜ!」
「う、宇宙?」
カラクルは目を輝かせる。
そしてラスターはカラクルに向けて手を差し出した。
「そのロケット開発には旧キタレイ大学の教授とヘリアン・ウルルの研究者たちがいる。そこにお前に来て欲しいんだぜ!」
「社長……いえ、ラスター先輩」
カラクルはラスターの手を強く握ると強く頷いた。
カラクルは戦争で友人エリオットを亡くした。
宇宙に行きたいという夢はエポルシアに拉致されてとある事がきっかけでできたのがだ、本格的にその思いになったのはエリオットが働いている途中、カラクルに「一度だけど空高くから大陸を見てみたい」と打ち明けたからだ。
ラスターはカラクルの反応を見て笑うと手を叩く。それに合わせて一人のベテランの土木の男が車から降りてきた。男は戦争で片腕を失いながらも、三十年土木に費やした経験を活かすべくラスターの会社に入社したのだ。
カラクルはその男を見たあと、ラスターをジト目で見た。
「あの社長。もしかして私人手不足で仕方なく選ばれた現場指揮説あります?」
「——そうだぜ!」
ラスターは言い訳を諦める。
そして思いっきりカラクルに足を踏まれた。
しかし、ラスターは痛からず、カラクルも結果を分かっていた為車に乗り込んだ。
カラクルは窓を開けるとラスターを見る。
「社長。私の職歴に土木を入れたことある意味後悔させますよ?」
「おう、俺はお前の先輩だ。お前の才能は誰よりもわかっているつもりだぜ!」
車はラスターが乗った瞬間発進した。
旧友の夢を叶えるため、そして片方は大切な家族を星空に近づけるために————。
——ラスターが車を発進させたのと同時刻、ウルクの旧ヘリアン・ウルルの屋敷。
ヘリアンカは屋敷の一室で侍女から大陸の復興について報告を受けた。ヘリアンカは報告書を手に取ると侍女は部屋から出ていき、ヘリアンカ一人となった。
外は昼ということもあり暖かく、あの戦争が嘘であったかのように平和だ。
ヘリアンカは報告書を読む。
「えーと大陸東部は甚大な被害ながらも数年で復興が進みつつある。スタルキュラでは独立運動は起きていないものの、国民にも政治参加はさせるべき——昔と違ってだいぶ複雑ですね」
ヘリアンカは報告書を机の上に置く。すると部屋の扉がノックされた。
ヘリアンカ「はいどうぞ」と言った瞬間中にテュレンが入ってきた。
ヘリアンカはテュレンを見た間少し驚きを隠しきれずまるで蛇に睨まれた蛙のように固まった。
それを見たテュレンは大笑いする。
「おっすヘリアンカ——いや、様の方がいいですか」
テュレンは笑いながらそう口にした。
ヘリアンカは最初は戸惑いながらもテュレンを椅子に座らせ、お茶を淹れた。
「これはテュレンさん。お久しぶりです。どうして私がわかったんですか? 聞きましたよ? 情報屋なんですってね。フルさんなどの研究情報も存じていたとか」
「ヘリアンカ様、思い出してください」
「なんです?」
「俺イガシリ出身。叔父とかから少しは聞いてましたよ。それが情報屋になるきっかけでもありましたけど」
「あ、あ〜」
ヘリアンカはそう言えばこいつトゥサイの兄でマトミの弟であることを思い出す。
テュレンは少し楽しそうにお茶を飲んだ。
「で、ヘリアンカ様は大学の知り合いとの交流はどうなっているんですか?」
「あら? 何か企んでます?」
「いや、ただの雑談ですよ。むしろ今は奇跡的に絵が売れて金があるんですから。で、どうなんです?」
ヘリアンカは少し顎に手を当てて思い出す。
「そうですね、カンナさんとジャルカラさんとスタルさん、それからラスターさんとは今も交流していますよ」
「ほう。あ、あのヨカチでしたっけ。彼はどうですか」
「ヨカチさんはカンナさんと結婚しましたよ。そう言えば子供先週生まれて私が名前をつけましたね」
