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ヴァクトル  作者: 皐月/やしろみよと
6章 再びここへ帰る

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80話 零、それは始まりか。

 ————トゥサイらがカイザンヌの決戦をしている時、大陸同盟軍はスタルキュラの首都目掛けて前進を続けていた。

 その間、大陸同盟軍との講和を考えているスタルキュラ人民軍は政府の司令で軍使を大陸同盟軍の中でも穏健派のオシュルク軍の司令部に派遣した。


 軍使は顔を引き攣りながらも、司令室に案内される。

 軍使は政府が議論の末まとめた和平交渉案が書かれた紙を大切に脇に抱えて歩く。

 そして司令部の中に入るとそこには大陸同盟軍の最高司令官、そして各国の外交官が椅子に座っていた。


 軍使も椅子に座ると和平交渉案が書かれた紙を最高司令官に渡し話し始めた。


 「我々スタルキュラは既に国家体制を維持することは困難で、もしこの和平交渉案を受諾してくださるのであれば即座に非武装化します」


 最高司令官を和平交渉案を読みながら聞き、少しだけ鼻で笑う。


 「そうか。スタルキュラ当局は降伏を望んでいるわけか」


 「はい。現在は政府を一新し、新たな体制を敷き国策として降伏し即座に貴軍への敵対行動の停止を命じる準備ができております。また、降伏後は現政府を解体し、新たに樹立する臨時政府をもってして平和を脅かさない国作りを進めます」


 軍使は緊張で震える手をもう片方の手で抑え話した。

 司令官を「そうか」とだけ言うと電話を取り、何かを話す。それから十分ほど過ぎた後軍使に和平交渉案を棄却することを伝えた。


 「すまないが、既にスタルキュラ当局に対しての今後の方針が決定した。もし、この方針を受諾するのであれば降伏を容認すると各国首脳代表が申した」


 「——そ、それは一体どのようなもので……」


 「一つ、スタルキュラには中央政府は存在せず。治安維持の為ケウト、ハングラワー、バラク・オシュルク、オシュルク民共和国が分割占領する。一つ、旧スタルキュラの統一行政は新たに新設するスタルキュラ占領委員会が行い、委員は全て大陸同盟軍が任命する。一つ、カイザンヌ思想の永久的破壊。この三つの基本原則を受諾するのであれば降伏を容認するとのことだ」


 「な、なるほど……」


 軍使は唇を噛み締める。それを見た司令官を少し穏やかに笑う。


 「とりあえずだ。我々も貴軍が軍使を派遣し国民を守ろうとしたことには敬意を表する。当局に伝えてくれ。少なくとも貴軍が敵対行動を止めれば我が軍も攻撃を停止する。そして先ほど私が述べたことを忘れすに伝えてくれ」


