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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
6章 再びここへ帰る

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81話 これから

 トゥサイたちは死闘の末に見事カイザンヌを打ち倒した。その翌日から終戦処理に入った。旧スタルキュラの大臣たちは大陸同盟軍に連行されることになった。そして旧スタルキュラの領土は分割統治が列強により決定され、同盟軍管轄のスタルキュラ占領委員会が設置された。その委員長にハンバムラが任命されることになり荒廃したスタルキュラの国土や難民の保護が最優先とされる人道的な手引きの元で行われていった。

 


「戦いは終わったんだな」


 フローレスは目を細めながら呟いた。


「ああ」


 トゥサイはフローレスに相槌をうつ。


 トゥサイたちはカイザンヌを倒したあと世界的な英雄として称えられた。英雄と呼ばれた彼らだが、その身なりはとても英雄とは思えないものだった。

 フローレスは腕と足に大きな傷を受けていたし、トゥサイやガナラクイも致命的な傷はないものの、大小の無視できない怪我を負っていた。

 そのためトゥサイ一行はスタルキュラの大型病院で治療を受けていた。唯一酷い怪我がなかったのはトセーニャだけであり、トセーニャは一人居心地悪そうに病室で佇んでいた。


 「一人だけ怪我をしていないというのは少々心苦しいものがあるな」


 フローレスとトゥサイがベッドの上で会話をするのを見てトセーニャがベッドの横で立ちながら口を挟む。


 「トセーニャ殿、気にする必要はありませんよ」


 トゥサイたちと同じくベッドからガナラクイがトセーニャに声をかける。


 「もしもあの時トゥサイ殿が破れていたらどうなっていたことか。私たち全員が怪我をしていたならトゥサイ殿が負けた瞬間に私たちの敗北は確定していたのです」


 トセーニャは神妙な面持ちでガナラクイを見ている。


 「後ろでトセーニャ殿が控えてくれている。それだけで私たちの心がどれだけ軽くなっていたか。トゥサイ殿だってトセーニャ殿がいるから後のことを考えずに全力を出せたのだと思いますよ」


 トセーニャはトゥサイの方をちらと見る。トゥサイはその通りだ、とでも言うように大きく頷いた。


 「私としたことがガナラクイだけではなくヤニハラにまで気を遣われてしまったな」


 トセーニャは自虐気味に虚しく苦笑する。


 「トセーニャ。それは誤りだ」


 フローレスがトセーニャに口を挟んだ。


 「うん?」


 「トゥサイもガナラクイもお前に気を遣って先の発言に至ったわけでは決してない」


 「どういうことだ」


 「強大な敵と共に戦ったお前のことをトゥサイとガナラクイは戦友だと思っている。もちろん私もだ。例え一時であったとしても命を預けた戦友に気を遣ったりしない」


 「そういうものですか」


 トセーニャは気恥ずかしいのか顔を少し俯けた。


 「だから二人が言っているのは心からの言葉だろう。つまり本心ということだ」


 「そういうことなら一人だけ怪我を負っていないということで負い目を感じるのはやめるとしよう」


 トセーニャは清々しい顔で窓の外を見ていた。病院の外ではスタルキュラの復興作業に国民が精を出していた。


 「ヘリアンカ様は何事もなく無事にお過ごしになされているか?」


 「ああ。その辺は大丈夫だ。心配ない」


 「それならば問題はない」


 トセーニャの問いかけにトゥサイは簡潔に答える。トゥサイにはフルの魂が失われてまでヘリアンカを復活させカイザンヌを倒したという結果が正しかったのかは分からない。

 それでもフルならば笑って世界が平和に向かったのなら良かったと言ってくれるような気がしていた。


 「もちろん今回の戦いにヘリアンカ様は多大な苦労と返しきれないほどご協力をいただいた。助けていただいた恩はこれからしっかり返していくつもりだ」


 「そうか。それならその時はワタシにも声を掛けろ。ワタシも恩をお返したい」


 「わかった。お前にも声を掛けることにする」


 トゥサイの返答に満足したのかトセーニャはそれ以上追求しなかった。しばし静かな時間が流れた後トセーニャが口を開いた。


 「スタルキュラはこの後どうなる?」


 トセーニャは窓の方を向いたままトゥサイに尋ねた。


 「当然列強に分割統治されるだろうな。だがカイザンヌが支配していた時より境遇は良くなるはずだ。少なくとも処刑なんてことは起こらないだろうからな」


 「そうか。そうだな」


 トセーニャは一人納得したような声を上げる。


 「こうして復興作業を見ていると本当にフローレスの言う通り本当に戦いが終わったと感じるな」


 トセーニャはしみじみと言った。


 「ああ。確かにカイザンヌとの戦いは終わった。だが…」


 「だが、何だ」


 トゥサイからの返答にトセーニャは疑問を口にする。


 「本当の戦いはこれからだろう。俺たちはカイザンヌを倒して終わりじゃないだろう。ボロボロになっているスタルキュラはどうする、俺たちの国だって甚大な被害を受けている。それらの復興をして戦争の前の状態に戻す、いや違うな。戦争をする前より良くなるように努力する、そこまで出来てやっと俺たちの戦いは終わるんだ」