「はえーヨカチは聞いていたよりも親しみやすいんですね」
「えぇ、私がフルではなくなったと知ってもカンナさんと同様に今までフルさんに接したようにしてくれています」
ヘリアンカは懐かしそうに喋る。するとテュレンは思い出したかのようにカバンから一つの魔道具を取り出した。
「ヘリアンカ様。こちらをどうぞ」
「——!」
ヘリアンカは魔道具を見た瞬間勢いよく席から立ち上がりそれを見る。
そう、それはエリオットが持っていたバリアボールくんだった。
それからビリビリくんやポカポカくんだった。
ヘリアンカはそれを見てエリオットとクラレットを失った悲しさで涙を流した。
テュレンはまさかの出来事にオロオロするが、ポケットからハンカチを取り出し、ヘリアンカに渡した。
ヘリアンカは泣き止むとバリアボールくんを手に取る。
「——エリオが死んだと聞いて、私とても悲しかったです。六千年前ではもう人が亡くなっても悲しまないように強がり、その子供たちを大切にしましたが……フルさんの体は涙が脆いです。すぐに涙が出ます」
「——」
テュレンは何も言わず、ヘリアンカを優しい目で見た。そして心の奥底でヘリアンカは人と変わらないただの少女のよう、もしくは妹のようにも見えた。
「そういえば俺の妹——」
「サトさんですね。彼女とはどこか似ていると感じてはいたんですが、私と同じように泣き虫なのに強がりなんですよね」
テュレンは何も言わず会釈していたが、心の奥底では露骨に悔しそうな顔をしていた。そしてヘリアンカはゆっくりと立ち上がるとポカポカくんを手にどこかに出かけようとした。
「え、ヘリアンカ様?」
「私、前の体では魔力に弱くで魔道具は使えなかったんです。ですけどこの体は大丈夫。なので今から鷹狩に行ってきます」
「えっちょっと!?」
「この魔道具、熱源にもなるんでその場で食べるのも良いですね」
「いや待ってくださいって!」
テュレンは咄嗟に立ち上がると勢いよく転びカップなどもろとも壊した。
テュレンはあまりのやらかしに顔が真っ青になるがヘリアンカは怒らず駆け足で来た。
「まぁ、こちらは侍女にお願いするとしていきますか」
「え? どうして俺ですか?」
「トゥサイさんから貴方が狩りが上手と聞き及んでいたので」
「——あ〜トゥサイが」
テュレンは立ち上がり箒や雑巾、ちりとりを持った侍女たちに頭を下げながら思い出した。
「——ん? ヘリアンカ様。今トゥサイどうしてます?」
テュレンがそう聞くとヘリアンカは「え、聞いていませんか?」という顔をしつつも教えた。
「四日後の結婚式の準備でイガシリに行ってますけど。テュレンさんてっきりトゥサイさんへの申しわけの無さで行かないものかと」
するとテュレンは 焦った顔になってバッグを持った。
「すみませんヘリアンカ様! トゥサイのとこに行ってきます! 兄として弟の晴れ舞台は見たいんで!」
「えぇ、その方が良いですね」
「では行ってきます!」
テュレンは全速力で部屋から出た。ヘリアンカと侍女はお互いの顔を見合わせて微笑み、そして侍女の一人が笑いながら「後で私がお供しますよ」という言葉を聞いてヘリアンカは先ほどよりも明るい顔をした。
——イガシリ。この地の婚儀はとても騒がしく、一ヶ月前から村一同が来月に婚姻する新郎新婦をお祝いする(本音は飯目当て)。
新郎は結納品を新婦に渡すのが慣わしだ。
しかし、長年イガシリで働いていない人間が用意できる結納品はたかが知れていると言われ、普通の人間であれば意地でもイガシリの人間に舐められないように高額なものを用意する。
だがトゥサイは全く違った。