 「わ、分かりました!」


 軍使はそう告げると司令室から出て行った。


 ——そして軍使が国家の命運を決めているとき、トゥサイはスタルキュラ総統府にてカイザンヌと激闘を繰り広げていた。

 トゥサイは肩で息をしながら剣を構えるが、それに反してカイザンヌは息を切らしていない。

 カイザンヌはトゥサイを見るとニヤリと笑った。


 「全く無駄なことだね。僕を殺したところで僕の思想は皆の心に残り続ける。思想は、消えないんだよ」


 カイザンヌはトゥサイに詰め寄る。トゥサイが咄嗟に剣を構え、カイザンヌの攻撃を防ぎそして受け流すとトゥサイは剣を咄嗟に振りかざし、横にす鉄扉を踏むと斬りかかった。

 しかし、カイザンヌはそれを防ぐとトゥサイの足を崩した。


 「くそっ!」


 トゥサイが咄嗟に立ち上がろうとした時、カイザンヌは喉元に剣先を突きつけた。


 「甘いねぇ、僕にとってはそれは基礎的な部分だから通用しないよ」


 そしてカイザンヌは剣を振りかざしたその時、ガナラクイがカイザンヌにタックルした。

 カイザンヌがバランスを崩し剣を落とし、ガナラクイはそれを拾い上げるとカイザンヌに斬りかかった。


 トゥサイは咄嗟に立ち上がりガナラクイとカイザンヌを挟み撃ちで斬りかかろうと背後に回った。

 そして少し間合いを広げる。

 トゥサイはガナラクイを見ると、呼吸を整えて視線を送る。

 それに気づいたガナラクイは頷いた。


 しかし、武器を失ったカイザンヌはどこか嬉しそうに手を後ろに組んだ。


 「おやおや挟み撃ちか」


 カイザンヌが一言を発した瞬間、トゥサイとガナラクイはカイザンヌ目掛けて剣を振り上げ走り出した。

 するとその時カイザンヌが腰から銃を取り出しガナラクイに銃口を向けた。


 「なっ!」


 それにガナラクイは気づいたが遅かった。

 トゥサイは全力で走り腰から銃を取り出した。次の瞬間ガナラクイの肩に銃が擦りガナラクイはその場に肩を押さえて倒れた。


 そしてもう一発の銃声が鳴り響いた。


 トゥサイはガナラクイの後ろを見るとフローレスがいた。フローレスは銃を構えながらトゥサイに向かって叫ぶ。


 「今だ! 斬れ!」


 トゥサイはカイザンヌに向かって走る。

 カイザンヌは想定していなかったのか、トゥサイの斬撃を避けることに夢中になるしか無かった。


 「カイザンヌ!」


 トゥサイは憎悪の目をカイザンヌに向ける。しかし、カイザンヌは汗を流しながら避け続けた。


 「これはこれは! 女を僕の銃撃から逃そうと肩を撃つとは相当手慣れだね!」


 カイザンヌはトゥサイの腕を掴む。トゥサイは必死振り解こうとするがカイザンヌに肘で脇腹を殴られ剣を奪われた。

 しかし、トゥサイもカイザンヌの顔を殴り逆に奪い返した。


 トゥサイとカイザンヌの戦いは剣から拳と徐々に変わり、部屋中はお互いが口から吐いた血で汚れ、お互いの顔はアザだらけになった。


 トゥサイとカイザンヌはお互い睨み合いながらすぐに殴る体勢に入る。


 その頃トセーニャとフローレスはガナラクイを救出し、フローレスが治療していた。

 ガナラクイはうまく掠ったお陰で意識があった。

 ガナラクイは痛みで息を荒くしながらフローレスを見る。


 「ふ、フローレス殿?」


 「すまない。あのままだとお前が撃ち抜かれていた」


 「いえ、良いんです。今、トゥサイ殿は?」


 「まだ戦っている」


 ガナラクイは苦痛を我慢してゆっくりと両腕を震わせながら体を起こす。

 目の前に広がった光景は剣を床に置いて、格闘技での決闘に移行していたトゥサイとカイザンヌの姿だった。


 「まだ、戦って?」


 「あぁ、トセーニャ。背後から斬れるか?」


 「斬れる。だが、ヤニハラがそれを許すかだ」


 トセーニャは隣に立ちながら、二人の決闘で何もできない自分への嫌気で舌打ちをする。その時ガナラクイはトセーニャの裾を握る。


 「お願い……です。トゥサイ殿はおそらく気にしません」


 「——」


 「トゥサイ殿から学んだ格闘技、今見せれば?」


 「——分かりました。ならフローレス。任せました」


 トセーニャはそれだけを言うとカイザンヌとトゥサイの元に向かって走った。

 そしてトセーニャは床に落ちていた剣を拾い上げるとトゥサイに向かって叫んだ。


 「ヤニハラ!」


 「——分かった!」


 トゥサイとトセーニャはお互い目を合わすと頷いた。

 カイザンヌは意識がトゥサイに集中していたからか、トセーニャを見ると驚いた顔をした。


 「全く。一気に来られたら僕でも困るんだけどねぇ」


 「敵は俺だカイザンヌ!」


 トゥサイはカイザンヌに向かって殴りかかる。カイザンヌはそれを容易く防ぐが、次の瞬間トゥサイは背負い投げを決め、地面に押し倒すと馬乗りになって何度も顔面を殴り、叫び声を上げた。


 「お前のせいで! 多くの人が涙を流した! 天空人は故郷を失い、ある人は家族を失い、ある少女は本来の体の持ち主を殺す羽目になったんだ!」


 そしてトゥサイは最後の想い一発をカイザンヌの頭に喰らわした。カイザンヌは意識が一瞬飛んだのか頭から血を流し一度白目を剥いた。


 トゥサイはカイザンヌから後ろに飛び、そして立ち上がるとカイザンヌはゆっくり立ち上がった。


 そしてカイザンヌの後ろに立っていたトセーニャが後ろから斬りかかり、カイザンヌの右腕を切り落とすことに成功した。

 カイザンヌは痛みで声を上げるどころか笑みを浮かべた。


 「ふははは……。はぁーはっはっはっ! 悲しみと憎しみ。まさしく私が思った通りだ」


 カイザンヌは満身創痍で、身体中から血を流しながら皮一枚で繋がっている左をなんとか動かしてでトゥサイに指を差す。


 「僕を殺したら悲しみの連鎖を防げるのか? 僕がいなくとも、浮気されて悲しむものや、強盗で物を盗まれ、もしくは家族を殺され悲しみ、憎しみを持つものがいる。良いか? 社会にとっては小さな悲しみだが、感情という全ての革命の発端である零がこの世に存在する限り革命の火薬庫はいつ爆発してもおかしくなくなる」