 「確かにその通りだな、ヤニハラ。我々の戦いは終わったのではない。ここから始まるのだな」


 「そうですね。カイザンヌを倒した私たちには、これから世界を良くしていく義務があるはずです」


 ガナラクイはトセーニャへ同意を示す。


 「これから、か」


 フローレスは想いを馳せるように遠くを見つめて言った。


 「カイザンヌを倒したことで目的を果たしたがヘリアン・ウルルはどうなる」


 「もちろん解散だ。ヘリアン・ウルルでの役目は終わったんだ」


 「そうか」


 フローレスの問いにトゥサイが短く答える。


 「ではこれからは各々の道を行くというわけだ」


 フローレスの言葉を聞いて誰も何も言わなかった。短い期間だったがこの病室に居る皆の心には共に敵と対峙したことで確かな絆が芽生えていた。


 「そういうことになる」


 トゥサイが肯定した。


 「私は軍に戻るつもりだ。国を守り秩序を守ることが平和を守ることに繋がると信じているからな。皆はこれからどうするのだ」


 フローレスが自分の今後を語るとぽつりぽつりとそれぞれが語り出した。


 「俺はヘリアン・ウルルの残ったメンバーで復興支援をしようと思ってる。一旦はヘリアン・ウルルを解散するが、これだけの組織だから有効活用しない手はない。残りたいと思ったやつだけでも有志で復興団体を組織しようと考えている。まあ許可が下りればの話だがな」


 トゥサイが語り終えると次はトセーニャが口を開く。


 「ヤニハラらしい発言だな」


 「そうか? そういうお前はどうするんだトセーニャ」


 「そうだなヘリアンキ自由信徒の穏健派の皆を放っておくわけにんもいかないからな。ヤニハラに倣って穏健派の連中を纏め上げてみようと思う。もしそうなったらまたお前と交わることもあるかもしれないな」


 「だな。また復興に人手がいるときはお前に声を掛けることにするよ。頼りにしてるぞ」


 「頼りにしているか…」


 「なんだ、どうした?」


 「いや、お前の口からそんな言葉が出るとはな。感慨深いものだ」


 トセーニャはトゥサイと初めて出会ったときのことを思い出していた。


 「確か列車での事件のときだったな」


 「ああ」


 トゥサイもトセーニャと初めて会った列車での事件を思い出した。あのときはフルが襲われていてそれを助けたのだ。それが全ての始まりだったような気がトゥサイはしていた。

 フルが今の光景を見ていたらどう思ったのだろうかとトゥサイはふと考えた。


 「あの時はよくも魔法をぶっ放してくれたな」


 そしてトゥサイは列車でトセーニャから放たれたウォーターボールやサンダーボルトを思い出していた。


 「こっちこそまさかヤニハラに出会うなんて思いも寄らなかった。英雄と呼ばれるお前に銃を向けられたときの気持ちが分かるか?」


 トセーニャもまた列車でのトゥサイの立ち振る舞いを思い出していた。


 「何を言ってる。あの時お前は余裕だったじゃないか。それにお前の魔法なかなかすごかったぞ」


 「それを言うならお前の動きもすごかったよヤニハラ。信徒軍はほとんどお前一人に敗れたんだ。とんだ化け物だと思ったね」


 「噓も休み休みにに言え」


 トゥサイとトセーニャは互いに称え合い笑いあった。


 「その列車襲撃事件は記憶にあるが確かケイオスへと向かう列車でのことだったか。かなり前の話だな。まさかトセーニャとトゥサイがそんなに前から知り合いだったとはな」


 フローレスが感心したように声を漏らす。


 「知り合いと言っても当時は正真正銘敵同士だがな」


 「今は敵じゃないからいいじゃないですか!」


 ガナラクイが補足を入れる。


 「その通りだ。ヤニハラと敵対しない未来が来ようとはな。人生もなかなか面白いものだ」


 「全くだ。できればこれからも敵対したくはないんだがな」


 「それは偏にヤニハラ、お前の行動次第と言わせてもらおうか」


 茶化したトゥサイの発言にトセーニャもまた冗談で返す。


 「ところでガナラクイ。お前はこの先どうするんだ」


 トゥサイがトセーニャとの会話を切り上げガナラクイに話を振る。トゥサイから話を向けられたガナラクイは焦ったような困ったような顔を向けた。


 「私は、まだ分かりません。これからの未来で今回のような悲劇を繰り返してはならないとは思っています。でも、具体的にどうすればいいのかまだはっきりと分かってはいません」


 ガナラクイの話を遮ることなくトゥサイたちは黙って聞いていた。


 「世界を救った英雄なんて言われてますが、実際は自分の行く先も決められないような奴なんです。笑っちゃいますね」


 ガナラクイは自嘲気味に言う。


 「そんなことはない。自分の進むべき道はいずれ必ず見つかる」


 トゥサイはベッドから上半身を起こした。そしてガナラクイの手を握る。


 「ガナラクイ、確かに戦争を終わらせた俺たちは未来を育てる義務がある。だが、自分の先が見つからないと生き急ぐ必要は全くない。ゆっくり自分の歩幅で進めばいい」


 「トゥサイ殿…」


 「もしそれでも迷ってしまったり進めなくなってしまったら俺がいる」


 「えっ」


 トゥサイの大胆な発言にガナラクイは赤面させて目線を慌てて外す。


 「ヤニハラそういうのは二人きりのときにしてくれないか」


 トセーニャがため息を吐きながらトゥサイを窘める。


 「ああ、悪かったな」


 トゥサイにはトセーニャの苦言があまり堪えていないようだった。


 「ともかくだ。ガナラクイ、お前は一人じゃない。お前を案じているのは俺だけでなくここに居る皆がそうだ。俺たちはそれぞれ別の道を行くが今生の別れではない。何かあったら頼れ」


 トゥサイの言葉にフローレスもトセーニャも当然だと言わんばかりに首を縦に振る。


 「はい。ありがとうございます」


 ガナラクイの目から涙がこぼれていた。病室には暖かな空気と外からの復興作業に勤しんでいる者たちの活気のある声が響いていた。

 



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