そして時はテュレンがイガシリに向かったのと同時刻の深夜、トゥサイは実家——ではなく叔父の家に向かいとあるものを見せていた。
叔父ことダルサンが呆れたようにそれを見た。
「トゥサイよ。確かに私は亡き我が弟——お前の父に変わって父代わりとなった。だからこそ言わせてくれ」
「ふっ、文句は受け付けねぇよ」
トゥサイは格好つけてドヤ顔を見せつけた。が、ダンサンは無表情でトゥサイを見た。
「お前、母のことを考えたか? 母はお前が婚姻することをとても喜んでいるのを知っているだろう? だとしたらどうしてこんなものを……」
「いや、こんな物ってせっかく買ってきたものにケチつけるのか?」
ダルサンは怒りたいがそれを我慢して声を荒げず冷静に話す。
「だからと言って……だからと言ってだな?」
ダルサンはトゥサイが持ってきたもの、結納品をゆっくり持ち上げた。
ダルサンが怒っているのはその代物だった。
「お前、私が結納品に用意したものを聞いたよな? 相手に黄金のように美しいと伝えるべく黄金の時計や黄金の腕輪などを慣わしだと。無理であれば屋敷や布を送るなど。なのにどうして——」
「良いじゃないか。弓と猟銃。それオーダーメイド」
そう、トゥサイは武器を送ったきたのだ。
イガシリでは閉鎖的であるため、外部の者もしくは外に出たものは周りとは違うと見せつけるべく豪華なものを用意する。
ダルサンはイガシリから出ていないがカラクリ師であるため高額な結納品を全財産を叩いて購入したのだ。
つまりトゥサイが送ったものはイガシリの住民が送るものと同レベルだ。
ダルサンはトゥサイを見て呆れると銃と弓を床に置いた。
「で、流石に、流石にもう一品はあるだろ?」
「まぁ、用意はしている」
「ほう。まぁ、見せなさい」
トゥサイはそう言うとポケットから銀色のバッチを取り出した。
トゥサイはやり切った顔でダルサンを見て、ダルサンは優しく微笑みそのバッチを受け取ると思いっきりトゥサイの頭を殴った。
トゥサイを頭を押さえて床で悶える。
ダルサンは呆れた目でトゥサイを見下ろした。
「お前、結納品に勲章を渡すバカがどこにいる?」
「それ、妻が前いた部隊で好成績のものに渡される勲章だ。妻は貰えなくて残念がっていたから知り合いに頼んで発注したんだよ!」
後半トゥサイは半ギレでそう叫ぶ。
しかし、ダルサンにはその気迫が一切効かずため息を吐く。
「まぁ、四日後。周りの人間がどう言ったものを持ってくるのかが重要だな」
「おう」
そして時が過ぎて四日後の朝、村は祭り騒ぎだった。
トゥサイは晴れ着を着て家の一室で足が痺れているのを耐えながら座った。
その部屋にはトゥサイの母、ヴァレガ・エルデの他に弟のテュルケと叔父のダルサンがいた。叔母のテケリはガナラクイが親族がいないと言うこともあり、母代わりにここまで連れてくることになった。
イガシリの風習では道中で結納品を貰うため、トゥサイの命運はガナラクイが来た瞬間にかかっていた。
トゥサイは息を飲む、そして少しして扉が開かれ、ガナラクイが中に入ってきた。
ガナラクイはピト族の伝統的な服に身を包み、ゆっくりトゥサイの元に近づく。
トゥサイは自分の中に残っていたガナラクイはまだ子供という想いが消え、むしろ大人びて見える彼女を見て逆に恋に落とされた。
————その後の婚儀は親族や住民と話し、夜まで酒池肉林の限りを尽くした後、トゥサイはガナラクイと二人で夜のイガシリを歩いた。
トゥサイはライトを手に持ってガナラクイはトゥサイの服の袖を摘む。
ガナラクイは少し酔っているのか顔を赤くなっていた。
「ト、トゥサイ殿。本当に私でよかったんですか?」
「ん? どうしたんだ?」
「あの、戦後すぐに私の結婚の申し出を受諾してくれたじゃないですか? けど、当時の私幼かったのもあってトゥサイ殿も冗談のつもりだったのかなって……」