 トゥサイは眉間に皺をさらに寄せると足元に落ちていた剣を持ち上げ、そしてカイザンヌの心臓に突き刺し、引き抜くと左腕を切り落とした。

 すると切り口から大量の血が吹き出し、返り血でトゥサイの軍服が真っ赤に染まる。

 次の瞬間カイザンヌはトゥサイに倒れるようにして近づいた後、トゥサイの肩を噛みちぎった。


 「グワァっ!」


 「ヤニハラ!」


 「トゥサイ殿!」


 トゥサイは肩を押さえてその場に倒れるとトセーニャが近づく、自分が中に来ているシャツを破るとトゥサイの肩に巻きつけた。


 カイザンヌはトゥサイの皮と肉をぺっと吐き出すと、一度口から血を噴き出してトゥサイたちを見た。


 「まぁ……見ておくと良いさ。いくら女神の治世となりしも、世界は……僕の思想から派生した物は人類の平穏の為に、零を消すために暗躍……し続ける……」


 カイザンヌは最後にそう告げると満面の笑みで静かに固まった。

 トゥサイは呼吸する度に襲う痛みに我慢しながら立ち上がるとカイザンヌを見下ろした。そして気づけば後ろにトセーニャとフローレス、ガナラクイが立っていた。


 トゥサイはカイザンヌを憐れな男として見る。


 「こいつも愚かだ。自分の思想が実現したとしても、同じような結果になるとは考えれていない」


 トセーニャはトゥサイの言葉に会釈した後、フローレスが口を開いた。


 「少なくともこいつの思想での統治は人々の反感以外ない。その血で生まれ育った私とトセーニャであれば理解できるはずだ」


 フローレスはトセーニャを見て口角を上げる。

 トセーニャは「私は自由信徒に所属してしましたが」と口にした後少しだけ笑った。


 「少なくとも、自由信徒が生まれてしまうほどあの統治は人類には向いていない。自然選択。カイザンヌ思想はこの人類社会に合わなかった。ただそれだけだ」


 フローレス、トセーニャ、トゥサイはお互いの顔を見合うと戦いが終わって気が抜けたのか痛みを忘れて笑った。

 その中でも仲間外れにされていたガナラクイは一度頬を膨らませるが、諦めたように息を吐いた後、ドアの外からする音に気づく。


 「トゥサイ殿、外から誰かが」


 「——何?」


 四人は身構える。次の瞬間室内に武装しマスクをつけた兵士、それも見覚えのあるメンツが銃を構えながら入るとトゥサイたちを包囲した。

 兵士の一人はトゥサイたちをじっと見て徐々に近づく。そして誰か気づいたのかマスクを外した。

 その兵士の顔はいかにも中年のおじさんで、気だるそうな顔をしていた。

 兵士はトゥサイを見ると思い出したかのように声を上げた。


 「おぉ! トゥサイ、そしてガナラクイ! 俺だ。タナズだ」


 兵士——タナズはトゥサイを見ると笑みを浮かべた。トゥサイはしばらく考えた後、先に思い出したのかガナラクイだった



 「あ、トゥサイ殿。数年前のキタレイ大学占拠事件の際にともにした方です」

 

 トゥサイもそれで思い出したのか納得したかのような声を上げた。

 それを見たタナズは嬉しそうな顔をする。


 「——はい! ケウト極東軍元鎮圧部隊六班班長、そして現大陸同盟軍ケウト部隊第三隊長タナズであります」


 タナズはそう口にした後、いまだに銃を構える兵士たちを見る。


 「銃を下ろせ! 味方だ! 勝利だ!」


 兵士たちはその声を聞いた後、銃を下ろし、歓喜の声を上げた——。

 トゥサイたちはようやく戦いが終わったんだなと安堵の心に包まれた。


 

 ——数時間後、スタルキュラ降伏宣言受諾

 スタルキュラ政府大臣、官僚、人民党党員、大陸同盟軍により連行。同日大陸同盟軍スタルキュラ公国政府の解体を宣言。

 翌日、スタルキュラ分割占領開始。

 スタルキュラ占領委員会設置、委員長にはケウト帝国極東軍元帥、ハンバムラが任命された。


 

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