「——ま、最初は否定できないけどなそこは大丈夫だ。それに俺の結納品アレで良かったのが?」
「えぇ、大好きな人からも貰い物はどんなもので嬉しいんです。なので暇な時があれば狩りに行きましょう」
「あぁ、そうだな」
トゥサイはそう言うとガナラクイの肩の上に手を置いた。ガナラクイは嬉しそうな顔をしトゥサイに寄り添った。
次の瞬間前から誰かが来ることに気づく。
トゥサイはガナラクイを守るように短剣を構えるとライトの光に現れたのはテュレンだった。トゥサイは呆気に取られた顔になる。
「ん、兄貴!? どうしたんだ急に?」
「あぁ、間に合わなかったなその感じ。飯抜いてきたのによ」
テュレンは肩で息をしながら膝に手を置いた。そしてトゥサイを見るとニヤリと笑った。
「さすがは俺の弟だ。やるじゃねぇか。薄々は思っていたけどガナラクイちゃんと結婚するとはな。お前の弾け具合についていけるのは天空人のその子ぐらいだ」
「お、おぉう」
トゥサイは呆気に取られたままでいるとガナラクイは頬を膨らませてトゥサイは頬を摘んだ。トゥサイは視線をガナラクイに移すと彼女は目をキリッとさせてトゥサイを見ていた。
「トゥサイ殿。妻と兄どっちが大事なんですか?」
「いやまぁ、両方だけど」
「私を一番大事にしてください!」
ガナラクイはそう叫ぶとトゥサイにしがみついた。
トゥサイとテュレンはお互い苦笑いで顔を見合わせ「酔いすぎだな」と言いたげにガナラクイを見た。
テュレンは邪魔したら悪いと思ったのか息を整えた。
「まぁ、お前らは夜間デートを楽しんどけ」
「あぁ。で、兄貴は今何を?」
「ん? 画家の仕事が成功したんだ。そしたらちょっと大きな石油会社のデザイン職に採用されてな」
「ほう、それはすげぇな。兄貴も自称画家からきちんと就職したんだな」
「おう、借金は返すさ」
テュレンはそう言い残すとその場を後にしようとした。
トゥサイは兄が生きてくれた嬉しさでもっと話したかったが、せめてと言う思い出一つだけ聞いた。
「兄貴、ケウトに戻って来れたと言うことは無実になったのか?」
「え、いいやあの後国境を越えるときに捕まったぞ?」
「は?」
「が、お前のおかげですぐに釈放されて国外に行き修行。そして今に至るんだ。あ、危ない危ない。祝いとしてこれを渡そうと思っていたんだ」
テュレンはカバンから取り出すとそれを投げ、トゥサイを受け取った。
それは幼い頃トゥサイが良く集めていた木彫りの人形だった。
十二体集めれば良いことがあると言われていたが、十一体しか集まらず諦めていたものだ。
トゥサイをそれを見て驚いていると次は手紙を渡した。
「あと、ヘリアンカ様からのだ」
「あぁ、ありがとうな」
「あと、サトが今何をしているか知っているのか?」
「え、俺は外の世界に行って社会を学ぶ旅に出ているとしか聞いていないぞ?」
するとテュレンは可笑しく笑う。
「トゥサイ。あいつお前より諜報員の才能があるぞ」
「え、どう言うことだってばよ?」
「後のお楽しみだ」
テュレンはそう言うとその場を後にした。
トゥサイはテュレンに別れの言葉を告げた後帰路に着こうとするとガナラクイが立ったまま寝ていることに気づいた。
トゥサイはガナラクイをおんぶするとゆっくり帰路についた。
戦後の数年の秋風は人が死ぬものではなくまるで落ち着かせるように心地良いものだった。
————トゥサイとガナラクイの結婚から三週間後、ヘリアンカはお忍びで侍女二人を連れて列車に乗り、リアート、そしてスタルシアに向かう。
そして列車の中、ヘリアンカは寛いでいると侍女の一人がヘリアンカの前に茶菓子を置いた
「ヘリアンカ様。予定についてですがスタルシアに向かった方が宜しいと思います」
「そうですか?」
「はい。恐らくですがマトミ様は体の本来の主であるフル様のお母様の元に向かっているでしょうし」
「——はぁ……」
するとその侍女は自身の顔の皮を引きちぎった。
それを見たヘリアンカはお茶を吹き出しそうになるものの、表情を変えず我慢した。
侍女の引きちぎった顔からはもう一つの顔が現れ、それはマトミにとても似たような顔だが幼い顔つきだった。
隣の侍女は唖然としたヘリアンカの顔を見て少し微笑むがヘリアンカからすれば意味がわからなかった。
「あ、私のことお忘れですか?」
「——もしかしてサトさん?」
ヘリアンカがその名前を口にすると侍女——サトは嬉しそうに微笑んだ。
「ようやく気づいてくれました。はい。マトミの妹のサトです」
サトはヘリアンカに名前を呼ばれら嬉しさで微笑み、ヘリアンカは殺されるのではと言う恐怖心がなくなった安堵感で微笑んだ。
それからリアートに着くまでヘリアンカはサトと話し合った。
サトはあれから一年後にヘリアンカへの罪滅ぼしに村から出て社会勉強し、トゥサイたちを心配かけないように変装しているところに偶然ヘリアン・ウルルのスカウトマンに出会ってヘリアンカの侍女となったらしい。
ちなみに侍女は正体に気付いていたが黙っていた。
ヘリアンカは反応に困った顔でお茶を飲みリアートを列車の窓から眺める。
「なるほど。で、トゥサイさんには気づかれなかったのですか? 何度も話しましたよね?」
「えぇ、上手いこと声を変えたら意外とバレません。さらに変装マスクまで被ったら尚更です」
サトは嬉しそに先ほど千切った変装マスクをヘリアンカに見せた。
ヘリアンカはあまりにも精巧なマスクに少々引くが話題を変えることにした。
「マトミさんには確認を?」
「はい。事前確認は重要ですので」
サトは自慢げな顔を浮かべ、ヘリアンカはそれがトゥサイとテュレンにそっくりでやっぱり兄弟だなと思い笑みを浮かべた。
それから一週間ほど列車に乗り、ようやくフルの故郷のアンレイランツに到着し、フィアレに会いに行った。
ヘリアンカは侍女二人を連れて家に向かう。
家に到着すると中では複数人が談笑し、そこにはフィアレの声がしていた。
「あら、客人がいたんですかね?」
ヘリアンカがそう口にすると後ろから音がした。
「あ——え、フルさん?」
振り返るとそこには黄緑色の幼い少女、いた、六年前とは違い少し背が伸びて大人っぱくなったイズミが大きなカゴを持っていた。
イズミはヘリアンカに気づくと嬉しそうに抱きついた。
その際侍女が食い止めようとしたがヘリアンカはそれを静止し泉を優しく抱きしめた。
「あの、テレビ見ました。変わったんですね」
「——そうなりますね」
「私、フルさんともっとお話ししたくて、あの後古文書の勉強をしていたんです。そして大学もウルク帝国大学を目指して勉強していたんです。フルさんだったらそこの研究室に配属されそうなので」
ヘリアンカはイズミの啜り泣く声に気づくと頭を優しく撫でた。
「えぇ、頑張りましたね。けど諦めないでください」
「——どうしでですか?」
「私、これから六千年の間何が起きたのかを調べるための協会に所属することになりまして。なのでもし大学生になれば参加してください。待っています」
「本当ですか?」
イズミは涙を拭った。ヘリアンカは「本当ですよと」と口にすると大きな声で泣いた。だが、それは怖がっているのではなく、安心した時の声だった。
「え、イズミちゃんっ! てフル!?」
イズミの声に気づいたのか扉が開かれフィアレが入ってきた。フィアレはフルに気づくと嬉しそうに抱きついた。
「フル! もう手紙を送るなら正直に書きなさい! 驚いたじゃない!」
「あ、ちょっと——。ん?」
ヘリアンカはフィアレの言葉に疑問を感じると扉の先からマトミが出てきた。
それを見たヘリアンカはすぐに察した。
マトミがフィアレに伝えたのだと。
それからフィアレは食事を用意してヘリアンカの前に用意した。
マトミは止めようとしたがすでに諦め、ヘリアンカが食い切れなかったものを食べていた。
「あ、あはは。ヘリアンカ様ごめんなさい。フィアレったら嬉しいとたくさん作る子だし」
マトミは苦笑いでそう言うとヘリアンカも笑った。
「えぇ、ですね」
「けどサト。トゥサイ本当に心配していたんだから後で謝りなさいよ?」
「う、ごめんなさい」
サトはマトミに睨まれ萎縮する。
そしてフィアレは満足したのかヘリアンカと対面になるように座った。
「それでヘリアンカ様ってフルと同じなのよね?」
「あぁ、そうなりますね」
「ふむふむ。ならいつも通りフルって呼ぼう。うん」
「——お母様は驚かないのですね」
「ううん。最初は驚いた。自分の娘がヘリアンカなんだって認めたくなかった。だけどさ、今思えばフルの素の性格ってヘリアンカ様っぽかったのよ。お淑やかな気風に隠れた好奇心旺盛さ。その好奇心旺盛が強くなってできたのがフルの人格。だから今のヘリアンカ様はどっちかというと経験を積んで丸くなったフルなのよ」
「——なるほど、そうですか」
フィアレの言葉を聞いたヘリアンカは心の奥底でつっかえていた取れた感じがした。
ヘリアンカは心の奥底で怯えていたのかもしれない。
今更女神の再来なんて普通に頭がおかしいと、そしてたった六千年間でヘリアンカの信頼は崩れ去った。
だからこそヘリアンカは蘇りたくなかった。そう、怖かったのだ。今まで築いてきた信頼がないことを実感することが。
マトミはヘリアンカを見ると優しく頭を撫でた。
「確かにヘリアンカ様はフルのことで罪悪感があるのかもしれませんけど、気にしなくても大丈夫です。無理に女神様ぶらないで自分らしくすれば良いと思います」
「——そうですか。そうですよね」
ヘリアンカは表情が明るくなった。そして隣に座っていたイズミを見る。
「では、今日から私は昔のように自由に過ごします。もちろん女神としての責務をしながらですがね?」
イズミは唐突に聞かれ首を傾げることしか出来なかった。
この時をもって世界は女神のもとで国家を統一することをやめ、緩やかな連合となることを決意した。
ヘリアンカは昔のように女神として世界を導くのではなく、人々に世界を委ねさせそれを見守ることにした。
自分が積極的に導いたせいで、自身が死んだ後人々が心の拠り所を探り合い、探った結果思想が分裂し争いの火種になってしまったことを恥じて。
この日の晩のヘリアンカはとても嬉しそうにイズミと同じ布団で眠った。
———時期不明。
大陸同盟軍の司令で旅に出ていたトセーニャはフローレスと共に数十人の部下を連れて大陸よりはるか離れた場所にある群島に上陸し、その島を支配していた勢力を制圧した。その時に飢餓状態の住民を捕らえ食料を与えると彼らは嬉しそうにとある神話を口にし始めた。
太古昔火の海となった大陸から渡ってきたエルフィンという集団が深き海に潜れる鉄の海獣に乗ってやってきて轟音を放つ鉄の獣を使って島の先住民に殺戮の限りを尽くした。
その後エルフィンたちは先住民にケザンヌ思想という教えを広めた。
この群島にはためく旗に描かれた老人はケザンヌその人だと伝わる。
エルフィンはケザンヌを模した像を大陸の方向に向けて設置する。
それは再び力をつけた後、大陸に反抗するために。
ケザンヌ思想を聞いたトセーニャの部下の一人が感銘を受け、それを記録して大陸に広めるべく持ち帰ったのだった。




